永遠の経済的非常事態 スラヴォイ・ジジェク 長原豊訳


 今年*1、ユーロ圈の緊縮策に対して、ギリシア、またそれほどではないにせよアイルランド・イタリア・スペインでも、抗議行動が繰り広げられた。こうした状況のもと、2つの筋書きがその正統性を主張して、顕わとなった*2。その1つである体制側から広汎に流布された筋書きは、危機から政治性を抜き取り、それを自然な状態として一般化するというやり方であり、政治的選択に根拠を据えた意志決定ではなく中立的な財政金融の論理が求める必要性として、調整手段を提示するというものである。経済の安定には苦い薬の服用が必要だ。簡単に言えば、これである。もう1つの筋書きは抗議する労働者や学生そして年金生活者から提示された筋書きであり、それは、緊縮策を国際的な金融資本が福祉国家の最後の残滓を廃止するために繰り出した試みと捉えるというものである。こうした状況でIMFは、前者から言えば、規律と秩序を担う中立的な担い手と見なされ、後者から言えば、世界資本の抑圧的な担い手と見なされることになった。
 これら2つの展望には、ともに、真理をめぐる1箇の契機が存在している。IMFがそのお得意先である国家に対処するやり方に、超自我的次元を看逃すことはできない。つまり、一方で未払い債務を理由にお得意先を叱責し罰しながら、他方では同時に新規の貸付を申し出るという、IMFの対処法がそれである。だが、IMF傘下の国家に既存債務や新規貸付を返済する力がなく、したがって負債がより多くの負債を生み出すという悪循環に嵌ってゆくということは、誰の目にも明らかである。他方で、この超自我戦略が機能する根拠は、本当は負債の全額を返済する必要が決してないことを分かり切っている借入国が、最終的には、そうした状態から利益を回収することを望んでもいる点にある。
 それぞれの筋書きがそれなりの真理を含んでいるとしても、両者は、基本的な過ちを犯している。ヨーロッパの体制側が依拠する筋書きは、巨大な赤字が金融部門の大規模な債務棚上げや不況期における政府の歳入の低落によって脹れ上がるという事実を曖昧にしている。アテネへの大規模な貸付は、ギリシアのフランスやドイツの巨大銀行に対する債務支払のために用いられることになるだろう。欧州連合による債務保証の真の目的は、民間銀行の救済にある。というのも、ユーロ圈の国家の1国でも破綻すれば、ユーロ圏全体が烈しい打撃を被るからである。他方で、抗議する側における筋書きは現代における左派の相も変わらぬ悲惨な状態を証して余りある。既存の福祉国家との妥協を一般的に拒否するにすぎないその要求に、具体的な計画的内容を見出すことはできない。ここに見られるユートピアはシステムの根源的な変更ではなく、福祉国家はシステム内部で維持可能だという思いつきである。ここでもまた、対抗する議論に一抹の真理が存在することを看逃してはならない。つまり、われわれがグローバルな資本主義システムの包囲網の内部に留まる限り、労働者や学生そして年金生活者からより多くの金を搾り取る手段が、実際にも、必要になるのである。
 ユーロ圈の危機が送り出している真のメッセージは、〔通貨としての〕ユーロだけでなく、統一ヨーロッパというプロジェクトそのものもの死滅であるという主張を、しばしば耳にすることがある。しかし、こうした一般的な言い分を承認する前に、この言明にレーニン的な捻りを付け加える必要がある。それはこうだ。確かに、ヨーロッパは死んだ。しかし、どのヨーロッパが死んだのか、と。これへの回答は、以下である。ポスト政治的なヨーロッパの世界市場への組み込み、国民投票で繰り返し拒絶されたヨーロッパ、ブリュッセルのテクノクラットの専門家が描くヨーロッパ──死んだのはそうしたヨーロッパなのだ。ギリシアの情熱と腐敗に対して冷徹なヨーロッパ的理性を代表してみせるヨーロッパ、そうした哀れなギリシアに「統計」数字を対置するヨーロッパが、死んだのだ。しかし、たとえユートピアに見えようとも、この空間は依然としてもう1つのヨーロッパに開かれている。もう1つのヨーロッパ、それは、再政治化されたヨーロッパ、共有された解放プロジェクトにその根拠を据えるヨーロッパ、古代ギリシアの民主制、フランス革命や10月革命を惹き起こしたヨーロッパである。だからこそ、現状の財政金融危機に対応するために、国家同士を対立させ自由に浮游する国際資本の餌食になってしまう、完全なる主権を保持した国民国家へ引き龍もるといった、誘惑に屈してはならないのである。それぞれの危機への対応は、これまで以上に、世界資本の普遍性より国際主義的・普遍的でなければならない。


新たな時代

 1つのことが明らかだ。それは、福祉国家を数10年にわたって享受した後に、相対的に限界がある削減が、事態は急速に正常に戻るだろうという約束とともに、到来している現在、われわれが、ある種の経済的非常事態が永遠のものとなり、生活様式にとって定常状態になった時代に突入した、という事実である。こうした事態は、給付の削減、医療や教育といったサービスの逓減、そしてこれまで以上に不安定な雇用といった、より残酷な緊縮策の恫喝とともに、到来している。
 左派は以下の点を強調するという困難な任務に直面しているのである。それは、われわれが政治経済学に対処していること、そうした危機に「自然なもの」など一切存在しないこと、現行の世界経済システムは一連の政治的決断に左右されることなどである。他方で同時に、左派は次の点にも自覚的でなければならない。つまり、われわれが資本主義システムに留まる限り、その規則の侵犯は、実質的には、経済的破綻の原因となるということである。というのも、このシステムは、自然を装う資本自身の論理に従っているからである。したがって、われわれが世界市場の諸条件(外部化など)によっていよいよ容易になった搾取の強化という新局面に突入したことが明らかだとしても、同時に胆に銘じておかねばならないのは、こうした事態が、財政と金融の崩壊につねに瀕しているシステムそれ自体の機能によって、圧し付けられているということである。
 したがって、現下の危機は早晩解消され、ヨーロッパ資本主義がより多くの人びとに比較的高い生活水準を保証し続けるだろうといった希望を持ち続けることは、無益なのだ。実際それは、政治を無為かつ限界的にする状況が続くだろうといった希望がその核芯にある、奇妙な急進政治を要請することになる。そうした論法を背景に、バディウの次のモットーが読まれねばならない。バディウのモットー、それは「何も起きないよりも、厄災が起きた方がマシだ mieux vaut un désastre qu'un désêtre 」である。〈出来事〉が「済し崩しの厄災」に終わる可能性があっても、この〈出来事〉に忠実であるというリスクを冒してみなければならない。現代の左派が自分への信頼を欠いていることのもっとも顕著な現れは、危機に対する怖れなのだ。真の左派は、いかかる幻想にも囚われることなく、危機を真正面から受け止める。たとえ危機が痛みを伴い危険に充ちたものであっても、危機は避けることができず、闘争の許に置かれ、勝利が克ち獲られねばならない領域である。これが左派の基本的な洞察である。これが、現在、以前にも増して毛沢東の古いモットー──「天の下に混沌、絶好の機会」──が妥当性をもつ所以である。
 今日、資本家批判には事欠かない。環境を汚染する企業、公的資金を使って救済された銀行の重役が巨額のボーナスを貰い続けているといった銀行の腐敗、児童が夜間労働を強いられる労働搾取工場などの報道を溢れんばかりに送り続けている新聞記事やテレビ報道そしてベストセラーを見れば分かるように、われわれは資本主義の恐怖に対する「過剰な」批判を目の当たりにしている。しかし、どんなに冷酷に思われようと、こうした何でもありの批判には策略が仕掛けられていると言わねばならない。総じてこうした批判では、その内部でこうした過剰をめぐる闘いが組織されるであろう自由−民主主義的な枠組み〔そのもの〕が問われることがないのである。そうした批判の目的は、明示的に指摘されているか、あるいは単に含みを残しているだけなのかを措けば、メディアの圧力、議会による調査、より厳格な法制度、誠実な警察による調査などを通じた資本主義の制御〔に留まるの〕であって、ブルジョワ国家法の自由−民主主義的な制度機構「そのもの」が問われることはない。これは神聖不可侵のものとして温存され、「倫理的な反資本主義」というもっとも急進的な形態をとった運動──ポルト・アレグレでの〈世界社会フォーラム〉やシアトル的運動──でさえ決して触れようとしない論点なのだ。


 国家と階級

 マルクスの基本的洞察がこれまで以上にその有効性を保っているのは、この点であろう。マルクスにとって自由という問題は、グローバルな金融制度が1国についての判断を表明するに当たって適用する基準のような、政治的領域そのものに一義的に据えられてはならない問題である。そも、自由な選挙は存在しているだろうか? その判断は独立性を保っているか? 報道は隠然たる圧力をまぬかれているだろうか? 人権は尊重されているか? 実際の自由にとって重要なのは、実効的改善に必要とされる変化が政治的な改良ではなく、生産の社会的諸関係における変化であるような、市場から家族に到る、社会的諸関係の「前政治的な」ネットワークである。われわれは誰が何を所有するかを投票で決めるわけではない。工場における労使関係も投票で決まるわけでもない。こうしたことは、すべて、政治的なことをめぐる領域の外部で決まる過程に委ねられている。例えば「民主的な」銀行を人民のコントロールの下に組織するといったように、民主主義をこうした領域にまで「拡張する」ことで事態を実質的に変化させることができるなどと考えることは、幻想というものだろう。こうした領域における急進−根源的な変化は、法的権利の領域の外部に、存在しているのである。そうした民主的な手続きが肯定的な役割を果たしうることは、言うまでもない。しかし、そうした手続きは、その目的が資本主義的再生産の混乱なき機能を保証することであるような、ブルジョワジーの国家装置の一部分であるに留まっている。こうした厳密な意味から言えば、現代における究極的な敵に与えられる名称が資本主義や帝国あるいは搾取ではなく、民主主義であるというバディウの主張は、正しい。それは、資本主義的諸関係の急進−根源的な変革を妨げる究極的な枠組みとして「民主的な機構」を捉えることを意味している。
 「民主的諸制度」の物神化を脱するこうした必要性に密接に関わっているのは、その否定的な双対物である暴力の脱物神化である。例えば、最近バディウは、(ポーランドにおける初期の「連帯」のように)国家権力の統治から〔みすがらを〕差し引き、距離を採った、自由な領域を打ち立て、これらの「解放された圏域」を粉砕しふたたび領有しようとする国家の企みに暴力的に抵抗することだけをその手段とする、「防衛的な暴力」の行使を提起している。こうした定式が孕む問題は、それが国家装置の「通常―平時の」機能と国家暴力の「過剰な」行使との根底的に問題含みの区別に依拠している点にある。しかし、階級闘争マルクス主義的概念の原則には、次のようなものがある。それは、「平和な」社会生活は、それ自体が、1つの階級──支配階級──の(一時的な)勝利の表現である、というものである。従属階級・被抑圧階級の立場から言えば、国家が階級支配のための1装置として存在すること自体が暴力であるという1箇の事実である。同様にロベスピエールは、弑逆は王による犯罪行使の証明によっては正当化されない、と論じている。王が存在していることそのこと自体が、一箇の犯罪、人民の自由に対する攻撃なのである。こうした厳密な意味から言えば、支配階級とその国家に対する被抑圧者による威力の行使は、最終的にはつねに、「防衛的な」のである。こうした立論を受け容れなければ、われわれは国家を「通常−平時化」し、その暴力を単なる偶発的過剰の現れとして受け容れる他に術がなくなってしまうだろう。標準的な自由主義的モットー、つまり暴力に訴える必要があるときもあるが、それは正統性をもたないというモットーでは、不充分なのだ。急進的−解放的な展望から、そうしたモットーを引っ繰り返さねばならない。被抑圧者にとって暴力はつねに正統──というのも、彼(女)らの地位が暴力の所産に他ならないからである──だが、決して必然ではない。敵に威力を行使するか否かは、つねに、戦略的考察事に属している。
 要するに、暴力という論題から神秘的要素が取り除かれねばならない。20世紀の共産主義が冒した間違いは、暴力に依拠したことそのこと自体──国家権力の奪取、奪取した国家権力を維持するための内乱──にではなく、暴力へのある種の依拠を不可避として正統化した、歴史的必然性の道具としての〈党〉などの、より大きな機能様式にある。ヘンリー・キッシンジャーは、アジェンデ政権をどのように顚覆するかについて助言を与えたCIAへの覚書で、簡潔に、「経済に悲鳴を挙げさせろ」と語っている*3。以前の合衆国高官たちも、現在、ベネズエラでも同様の戦略が適用されていることを明け透けに認めている。前国務長官口ーレンス・イーグルバーガーはFOXニュースでベネズエラ経済について次のように述べている。「それ〔経済〕は、何よりもまず、チェベスに対してわれわれが有している1つの武器である。われわれはこの武器を使わねばならない。つまり、経済をもっと悪化させ、その結果、国民と地域へのチャベスの影響力を殺ぐために、経済的手段を使わねばならない」と*4。現行の経済的非常事態においてもまた、われわれは、盲目的な市場過程ではなく、自分かちの都合の良いように危機を解決しようと目論んでいる国家と金融制度による高度に組織化された戦略的な介入に、直面しているのである。またそうした状況では、いわゆる防衛的な対抗手段が適切ではないのか?。
 こうした考察は、急進的な知識人の脳天気な主観的立ち位置を、彼らが20世紀を通じて非常に好まれたその精神的実践──政治状況を「崩壊的危機に叩き込む」という衝迫──をいまだ信奉していても、粉微塵にする他ない。アドルノとホルクハイマーは、「管理された世界」において「啓蒙の弁証法」がその窮みに達することのなかに、世界の崩壊を看ていた。アガンべンは20世紀の収容所を西洋世界を覆う政治的プロジェクトの「真理」と定義した。しかし、1950年代の西ドイツでホルクハイマーが描いた構図を思い起こして欲しい。ホルクハイマーは、一方で近代西欧の消費社会における「理性の腐蝕」を公然と非難しながらも*5、他方で同時に、この近代西欧消費社会を全体主義と腐敗した独裁制の大海における自由の孤島として擁護してもいるのだ。だが本当は、知識人たちが基本的に安全で居心地がいい生活を送り、またそうした生活を正当化するために急進的な崩壊という筋書きをでっち上げているとしたらどうだろう? 大多数の人びとにとっては、革命が起こっているとしても、それが、キューバ、ニカラグアベネズエラといったように、遠く隔たった場所で起きているがゆえに自分の生活は脅かされず、その結果、遠き彼方での出来事に想いを馳せることで彼らの心がポッと暖かくなりながらも、これまでの仕事(のうてんき)を続けてゆける。しかし、産業を軸とする先進国経済において当然のごとく機能してきた福祉国家の現下における崩壊に直面した知識人たちは、〈自分たちは本当の変化を欲望していた。そして今、この本当の変化を行うことができる〉といった説明をなさねばならない真理の秋(とき)に、近づいて」いるのである。


 イデオロギーとしての経済

 永続する経済的非常事態は、左派が、辛抱強い知的作業を、その直接的な「実践的使用〔法〕」を知ることなく、放棄せねばならないといったことを意味しない。まったく逆だ。いま、以前にも増して銘記せねばならないことは、共産主義の緒点がカントが『啓蒙とは何か』の有名な一節で「自分の理性を公的に使用すること」と呼んだことの裡にあるということである*6。すなわち、思考の平等主義的普遍性が、緒点なのだ。われわれの闘争は、したがって、国民国家を超える開かれた空間を脅かす現下の「再−構造化(リストラ)」が帯びるこれらの側面に、光を当てなければならない。1つの事例を挙げれば、欧州連合で進行している、「ヨーロッパにおける高等教育システムの構造に同一の基盤を与える」ことを目指しながら、じつは、理性の公的使用への断固とした攻撃である、「ボローニャ・プロセス」である。*7
 これらの改革の根底には、高等教育を専門的見解の生産を通じて社会の具体的な諸問題を解決するという任務に就かせるという衝動がある。ここで消え失せていることは、思考することに込められた真の任務である。真の任務とは、「社会」──実際は、国家と資本──が課した諸問題に解決策を提供するだけでなく、これらの問題が帯びる形態そのものを反省し、われわれが問題を知覚する方法そのものに問題を察知するという任務である。高等教育を社会的に有用な専門的知識を生産する任務に切り縮めることは、カントのいわゆる「理性の私的使用」が現代のグローバル資本主義において典型的に帯びる形式、すなわち、偶発的で教条的な前提に制約された「理性の使用」である。カント的表現で言えば、それは、理性の普遍性の次元に棲まう自由な人間存在としてではなく、「未熟な」諸個人としてわれわれが行為することに関わっている。
 それは、高等教育の効率化に向けた圧力──直接的な私有化あるいはビジネスとの結びつきという姿態を採るだけでなく、教育を専門的知識の生産に方向づけるというより一般的な意味で──を知的生産物という共(コモン)の囲い込みと一般的知識の私有化の過程に結びつけるという意味で、きわめて重要である。このプロセスは、それ自体として、イデオロギー的な呼び掛けが採る様式の下でのグローバルな変換の一部を構成している。ここでは、アルチュセールの「イデオロギー的国家諸装置」という考え方を思い起こすことが有用だろう。中世における「イデオロギー的国家諸装置」が、制度としての宗教という意味で、教会だったとすれば、資本主義的近代の夜明けは、学校システムと法的イデオロギーという双子のヘゲモニーをわれわれに課した。諸個人は普通義務教育を通じて法的主体へ変換され、他方で主体は法的秩序の下にある愛国的な自由の主体として呼び掛けられた。ギャップは、したがって、ブルジョワと市民の懸隔、自分の私的利害にかかずらう自己中心的な功利主義的個人と国家の普遍的領域に献身する市民(シトワイヤン)とのギャップとして、維持された。自然発生的なイデオロギー的感覚において、一方で自己中心的な利害関心が「前イデオロギー的」と見なされながらも、イデオロギーが市民の普遍的領域に制限されている限り、イデオロギーと非イデオロギーとのギャップそのものが、したがって、イデオロギーへと転移することになったのである。
 〈68年〉後に起こったことは、経済そのもの──市場と競争の論理──が徐々にみすがらを覇権的なイデオロギーとして課すようになったことである。教育について言えば、われわれは古典的なブルジョワ的「イデオロギー的国家諸装置」が段階的に引っ繰り返されるという事態を目の当たりにしている。学校システムは徐々に義務的なネットワークではなくなり、市場の上部にまで上り詰め、国家によって直接的に組織され、啓蒙的価値──自由、平等、博愛──の担い手になった。「低コスト・高効率性」という神聖にして冒すべがらざる定式のために、学校システムは「公−私提携 public-private partnership 」といった形式に徐々に浸食されている。権力の組織化と正統化においてもまた、選挙システムは徐々に市場競争モデルに基づいて理解されるようになった。選挙は、投票者が社会秩序を維持し、犯罪を起訴するなどといった仕事をより効率的に行うことを謳う選択肢〔商品としての政策〕の「購入」者であるような商業的交換に類似している。
 「低コスト・高効率性」という同様の定式のために、かつては国家権力の領域に専権的であった機能も、刑務所の経営と同じように、いまや民営化可能である。もはや軍隊は徴兵制度に基づくのではなく、傭兵から構成されている。国家官僚制でさえ、ベルルスコーニの場合に明らかになっているように、もはやヘーゲル的な普遍階級ではない。今日のイタリアでは、国家権力は自分の個人的な利害を守るための手段として断固かつ公然と利用する卑しいブルジョワ階級が執権している。
 感情的諸関係に関わる過程でさえ、ますます市場関係の流れに即して組織されるようになっている。そうした手続きは自己の商品化に基づいている。インターネットの出会い系や婚活の代理店にとって、出会いや結婚相手を求める人びとは、その品質を列挙し、写真を掲載することに見られるように、自分自身を商品として提示しているのである。ここで見失われていることは、自分に即座に好意をもってくれるようにしてくれたり、自分以外を即座に嫌いにしてくれる特異な魅力を指す、フロイトのいわゆる1本の線 der einzige Zug である*8。愛は必然性として経験される1箇の選択である。ある点で、人間は、すでに愛しており、他にはどうしようもないという感情に襲われる。定義的に言えば、したがって、それぞれの候補者の品質を比較し、誰と恋に落ちるのかを決意するといったことは、すでに愛ではありえない。だからこそ、出会い系は優れて反−愛の装置である。
 これはイデオロギーの機能におけるどのような類いのシフトを含意しているのだろうか? イデオロギーが諸個人に呼び掛けて諸主体を創り上げる──このようにアルチュセールが主張するとき、この「諸個人」は、イデオロギー的国家諸装置が作動し、諸個人にミクロな実践のネットワークを課すために依拠する、生ける存在を表現している。それとは対照的に、「主体」は生ける存在、すなわち実体の範躊には、含まれない。「主体」はイデオロギー的国家諸装置という装置あるいは機構に搦め捕られているこれらの生ける存在の所産である。きわめて論理的に言えば、経済が非−イデオロギー的な領域と見なされている限り、グローバルな商品化のこの荒々しい新世界は、みすがらをポスト−イデオロギー的と見なしているのである。イデオロギー的国家諸装置は、言うまでもなく、いまだここに存在している。しかもこれまで以上に。しかし、イデオロギーが、それ自身の自己−認識において、前−イデオロギー的な諸個人とは対照的に、諸主体に棲まっている限り、経済的領域のこの覇権はイデオロギーの不在として現れる他ない。これが意味することは、イデオロギーがその土台にとっての上部構造として経済を「反照する」に留まっていることを意味しない。むしろ経済は、ここでは、イデオロギー的なモデルそのものとして機能しているのである。だからこそわれわれは、経済が、「現実の」経済的生活とは対照的に、イデオロギー的国家諸装置として作動していると言うことを許されるのであり、それは理念化された自由な市場のモデルを決してもたらさないのである。


 不可能なこと

 しかしながら、今日、われわれが目の当たりにしていることは、このイデオロギー的な機構の作動における根源的な変化である。アガンベンは、われわれの現代的な「ポスト政治的」あるいは生政治的な社会に対して、多数の装置が新たな主体性を生み出すことなく諸個人を脱主体化する社会、という定義を与えている。

 政治の腐蝕──それは実体を有する主体あるいは(労働者の運動やブルジョワジーなどの)同一性(アイデンティティ)を想定していた──と経済の勝利、つまりそれ自身の再生産だけを追求する統治の純粋な行為の勝利。今日、権力の運営に関しては互いのやり方を追随する左派と右派は、したがって、左派と右派を指示する表現の起源である政治的文脈とは、ほとんど無関係である。今日、こうした表現は、政府という同一機械の二極──平然と脱主体化を目指す一極と民主主義の良き市民という偽善的な仮面で脱主体化を隠蔽しようとする他極──の名称にすぎない*9


「生−政治」は、もはや諸装置が主体を生みださず(諸個人に呼び掛け、諸主体を造りあげず)、諸個人の剥き出しの生を管理制御するだけの布置を指しているのである。
 こうした布置では、根源−急進的な社会変革という考え方そのものが、1箇の不可能な夢として、現れるだろう。またこの「不可能な」という表現がわれわれを立ち止まらせ、そこから思考が始まるのである。今日では、可能なことと不可能なことが不思議なやり方で割り振られ、両者は同時に過剰に向かって爆発している。一方における個的自由と科学的技術の領域では、「不可能なことは何もない」と言い聞かせられている。どんなに変態的なセックスも楽しめるし、音楽・映画・連載テレビものの全記録もダウンロードできる。(金があれば)誰でも宇宙旅行ができるといった具合に。身体能力や精神能力の強化やわれわれの基本的特性を、ゲノムに介入することによって、操作することができるといった展望さえ出てきている。あれこれのハードウェアにダウンロード可能なソフトウェアにわれわれのアイデンティティを取り込むことによって不老不死を達成するといった、テクノ・グノスティックな夢だって見ることができる。
 他方、社会経済的な諸関係の領域は、われわれの時代は、人類が旧き千年王国的な夢を放棄し、あらゆる点で不可能性だけが支配しでいる現実──資本主義的な社会経済的現実と読め──の制約を受け容れる成熟の時代と自己規定している。〈君ニハ不可能ダ〉という掟が、その指令語〔秩序の語 mot d'ordre )である。大規模な集団行動には加われない。それは全体主義的テロルに帰着する他ないから。旧来の福祉国家にしがみつくことはできない。それは競争を阻碍し、経済危機をもたらすから。グローバル市場から身を剥がすことはできない。北朝鮮の主体思想の亡霊の餌食になってしまうから。そのイデオロギー的解釈から言えば、エコロジー「思想」もまた、みすがらを不可能性、「専門的見解」にその根拠を据えるいわゆるギリギリの価値──たかがか気温が2度上がった程度の地球温暖化──をそれ自身のリストに加えるだろう。
 ここでは2つの不可能性を区別することが重要である。社会的敵対関係の〈不可能な−現実的なこと impossible-real 〉と支配的イデオロギーの領域が焦点を絞る「不可能性」である。不可能性は、ここでは、ふたたび二重化される。それは、それ自身の仮面として、機能する。つまり、第2の不可能性のイデオロギー的機能は、第1のそれの現実的なことを曖昧にすることである。今日、支配的イデオロギーは、われわれに根源−急進的な変化の「不可能性」、資本主義の廃絶の「不可能性」、腐敗した議会におけるゲームに切り縮められない民主制の「不可能性」を受け容れさせる努力を払っている。その努力は、資本主義社会を貫いている敵対関係の〈不可能な−現実的なこと〉を見えなくさせてしまうという点に向けられている。この現実的なことは、それが既存の社会秩序、その構成的な敵対性の不可能性であるという意味で、「不可能」である。だからといって、この〈不可能な−現実的なこと〉が直接的に論じ得ない、あるいは根源−急進的に変革し得ないわけではない。
 だからこそ、イデオロギー的な不可能性の超剋のためのラカンの定式は、「あらゆることが可能だ」ではなく、「不可能なことが起こる」なのである。ラカン的な〈不可能な−現実的なこと〉は、現実的に考慮されねばならない先験的な限界ではなく、行為の領域なのである。行為は、可能なことの領域への介入以上のものである。1箇の行為は可能なことの座標軸そのものを変化させ、その結果、それ自身の可能性の条件を遡及的に創出する。だからこそ、共産主義は現実的なことに関わるのである。1人の共産主義者として行為することは現代のグローバル資本主義の根底を支える基本的な敵対関係の現実的なことへの介入を意味している。


 自由?

 しかし、問題が残る。不可能なことを行うことについてのこうした綱領的な言明は、経験的な不可能性、つまり巨大な大衆を動かすことができる1箇の理念としての共産主義の大失敗に直面すると、どのような結果をもたらすのだろうか? 死の2年前、一国社会主義の建設という考え方が無意味であることを知りながらも、ヨーロッパ全体を覆い尽くす革命がもはや望めないことが明らかになったとき、レーニンは次のように書いている。

完全な窮境が、労働者と農民の力を10倍にふやし、西ヨーロッパの他のすべての国家のばあいとは別な行き方で、文明の基本的な前提をつくることに移っていく機会をわれわれにあたえてくれるならば、どうであろうか?〔このために、世界史の発展の一般的方向はかわったであろうか? 世界史の一般的行程に引きこまれようとしている、またすで引きこまれている、それぞれの国家の基本的な諸階級の基本的な相互関係は、このためにかわったであろうか?〕*10


これがボリビアのモラーレス政権、ベネズエラのチャベス政権、ネパールの毛沢東主義者の政権が直面した「窮境」ではなかっただろうか? 彼らは、蜂起ではなく、「公正な」民主的選挙によって権力の座についた。しかし、権力掌握後、彼らは、部分的には、支持者たちを直接的に動員したり、党−国家の代議的ネットワークを迂回するといったように、少なくとも「非−国家的」なやり方で、権力を執行した。彼らが直面した状況は、「客観的には」絶望的である。歴史の全体的な漂流は、基本的には、彼らにとって逆流である。彼らは、自分たちのやり方を押し進めるに当たって、いかなる「客観的な傾向性」にも依拠することができない。彼らにできることと言えば、即興、絶望的な状況の下で為しえることを行うことでしかない。しかし、とはいえ、こうしたことは彼らにきわめて稀な自由を与えはしなかっただろうか? われわれ現代の左派は、まったく同じような状況に置かれてはいないだろうか?
 われわれが置かれている状況は、20世紀初頭の古典的状況の対極にある。20世紀初頭の状況では、左派は何が為されるべきか(プロレタリアートの独裁)を知りながらも、その実行にとっての正しい瞬間を辛抱強く待たねばならなかった。今日、われわれは為すべきことを知らない。だが、いまこそ行為に移らねばならない。なぜなら、行為に移さないことがもたらす結果が破滅をもたらす可能性を孕んでいるからだ。われわれは「あたかも自由であるかのように」生きることを強いられている。われわれは深淵への歩みを踏むというリスクを取らねばならないだろう。しかも、まったく不適切な状況の下で。われわれは新たなことのさまざまな側面をふたたび発明せねばならないだろう。機械を動かし続け、古きにあって良きこと──教育、医療保険、基本的な社会サービス──を維持するためだけに。要するに、われわれが直面している状況はスターリンが原爆について語ったことに似ているのだ。原爆は柔い奴らのためにあるのではない、というスターリンの発言に。あるいはグラムシが第一次世界大戦から始まった時代に特徴を与えるに当たって語ったこと──「旧い世界は死につつある。新しい闘争世界が生まれつつある。いまや怪物の時代なのだ」に*11

*1:訳者──この論文は2010年に執筆されている。なお、この論文の翻訳を許可してくれたスラヴォイ・ジジェクに感謝する。

*2:訳者──ウディ・アロニ、サロイ・ジリ、アレンカ・ジュパンチッチに感謝する。

*3:訳者── Christopher Hitchins, The Trial of Henry Kissinger, London: Verso. 2001. pp.55ff.

*4:Eva Golinger, june 2 2010 ( venezuelanalysis. som )

*5:訳者──ホルクハイマー『理性の腐蝕』山口祐弘訳、せりか書房、1970年。

*6:訳者──カント『啓蒙とは何か 他4篇』篠田英雄訳、岩波文庫、10ページ。

*7:訳者──「ボローニャ協定」とも呼ばれる。

*8:訳者──フロイト『集団心理学と自我の分析』『フロイト著作集』第6巻、人文書院、1970年参照。

*9:Giorgio Agamben, Qu'est-ce qu'un dispositif?. Paris. 2007. pp. 46-7.

*10:レーニン「わが革命について」『レーニン全集』第33巻、498−9ページ。

*11:訳者 ── Antonio Gramsci, Selections From Prison Notebooks, 1971.