T. A. Z. The Temporary Autonomous Zone(一時的自律ゾーン), Ontological Anarchy(存在論的アナーキー), Poetic Terrorism(詩的テロリズム) Hakim Bey(ハキム・ベイ) 箕輪 裕 訳

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存在論的アナーキー協会のコミュニケ集

第2コミュニケ カリカク家を記念するボロ&カオスのアシュラム:1つの提案 The Kallikak Memorial Bolo & Chaos Ashram : A Proposal

 エアストリーム社の長距離旅行用トレーラーへの強迫観念を育むこと──車輪を備え動かすことのできる精巧なそれらの小型模型への──そしてまた、ニュージャージー州のパイン・バレンズ、砂浜の入り江とタール松の広大な失われた後背地、クランベリーの湿原とゴースト・タウン、1平方マイルあたり14人程度の人口、羊歯の生えた悪路、棟の折れたキャビン、そして前庭に燃え尽きた牽引車をつけ、取り残されて錆び付いたモービル・ホーム
 神話的なカリカク家──田舎の貧しい民の不妊手術を正当化するため、1920年代に優性論者によって研究された松林の中の家族──の土地。カリカク家のある者は、良質な遺伝子のおかげで立派に結婚し、成功し、そして中産階級へと 繁栄していった──その他の者はしかし、決して正業に就くことなく、森林へと寄生した──近親相姦、男色、精神的に足りない者が大勢──彼らを虚ろで陰気 に見せるために加筆修正された写真──宿無しのインディアン、ごろつきの傭兵、ラム酒の密造者、脱走兵などの筋をひく者たち──ラヴクラフト主義の性的倒錯者たち
 カリカク家の者たちが、秘密のカオス主義者、セックスの急進者の先駆、「ゼロワーク」の預言者たちを生み出したのではないか、と考えること。その他のモノトーンの風景(砂漠、海、湿地帯)のように、このバレンズにはエロティックな力が浸透しているように見える──急降下作戦あるいはオルゴンというよりは、むしろいわゆる物憂げな無秩序、造化の薄汚さほとんどそのままであり、あたかもその大地と水とが、性的な肉、膜、海綿状の勃起性組織からなっているかのようだ。我々がそこでスクウォットしたいもの、それは多分、旧式の薪ストーブと屋外トイレを備える放棄された狩猟/釣り用のロッジ──あるいは、ある廃れた「田舎のハイウェイ」沿いの壊れかかった「休暇用キャビン」──あるいは、 小川か水泳用の深みのそばの松林の裏手に隠された、我々がエアストリーム社のトレーラーを2〜3台停車することができる植林地でもよい。カリカク家の者たちは、何か良いものに気づいていたのだろうか? 我々は見つけるだろう
 どこかで少年たちは、ETが彼らをその家族から救出するために訪れ、その際もしかしたらエイリアン光線が彼らの親を蒸発させてしまうことを夢見ている。結構なことである。暴露された宇宙海賊の誘拐計画──シーア派の狂信的で頭のおかしい詩人であることがばれた「エイリアン」──パイン・バレンスの向こうに目撃された未確認飛行物体──「失踪した少年たちは地球を去るであろう」、 いわゆるカオスの予言者たるハキム・ベイはそう主張する
 逃走した少年たち、混乱と無秩序、エクスタシーと怠惰、裸で泳ぐこと、恒久の蜂起としての少年時代──蛙の、蝸牛の、木の葉のコレクション──月明かりの中での放尿──11歳、12歳、13歳──親から、学校から、「福祉」から、TVから、自分自身の歴史の操作を奪い返すには充分に大人である──来たりて我々と共にバレンズで生きよ−−我々は自身の贅沢品のため、夏期の錬金術 計画の資金調達のため、シンセミア地域ブランドを栽培するだろう──さもなくば、「詩的テロリズム」の遺物と我々の快楽の思い出の他、何1つ生み出さないことであろう
 古ぼけたピックアップ・トラックに乗っての気ままなドライブ、釣りと採集、コミックを読み、葡萄を食べながら木陰に寝そべること──これが我々の経済である。「法」の鎖から解き放たれたときの事象の基本的性質とは、それぞれの分子は1つの蘭であり、それぞれの原子は注意深い意識の集中へと向けられた真珠なのだ──これが我々のカルトである。エアストリーム社のトレーラーはペルシャ風の敷物で覆われて、芝生は満足げな草がぼうぼうで
 木の上の小屋は、7月の真夜中の無防備さの中で木製の宇宙船と化し、星々に対して半ば開かれ、快楽主義者の汗で温められたそれは、「松の木」の息遣いによって急襲を受け、そして鎮圧される。
 (親愛なる『ボロ・ログ』[スイスのボロ・ボロ関係の雑誌]よ。 あなたはかつて、実践的かつ実行可能なユートピアを求めていた──それがここにある。ホロコースト以後を描いた単なるファンタジーではなく、木星の衛星上の城塞でもなく──我々が明日、始めることができるかも知れない計画──その計画のすべての個々の局面が、今でも法を犯し、アメリカ社会の絶対的タブーを暴き、その真の枠組みを脅かしていることは別として。お気の毒なことだ。だがこれが我々の真の欲望なのであって、そしてそれを達成するため、我々は、純粋 なアートの生活だけではなく、純粋な犯罪、純粋な蜂起の生活をも観想しなければならないのである。かくあらせたまえ=アーメン。)

 (ヤル、ガノ、シラそして諸思想とに捧げられた、プロヴィデンスのシ・ファン・テンプルのグリム・リーパーと、その他のメンバーに感謝を捧げる)