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生活世界の植民地化に抗するために――横断性としての「民衆的なもの」再論―― 小田亮


はじめに

 ピエール・ブルデューは、「『民衆』の用途」という短い論文で、民衆文化の研究者が「階級的エスノセントリズムと、その転倒した形に他ならないポピュリズムとの板ばさみ」に陥っていることを指摘しながら、「ポピュリズムとは、〔民衆というものの〕名誉回復を行おうという気遣いから発しているもので、相対主義の形をとることもあるわけですが、その結果、支配効果を隠蔽」してしまうと述べている。つまり、「『民衆』は文化においても卓越化[ディスタンクシオン]においても、何ら『ブルジョワ』を羨む必要はないということを示そうというあまり、民衆の身体装飾的・美的な洗練への努力は、行き過ぎ、場違い、ないし不作法として、てんから失格を宣言されているのだということを忘れてしまうのです。このゲームにおいては、支配者たちが、その存在自体によって、常にゲームの規則を決定するのであり、洗練への努力は慎みの規則にもとるもの、飾り気のなさは洗練の規則にもとるものと判断されるわけです」[ブルデュー 1988: 241]。
 そして、ブルデューは、その名誉回復を試みようと象徴的力関係を転倒させ、民衆文化や民衆的言語を聖別しようとする者は、「烙印を押された集団が、その烙印を自分たちの素性の印として高言するに至るのと同じ論理の犠牲者」であるとする。彼は、そのことを正統的な支配的言語からは俗悪とされる「民衆的言語」の一形態としての隠語(スラング)を例にして、つぎのように説明する。
 

 「俗悪な」言語の卓越した――支配者のうちのある種の者から見てさえ――形態に他ならない隠語は、一種の卓越化の追求の産物です。しかし、この卓越化は被支配的であり、それゆえに逆説的効果を生み出す宿命にあります。それらの逆説的効果は、「民衆的言語」に関する通常の考察を支配している、抵抗か服従かという二者択一に押しこめてしまうと理解できません。卓越化の被支配的な追求によって、被支配者が、自分たちを差別するもの、つまり、まさにその名において彼らが支配され、俗悪なものとされている当のものそれ自体を肯定するに至る、こういう場合を抵抗と呼ぶことができるでしょうか。言いかえるなら、もし抵抗するために、その名において私が支配されている当のものを、私が自らのものとして要求するしか手がないとしたら、それは抵抗でしょうか。もう1つの疑問はこうです。逆に、被支配者が、彼らの「俗悪」の烙印の根拠となっているものを手放し、それとの関係において彼らが俗悪と映る当のものそのもの(例えば、フランス語でいえばパリ風の発音)を自分のものとしようと努めるとしたら、それは服従なのでしょうか。これは解きがたい矛盾だと、私は思います。この矛盾は、象徴支配の論理そのものの中に刻みこまれているのですが、「民衆文化」を口にする人たちは、それを認めようとしません。抵抗が疎外的たりうるし、服従が解放的たりうるわけです。これが、被支配者の逆説というもので、そこからは抜け出せません。[ブルデュー 
1988:243-4]


 ブルデューのいう「象徴支配の論理」とは、エリート/民衆という二項対立を洗練/俗悪という二項対立に結びつけ、前項を優れたもの、後項を劣ったものと価値づけるものである。また、「抵抗が疎外的たりうるし、服従が解放的たりうる」という被支配者の逆説とは、一方で、エリート/民衆の二元論と洗練/俗悪の二項対立との結びつきをそのままに、その価値づけを転倒させることで、支配者から押された俗悪なものという烙印を自分たちの生まれつきの優れた印とすることは、抵抗にみえるが、エリート/民衆と洗練/俗悪との結びつきを肯定するゆえに、価値づけを変えない支配的な公式文化からは俗悪だから劣ったものとされつづけるということを指す。また他方で、洗練/俗悪の二項対立と後者の劣位という価値づけはそのままに、それとエリート/民衆という二元論との結びつきを拒否して、民衆が洗練されたものを身につけることで自らの価値や地位を高めようというすることは、支配的価値への服従にみえるが、劣位から自分を解放してくれる可能性があるということも意味している。しかし、ブルデュー自身が述べていたように、服従が真に解放的になることはない。劣位にある民衆が洗練さを身につけようとする努力は、支配的な公式文化からは、行き過ぎ・場違い・不作法として、最初から失格を宣告されているからである。そして、「被支配者の逆説」から抜け出せないのは、支配者がつねに規則を決定しているゲームにおいては、「民衆の洗練への努力は慎みの規則にもとり、その努力の欠如は洗練の規則にもとる」とされるように、被支配者はどちらにしろ、敗れ続けなければならないということから来ている。ブルデューにとって、抵抗か服従かという二者択一による捉え方が無効であるのは、民衆が抵抗しようと服従しようと、象徴支配の論理は変わらずにむしろ強化されるだけだからである。
 ここでブルデューが前提としているのは、エリート/民衆の二元論と洗練/俗悪の二項対立との結びつきによる象徴支配の論理は、階級の違いによる無意識の性向としてのハビトゥスの違いに支えられていて、変えがたいということである。ブルデューの議論は、無批判なポピュリズム(民衆賛美)批判としては評価できるけれども、その難点は、エリート/民衆の二元論を実体化してしまい、その歴史的形成をぬきにして、象徴支配の論理をあまりにも強固なものとして描き、被支配者をそこから抜け出せない無力な者と捉えている点にあると言えよう。
 そもそも、エリート文化/民衆文化という二元論が洗練/俗悪という二項対立に結びつけられて、優劣の価値づけがなされたのは、支配的な公式文化が、野卑で俗悪な民衆文化から身を離し、それに有罪という烙印を押して排除しつつ包摂していく「文明化の過程」[エリアス 1977,1978]においてである。つまり、象徴支配の論理は、エリートたちが、民衆的なものを、自分たちの内部にありながら否認しなければならないものを投射するための「他者」として構成し、自らのヘゲモニーを確立するために、それを排除しつつ包摂していくことによって創出されたものであった。
 であるならば、エリート/民衆や支配/被支配といった二元論を放棄し、その間の境界侵犯やそれによって生じる異種混淆性を強調すべきだという主張が出てくるのは当然だろう。人類学の植民地研究でも、「80年代から90年代始めにかけて、もっぱら被植民者に焦点をあてて、ヨーロッパ的であることと西洋的であることと資本主義的であることが同一であるとみなしていたのが、植民者を被植民者から分け隔てる二元論そのものを問題視するようになるという大きな方向転換があり、それによって植民者と被植民者とが親密な契約や魅せ合いや対立の中で互いに形成された過程を見分けようとする方向へとむかった」[Stoler and Cooper 1997: 醞]という転換があった。その新しい研究では、エリート/民衆や支配/被支配といった二元論に代わって、境界を崩していく資本主義的な運動や異種混淆性やクレオール性が強調される。そこでは、民衆は、抵抗と服従の逆説から抜け出せない無力で受動的な存在として描かれるのではなく、支配者たちと対等に交渉しながら意図的に境界侵犯していく、したたかな戦略家として描かれる。けれども、そのような「異質化の語り*1」[松田 1999]は、民衆的なものを排除しつつ包摂している支配的文化のヘゲモニーそのものを隠蔽してしまうという難点をもつ。
 さてここまで、被支配者の実践を「抵抗か服従かという二者択一」によって捉えようとする枠組それ自体を撹乱するものとして、ブルデュー流の、被支配者は抵抗しても服従しても象徴支配の論理から抜け出すことができないという、「抵抗と服従の逆説の言説」と、被支配者を抵抗する者でも服従する者でもなく、交渉する対等な主体として描き出す、ポストコロニアル論による、「異質化の言説」の2つを見てきたわけだが、それらの描く被支配者像は、いずれも支配的なシステムに包摂され周縁化された被支配者の生きる現実を捉えそこなっているように思われる。けれども、「抵抗か服従かという二者択一」という捉え方の撹乱の仕方は、この2つに限らない。というより、その二者択一をすり抜けるやりかたこそ、ここで「抵抗」と呼ぼうと思う実践なのである。重要なことは、エリート文化/民衆文化という二元論を強化してしまうようなポピュリズム的な抵抗の描き方でも、抵抗であろうと服従であろうと象徴支配の論理による支配効果の産物となってしまうようなブルデュー流の抵抗の描き方でもない、「抵抗」の描き方を追求することである。
 本論文では、民衆的なものを、エリート/民衆という二元論によって実体的に捉えるのではなく、かといって、その二元論を解体して支配‐被支配関係を隠蔽するのでもなく、支配的な公式文化が生産したものを自分たちの利益や感情に沿うように変形していく日常的な実践のありかたとして捉えることによって、ブルデューのいう抵抗と服従の逆説から抜け出す道を明らかにしてみたいと思う。そこで、まず、そのために参考となる、ポストモダンフェミニズムによる「女性的なもの」の捉えかた、すなわち、女性的な倫理(ギリガン)や女性的なエクリチュール(シクスー、イリガライ)の議論を見ていきたい。


1 ケアの倫理とフェミニズムの分岐

 キャロル・ギリガンの『もうひとつの声』[ギリガン 1986]は、L・コールバーグによる道徳発達理論にもとづいた道徳発達の面接調査では聴き届けられず、劣ったものとしてしか評価されてこなかった「ケアの倫理」を語る女性の「もうひとつの声」を聴き届けようという試みであった。ギリガンは、女性に特徴的にみられる、コンテクスト依存的で物語的な思考様式にもとづき、他者との相互依存関係のなかに自己を位置づける女性的な倫理が、これまで低い評価しか与えられてこなかったのは、自己を抽象的で一般化された(顔のない)他者に対して区別された自律的主体として捉える男性の道徳意識としての「正義の倫理」を、道徳意識の発達の評価の普遍的な基準としてきたからだという。
 ギリガンは、L・コールバーグが道徳発達の面接調査のために考案したジレンマの1つである「ハインツのジレンマ」という問題を、同じ11歳の男の子ジェイクと女の子エイミーに試している。その問題とは、ハインツという男の妻が病気で死に瀕しており、医者から最近開発された高価な薬を飲む以外に治癒の見込はないと言われ、金策もうまくいかなかったハインツは、薬屋が値下げすることを拒んだその薬を盗むべきかどうかという問題である。コールバーグは、被験者がこのようなジレンマを解決していく論理を追うことによって、道徳性の発達を「3レベル6段階」に測定できるとしていた。
 男の子であるジェイクは、このジレンマを、最初から、薬屋のお金と奥さんの命とではどちらが大切かという算数の問題のように考え、「ハインツは薬を盗むべきだ」という答えをあっさり出して、もしハインツが捕らえらたとしても、「裁判官はたぶん、それは行なうべき正しいことだと考えるだろう」と言う。他方、女の子のエイミーは自信なさそうに、「そうねえ、ハインツは盗んじゃいけないと思うわ。ハインツは、そのお金を人に借りるとか、ローンなんかにするとか、もっと別の方法があるんじゃないかしら。ハインツは絶対その薬を盗んではいけないわ。でも、ハインツの奥さんも死なせてはいけないと思うし」とか、「もしハインツと薬屋がそのことについて充分話し合えば、彼らは盗み以外のなにかの方法を考えつくことができる」と言ったりする。コールバーグの図式では、エイミーはジェイクよりも一段階劣っていると測定されるという。
 しかし、ギリガンは、女の子であるエイミーと男の子であるジェイクとのあいだのこのような違いは、発達段階の度合いの違いではなく、語っている倫理の違い──ケアの倫理と正義の倫理の違い──であり、思考様式や人間観の違いだという。すなわち、エイミーは「ジェイクとは異なり、ジレンマのなから数学の問題ではなく人間に関する、時間を超えてひろがる人間関係の物語をみて」、そのジレンマを道徳の論理のなかで完全に独立した問題として考えられないために、「その答えはコールバーグの概念から完全に逸脱して」しまう。つまり、「エイミーは、世界というものを自立している人びとから成る世界というよりむしろ、人間関係で成り立っている世界と考え、また規則のシステムで成り立っている世界というよりむしろ、人間のつながりで成り立っている世界と考えている」[ギリガン 1986:45-6]のである。
 ギリガンの本は、フェミニストのあいだに意見の対立を巻き起こした。それを批判するフェミニストは、ギリガンが社会的要因を無視して、性差を固定的なものとしてしまう本質主義に陥っているという。例えば、ポストモダン・フェミニストのロイス・マックネイは、ギリガンの仕事について、正義や権利という抽象的な概念(「一般化された他者」)から道徳発達を見る男性的な定義を、ギリガンが女性の道徳判断に特有の特徴とみるものから引き出した代替的な倫理、すなわちケアと人間相互の関係に基礎を置き、コンテクスト依存的で、関係性と物語(「特定の他者」)に埋め込まれている倫理に置き換えようと試みるものだと要約しながら、ギリガンが女性という観点を一般化した結果、階級や性的指向や人種やエスニシティといった他の観点を排除してしまったと述べ、「女性という特殊な観点が普遍的なものを表すとする一般化は、多くのフェミニストがギリガンの仕事を望ましくない本質主義へと陥らせるものと見なす、女性の道徳的アイデンティティの非歴史的で没文化的な定義に帰着してしまう」と批判している[McNay 1992: 93-4]。
 社会主義フェミニストのリン・シーガルは、もっと厳しく、ギリガンが復権しようとした女性の道徳的感受性について、訳者の織田元子の言葉をそのまま使えば、「社会的劣位によって発達せざるをえなかった性質にすぎない奴隷の美徳」[織田 1990:99]と見なす。つまり、「もし女が男と同じくらい社会的に高く評価され、特権を享受していたなら、この道徳的感受性も消え失せるかもしれないのだ。社会的な力と自信とに欠ける人々は往々にして、対人関係では、より注意深く、よく気がつき、人を喜ばせたいと願う傾向があるのは、よく知られている事実である。こういった性質は、従属的地位にあるすべての人々に典型的に現れる特質」であり、「無力な人々はほとんどの社会的状況で差別と虐待に直面する。そしてそういった目に遇う機会があまりに頻繁なので、それに対処する必要から、こういう防衛的能力を身につけたのだ」[シーガル 1989:226]というわけである。
 ポストモダン・フェミニストのスーザン・ヘックマン[1995]は、近代啓蒙主義の「合理性の男性的定義」に対する態度によって各種のフェミニズムの違いが出てくるという。土場学[1999:192-3]の簡潔な整理によれば、ヘックマンのいう「合理性の男性的定義」とは、合理性/非合理性の二元論を前提に、前者の優位と後者の劣位が含意されており、さらに合理性/非合理性の二項対立が男性性/女性性の二項対立と対応づけられることにより、男性性の優位と女性性の劣位が帰結するというもので、それに関してはフェミニストの見解は一致しているという。しかし、そうした図式をどう克服していくかという点に関してフェミニストの見解は三つの立場に分かれる。すなわち、1)合理性/非合理性の二項対立と、前者の優位と後者の劣位という価値づけは受け入れるが、それと男性性/女性性の二項対立との対応づけは拒否する、というリベラル・フェミニズムマルクス主義フェミニズム、2)合理性/非合理性の二項対立、およびそれと男性性/女性性の二項対立との対応づけは受け入れるが、前者が優位で後者は劣位という価値づけは拒否する、というラディカル・フェミニズムとエコ・フェミニズム、3)合理性/非合理性の二元論そのものを拒否する、というポストモダンフェミニズムの立場である。このフェミニズムの三つの立場を、ブルデューのいう「抵抗と服従の逆説」に対応させると、1の立場は、支配システムが優位と規定するものを我がものにしようとする、「服従」が解放的となりうる可能性を探る道となろうが、それはブルデューに言わせれば、支配的な公式文化によって規則が決定されたゲームの内部においては閉ざされた道である。また、2の立場は、公式文化の規定する優劣の価値づけだけを逆転させる「抵抗」であるが、ブルデューによれば、それは抵抗が疎外的となってしまう道である。ここで扱いたいのは、3のポストモダンフェミニズムの立場が、抵抗と服従の二者択一を抜け出す道を指しているかという問いである。
 さて、この3つのフェミニズムの立場の違いからすれば、女性も男性同様に合理性の領域に参入していくことができるし、参入していくべきだとするリベラル・フェミニズムマルクス主義フェミニズムの立場にとっては、男性性=合理性が優れたもので、女性性=非合理性(情緒性など)が劣ったものだとする価値づけを転倒させ、女性性=非合理性のほうがむしろ優位とするラディカル・フェミニズムやエコ・フェミニズムは、女性が合理性の領域に参入することを妨げて社会的劣位にそのまま閉じ込めてしまうものだということになる。したがって、ラディカル・フェミニストからは歓迎されたギリガンが、リベラル・フェミニストやマルクス主義/社会主義フェミニストから批判されるのは当然だといえる。しかし、ポストモダン・フェミニストのあいだで評価は分かれる。すでに見たように、マックネイは、ギリガンがケアの倫理を女性の本質的な道徳性として描き、ラディカル・フェミニズムと同様の本質主義に陥っていると批判していたが、ヘックマンはギリガンに好意的で、ギリガンの仕事を、女性的な価値を優位に置きながら合理性/非合理性の二元論を保持するラディカル・フェミニズム的なものというより、合理性/非合理性の二元論のモデルそのものを疑問視するポストモダン的なものとしている[ヘックマン 1995:111-2]。
 このようにギリガン評価が分かれるのは、ギリガン自身の言い方の曖昧さに由来する以上に、フェミニズム自体が抱えている反本質主義と本質主義との両義性に由来しているように思われる。そして、その両義性は、「システムによる生活世界の植民地化」[ハーバーマス 1987]によって生じたフェミニストの二重意識、すなわち「たえず自己を他者〔自分を排除しつつ包摂している支配的な公式文化〕の目によってみるという感覚、軽蔑と憐びんをたのしみながら傍観者として眺めているもう1つの世界の巻尺で自己の魂をはかっている感覚」[デュボイス 1992:15-6]からくるものであろう。つまり、自己の魂を本質的なものとして捉えようとしても、それは支配者たる他者の目によって眺めたものでしかなく、そのような自己を捨てて近代人としての普遍的な権利を得ようとしても、それは支配者たる他者に同一化することでしかないという、二重意識に起因するジレンマが、フェミニズムにつきまとっている。しかし、ポストモダンフェミニズムのもつ反本質主義と本質主義との両義性は、そのジレンマの結果であると同時に、次節で見ていくように、そのジレンマを避けようとすることの現れでもある。


2 「女性的なもの」と生活世界の植民地化

 ポストモダンフェミニズムのもつ反本質主義と本質主義との両義性は、とりわけリュス・イリガライやエレーヌ・シクスーらフランスのポストモダン・フェミニストに見いだせる。ヘックマンによれば、西欧近代の啓蒙主義的合理性に潜む「男根中心的」な言語は、女性に対して、女性のように話す、つまり非合理的に話すか、あるいは男性の合理的な領域に入って、女性としてではなく男性として話すかという2つの選択肢しか与えないが、「フランスのフェミニストたちが奮闘していたことは、これらの相互に容認できない選択肢のどちらも避けるということであった」[ヘックマン 1995:83]。
 イリガライは、「賭けられたものは、女性が主体や客体であるような新しい理論を作ることではありません。そうではなく、理論の機械装置そのものを故障させ、あまりにも一義的な真理と意味との生産への理論の自負を中断させることです。……女性が存在‐神‐論理をまだなおモデルとするような女性的なものの論理を構築することで男性と対抗しようとせずに、むしろ、この問題をロゴス体制から引き離そうと試みることが前提となります。したがって、この問題を《女性とは何か》というかたちでは提出しません。そうではなく、言説内部で、女性的なものが欠如、欠陥として、また、主体の模倣、逆転した複製として規定されるその方法を、女性が反復‐解釈することにより、この論理においては撹乱的な過剰が女性的なものの側で可能であると表明することが前提となるのです」[イリガライ  1987:95]と述べ、また、シクスーも、「問題になっているのは、男性の道具、男性の概念、男性の場所を、我がものにすることでもなければ、支配者としての彼らの位置に自分を置こうと欲することでもありません。男性と一体化する危険があることを私たち女性が知っているからといって、私たちが屈服することにはなりません。……私たちは内面化したり操作するために奪取するのではなく、一気に横断し、そして《飛び盗む》〔voler〕のです」[シクスー 1993:32-3]という。
 このように、イリガライもシクスーも、女性が押しつけられる選択肢のうちの、「男性の合理的な領域に入って、女性としてではなく男性として話す」という、リベラル・フェミニズムマルクス主義フェミニズムが採った選択肢を退ける。しかし、「女性のように話す、つまり非合理的に話す」という選択肢については明確ではない。というのも、たしかに、女性のように話すことが非合理的に話すことだと規定する合理性/非合理性の二元論を解体することを主張するが、その合理性/非合理性という二元論にもとづくファロゴセントリックな言語秩序や制度を動揺させるものとして、イリガライやシクスーは、女の身体や女のエクリチュールといった「女性的なもの」を挙げているからである。
 例えば、シクスーは、「今日、エクリチュールは女のものである」という。なぜなら、「エクリチュールを実践することは、私が現にあるところの、あるいはそうでないところの、また私が成ることのできない他者が、私の中を通過したり、出入りしたり、留まったりすること」[ibid.:144]であるが、男にとって自己の中に他者を取り入れるということは難しいのに対して、女性は他者の存在を認めているからである。その容認が極端になると《憑依》という女性的な現象が起きる。「憑かれることは、男の想像界にとって望ましいことではありません。彼らは、それを受動性、女性的で危険な態度とみなすからです。ある種の受動性が《女性的なもの》であることは、真実です。……女は、その開放性によって《憑かれ》やすい、つまり自分自身から離脱しやすいのです」[ibid.:145]。
 シクスーが《憑依》を「女性的」な経験とみなすのと同じように、イリガライは《模倣》を、男性中心主義的な言語や制度を撹乱する「女性的」なエクリチュールの実践と見なす。「最初は、たったひとつの《道》しかないでしょう。歴史的に女性的なものに割り当てられてきた道、つまり模倣です。この役割を故意に引き受けること。それだけですでに、従属を主張へと転ずることになり、それによって、従属の裏をかく取っかかりとなります。従属状況への異議申し立てが、女性的なものにとって、(男性)《主体》として語る権利を要求することになる、つまり性的差異の無視を続ける知的なものとの関係を求めることに、結局は、なってしまうようなこの時にです」[イリガライ 1987:92]。そして、イリガライは《模倣》をヒステリーに見いだす。「ヒステリーは、黙り、同時に、模倣します。そして、……自分のものではない言語である男性的言語を模倣‐再生産しながら、それを戯画化し、歪めるのです」[ibid.:178]。ヘックマンは、「シクスーは、本質主義におちいる危険をおかしながらも、それを拒否しているのに対し、ラディカル・フェミニストは、男性性に対抗して伸ばすべき本質的な資質として『女性性』を明白に規定しようとしている」[ヘックマン 1995:91]と述べているが、シクスーやイリガライの議論は、限りなく本質主義に近づいているのもたしかだろう。
 ポストモダンフェミニズムが見せる、このような反本質主義と本質主義との両義性を、本質主義的な語りを男根=ロゴス中心主義に対抗するために戦略的に利用するという「戦略的本質主義」として評価したり、「プラグマティックな可謬主義〔どんな知も最終的な真理に到達することはないという立場〕的アプローチ」[Fraser and Nicholson 1990:391]の折衷主義として積極的に解釈すべきとされることもあるが、その両義性は、戦略的本質主義やプラグマティックな可謬主義によるものというより、ハーバーマスの言い方を借りれば、国家や貨幣やマスメディアに媒介された支配的なシステムによる生活世界の植民地化の過程において生じた二重意識によるものと捉えたほうがよいだろう。近代啓蒙主義の「合理性の男性的定義」にもとづく合理性/非合理性の二元論によって、女性の声や経験が聴き届けられずに非合理的とされるのは、ケアの倫理の基盤である生活世界――〈顔〉のみえる人と人との〈あいだ〉の連鎖からなる日常的世界――が、国家装置などの権力メディアや貨幣メディアやマスメディアによるシステムに植民地化されているからにほかならない*2。そして、この植民地化によって聴き届けられなくなったのは、女性の声や経験だけではない。合理性の男性的・ブルジョワ的・白人的定義にもとづく合理性/非合理性の二元論によって、下層階級や、アフリカやアジアのネイティヴの声や経験もまた周縁化されている。それゆえ、ギリガンのいう女性の自己の捉えかたが、浜口恵俊[1988]のいう日本人の自己認識としての「間人主義」――人との相互関係の中で捉えるコンテクスト依存的な自己認識――と一致するのも不思議ではない。しかし、浜口は、この一致を西洋/日本という二元論を揺さぶるものとしてではなく、むしろ西洋/日本という本質主義的な二元論に還元して、日本人の本質的な特質として捉えてしまっているが、この一致は、それらの自己の捉えかたが、システムにではなく、生活世界にもとづいていることからきているということを表しているのだといえよう。
 したがって、問題は、女性的なものや日本的なものとは何かということではない。ラディカル・フェミニズム間人主義の錯誤は、男性性/女性性やヨーロッパ的/日本的といった二元論によって客体化された女性的なものや日本的なものの固有論理を構築しようとしたことにある。そうではなく、問題は、そういった二元論による合理性にもとづくシステムが生活世界を植民地化したことによって、「女性的なもの」の意味づけがどのように変容したのか、ということであろう。
 まず、女性性を固有で不変な本質とすることは、歴史性を無視した本質主義として批判すべきであろう。しかし、その一方で、ギリガンの本に出てくる女性たちが語っているケアの倫理を、社会的劣位にあって差別と虐待に直面してきたために発達せざるをえなかった「奴隷の美徳」であるとするのは、逆に、植民地化によってすべてが創られたという議論になってしまい、植民地化による影響ということをあまりにも過大に評価しすぎて、女性=奴隷をまったく無力で受動的な存在として理解してしまうことになる。
 イリガライやシクスーらの戦略は、支配的なシステムに包摂されると同時に排除される「女性的なもの」が、その根源的な受動性と撹乱的な横断性によってシステムの裏をかき、それを撹乱することによって自分たちの独自の経験や身体を語る余地を作りだし、しまいにはシステムそのものを変えてしまうということを実践的に語ろうというものであった。イリガライやシクスーにとって、女性は、男性中心主義的なシステムによって最初から植民地化されている存在だとされているために、そしてまた、精神分析学的な性の差異にこだわるために、歴史的な変化や、階級や人種といった他の差異が忘れられて、女性的なものの非合理的な撹乱性や受動的な流動性があたかも女性の不変の特質であるかのように語ってしまうが、性の差異も、階級や人種といった他の差異と同時に、システムが生活世界を植民地化する過程で創られたものであった。とすればイリガライやシクスーのいう女性的なものはもともと本質などもたない、生活世界の「もののやりかた」の横断性のことであり、本質を規定しようとするシステムの戦略をすり抜けてしまうものなのだ。
 だとすれば、シクスーが、「女は、過剰で、法外で、矛盾に満ちているので、法、《自然》な秩序を破壊し、個別化という厳格な法を破りながら、現在と未来を隔てている仕切り棒を取り除きます。……自分をもうひとりの女あるいは男にしてしまう拡散的で横断的な動きによって、彼女が手を切るのは、説明であり、解釈であり、居場所を突きとめ、それを指定するあらゆる審級なのです」[シクスー 1993:167]と、女の過剰で流動的な《変身》について述べるとき、あるいは、イリガライが、男性中心主義的な言語の裏をかき撹乱するために、女性に歴史的に割り当てられた役割である《模倣》を故意に引き受けると述べるとき、この《変身》や《模倣》は、同じくシステムに包摂され排除された周縁的な存在である植民地のネイティヴや民衆による、生活世界での横断的な「もののやりかた」として読みかえることができよう*3
 このように、民衆的なものや女性的なものを、生活世界における「もののやりかた」の横断性として捉えることによって、システムによる生活世界の植民地化の過程で、その横断性が排除されると同時に、まさにその横断性がシステムにとって厄介な撹乱性となること、いいかえれば、日常的実践の特質である横断性が、その植民地化によって、抑圧されるべき撹乱的な横断性へと転化し非合理性という否定性を付与される一方で、システムを撹乱するための武器となることが見えてくる。たしかに、システムに対するこの撹乱性は、植民地化の歴史的過程が生んだものであって、民衆的なものや女性的なものの本質などではないが、横断性それ自体は「奴隷の美徳」のように植民地化の結果ではなく、生活世界の「もののやりかた」としての連続性をもっているというわけである。


3 日常的抵抗論への批判について

 ミシェル・ド・セルトー[1987]による「日常的実践としての抵抗」論は、自分が作ったものではなく、支配的な文化から与えられたお仕着せのものを消費するだけの民衆(セルトーのいうところの「消費者」としての「普通の人びと」)が、それを異なる用途に流用しながら消費するという日常的実践を、自分たちが包摂されている支配的なシステムへの「抵抗」として評価するものである。
 この日常的抵抗論に対しては、いくつかの批判も出されている。まず第1に、それが無批判なポピュリズムであり、自分たちの願望を他者としての民衆に投影することで見だされる抵抗のロマン化にすぎないという批判がある。第2に、日常的実践を抵抗だとするのは民衆自身ではなく研究者であり、物言わぬ民衆に代わって語るという代弁者の地位を僭称するものだという批判がある。そして、第3に、そのような日常的な抵抗は、結局、支配的なシステムの再生産や人びとのシステムへのさらなる包摂を結果してしまう逆説を指摘し、それが効果的な抵抗にはならないとする批判なども出されている。
 本節では、民衆的なものを横断性として捉える視座から、これらの批判を再検討するとともに、その横断性を抵抗として捉えることが、システムや象徴支配の論理や男根ロゴス中心主義による罠である「抵抗か服従か」という二者択一の背後にある、「啓蒙主義的な主体」という近代の観念をすり抜けていくものであることを見ていきたい。
 まず最初に注意すべきことは、日常的抵抗論への第1と第2の批判が、エリート/民衆という二元論を、日常的抵抗論者のみならずその批判者も、実体的で絶対的な区分だと見なしている場合にのみ当てはまる批判だということである。いいかえれば、民衆文化ないし民衆的なものという実体があるとする前提を共有しているときに、それは有効な批判となろう。けれども、システムによる生活世界の植民地化という状況においては、エリート/民衆という絶対的な区分は最初からなりたたない。まず、エリート/民衆という区分自体がそもそも「文明化の過程」としての生活世界の植民地化によって生じたものであり、さらに、そこにあるシステムと生活世界の対立は、実体的な世界の区分ではないからである。生活世界とは、人がそこで生まれ、他人とさまざまな関係を結び、〈顔〉のみえる関係とその連鎖からなる場を生き、死んでいく世界であるが、システムはけっして世界ではない。このシステムを、ミシェル・フーコー[1977]に倣って規律化の「装置」と呼んでもいいだろうが、システム=装置のみを生きる人間などいないからである。そして、人は装置としてのシステムのなかで生活することはできないという、この単純な事実が、エリート/民衆という区分を実体化することをゆるさないのだ。
 つまり、知識人や研究者が、自分とは隔絶した他者である民衆に自分の理想像(自律的な主体)から排除される自分の欲望を投影しつつ、民衆(サバルタン)の声を抑圧すると同時に、システムのなかでその他者の代弁者となるというアイデンティティ・ポリティックスは、自分もまた生活世界を共有しているという事実によって崩されてしまう。《近代》というものを抽象的に定義すれば、生きられる世界ではないシステムが、生活世界を包摂し植民地化した時代ということになるが、装置としてのシステムを道具として用いるエリートたちも、「普通の人びと」として生活世界で暮らさなくてはならないことが、この植民地化を不完全なものにしてしまうのである。
 セルトー[1987]が、「民衆文化」(cultures populaires)という語に代えて「普通の文化」(cultures ordinaires)という語を使い、「民衆」を「普通の人びと」と言い換えているのも、この生活世界の連続性のためであろう*4。セルトーは、「現在、周縁性は、もはや小集団というかたちをとらず、大衆的な周縁性というかたちをとってあらわれている」[ド・セルトー 1987:22]と、誰もが周縁化された消費者となっていると指摘する。けれども、それは、抑圧者と被抑圧者の間の境界を問い直して垣根を見えなくする「異質化の語り」とは異なる。周縁性が一般化されたとはいっても、セルトーは「こうした周縁性がすべて同質だというわけではない」と述べ、利用できる文化資本の差によって、強者と弱者の区分が厳にあるとする。他方、セルトーの描く消費者は、ホルクハイマーとアドルノ[1990]が述べているような、文化産業によって生産され、市場によってすべての価値が決まる非真正な文化を自動操縦の人形のように受け取るだけの受動的で無力な消費者像とも違っている。消費者=弱者は、生産者=強者の「戦略」によって定められた土俵の上にいながら、その戦略の意図の裏をかく臨機応変のブリコラージュ的な「戦術」によって、「ついには反‐規律〔反システムと言い換えてもいいだろう〕の網の目を形成してゆく」[ド・セルトー 1987:18]のである。
 セルトーのいう「戦略」とは、意志と権力の主体が、周囲から独立してはじめて可能となるような力関係の計算や操作のことで、それは、自分以外の相手のさまざまな関係を測定し監視するために、全体を一望できるような固有の場所を確保していることを前提としている。「政治的、経済的、科学的な合理性というのは、このような戦略モデルのうえに成りたっている」[同:25-6]。この近代の権力装置に特有の戦略モデルこそ、これまでシステムと呼んできたものにほかならない。それに対して、「戦術」は、何ら自分に固有のものをもたず、したがって相手の全体を見おさめることのできるような場所をもたないのになされる計算である。戦術のための場所は他者の場所でしかなく、したがって、それは、自分以外の外部の力が決定した法によって分割され押しつけられた土地でなんとかやっていかざるをえないという、根源的な受動性をもつ弱者の臨機応変の技なのである。 そして、セルトーは、道を歩くこと、読むこと、話すこと、買い物をしたり料理したりすることといった日常的実践は、戦術的なタイプに属しているという。つまり、戦術とは、生活世界での「もののやりかた」なのであり、民衆文化や民衆的なものとは、境界づけられた実体として存在するのではなく、戦術としての「もののやりかた」として現れるものなのである。その「もののやりかた」の特徴は、普通の人びとが「これからも『監視』の編み目のなかにとらわれつづけながら、そこで発揮する創造性、そこここに散らばり、戦術的でブリコラージュにたけた」[同:18]創造性にある。それは、支配者から押しつけられたものや制度や表象を受け入れながら、支配者が意図したものとは別のものを作りだしていくような「消費」の創造性である。
 日常的抵抗論への3番目の批判である、抵抗による包摂という逆説の指摘は、多くの人によってなされているが、ここでは、ポール・ウィリス[1996]の議論を検討してみよう。ウィリスは、英国の労働者階級の不良少年たち(〈野郎ども〉)が、権力装置としての学校の公認の規則や交換関係を、自分たちの利害や感情や価値観に引き寄せて解釈しなおし、公認のものとは別の規則や関係に読み替えながら、そこにインフォーマルな空間や反‐規律のネットワークを創りだし、フォーマルな規則=支配の裏をかいて抵抗する姿を描いている。「学校に対する反抗の基本的な様相は、学校制度とその規制をかいくぐって、インフォーマルな独自の空間を確保し、『勤勉』というこの制度公認の大目標を台無しにしてしまう所業に集中して現われる」[ウィリス 1996:70]のである。
 〈野郎ども〉は、独特のファッション・スタイルや、学校の規則の隙間をついた悪ふざけや気晴らし、仲間うちにのみ通じるスラングなどにより、インフォーマルな反−規律のネットワークを創りだす。そのファッションについて、ウィリスは、英国のカルチュラル・スタディーズのサブカルチャー研究の流れに棹さしながら、「商業主義によって一定の意味をあらかじめ与えられたスタイルが、〈野郎ども〉の手許で彼ら固有のもっと具体的な意味づけを加えられて利用されている」のであり、「若者たちによって取り上げられみずからのものとして使いこなされるときには、それが商業主義の動機からは予測しえなかった若者たちの率直な自己表現の媒体になりうる」[同:47-8]と指摘している。
 ウィリスの議論は、システムに包摂された弱者が日常的抵抗を行なっていることを認めている点で、前二者の批判とは違っている。ウィリスが日常的抵抗論とたもとを分かつのは、野郎どもが、自分たちが創造した「反学校の文化」ゆえに、勤勉や精神労働を軽蔑して肉体労働を選びとり、支配文化が彼らに割り振っている資本制社会の下積みとしての役割をすすんで受け入れ、階級体制を再生産していくという逆説を結論とする点である。つまり、反学校の文化から労働者階級の文化への連続性において、彼らは「まさにぎりぎりのところで上手に身をかわし、それでいて『規則=支配』をかいくぐ」りながら、「インフォーマルな世界に立てこもることでいかにもしたたかな抵抗を持続させる」[同:61]のだが、彼らがたてこもるインフォーマルな世界が従属的なものとして位置づけられているゆえに、その抵抗は、自分たちの従属を結果するというのである*5。この議論は、被支配者が抵抗と服従の循環から抜け出せないとする点では、ブルデューと同じである。
 もっとも、ウィリス自身は、自分の結論はこのような悲観的な逆説ではなく、「この研究で私が示そうとしたのはこれと逆のことであり、まさにそのかぎりで、私の立場はより楽観的である。……社会を構成する人間的主体は、支配イデオロギーの受動的な担い手にとどまりえないのであり、既存の社会構造を再生産するにしても、闘争や抵抗や部分的な洞察を行なう、イデオロギーにたいする能動的な改竄者としてそうするのである」[同:408-9]。けれども、野郎どもの生活誌を記述する民族誌的部分では受動的かつ能動的な改竄者としての姿を描いているが、分析の部分になると、その抵抗が既存の体制を再生産するという結論にしか読めないのも事実だろう。
 このような議論の問題点は、弱者が体制の再生産を促進するような抵抗を放棄して苦しめば苦しむほど、体制のラディカルな変革のための条件が出現しやすくなるから好都合だという結論になってしまう点にある[フィスク 1998:22、を参照]。つまり、それは、体制のラディカルな変革につながる正しい抵抗というものを想定し、それを基準として民衆の日常的実践を断罪するものであり、そこからは彼らが日常的に直面している支配の暴力性が抜け落ちてしまっている。
 ウィリスの分析が自身の楽観的な立場を裏切ってしまうのは、分析の枠組として、「洞察」と支配イデオロギーによるその「制約」という図式を使っているからだろう。ウィリスは、〈野郎ども〉の洞察――従順さや勤勉さや成績証明は、学校当局が言うようには生徒たちの地位を押し上げるのに役に立たないといったもの――を指摘する一方で、「個々人の日常の話言葉のなかに〈洞察〉の片鱗がきらめくことはある」が、それを歪めてしまう〈制約〉のため、「それはうつろいやすく、ときには自己矛盾を示し、たいていは無自覚である。……話言葉に反映されるかぎりでの文化は往々にしてその生成過程を省いた最終結果だけであり、生成の根っこにあった〈洞察〉はそこでは見るも無惨な姿をさらす場合がある。さらに、時と場所が異なれば話言葉はそれだけ一貫性を失い、葛藤をはらむ文化のたがいに矛盾する側面が脈絡を欠いたままあらわれることになる」[ウィリス 1996:295]という。そこには、本来的に正しい合理的な洞察というものがあり、それが歪められて、断片的で首尾一貫しない非合理的なものとなってしまうということが前提されている。しかし、これは明らかに近代の啓蒙主義的な合理性/非合理性の二元論にもとづくものといえよう。つまり、ウィリスは、システムの戦略モデルによって、生活世界のもののやりかたである戦術を、一貫性を欠いた歪んだものと断罪しているのである。
 しかし、この一貫性のなさや特定の「時と場所」に依存する部分性や断片性は、本来一貫していた全体的な洞察が「生活世界の植民地化」によって歪んだ結果なのだろうか。そして、その歪みさえ取り除けば、疎外されていた主体が回復するのだろうか。それが、システムに属する啓蒙主義的な合理性/非合理性の二元論から見たかぎりの一貫性のなさや部分性という意味では、「植民地化」によって見いだされたものと言えるが、そのことは「植民地化」以前に合理的で全体的な洞察のできる主体があったことを意味しない。それが意味するのは、合理性の男性的・ブルジョワ的・白人的定義によっては、生活世界における洞察や実践のもつ横断性を聴き取ることができないということなのである。ウィリスはそれを聴き取りながら、その分析では、啓蒙主義的な合理性/非合理性の二元論にもとづいて、それを抵抗と服従の循環のなかに押し込めてしまっている*6
 ウィリスが洞察の断片性や臨機応変性を歪みと取ってしまったのは、民衆的なものや民衆文化が固有の空間や固有の文化的コードといった実体的なものとしてあるのではなく、「もののやりかた」としてあるということを捉えそこなったせいだろう。ウィリスは、労働者階級の若者たちが、その反抗によって自分たちに固有の空間としての階級文化を防衛しているかのように述べる。そのために、肉体労働の表す男性的なものに価値をおくという、労働者階級に固有の文化的コードによって、抵抗が従属を生むという逆説的循環を招くとするわけだが、そのようなコードは固定されたものではなく、その時その場に応じて表明されるものであり、民衆的なものは、その文化的コードそのものにあるのではなく、コードの使いかたにあるのだ。例えば、野郎どもは、学校というコンテクストでは体を使って働くことが学校の権威への反抗になるからそのコードを用いるけれども、工場というコンテクストにおいては、肉体労働である仕事に情熱を注ぎ、個人生活のもっとも私的な部分さえも労働力を支出するために投じようとする順応的な生徒たちとは違って、野郎どもは「労働に生きがいを求めることを最小限に抑制しようとする」[同:260]。つまり、彼らは、固有の文化的コードといったものにこだわらずに、時と場合に応じて1つのコードから別のコードへと移動していくのである。


4 文化の脱領土化と再領土化

 一般的な通念とは違って、システムに植民地化される以前の生活世界の共同体は、開かれた関係の複数のネットワークとして存在していた。そのことは、アフリカなどの植民地の歴史的研究が明らかにしてきたように、植民地化される以前のソフトな開かれた民族分節が、植民地化によってその横断性や雑種性が抑圧され、明確に境界づけられてハードな民族分節となったという歴史的な過程によっても示されていよう。つまり、生活世界の植民地化によって(いいかえれば、「文明化の過程」によって)人と人との〈あいだ〉の開かれたネットワークが分断されて、閉じた共同体として想像されるようになったのである。その変化は、ベネディクト・アンダーソン[1997]によれば、共同体の想像のスタイルが、親族関係や主従関係などの具体的な人と人との関係の網の目として想像されるスタイルから、個人と明確に境界づけられた全体とを無媒介に結びつけるスタイルへの変化であった*7。つまり、近代のシステムや資本主義が閉じた伝統的な共同体の境界を崩し、開かれた社会へと変えていったという、いまだに根強く残っている認識は、明らかに転倒しているのである。
 ここで重要なのは、近代の支配システムによる一元的で明確な「境界」の設定によって、越境や異種混淆性の新しいスタイルが創られたということである。ネットワークの複数的な連鎖として想像されていた(すなわち、明確な全体などなしに想像されていた)生活世界の共同体においては、自己というものは、普遍的な理性を所有している主体でも、民族や性や階級といったアイデンティティをあらかじめ確保している主体でもなく、具体的な人と人との〈あいだ〉にあるものとして、横断性や雑種性を帯びている。それは、(学生に対して)教師であり(女に対して)男であり(外国人に対して)日本人であり、一定の年齢と特定の階層に属し、固有の名前で呼ばれるといった、対比によるカテゴリーに規定されている、「何者か(what)」ということをつねに超えてしまう、代替不可能で了解不可能な「誰か(who)」として現れる。つまり、人は、システムにおいては、同一基準によって違いを測定できる、比較可能で代替のきく「何者か」としてしか把握されないが、生活世界では、代替のきかない「誰か」として現れるのである。
 生活世界での雑種性は、具体的な人と人との関係の複数的な網の目によって生じるもので、カテゴリーの混合として了解できるものではなかった。しかし、近代の支配システムは、その雑種性を非合理的な境界侵犯として排除することによって、明確に境界づけられた均質な共同体を創りだす一方で、生活世界の関係の網の目から切り離された個々の異質性を、その閉じた共同体の「外部」にあるものとして再想像し、自らの価値を映し出す鏡として利用してきた――ひとつには、他者の異質性を文明化の尺度を用いて「危険で野蛮な奴ら」として可視化することによってモラル・パニックを生じさせ、そのような他者とは異なる自己アイデンティティを守ろうとする人びとの欲望を強化するためのものとして、もうひとつには、雑種性を関係の連鎖から分断して外部化することによって、自分たちのアイデンティティを脅かすことなしに自分たちの文明化の価値を高めるために眺めることのできるエキゾチックでノスタルジックな商品として。それらは、一言でいえば、生活世界における雑種性の「外部化」と言えよう。それによって、明確な境界をもつカテゴリーの混合として測定可能で、混合される種と種の間に引かれた境界を可視化するものとしての異種混淆性が生じたのである*8
 ガルシア・カンクリーニ[García Canclini 1995]は、アメリカ合州国への移住の合法的・非合法的な通路となっている、メキシコの国境沿いの町であるティファナに見られる異種混淆的な文化を、文化の「脱領土化」と「再領土化」の両方によるものとみるが、そのアプローチは、文化の脱領土化や異種混淆性を肯定的に評価するときにも、同時に、脱領土化された異種混淆的な文化を、レヴィ=ストロースのいう真正さの水準のある生活世界の共同体において再領土化していることに注目しなければならないということを示していよう。そして、文化の純粋性や正統性という観念を批判するための、文化の異種混淆性やクレオール性の賛美が、植民地化による文明化や資本主義による文化の商品化の賛美となるか、あるいは近年のグローバル化による人や物や情報の移動の増加という現象を記述するだけに終わってしまうのは、異種混淆性について、システムでの脱領土化による異種混淆性と、生活世界での再領土化による異種混淆性とを分けていないからである*9
 文化の再領土化の例として、ガルシア・カンクリーニは、ティファナの住民たちが、町に溢れている、メキシコの他のさまざまな地域から採った火山やアステカ風の図案やサボテンなどの図像とか、ロバをペイントしたシマウマといった、北アメリカからの観光客のための似像を、国境沿いに住む自分たちのアイデンティティを定めたりよそ者たちとコミュニケーションするときの資源にしていることを挙げている。つまり、もともと土地と結びついていないそれらのモノを、「観光客や、あるいは文化間の越境を理解することに興味をもつ人類学者といった、ただこの町を通過するだけの人びとから自分たちを区別するためのアイデンティティの象徴や儀礼」[ibid.: 239]として用いているのである。
 ガルシア・カンクリーニによれば、文化の脱領土化とは「文化と地理的・社会的な領土との『自然な』関係の消失」[ibid.: 229]を指すが、それは、そのまま文化の商品化の定義にもなっている。というのも、商品化とは、それがつくられた関係や土地から切り離され、そこにおける独自の意味を消去することにほかならないからである。とすれば、文化の再領土化とは、商品化された文化を生活世界において「消費」することを通して、それに独自の意味を与えなおすことだと言えよう。
 それは、なにも特別なことではなく、そもそも「消費」とは、貨幣という市場メディアに媒介された市場において商品化され、比較可能で代替可能なものとなった商品を、生活の場で(程度の差こそあれ)「脱商品化」する実践である。それは、例えば、肉や野菜をスーパーで買ってきて食べて自分の身体の一部とするという、ごくありふれた日常的行為から、商品として売っていたものをプレゼントとして代替不可能な人に贈るという行為が、人と人とのつながりから切り離されていた「商品」を、生活の場での人と人とのつながりにおいて、個人にとって値段のつけられない代替不可能なモノに変えるという実践まで、誰もが無意識のうちに行っている日常的なもののやりかたなのである。もちろん、恋人からのプレゼントとして脱商品化されたモノが、質屋などに入れられて市場で再び「商品化」されることもある。脱商品化される程度は、そのモノが取替えのきかない人と人とのつながりにどれだけ「埋め込まれる」かによるのである。
 生活世界の共同体での日常的実践とそれを支える〈顔〉のみえる具体的な人と人との関係の複数的な連鎖を認めるということ――その認知によって生活世界の脱植民地化の可能性を探ることが本論文の目的であった――は、均質で閉じたローカルな共同体の文化を復権させることでも、あるいは家族的な親密圏を守ることでもなく、グローバル化による文化の脱領土化に対応する場合も、人びとは、家族などの親密圏をはるかに超えた人と人とのつながりのなかで、生活世界でのもののやりかたであるブリコラージュによって、それを再領土化し、我がものにしているということを正当に認めることなのである。
 「消費」という日常的実践が創造的な活動でありうるといっても、その大部分はシステムにからめとられ操られた受動的な実践であり、実際にシステムの規則を変えていくことにはつながらないように見えるかもしれない。また、規則を変えていくのは、無意識的なハビトゥスに規定された規則を客体化して意識化するための第三者的視点ないし外的視点を獲得することによって可能となるのだという議論[福島 1995、杉島 1997など]もある。しかし、近代のシステムとの接触や都市化などによって獲得される外的視点による規則の変更は、システム内部の規則の変更でしかない。
 近代のフェミニズム運動は、たしかにシステム内の規則の変更(法的・制度的な平等への規則変更)という点では一定の成果を挙げてきたし、その成果を低く評価するつもりはない。けれども、システム内の規則の変更では、システムによる生活世界の植民地化は強化されるままで、生活世界の脱植民地化という点には反してしまうという限界がある。システム内の規則変更をめざすためには、システムへと参入しなければならず、また男性と同等とみなされるには男性以上の参入を強いられるために、生活世界の日常的実践でのもののやりかたをより強く抑圧してしまうからである。リベラル・フェミニズムマルクス主義フェミニズムによる「ケアの倫理」批判は、それを端的に示している。
 被抑圧者の「二重意識」にあっては、女性的なものとしてジェンダー化されている「ケアの倫理」を肯定的に評価することは、たとえそれを劣ったものから優れたものへと価値転倒させても、他者から押しつけられた烙印を自分の本質とすることになってしまう。冒頭に挙げたブルデューの言い方でいえば、象徴的価値を逆転する戦略は「抵抗が疎外的になる」ものであって、そのような価値転倒はむしろ既存の象徴的価値秩序を強化するだけだともされる。しかしその一方で、「ケアの倫理」を「奴隷の道徳」とみなして、そこからの解放を目指すという道――ブルデューのいう「服従が解放的となる」ような道――は、解放が服従となる道でもある。この強いられた「二重意識」あるいは「抵抗か服従かという二者択一」の罠は、「女性的なもの」を自らの固有の本質として守ろうとするか、あるいは逆に奴隷の烙印として放棄しようとすることに起因している。そこから抜け出るためには、女性的なものを日常的実践の「もののやりかた」でしかないと捉え、それによって二重意識を構成するアイデンティティとアイデンティティのあいだをすり抜けていくしかない。それは、たしかに「越境」的実践だが、客体化されたカテゴリー間の意識的な越境とちがって、その無意識的な「越境」にはアイデンティティの葛藤などない。さらに、それは、自らを解放するために男性的なものないし支配的文化へ同化することを目指す一方向的な「越境」とも異なる。いわば、それは、人と人との〈あいだ〉のつながりに支えられながら「境界を生活の場とする」ことなのである。
 また、生活世界の共同体におけるもののやりかたが、よそ者への差別や虐殺につながるという意見もよく聞かれる。生活世界の共同体が平和なユートピアでなかったのはもちろんである。そこでも争いや偏見が絶えない。しかし、民族紛争などに見られるよそ者への差別や虐殺は、近代におけるシステムによる生活世界の植民地化によって、生活世界での〈顔〉のみえる人と人との〈あいだ〉の複数的なネットワークが分断され、人びとが国民化(およびエスニック化)された結果というべきだろう*10。ネットワークから切り離された個々人のネイション(国民国家)やエスニック集団への「再領土化」は、自分がそこから排除されないためにも、その内部や周縁部に排除する他者を必要とする。しかし、境界をその中に含んでいる生活の場への再領土化には、そのような不安からの排除は起こらないだろう。ポピュリズム的なナショナリズムは、コスモポリタンになれない人々のそのような不安に訴えかけて排除をうながすが、境界を生活の場とすることで「再領土化」している人々には、その訴えは魅力的なものではなくなるのである。
 生活世界の脱植民地化にとって重要なのは、植民地化以前の生活世界の共同体をユートピアと見なし、それを復活させるという不可能な夢を語ることではなく、システムに植民地化された生活世界においても、〈顔〉のみえる人と人との〈あいだ〉の複数的なネットワークを作りだし、そこでのもののやりかたを維持して、システムと生活世界のあいだを、「二重意識」にも囚われることなしに行き来する術、あるいは「境界を生活の場とする」術を手放さないことだろう。生活世界の植民地化に抗するために、文化の異種混淆性やクレオール性や越境を語るには、コスモポリタニズムから語るのではなく、そのようなシステムと生活世界のあいだの日常的かつ無意識的な行き来による異種混淆性やクレオール性や越境を語る必要があろう。そして、それは、「民衆的なもの」をポピュリズム的なナショナリズムに陥ることなく語ることでもある。



文献表
 *日本語文献(著者名50音順)

アンダーソン、ベネディクト
 1997 『増補 想像の共同体−ナショナリズムの起源と流行』白石さや/白石隆訳、NTT出版

イリガライ、リュース
 1987 『ひとつではない女の性』棚沢直子ほか訳、勁草書房

ウィリス、ポール
 1996 『ハマータウンの野郎ども−学校への反抗・労働への順応』熊沢誠山田潤訳、筑摩書房(ちくま学芸文庫

エリアス、ノルベルト
 1977 『文明化の過程(上)』赤井慧爾ほか訳、法政大学出版局
 1978 『文明化の過程(下)』波田節夫ほか訳、法政大学出版局

大日方純夫
 1993 『警察の社会史』岩波書店

小笠原祐子
 1998 『OLたちの〈レジスタンス〉』中央公論社(中公新書

小田 亮
 1996 「しなやかな野生の知」青木保ほか編『岩波講座 文化人類学 12巻 思想化される周辺世界』岩波書店、95-128頁
 1998 「斜線を引く、ちぐはぐに繋ぐ」大胡欽一ほか編『社会と象徴』岩田書院、465-78 頁
 2000a 「共同体というものをどのように想像するか」『日本常民文化紀要』第20輯、111-73頁
 2000b 『レヴィ=ストロース入門』筑摩書房

織田元子
 1990 『システム論とフェミニズム勁草書房

ギリガン、キャロル
 1986 『もうひとつの声』岩男寿美子監訳、川島書店

シーガル、リン
 1989 『未来は女のものか』織田元子訳、勁草書房

シクスー、エレーヌ
 1993 『メデューサの笑い』松本伊瑳子ほか訳、紀伊國屋書店

杉島敬志
 1997 「承認と解釈−プラクティスとしての儀礼と社会のかかわり」青木保ほか編『岩波講座 文化人類学 9巻 儀礼とパフォーマンス』岩波書店、241-68頁

関根康正
 1995 『ケガレの人類学』東京大学出版会

デュボイス、W・E・B
 1992 『黒人のたましい』木島始/鮫島重俊/黄寅秀訳、岩波書店

ド・セルトー、M
 1987 『日常的実践のポイエティーク』山田登世子訳、国文社

土場 学
 1999 『ポスト・ジェンダーの社会理論』青弓社

ハーバーマス、ユルゲン
 1987 『コミュニケーション的行為の理論(下)』丸山高司ほか訳、未来社
 2000 『道徳意識とコミュニケーション行為』三島憲一ほか訳、岩波書店

浜口恵俊
 1988 『「日本らしさ」の再発見』講談社

フィスク、ジョン
 1998 『抵抗の快楽』山本雄二訳、世界思想社

福島真人
 1995 「儀礼から芸能へ−あるいは見られる身体の構築」福島真人編『身体の構築学』ひつじ書房、67-99頁

フーコー、ミシェル
 1977 『監獄の誕生−監視と処罰』田村俶訳、新潮社

ブルデュー、P
 1988 『構造と実践−ブルデュー自身によるブルデュー』石崎晴己訳、新評論

ヘックマン、スーザン
 1995 『ジェンダーと知』金井淑子ほか訳、大村書店

ホルクハイマー、M/T・アドルノ
 1990 『啓蒙の弁証法』徳永恂訳、岩波書店

松田素二
 1999 『抵抗する都市』岩波書店

丸山眞男
 1998 『忠誠と反逆』筑摩書房

村井 紀
 1995 『増補・改訂 南島イデオロギーの発生−柳田國男植民地主義太田出版

レヴィ=ストロース、クロード
 1972 『構造人類学』荒川幾男/生松敬三/川田順造佐々木明/田島節夫訳、みすず書房


 *欧文文献(著者名アルファベット順)
Bhabha, Homi K.
 1994 The Location of Culture. Routledge.

Fraser, N. and Nicholson, L.
 1988 “Social criticism without philosophy: an encounter between feminism and postmodernism". Theory, Culture and Society, 5, pp.373-94.

García Canclini, Néstor
 1995 Hybrid Cultures: Strategies for Entering and Leaving Modernity. University of Minnesota Press.

McGuigan, Jim
 1992 Cultural Populism, Routledge.

McNay, Lois
 1992 Foucault and Feminism, Polity Press.

Rosaldo, Renato
 1995 “Foreword", to García Canclini Hybrid Cultures, pp.xi-x醃.

Stoler, Ann L. and Cooper, Frederick
 1997 “Preface". In F. Cooper and A. L. Stoler(eds) Tensions of Empire. University of California Press, pp.醃-醱.

(2001/06/18 更新)

*1:松田素二は、植民地支配における被支配者(ネイティヴ)の語られかたが、抑圧される無力な被害者という一枚岩の集団として表象する「均質化の語り」から、被抑圧者も抑圧者も異質で多様な個性をもつ1人1人の人間として捉えて一枚岩的な像を解体しつつ、被支配者たちの主体性に焦点をあてて、植民地文化を、主体的な交渉を通して支配的な公式文化による包摂に適応する過程として捉える「異質化の語り」へと変化したが、それによって植民地支配の暴力性が隠蔽されてしまったと指摘している[松田 1999:142-5]。「抵抗」という語は、均質化の語りを逃れ、しかも異質化の語りの問題点を解消するために用いられる語である。つまり、日常生活のなかでの微細な実践を、文化的創造のための交渉や単なる適応ではなく、「抵抗」と呼ぶことで、暴力的経験としての支配−被支配関係という現実への注意も喚起される。ただし、「抵抗」という語には、能動的で主体的な暴力の行使という含意が強いが、もともと抵抗が負け続けなければならない「敗者」の受動的な反作用であることも忘れてはならないだろう。

*2:ハーバーマスのいう「生活世界」と「システム」の対比は、レヴィ=ストロース[1972]のいう「真正さの水準」と「真正さのない水準」という社会様態の対比とぼほ同じものである(レヴィ=ストロースの議論については、小田 1996、1999、2000bを参照)。ただ、ハーバーマスは、システムによる生活世界の植民地化に抵抗するには討議によるコミュニケーション的理性に基づく生活世界の合理化と公共性の確立が必要だとする。これが、近代の「男性的な合理性の定義」に基づく合理性/非合理性の二元論に依拠した処方であることは、コミュニケーション的理性の道徳意識がコールバーグの道徳発達論にもとづいて説明される[ハーバーマス 2000]ことからもわかる。そして、その討議のモデルとなる公共圏は、生活世界での権力関係や利害関係や役割をいったん括弧にいれた、生活世界の外にあるものである。それに対して、レヴィ=ストロースは、そのような西欧近代の理性や主体を疑っており、貨幣や国家やマスメディアに媒介された「真正さのない水準」の社会に包摂されてもなお残る「真正さの水準」の社会の対面関係の維持と創出に希望を求めている。

*3:イリガライのいう《模倣》は、ホミ・バーバ[Bhabha 1994]のいう植民地状況での《模倣》に比べられよう。イリガライもバーバも、模倣における反復が同一性ではなく横断的な「ずれ」を生んでいくことに注目している。

*4:関根康正が、「近代理性の立場にたってインドの被差別民の現実を悲惨として嘆き、社会改革の急を訴える『良心的』行為」にかわって、主体性と受動性との二分法が消える地平、すなわち「被差別民としてのインドのハリジャンという他者と私との〈地続き〉の場所」[関根 1995:2-4]からインドのハリジャンの生活世界を描く〈地続き〉の人類学を唱えているのも、同じ理由からであろう。

*5:抵抗を通じて包摂されるという逆説は、小笠原祐子[1998]も指摘している。小笠原は、日本の会社のなかでOL(一般職の女性会社員)たちが、男性と対等に扱われない立場を逆手にとり、差別的待遇ゆえに可能となるボイコットやゴシップなどのインフォーマルな「弱者の武器」を用いて、自分に有利な条件を引き出す日常的抵抗をしていることを明らかにした後、ウィリスを引きながら、「OLの抵抗の行為の結果として行きつく男性と女性の役割関係は、実は〔男性が優しく接すれば、女性は男性の仕事を陰ながら支えるという〕非常に伝統的な男女の関わり方」[小笠原 1998:173-4]であり、「OLが抵抗すればするほど、女性像のステレオタイプ――女性はすぐ感情に流される、だとか、女性は冷静な判断ができない、だとか、女性は仕事への取り組みが甘い、など――を強調する結果になる」[ibid.:176]とする。しかし、それらの伝統的な男女関係や女性像のステレオタイプは、OLたちによって、その場限りの一時的な関わりのなかで「流用」されているのであって、それが彼女たちの固有の場所になっているわけではない。固有の場所などもたない彼女たちの抵抗を、協調を前提とした抵抗であるが結局は抵抗に行き着く「協調的抵抗」[ibid.:172]と呼ぶことは、戦術ということへの無理解でしかないだろう。むしろ、その逆説は、近代の支配システムによって固定的かつ明確に区切られたジェンダーやエスニシティを抵抗のための基盤(固有の場所)と捉えるラディカル・フェミニズムやエスノナショナリズムの正面切っての抵抗にこそ見出されるものであろう。

*6:とはいっても、弱者の戦術を駆使する能動的な改竄者としての被支配者が、強者と対等な権力を享受していると言いたいわけではない。〈野郎ども〉が従属的地位に甘んじていることと〈野郎ども〉が能動的な改竄者であるという、2つの結論は、彼らが受動的かつ能動的な改竄者なのだということを考えれば、互いに対立するわけではない。能動的であることと権力の主体であることを混同して、能動的な改竄者であることをもって、民衆たちが権力を享受していると解すれば、それは無批判的なポピュリズムでしかないが、逆に、ジム・マクギガン[McGuigan 1992]らポピュリズム批判者たちのように、消費者としての民衆たちが能動的な改竄者であると主張すること自体を無批判的なポピュリズムと呼ぶことも、同じ混同を犯していることになる。

*7:丸山眞男も、封建制において、「武士的結合の本質が、主人と従者との間の、どこまでも具体的=感覚的な人格関係にあり、忠誠も反逆も、そうした直接的な人格関係を離れて『抽象的』制度ないし国家に対するものとしては考えられなかった」[丸山 1998:16-7]と指摘している。つまり、ネイションという抽象的な共同体に対する排他的な忠誠の関係は近代の産物というわけである。

*8:この「共同体とその外部」という図式は、モダニズム思想とポストモダニズム思想両方に踏襲さ れている。ポストモダニストは、共同体以前の根源的な横断性や単独性を語るが、日本のポストモダニズム思想では、その横断性や単独性を貨幣のような資本主義的運動に見いだして、けっきょくは共同体の外部にあるものと捉える傾向がある。つまり、閉じた共同体という観念を批判するときに、「閉じた共同体とその外部」という19世紀的な社会学的想像力に囚われて、そのような共同体が実体としてあるかのように批判し、それを開くための外部性を資本主義の運動や共同体の外部の「他者」や「公共性」に求めてしまうという倒錯がそこにある。日本のポストモダン思想が、共同体というものに対して貧困な想像力しかもっていないことについては、拙論[小田 2000a]を参照されたい。

*9:レナート・ロザルドは、ガルシア・カンクリーニの英訳本の序文で、「人類の文化は、つねに文 化横断の過程のなかにあるゆえ、そこには純血種などというものは存在しない。この考え方が示しているのは、『異種混淆性』と『純血性』という対立図式ではなく、異種混淆性だけが初めからずっと存在しているということである」[Rosaldo 1995:xv]と述べているが、このような見方は、システムとそれに植民地化された生活世界という関係を見えなくする「異質化の語り」の典型であろう。

*10:村井紀は、関東大震災時の自警団による朝鮮人虐殺が柳田國男のいう「常民」によって行なわれたのだとし、柳田による常民の説明を引用しながら、「『自警団』というまぎれもない『常民』の『村』は――『目に一丁字もなくして』つまり文字による情報も判断もなく、インテリの懐疑も振り切って――情報の混乱のなかで、自立的に生まれたのであり、それを『動かしているのは無識の者の判断』であった」[村井 1995:60]と述べる。村井のポピュリズム批判は、自分の立場をそのような自警団の常民とは無縁の、全体を見通す高みにおくものだが、そもそも、1920年前後に民衆を警察化するために創り出された青年団や在郷軍人や消防団を核に組織された自警団[大日方 1993、を参照]は、自生的ないし自立的に生まれた「常民の村」というより、規律=訓練によって規律化された国民からなる市民社会というべき存在であろう。それは、自警団が見知らぬ難民を朝鮮人かどうか判断するために用いた、「国語」を話す能力を試す「試験」などは、国語を話せる国民」の誕生なしにはできないものであり、「情報の混乱」も、新聞というマスメディアにすでに媒介されシステムに包摂された都市空間における「報道の空白」によるものでしかない。ようするに、村井に決定的に欠けているのは、常民ならぬ自分たちこそ自警団の末裔だという認識、いいかえれば、私たちが「敗北の場所」に生きているという自覚なのである。