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沈没家族のゆかいな仲間たち


神長恒一 投手・右投左打(30)

 とにかく働くのがつらくてつらくてしょうがない僕としては、就職・結婚さらには子育てというような生活を送るのは不可能で、それよりは働かない分、本を読んだり見知らぬ人とトークしたりという生活を送っています。
 この「沈没家族」と銘打たれた共同保育の試みでは、このような僕でもめでたく沈没家族の仲間入り、同じように模範的な家族なんてやってられませーんという仲間だちと、保育以外にも何かと巣まっては子どもも大人も一緒になってパーティー、トーク、何やら盛り上がっているのです。それにしてもこのちょっとふざけた沈没家族という企画、笑いがとまらないというか、女も男も、子どもも大人も楽でいごこちがいい。就職と結婚はおすすめできないね、が口癖の僕ですが、沈没家族はおすすめしたい。読者の方もあなたなりの沈没家族をつくってみてはいかがですか? きっと人生に拡がりができますよ。サラバ家族、こんにちは皆さん!


脱家族そして新しい共同性へ 〈置き換えられたイメージ〉に抗して

小倉虫太郎 批評家

 世間一般的には、家族が解体することが、イコール「1人ぽっち」になることとしてイメージ化されてしまいがちです。実際、マスメディアレベルの言説が、路上生活者を「ホームレス」という名称で捉えた時、その言葉は、「家族にみはなされた人」「社会から疎外された人」「可哀想な人」などというィメージの連鎖を呼び起こします。そうすると、いわゆる「家族を構成している状態と、そこから頽落した「1人ぼっち」である状態の二者択一しかないことになります。しかし、私たちは、たとえ1人で生きていると思っていても、実際には常に複数的にであり、何らかの〈共同性〉というものを手放すことは出来ないはずです。つまり問題は、「家族」が〈置き換えられたイメージ〉として、私たちが手放せない 〈共同性〉にすっかりとって代わってしまっている事態なのです。いわゆる〈近代核家族〉は、現在の近代資本主義をささえる労働(及び再生産労働)形態、教育・税金・社会保障の体系などすべて世帯主に手厚く、「扶養される女性」を前提としたものであり、それ以外の〈共同性〉のあり方を強制的に排除し、あの〈置き換えられたイメージ〉を永遠化する中で成り立っているのです。
 であるならば、私たちが、もしいわゆる「家族」的でない共同性を作ろうとするなら、それは一時的であることを恐れない人間関係の風通しの良さ、各自の自律性、傾向性が、最大限いかされるアレンジメントをともに追求していくことを保証する〈友愛〉という原理を徹底的に肯定していくことになるでしょう。


「加納稔子&土と会ってよかったな」

こじまふさこ 殺し屋

 初めて加納徳子さんと出会ったのは、銭湯じゃった。その時、土は、立とうとしてふんばっとった。なんか蟹みたいやった。それは、95年の春のこと。そんで、その翌日わしは、「だめ連」の人たちと映画を撮ることになっていて、ラスタ庵という男5人くらいで住んでいるボロイ家に行ったっちゃけど、そん時また偶然、加納さんを見た。そん時、穂子さんは、共同保育の宣伝のビラを撒きに来とった。そん時、土は、まだ小さくて、物みたいにあっちこっち移動させられていて、加納さんは、ボテッと土を落として、土は泣いとった。そん時は、「なんで共同保育するっちやっか?」とあまりピンとこんかった。
 それで、最初に何か知らんけど、子守に行くことになって、そん時土が、おかあさんがいないことに気づいて泣きはじめた時、本当に大人の人が寂しがって泣くのと同じ感じがして、わしももらい泣きしてしまった。
 2回目は、2人で散歩する企画になったんじゃけど、そん時はすごく盛り上がっていて、土は、いろいろな物にさわりたがっていた。わしは、葉っぱとかいろいろ触らせたんやけど、結局上は、自動車が一番好きなことが分かった。でも見るのは、電車が一番好きだ。土は、電車が来るとウギャアとか、盛り上がっとって、わしもウヒョーと叫んだ。3回目ん時、土と部屋にいたんやけど、わしは、顔をテーブルの上に乗せて、さらし首が移動するみたいないなことをやったら、土はとっても喜んどった。でも、どういったことが受けるのか、その時その時で違う。
 現時点での「共同保育」に関する感想では、いろいろな人がたくさん集まっとってすごいな、と思う。それぞれひとりひとりが、土の気持ちになって考えたりしていて。わしは、土が好きなんじゃけど、それは何なのか考えていって「人が生まれながらにして持ってるものって何ちゃか?」と考えたりする。


共同保育を見ていて

尹 秀文 学生(20)

 実は私は共同保育には参加していません。立場を説明すれば原稿を書いているのが不思議なくらいで、2組の親子と、多少の接点と共有する時間を得た間借り人に過ぎません。ですがそんな私にも、共同保育自体には少なからぬ関心を特った理由があるのです。
 親子関係というのは本来固定的なものではないはずです。しかし現在は特定の在り方のみが一般的と考えられています。それは法律や習慣に支えられてもいますが、それについては問題が多いのではないかと思うのです。
 例えば、親が心配なり期待なりいろんなことで子どもの人生と深く関わるのはやむを得ません。それは子どもを一人前の大人にするために教え導く過程と言えるでしょう。しかし裏を返してみたとき、そこに人間の中に業としてある支配欲があるかもか知れないと思うのです。1個の人間が別の人間を思うまま操る甘美な快楽。親子の関係にそれはないしょうか。現在一般的とされる在り方は、導くというよりは操るという、親の支配欲を満足させる関係になってはいないでしょうか。
 たとえばそんな既存の親子関係の枠組みから生じるさまざまな弊害を、もしかすると共同保育は解消していけるのではないか。実際に保育に入っていない私がこの試みを見守っていきたいと思ったのは、間近で見ていてふとそんな気がしたからだと思います。


ぺぺ長谷川 交流家(30)

 子供がこんなにかわいいということは驚きであった。これでは、万一自分に子供などできようものなら、いやな仕事でも「子供のためだ!」などと言いながら続けまくってしまうかもしれない。そんなことに気付かせてくれたこのプロジェクトにはいくら感謝してもしきれないものがある。ああ、世の中ってこうしてまわっているのか。世界の秘密の一端を垣間みた。
 「子育てなんて、一生できないかもしれませんよ」私を誘った一女性の言葉にはパンチが効いていた。『確かに。このままうだつもあがらず、結婚もキビシいとなれば」ヒザに来た。気が付けば「月に1回」という条件で参加していた。しかし、今では、企画の性質故か(本当は突っ込んで考えるべきところか?)女性も多く集まる「沈没家族」抜きに私の現在の生活は語れない。世界は、少し変わった姿で渡しに接するようになった。
 月に1度バだけ子育て感覚を味わい、私がファンの女性と「保育デート」までする始末の私。おいしいとこどりなのかもしれない。「ふざけやがって」と将来「子供」に殴られるかもしれない。しかしそうした思いは現在、「普通」の親にもあるのでは、とふと思う。
 「自分の子供」がいなくとも、特にさみしいというわけではない、という感覚が現実化する様な関係をつくることはいかなる意味を持ち得るだろうか。


堀木泉保 公務員(28)

 私が沈没ハウス(加納親子他の人々が生活する家)に行く理由を一言でいうと「人に会いに」ということに多分なる。人と一緒にいて、単に情報、データが増えるという以上に、友達の言葉に、或いは友達白身に感動してしまうことが私にはあって、それは格別に気に入った舞台や演奏会を観た時と同じように、1回性の体験の、貴重な記憶でもありうる。自分では整理しきれない事柄が、友達の口から出
るとうまく言葉になっていて、私はそれをもとに、考えたり、興味が広がることがある。人と一緒にあることによって、自分が自由に動けるようになるというか。或いは「他人を必要とする」という意味において、もっと切実なものかもしれない。
 私は子守人としては全く1人立ちができていないが、それは「あせっていて他人のことを理解しようとする余裕がない」からかと気付いた。保育の魅力は、他の子守人の人々の子供相手のコミュニケーションを見るおもしろさもある。その中で自分のこと、他人のこと等、とくと考えたりする。そこから今後の生活をどうするかといった事の手がかりがでてくることもある。
 確信犯的にやっている共同保育だからこそ、因習的なものから自由で、誰が来てもいい、その空間があるということと、そこで人々といろいろな話ができるということは、自分の生活の中で少し、ホッとできる要素になっているのを感じている。


阿佐谷勇宇

 子守への参加を始めて3ケ月が経とうとしている所であります。
 回数を重ねても子供と付き合っていく大変さに変わりは有りませんが、其れ也に楽しくやらせて頂いて居ります。
 私は自分が活動(子守の試み)に、又は社会道徳に与える影響云々よりも、子供達白身に与える影響、即ち例えば子供達が保育行為を必要としない年齢に達した時、子供達の過去に子守を行った人間としての私がどう残っていくのか(残らないかもしれませんが)、という事に興味を覚える所です。
最後に子供達が無事成長する事をお祈りします。


共同保育のこと

三浦さつき ストリッパー・エメロンズ(22)

 私は最近保育をはじめたばっかりだ。この話を聞いたとき、画期的だと思った。きっと私も子供を産むだろうと思う。そして結婚というとそこらへんのことはよくわからない。家庭をつくるというのはピンとこないです。それでこの共同保育の話は新鮮な風が吹いたかんじだった。
 参加したいという動機はただ土やめぐと遊ぼう、と思ったから。
はじめ、たくさんのパパやママがいるかんじなのかと思った。
しかしやはり子供にとって母親は母親
でも、家族でなく大事な人が沢山になるのか???
 ああそうか、共同保育で育っても、普通の家庭で育っても基本的な事はきっと変わらない。基本的な事って? 本人にとって母親という存在があり、またいろいろな人々の存在があって影響されたり、交換があるということかしら。ただでも共同保育の場合、子供の社会が幼い頃から広くある、というかんじなのかな。
 家族って一般的にはこう、壁があって、囲われてくくられるかんじで、閉じている。こう、ノックして入らないといけない様な。そういう囲いがないかんじで、土やめぐはいい環境にいるのかもしれない。ああでもそれはやっぱり本人次第。ただ私は、土やめぐとキャーキャー遊んで色んな発見があって保育は楽しいです。


たまご ライダー(27)

 ふとしたきっかけで保育に入りはじめて、1年半くらいになります。
 初めて土くんと会った頃は、てけてけと歩き回る、ちょっと大きいけれどもまだ赤ん坊という感じでした。
 そのうち言葉を話すようになりはじめました。「おっこ(母親の穂子さんのこと)」「ちぇ
んちぇい(先生)」「わんわん(犬)」などなど……。いままで「あー」「うー」「いやー」などとしか言わなかったのに、単語を話すことができるようになってきたのです。誰が誰であるかをしっかり認識してくるようになり、人の名前も言えるようになってきました。私も、名前を呼ばれたときにはとても嬉しかったのを覚えています。
 そんなころにあった、あるエピソードを紹介します。
 とある保育に入っている人なんですが、自分の名前は「パパ」だと土くんに言っていました。(結構キツいのですが)笑える冗談のつもりで、それと滅多に無い「疑似パパ」体験をしてみたいという動機もあったとのことです。その時私は「それはマズイでしょう」と、強く反発していました。しかし、この「強い反発」とはいったい何なのでしょうか? これは考え直してみる必要がありそうです。すると、私の中に構築された「パパ」を、確認することができるのです。
 穂子さんは、シングルマザーです。そして、土くんは父親とも時々会ったりしています。そこで、「パパ」と言う単語が使われているのかは不明なのですが(たぶん使われていない)、パパ=父親という単純な図式はなかったと思います。パパ=? でした。
 そのような、重みのない「パパ」という単語という存在は、非常に自然な状態だと思います。しかし、その頃の私は逆に「パパ」という単語は、それ自体避けるべき存在である、と認識、特別視してしまっていたのです。「パパ」とは、パパであるような人が呼ばれるべき名称であると。実は、そのような人物は存在していないのに。
 そして、父親でない人が「パパ」と呼ばれるのは問題があるという隠れていた、誤りのロジックも、姿を現しました。
 つまり、「パパ」という単語の単純な回避は、すでにに構築されている「パパ」を補強=再構築すらする場合もあるのだ、ということなのです。
 それまで私は、オイディプス三角形の脱構築を意識していました。しかしこのできごとは、私の中のパパ・ママ=オイディプス三角形は、脱構築へ動いているのではなく、不可視化=隠蔽化の方向へ動いているに過ぎないことを気づかせてくれました。


寿屋 音 会社員役者(28)

 最近、難しいことばかり考えてしまう。革命のことや恋愛のことや仕事のことやそんなことばかり考えてしまう。もっとこうキャンプや宴会や夏のことやそういう楽しいことを考えているほうが気分がいい。難しいことを考えるとついつい滅入ってしまう。
 共同保育に行って子供と遊んでいると楽しい。子供が勝手なことをしても言うことをきかなくても楽しい。一緒にお風呂に入っていて、僕でも熱くて入れないような湯船に平気で入っちやって身体が赤くなってたりして、そんなのもいい。とても癒される。僕はこの子達に将来こうなって欲しいとか、こんなふうにはなって欲しくないとかいう思いが少ない。いや、どんな子供にも大人にもこうであってほしくないという思いはあるのだけれども、特別にこの予達を導いてやりたいという思いは少ない。何というか仲良くしたいという思いのほうが強い。
 最近、僕が考えるのは、あと何年かたって子供らが大きくなってすごく許せないと思うようなことをして僕がいやだなーと思う情況になって滅人ってしまったらどうしようとか僕自身が身も心も不安定に打ちのめされたらどうしようと思う。自分の子供だったら予防弾圧のように思うがままに指導して萎縮させたり叛旗を翻されたり、そんなこと考えると増々滅入ってしまう。ウーまずいと思う。
 他の人々も同じようなことを考えてる人もいるだろうと、そういう人と楽しいことをやりつつ厳しいことを考えていけばおのずと道が開けてくるかもしれない。行動してみる、それがいい。


「子ども」という人たち

河地克俊 エコロジスト(25)

 「もう子どもじゃないんだから」という言葉を耳にする機会がよくあります。「子どもじゃなくなる」ということは、いうまでもなく「大人になる」ということですが、正確に表現すれば「子どもが大人に成長する」ということだと思います。土の保育に参加するようになって2年近く経ち、土以外にも何人かの子どもだちと接してきて、「ヒトが成長する」ということはどういうことなのかとよく考えさせられます。「子ども」が「大人」に「成長する」ということが、ヒトが人間として人間的に発達進歩する過程として発達史観的に規定されているとすれば、成長した状態のヒトが形成する「大人社会」において、末成長状態のヒトすなわち「子ども」が、「大人」と対等な存在としてその社会の中で位置することは難しいことだろうと思います。そのような情況においては、暴力も含めた「子ども」に対する差別的支配披支配関係が生じやすいという危険性があるという思いからか、「大人社会」の中で躊躇なく使われる「幼稚だ」とか「子どもみたいなマネはするな」などという表現に接すると、思わずドキッとしてしまいます。
 とは言うものの、私自身、子どもだちと接する機会が増えるにつれて、「子どもだから」という根拠だけで、子どもを何も知らない何も分かっていない存在として見てしまっていたり、逆に、障害者差別の裏返しとしての障害者福祉のように過剰に特別視特別扱いしてしまっていることがあって、”またやってもうた”と思うことが度々あります。そういうことを、怒鳴るでもなく嫌みを言うでもなく遠回しに教えてくれる「子ども」という懐の深い存在に、私はこれからも問われ続けていきたいと思います。


加納穂子 水道検針員(24)

 土が10ケ月の時、「子守人募集」というチラシをまいて、それから土はいろいろな人に出会って、もうすぐ3歳になる。はじめた頃、私が学校に行く別れ際には泣いていることも多かった。ベビーカーで保育者と私と駅まで行ってそこで別れたりしていた。「バイバイ」と言うと泣き出すので、別れを知らせないようにこっそり去ったほうがいいんじやないか、という話もでたけど、やっぱり私は今必要なことで土の前から消えるけど、絶対帰ってくるよというのを伝えたかったので「行ってくるね」と言った。ホームからベビーカーにのって泣いている土と保育者がみえて、手をふった。
 今は土が私に「バイバイ」と言う。「今日は○○さんくるよ」と言うと、「カミナガさんと『まじょのかんづめ(絵本)』よむ」とか、「たまごさんとウルトラマンごっこする」とか言ってやってくるのを待っている。保育者がくるとジャンプしたりビーム光線をだしたりしていて、私が「そろそろ行くね」と声をかけると「ママ、バイバイ」と土が言う。
 ”共同保育”とは言っているけど、”共同で保育をしていこう”というよりはそれぞれが好きなように関係をつくっていて”保育者”というだけの存在じゃなくてむしろ、私にとっても土にとっても友達のような人たちに支えられて土と私は過ごしていると思う。そしてそういう”人”のなかで土が成長していくことは私と土の関係にとっても、大事なものになっている。自分にとってもたいせつなものを、たいせつにしたいと思う。

(かのう ほこ)


(ちんぼつかぞく)