もしインターネットが世界を変えるとしたら2 粉川哲夫

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オリジナルテクスト

異質な場を多重にリンクする

 ベルリンの壁の撤廃、湾岸戦争、ソ連ブロックの解体という歴史的な出来事を通じて、メディアの持つ今日的機能がある種の驚きをもって再確認されるところとなったが、実は、このような事件を通じてあらわになった「メディア」の力は、むしろ古いメディアのそれであったということはあまり指摘されない。
 一体、国境を越えて届く「自由主義圏」のラジオやテレビの放送電波が「共産圏」の既存の価値観や制度をぐらつかせたとか、攻撃の操作や監視がすべて電子的なリモートコントロールで行なわれたといったことのどこに新しさがあるのだろうか?
 ヨーロッパのラジオやテレビは、もともとトランスボーダーなものであったし、また遠隔操作は戦争の本質の1つである。それゆえ、衛星からの電波が地理的国境を越えて飛びかい、東欧の諸都市を縦横に結ぶ通信回線が敷設されるようになり、また、攻撃がシュミレーションの結果の再現でしかなくなるといった現在進行中の事態は、すでに半世紀まえに方向づけられていたことにすぎないのである。それが、遅々として進まなかったのは、技術的というよりは政治的な事情のためであり、米ソ冷戦体制というものがそうした進行をあえて遅らせることによって成り立つようなシステムだったからである。権力システムとは、決してシーケンシャルな論理では進行しない。それは、たえず進行を逆行させ、後退させることによってシステムの突然変異的な変化を回避しながら進むのである。



 印刷メディアであれ、電子メディアであれ、メディア・テクノロジー――というよりも、むしろメディア機器――が高度に浸透している一方で、日本では、表現の不明瞭な屈折した国家規制があり、最もパブリックな場であるはずの国会で行なわれる証人喚問の報道が静止画像でしかできず、さらには、最初から不特定多数に向かって放送される電波以外は、原則として、その自由な受信が法律で禁じられている。
 むろん、ここには、さまざまな理由づけがあるわけだが、それらはすべて官僚主義的な国家政治の勝手な都合によるものであり、メディア・テクノロジーのポテンシャルには逆行する。それならば、最初からメディア機器の浸透をコントロールしておけばよさそうなものだが、装置の方だけは過剰に流通させることを許しながら、その使用を抑えようとするのである。
 この点で、現在、最も矛盾をきたしてしまっているのが電波法である。一瞬耳を疑う者もいるかもしれないが、電波法第59条を厳守すれば、日本では自分を偽らないかぎり、自由に電波を受信することはできない。「秘密の保護」を目的として作られたとされているこの法律によると、「特定の相手方に対して行なわれる無線通信を傍受してその存在若しくは内容を漏らし、又はこれを窃用してはならない」という。
 一般の放送は、この「特定の相手方に対して行なわれる無線通信」に入らないのだが、日本以外の国から飛び込む電波や通信衛星の電波に対してはこの法律が適用され、それらの受信は、違法になる。もちろん、第二次大戦中とは違い、特高がチェックしてまわるということはないから、事実上、個人的な受信は問題にならないとしても、自宅に大きなパラボラアンテナを設置して海外の衛星放送を見ることは違法であることには変わりないない。人を傷つけようというわけではないにもかかわらず、どこにでもある技術を使わせないという検閲の姿勢――これが、日本のメディア・ポリシーの実態を端的にあらわしている。
 基本的に、電波は、空気や光と同様に、万人のものであるはずだが、日本にかぎらず、国家は、「電波資源の有効利用」と称して電波を独占し、管理している。アメリカのように、国家や企業だけが放送を独占していることへの異議申し立てと批判から、パブリック・アクセスという民主的な制度が勝ち取られ、実際に、限られた枠のなかで個々人や市民が一般のチャンネルで自由に放送できる国もあるが、そのアメリカでもFCC(連邦通信委員会)の介入に対してしばしば抗議と批判が上がっており、FCCの規制には根拠がないとして、たとえばサンフランシスコの「フリーラジオ・バークレイ」のスティーブ・デュニファーのように「海賊放送」を敢行している人々もいる。が、それを「海賊(不法)」行為と見るのは電波を独占している国家の方であって、市民の側にとっては、極めて合法的な行為なのである。
 世界的にみれば、電波メディアは国家が押さえており、パブリック・アクセスの制度すら一部の国々でしか実現されていないが、日本のように外見だけメディア民主制をよそおいながら、その実、独裁国家並の規制を貫徹している国は例がなく、市民無視のその態度は悪質といわなければならない。
 驚くべきことは、日本の放送法は、放送の受信者として「日本国民」しか想定していないため、海外から日本の領域に飛び込んでくる放送波は、全く存在しないもの、ないしは存在すべきでないものとみなされるか、あるいは、非日本国の「特定の相手方に対して行なわれる無線通信」と解され、日本では受信すべきでないものとされるのである。
 郵政省は、1994年度から海外の衛星放送の電波を「合法的な越境放送」として認定したが、基本にある国粋主義は少しも変えないだろう。というのも、郵政省は、この電波を一般に誰でもが自由に受信し、「窃用」できる放送波としては認定しないからである。それは、「越境放送」であって、「放送」ではなく、そこに「日本語や英語など日本人が理解できる言語の番組が含まれている」という理由でこれを「特定の相手方に対して行なわれる無線通信」として解釈しようというのである。従って、これは、マスメディアで報道されているような、「海外衛星TV受信解禁」などというしろものではなくて、ケーブルテレビのように受信契約をしている特定の受信者のみに合法的な受信のチャンスを与えるにすぎない。
 通信衛星に見られるようなトランスボーダーなメディアの登場は、すでに近代主義的な国家規制の終焉を表示しているのだが、日本は依然としてそのような国家観にしがみつき、小手先の微調整で事態を切り抜けられると思っている。このような歪んだメディア環境のなかでメディアを論じるかぎり、そこからはロクな展望もえられないだろう。従って、権力システムとは異なったメディアの使い方を問題にするには、メディアをその現状においてではなくて、そのポテンシャル、潜勢力においてとらえなければならないのである。



 すでに今日のメディアは、フェリックス・ガタリの言葉を借りれば、「ポストマスメディアティック」の時代に入っているが、「ポストマスメディアティック」とは、単にこれまでのマスメディアがやってきた統合と均質化の機能を改め、分散と多元化の機能に転換するといったアルヴィン・トフラー流の変化を意味するにとどまらない。また、マーシャル・マクルーハンが30年以上も前に提起した印刷メディアから電子メディアへというテーゼが、あいも変わらず念仏のように繰り返されているが、印刷メディアから電子メディアへの移行は、一方が他方にとってかわるということではなくて、前者が後者によって再編成/脱構築されるということにほかならない。
 現代は、あらゆるものが電子テクノロジーによって再編成/脱構築される時代であるが、その場合、再編成と脱構築とは根本的に異なる。たとえば近年のDTP(デスク・トップ・パブリッシング)技術は、熟練した印刷技師と高度な印刷技術によってしか可能でなかったような印刷術を普通に使えるコンピュータの電子操作のレベルにまで引き下ろすことに成功している。しかしながら、これは、どのみち旧テクノロジーの再編成であって、脱構築ではない。
 テクノロジーの趨勢からして、旧テクノロジーは、消滅するか再編成されて生き残るかのいずれかであるとしても、新しいテクノロジーが持つポテンシャルは、再編成にとどまりはしない。DTPにおいて、印刷術と同じことが実現されるということを越えて示唆されていることがあるはずなのだ。
 たとえば、今日、紙は、コンピュータとの出会いのなかで確実に意味と機能を変えつつある。この場合、紙かペーパーレスのモニター・スクリーンかといった不毛な議論に陥らないようにしよう。事態を平面的にしか見れない人々が、「ペーパーか、ペーパーレスか」、「ペーパーレス社会なんか来はしない、コンピュータ時代になって、むしろ紙の消費は増えているではないか」などと言っているうちに、紙自身の意味と機能が根底から変わりはじめたのである。



 紙は、かつて礼拝の媒体であったが、やがて記録の媒体になっていった。それがいま、確実にインターフェースとしての機能に変化しつつある。それゆえ、コンピュータやコピー機やFAXのプリントアウトを、われわれがしばしば、いとも気軽に捨て、きわめて命の短いものとしてあつかうことがよくあるのは、決して偶然ではない。つまり紙は、もう1つの「モニター・スクリーン」、ブラウン管や液晶モニターよりは手軽で安定度の高い「モニター・スクリーン」になりかわっているのである。
 しかし、他方において、この「モニター・スクリーン」は、われわれが電子テクノロジーを使いながら、紙の上に印字・描画された「安定した」文字・画像に執着するかぎり、自然破壊につながる大きなコストを覚悟しなければならないということをも示唆している。結局のところ、紙=モニター・スクリーンは、過渡期の現象でしかないのである。
 問題は、ここからやがて「ペーパーレス」の状況が生まれるということではなくて、紙をモニター・スクリーン化する今日の電子テクノロジーは、「もしあなたが単なる現状の再編成に甘んじるだけならば、自然破壊につながる憂うべき事態を覚悟してくださいよ。あるいは、もしそれがいやなら、あなた自身がメディアに対する姿勢を根本的に変えるしかないですよ」ということを示唆していることである。
 いつの時代も、新しいテクノロジーは、それ以前のテクノロジーをより効果的に展開するためにのみ使われる。そのためには、新しいテクノロジーは、そのポテンシャルの大部分を犠牲にし、その能力を奴隷的レベルにまで引き下げることによって旧テクノロジーに奉仕させる。活版印刷で普通に行なってきた印字技術をコンピュータでやろうとすると、コンピュータにかなりの負担をかけなければならないが、そのときコンピュータは、いわば無能者をよそおい、コンピュータにとってはバカバカしい仕事にあまんじている。その仕事を処理する速度と記憶容量を別の目的に向けるならば、そのコンピュータは、これまでの技術機械が決して発揮できなかったようなことができるはずである。



 日常的にわれわれは薄々気づいているのだが、依然として、メディアによってメッセージを伝達するという観念が一般的である。メディアが「運送路」と考えられているのであり、だからこそ、情報の「送り手」「受け手」、「メディア・ハイウェイ」などということが言われるわけである。しかし、電子メディアを情報の運送パイプとして使うときには、電子メディアの本来の特性を殺したやり方をしなければならない。
 その適例が軍事通信である。軍事通信においては、情報の「送り手」と「受け手」が明確であり、原理的に、不特定多数の「送り手」や「受け手」は存在しない。普通の放送のように、誰がどのように聴いているかは厳密にはわからず、むしろその不可知性のなかで作動しているようなメディアでは決してない。また、モニター・スクリーンの画像にも、ヴィデオ・アートとは違い、すべて明確なメッセージがこめられている。
 しかし、湾岸戦争中にくりかえし見せられた映像が、もともとは「敵」と「味方」、「送り手」と「受け手」、さらには「現実」と「非現実」(誤差)とが明確に区別されることを前提とした映像であったはずだが、それが、多くの視聴者にとってはヴィデオゲームの映像や「この上なく美しいヴィデオアート」の映像として見えてしまったという事実は、電子メディアがこうした区別やメッセージ性をつねに越えた存在であることをはからずも示している。
 電子メディアは、情報を伝達するパイプラインとしてよりも、コミュニケーションを組みかえる場として機能すべきものである。ラジオやテレビは、情報を数量的にとらえ、それをできるだけ大量に送達することができるように組織化されるために、信じられないようなロスをしている。現在、プロフェッショナルな放送局には、放送出力が500キロワット以上のところもめずらしくはない。これは、1ケ所から大量の情報を可能なかぎり多くの視聴者に「放射」(ブロードキャスト)し、送達しようとするからである。ここには、場所の質に関する意識が欠如しているのであり、場所とは均質な電波空間でしかないのである。
 が、もし、場所性ということを重視するならば、出力をかぎりなく増大するという発想は生まれないだろう。500キロワットの放送局を作るより、1ワットの放送局を500ケ所に作り、500種類の異なる放送を行なう方が場所性ははるかに豊かになるからである。湾岸戦争でミサイルの先端に装備された小型の「テレビ局」を一晩で何百局も惜し気なく使い捨てたコストを思えばはるかに安い予算で全世界に小出力のポリモーファスなテレビ・ネットワークを張りめぐらせることが実際に可能である。しかし、そのような放送行政は、まだ世界のいかなる国でも遂行されてはいないし、今後実行に移される見込みはなさそうである。というのも、現存する権力システムは、既存のテクノロジーを突然変異的に組み変えるよりも、膨大な犠牲と浪費を支払ながらしゃにむに継続しようというテクノ・ポリティクスによって動いているからである。



 電子テクノロジーは、印刷テクノロジーの理念を引き受けることによって、印刷技術を完成させた。すなわちその複製という理念は、電子的なメディア・テクノロジーによってその可能性を極限まで発揮するようになった。が、完成とは終焉であり、ここにおいて複製という理念そのものが終わる。
 実際、ディジタル化された信号においては、オリジナルと複製の差異は消滅する。このことは、電子テクノロジーは、本来、複製のテクノロジーではないということであり、電子メディアも、複製とは別の方向からとらえなおされなければならないということを意味する。
 コンピュータは、当初、プロセス・マシーンと解され、実際にプロセッサーとして使われてきた。いまでもわれわれは、コンピュータにワードプロセッサーの機能を期待している。しかしながら、われわれは、コンピュータの機能がそのポテンシャルの一部でしかないことに気づきはじめている。 プロセスとは、プログラムに従って何かを処理することであるが、プログラムにあらかじめ封入したことしかできないコンピュータは、いまでは幼稚なコンピュータである。かつて「写真製版」をプロセスと言っていたように、プロセスという言葉は複製文化に属している。が、コンピュータは、もはやプログラムを複製するのではなくて、プログラムをみづから創造するのであり、ある種の自己増殖性と外部へのアクセス性こそが、コンピュータのポテンシャルである。



 コンピュータがプロセス・マシーンにとどまるとき、それは、情報を集積・所有するという印刷文化の伝統に支配される。これに対して、コンピュータをアクセス・マシーンとしてとらえるときには、ネットワークの発想を抜きにすることはできない。ここでは、情報は、集積・所有されるのではなくて、共有のなかで再構築されるのである。伝達、情報交換としてのコミュニケーションに代わって、《共振》としてのコミュニケーションが重要性を持つのはこの点においてである。
 しかし、現在のコンピュータ通信は、コンピュータのこうしたアクセス性を十分に展開できずにいる。それは、依然として「メール」や「ニューズ」といった印刷文化のコンセプトのなかにとどまっており、従って、コンピュータのネットワークを通じて生まれるコミュニケーションには、何ら新しいものを見出すことができない。
 とはいえ、コンピュータ・ネットワークのなかでしばしば問題になる機密保持、著作権、情報の代価といった問題は、これらの上に築かれた既存の制度と価値体系が意味をなさなくなる事態が始まっていることを示唆している。今後、文字だけでなく映像や音があたりまえのようにコンピュータ・ネットワークのなかに登場するようになれば、このメディアのアクセス性は急速に進むだろうし、いまとは全く違った事態が出現するはずである。



 ラジオやテレビは、コンピュータ以前から「ネットワーク」という言葉を使っていたし、「共振」は送信と受信の基礎をなしているにもかかわらず、ラジオやテレビもまた、印刷機の概念によってそのポテンシャルを拘束されてきた。送信の時間ユニットが依然として「プログラム」と呼ばれているように、送信にとってあらかじめ(プロ)=書き記す(グラム)ということが前提になっているが、これは、むしろ印刷メディアに固有の性格であって、電子メディアにとって不可欠の条件ではない。電子メディアは、あらかじめ仕掛けをするよりも、即興的ななりゆきにまかせた方がその潜勢力をいかんなく発揮できるような装置である。
 そもそも、「放送」(ブロードキャスティング)という概念自体、電子テクノロジーにはなじまない。不幸にして、現在、ラジオやテレビは、人と人との距離をかぎりなく消去するための装置として使われている。だから、最も強力な放送メディアとは、遠い距離をいまここの感覚にすりかえることができるメディアであり、たとえば湾岸戦争時のテレビ放送は、遠隔地での戦争をいまここの感覚で報道したことでその威力が評価されたのだった。しかし、それは、車や飛行機に期待されている能力――移動能力――であって、電子テクノロジーは、もっと別のことが期待されてしかるべきである。
 ラジオやテレビは、情報を放射=放送するのではなくて、送信(トランスミット)するのであり、このトランスミットは、文字通りに受けとられなければならない。《トランス》とは「横断的」、「1つの場所を越えて」ということであり、《ミット》はラテン語の mittere や mettre の系列に属する語で、「置く」「場所をつくる」ということとつながっている。それゆえ、「トランスミット」とは、「横断的な場所をつくること」であり、それぞれ異質な場を多重にリンクすることである。 実際には、マスメディアとしてのテレビやラジオは、そうした異質な場をリンクはするものの、それらを同質の場に統合することに努めてきた。それは、テレビやラジオが、不幸にして、輪転機、蒸気機関、歯車、車輪、レールといった機械テクノロジーにもとづく工業化の環境のなかにデビューしなければならなかったという歴史的な事情のためである。 それゆえ、歴史的な状況が工業化から脱工業化へ移行していくにつれて、ラジオやテレビのローカル化や分権化が進むのは当然である。と同時に、テクノロジーの基本動向も歴史の趨勢もすべて後追いとこじつけで済まそうとする日本のようなところから見ると「自由」に見えるアメリカやヨーロッパのメディア状況も、所詮は、こうした歴史的な趨勢に対応するためにとられた修正の結果としてローカル化し分権化しているのだということを忘れてはならない。
 1970年代から1980年代にかけて、イタリア、さらにはフランスで始まったラジオとテレビの自由化は、一面では、下側からの市民的要求というファクターもなかったわけではないが、その最も大きなファクターは、資本の多角化、消費の拡大、脱工業化、情報化等々の言葉で言い表されるシステム側の変化であった。むろん、そのなかには、たとえばアウトノミア運動のなかで現われるラジオ運動のように、資本の「自己組織化」を越える創造的な試みも数多くあった(『これが「自由ラジオ」だ』、晶文社参照)が、それらは、そうした歴史的趨勢のゆえに生まれたのではなくて、むしろそれにもかかわらず生まれたのであった。
 だから、重要なことは、権力システムを越え、つねなる未来を照射する試みとしてのメディアとメディア運動は、制度化したモデルのなかにはないということである。つまりは、トランスミッションは、まだトランスミッションではないのである。



 メディアの歴史は、ある点で、記憶を代補する装置の歴史である。フランシス・イエイツが『記憶の技術』(邦訳、水声社)のなかで書いているように、都市の街路や建築が記憶のメディアであった時代もあったが、近代は、書物が記憶のメディアとなった。書物は、次第に記憶の天才と博学の伝統を消滅させ、今日、コンピュータと連動した電子メディアが、記憶ということそのものを変容させようとしている。
 しかし、街路や書物は、記憶を完璧には代補できないということが、そのメディア性をなしていたが、電子メディアは、記憶をある現実の再現前・複製とみなすことによって、その代補を完璧に実現する。いまここで体験される感覚・思考・動作を10年後に全く同じ状況で経験させること、もしお望みなら、10年後の「いまここ」の感覚に合わせて現実をヴァーチャルに変容させて経験させることもいとわない。ヴァーチャル・リアリティのテクノロジーは、想像をサンプリングし、現実化するテクノロジーである。
 こうした状況のなかで、人は、記憶の意味自体が変わりつつあるにもかかあらず、一方で、記憶の喪失を嘆き、他方で、記憶が電子テクノロジーによって完璧に代補されるという楽天主義にひたる傾向がある。確かに、記憶は失われているが、それは、電子テクノロジー以前から失われつつあった記憶である。また、電子テクノロジーが代補するかに見える記憶は、われわれがこれまで慣れ親しんできた記憶とは質的に異なるものである。
 記憶とは、基本的に場の記憶である。この場では、情報や言語概念や映像情報や言語概念や映像が、想起のたびごとに更新されるのである。これは、電子的なメモリー装置の記憶のやり方とは根本的に違っている。
電子テクノロジーの趨勢は、場の記憶を集積としての記憶にすりかえ、印刷技術の発展とともに昂進した場の記憶の喪失傾向をますます強めている。しかしながら、ここで、もし、場の記憶と集積的記憶との存在論的差異を正しく認識するならば、電子テクノロジーを場の記憶の先鋭化に役立てることができるだろう。
 ポール・L・サッフォーは、そのひらめきに富んだ『シリコンバレーの夢』(日暮雅通訳、ジャストシステム)のなかで、今日の「情報オーバーロード」の時代には、19世紀流の「ある情報を思い出す能力」よりも、「一見関係のない情報を結び付ける能力」、「一見無秩序で混沌としたデータの中に意味のあるパターンを見つけ出す数学の一分野、カオス理論」が重要性を持つようになると言っている。
 こうした能力は、電子テクノロジーがこのまま発展すれば自動的に一般化するというものでは決してなく、むしろ、電子テクノロジーがポテンシャルとして持っている解放的側面であり、現実には、つねに先送りにされる能力であるように思われる。
 メディアをシステムのプログラムに従って受動的に使用するのではないメディア・アクティヴィストは、このような側面にこそ注目すべきだろう。要するにメディアをメッセージの媒介装置や記憶の代補装置とはみなさないことであり、放っておいても過剰に昂進する記憶の代補装置としての側面のかたわらで、ラジオ、ヴィデオ、コンピュータ等々の電子メディアだけでなく、本や新聞のような旧メディアをも、ひらめきや場の再構築をうながす《共振》と《アクセス》を過激に推進する《トランスミッター》としてとらえなおす実験と、それを阻む諸条件の批判に介入することである。