日常的抵抗論 第6章 女性的エクリチュールと生活の場の戦術 小田亮

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1.模倣としての女性的エクリチュール

 マイノリティの「アイデンティティの政治」をめぐる反本質主義(構築主義)と戦略的本質主義の対立について、カルチュラル・スタディーズ、とくにスチュアート・ホールとポール・ギルロイは、興味深い議論を行なっている。かれらの議論の特徴は、一言でいえば、マイノリティのアイデンティティの政治を2つのタイプに分けて、その両方を使い分けるという点にある。かれらはこの問題について多くの論文を書いているが、ここでは、ホールの1990年の論文「文化的アイデンティティとディアスポラ」[ホール 1998]および1991年の「新旧のアイデンティティ、新旧のエスニシティ」という論文[ホール 1999]と、ギルロイの1991年の「どこから来たかじゃねえんだよ、どこにいるかなんだ」という論文[ギルロイ 1997]を取り上げてみよう。
 ホールは、「文化的アイデンティティとディアスポラ」のなかで、「文化的アイデンティティ」について考察するには2つの方法があるという。ひとつは、さまざまな表層的な「自己」の深層にある、共有された集合的な「1つの真なる自己」というアイデンティティで、安定した不変の認識論的枠組みと意味を与えてくれるものである。その例として、ホールは、エメ・セゼールやレオポルト・サンゴールらのネグリチュード運動における、アフリカ中心主義的な「黒人性(ネグリチュード)」という文化的アイデンティティをあげる。それは、アフリカやカリブの黒人たちの表層的にはさまざまな違いのある経験の真実ないし本質を表すものだった。これは、反本質主義者たちが批判する本質主義にもとづくアイデンティティであるといえよう。けれども、ホールは、この再発見された本質的なアイデンティティが、フェミニズムや反植民地主義や反人種差別といった、今日の最も重要な社会運動の勃興にはたした役割の重要性を過小評価したり無視したりしてはならないという。
 そして、文化的アイデンティティに関するもうひとつの立場は、類似性によって1つの経験、1つのアイデンティティを語るのではなく、「実際の私たち」を構築する深層に決定的な差異があること、文化的アイデンティティがつねに変異することを認めるという立場である。そこでは、文化的アイデンティティは、「歴史と文化の言説の内部で創られるアイデンティフィケーションの地点、アイデンティフィケーションや縫合の不安定な地点」であり、「本質ではなく、1つの位置化(positioning)である」[ホール 1998: 94]とされている。この第2の文化的アイデンティティのとらえかたは、反本質主義ないし構築主義の議論を踏まえたものといえるだろう。けれども、ホールは、反本質主義者たちのように、文化的アイデンティティという概念を放棄しようとはしていない。ホールは、文化的アイデンティティの編成を、類似性と継続性によるベクトル(本質主義的なベクトルといってもいいだろう)と、差異と断絶のベクトル(構築主義的ベクトル)という「2つの機軸/ベクトル」が同時に作動することによって形作られるものとし、文化的アイデンティティを「2つの機軸の対話的関係」から考えなければならないという。第1の機軸は過去への何らかの根拠や継続性を与えてくれるものだが、第2の機軸は、私たちが共有しているものが根本的に非連続の経験にもとづいていることを思い起こさせてくれると、ホールは述べている。
 また、「新旧のアイデンティティ、新旧のエスニシティ」でも、ホールは、疎外され周縁化されたローカルの人々が自分たちを周縁化するその全体社会に対抗して表舞台に出るためには、本質主義的で防衛的な集合的アイデンティティを形成する必要があったといい、そのような対抗的な反応をホールは「アイデンティティの政治その1」と名づけている。そして、イギリスでは、その全体の巨大な政治空間において生み出されたアイデンティティが「ブラック」であり、ブラックというカテゴリーは1970年代の反人種主義闘争においてきわめて重要であり、さまざまな社会的・文化的背景をもった人びと、すなわちカリブの島々、東アフリカ、パキスタン、バングラデシュ、インド各地からの移民たちが皆ブラックというアイデンティティをもったのだと述べている。ホールによれば、その時期の敵はエスニシティという概念に根拠をもつ「多文化主義」であった。多文化主義は、エキゾチシズムでしかなく、エキゾチックなエスニック料理、音楽、衣装をまとって集うがだれも人種主義については語らない「インターナショナルの夕べ」のようなものだと、ホールは言うのである。
 そして、ホールは、ブラックという本質主義的な概念にもとづく対抗的なアイデンティティの政治による闘争の時期は過ぎ去ったわけではないという。その社会が、さまざまな黒人や第三世界の人びとに対して人種主義的な仕方でかかわりをもとうとする限り、そうした闘争はつづいていると述べる。けれども、そのような「アイデンティティの政治その1」だけを語ることもできないとホールはいう。なぜなら、ブラックというアイデンティティは、他の問題、その概念の内部の多様性にかかわる問題を黙殺することもあるからである。つまり、アジアからの移民たちは、それによってかれら自身に特有の経験を黙らせることになり、さらに有色のアジア系の人びとだけではなく、黒人たちのなかにもブラックという単一のアイデンティティによっては、自分の経験を語ることができない人びとがいたからである。また、ブラックというアイデンティティが他のアイデンティティを沈黙させる例として、ブラックという単一で排他的な概念をそのまま使うことが黒人女性に対する黒人男性の権威を再編成してしまうことがあるともホールは指摘している。ようするに、「アイデンティティの政治その1」は、その排他的なカテゴリー内部における差異の拡がりや多様性を抑圧してしまう危険性があるというのである。
 そこで、ホールは、黒人の経験、黒人の共同体という流動的で多様なアイデンティティをとらえるためには、「差異による生きたアイデンティティの政治」というもう1つの政治学が必要だと述べている。そのような政治学について、ホールはつぎのように言っている。

 [それは]私たちは皆、多重の社会的アイデンティティをもっているのであって、唯一つのアイデンティティをもっているのではないことを認める政治学である。すなわち、私たちはつねにさまざまなカテゴリーによって複雑に構成され、それらのカテゴリーは諸々の対立のなかで成り立っている。そしてそれらによって私たちは社会的に周縁、従属といった位置に多重的に位置づけられるが、その位置づけは一様な形で作用するのではない。同様にそれは、その帰属意識の多様性によって人々を組織しようとするローカルなものの対抗政治学が、相互の位置関係による闘争とならざるをえないことを認めることである。[ホール 1999: 88]


 ホールは、このようなローカルなものの闘争をグラムシの概念を借りて「陣地戦」と言いあらわしている。それは、「アイデンティティの政治その1」が全体社会の巨大な政治空間における闘争(こちらのほうはグラムシのいう正面攻撃による「機動戦」に当たるのだろう)とは違って、何ら保証がないという困難さをともなう。それは、「帰属意識が変化、移行するので、それらは外部の政治的、経済的な力を受けたり、いろいろ異なった形で表現されたりすることもある」ので、だれも計算ができないような闘争であるゆえの「そのアイデンティティのなかに刻み込まれたような政治的保証というものはまったくない」という困難さである。そして、ホールは、このような政治学は、「もちろん、不測の事態を考慮して、つまり、不測の事態に直面したまま政治学を行なっているため、そうしたアイデンティティは固定的ではなく、矛盾することが多く、相互に横断しており、また多重のアイデンティティによって、私たちはさまざまな時点で異なって位置づけられる傾向があることを理解すべきである」が、「私の考えでは、ローカルなものが唯一自分たちの思い通りになる政治ゲームである」と述べている。
 ホールのいう、この「差異のアイデンティティの政治」は、さきに紹介した「文化的アイデンティティとディアスポラ」という論文でいっていた「第2の立場」としての「ポジショナリーの政治」と同様に、構築主義(反本質主義)ないし脱構築派が「アイデンティティの政治」を批判して唱えている、多重的なアイデンティティの戯れによる政治に近いようにみえる。実際、ホールも「差異のアイデンティティの政治」を説明するとき、よくデリダの「差延」概念に言及しているし、バーバも引用している。
 しかし、ホールが、ポストモダニズム的な脱構築派と異なるのは、第1に「アイデンティティの政治その1」を受けいれている点にある。そして、第2に、「差異のアイデンティティの政治」が、小さなローカルなものの政治である、つまり、ローカルな共同体において功を奏する政治学だとしている点である。ホールが差異の生きたアイデンティティの政治を述べるとき、よくデリダを引用すると述べたが、「新旧のアイデンティティ、新旧のエスニシティ」の中では、デリダの「差延」について触れたあと、つぎのように言っている。
 本当のところ、ここでアイデンティティと差異について考える際に、デリダは思ったほど助けにならない。また、アメリカ、特にアメリカの哲学・文学思想におけるデリダの盗用者はさらに役には立たない。「異なる」と「遅延させる」という2つのテクストの含意の間の緊張関係から、デリダの「差延」の概念を取り出して、その概念をただ際限のない差異の戯れに委ねるその瞬間から、デリダの政治学が解体されている。その瞬間から、一種の学問的なゲームである、きわめて洗練された、戯れにみちた脱構築の膨大な増殖が展開される。それはだれでも可能であり、……いかなる意味に対してもだれも責任はない。……何かが意味を付与された瞬間にすぐ消し去られる。だれもが充実した時を過ごす。いわば会議にでかけていってその脱構築を行なうといったようなことである。政治の概念はつねにいろいろな立場の間を動いている言葉によって、ある場所を占めつつも、そこに縫いつけられていないものの間の緊張関係を維持することを前提とする。ポジショナリーと運動の両方を別々でなく一緒に考えることを、つまり差異と戯れることなく、「ゆっくり休める夜を探す」ようなアイデンティティと戯れることなく、アイデンティティと差異との緊張関係のなかで生きることを私たちに求める。こうした政治の概念が解体されているのである。[ホール 1999: 79]
 つまり、ここで言われている「アイデンティティと差異との緊張関係のなかで生きる」場こそ、ローカルな流動的コミュニティであり、ホールは、そのような場から遊離した学問的なゲームを批判しているのである。
 ギルロイもまた、黒人たちの「アイデンティティの政治」について、ホールと似たような区別をしている。ギルロイは、その目的に注目して、「約束履行 fulfilment の政治学」と「変容 transfiguration の政治学」の2つのタイプに分けている。約束履行の政治学とは、「来るべき社会では、今日の社会が果たせない社会的・政治的約束を実現できるという考え」であり、「ブルジョア的市民社会が己のレトリックに忠実であることを要求」する政治学のことである。他方、変容の政治学は、別の空間的・時間的広がりをもっていて、「奴隷監督官の鼻先で創造されたために、意図的に分かりにくい形に変えられている」が、「解釈や抵抗をともにする人びとの人種的な共同体の内側、かつその集団とかつてのその抑圧者との間における、質的に新しい欲望や社会関係や共同性の様態の出現に強調点を置いている」[ギルロイ 1997: 179, Gilroy 1993: 134]ものとされている。そして、約束履行の政治学は、「自分自身の流儀に従ってではあるが、西洋の規定する合理性のゲームを行なうことに同意している」ものであり、それゆえ、「記号、言語使用、テクストに関するものを消化するための解釈学的志向を余儀なくされる」[ギルロイ 1997: 180, Gilroy 1993: 135]のに対して、変容の政治学は、「反復不可能なものを反復し、提示不可能なものを提示しようと苦闘しながら、荘厳なもの( the sublime )を求めて奮闘する」もので、そのような違いがあるゆえに、模倣的で、演劇的で、パフォーマティヴな志向へと推しだされる」と述べている。
 ギルロイは、この2つの政治学の間には緊張関係があるけれども、黒人ディアスポラのヴァナキュラーな諸文化のなかで密接に結びついているとしている。そして、ギルロイも、ホールと同様に、「変容の政治学」が、流動的な共同体において、質的に新しい関係性や連帯の出現をもたらすものであることを強調している。つまり、本質主義的な言説をもちいる「アイデンティティの政治」も、固定的ではない多重的・流動的で創発的なアイデンティフィケーションに依拠した「アイデンティティの政治」も、ともに必要なのだとし、後者のタイプの政治は、流動的な共同体においてこそ意味をもつのだとしているのである。
 本質主義と反本質主義の両方に異なる場を与えて接合する、このようなホールやギルロイの「やりかた」は、「あれも・これも」という「恥知らずの折衷主義」と称されることもある。けれども、この「やりかた」こそ、生活の場での黒人たちによる文化創造の「やりかた」に彼らが学んだものであり、それ自体が、近代システムや近代知に抵抗するやりかたになっているのである。2つのタイプの「アイデンティティの政治」をともにストックに入れること、そして、場面に応じて臨機応変に一つのタイプから別のタイプへと移ること、それは、植民地化され、「他者の法、自分には疎遠なエコノミーの支配する場所」で生活せざるをえない人びとの生き抜く術といえるだろう。
 ただし、ホールもギルロイも、2つの「アイデンティティの政治」の折衷ないし対話ないし接合が、戦略的本質主義のように同質化に戻らず、あるいは逆に脱構築派のように異質化の罠に陥らないということを保証しているわけではない。では、その危険性はどうして避けられるのだろうか。ひとつのヒントは、近代的合理性からみれば一貫性に欠いた、矛盾したこの2つの政治学をつないでしまうということ自体にあるといえるかもしれない。というのも、その一貫しないものどうしを矛盾したまま接合することによって、「アイデンティティの政治その1」の一貫しているはずの合理性も変容を余儀なくされるからである。
 けれども、より重要なポイントは、ホールやギルロイが示唆しているように、その折衷や並列の「やりかた」がローカルな共同体――すなわち、〈顔〉のある複数の関係性の延長による想像のスタイルで創られる共同体――においてこそ働くということにある。セミ・ラティス構造をもつローカルな共同体においては、アイデンティティの多重化や異質化は、自由な主体が無限の抽象的な空間で行なう選択による学問的ゲームではなく、生活の場における連帯関係を作りだすための原理そのものなのである。それは、共同体内部や共同体間の連帯関係をつくる資源であるさまざまな関係性を維持するためのものとなり、さらに、新しい連帯関係をつくるためにその関係性を多重的で固定されないものへと変えていくものとなる。
 いいかえれば、「アイデンティティの政治その1」や「約束履行の政治学」とは、生活の場における非同一的な共同体――すなわち平滑空間――において、人びとが主流社会の支配的原理である条里空間の原理を「流用」しておこなう実践なのである。そしてまた、「変容の政治学」も、生活の場における非同一的な共同体において実践されるのでなければ、それは「異質化の罠」におちいってしまうことになるだろう。
 したがって、重要な点は(ホールやギルロイは明確に述べてはいないが)、2つの「アイデンティティの政治」を意図的に使い分けて用いるということにあるのではない。そのような2つの意図的な使い分けを強調することは、そこに使い分けをする主体を温存することになろう。そうではなく、その接合がローカルな共同体としての生活の場にささえられているという点にあるのだ。ここでいうローカルな共同体とは、すでに繰り返し指摘してきたように、実体的な自律性や独自性をもつものではない。システムによる植民地化によっても維持されるその自律性や独自性とは、そこで用いられる文化的要素や政治学の違いによるものではないのである。そのように実体的にとらえられた自律性や独自性は、ツリー構造のなかに機能的な差異として組み込まれてしまうだろう。その独自性とは、与えられたものを受容したり模倣したりしつつ、それらをつなげたり使ったりする「やりかた」の自律性や独自性であり、そのような用いかたやつなぎかたによって実現される関係性のありかたの自律性や独自性なのだ。そして、ポストモダニズム的な反本質主義の行なう異質化が自分たちを植民地化し他者化し周縁化していく近代的なシステムへの抵抗の基盤をも崩してしまうのと異なり、独自の「やりかた」による自律性をもつ共同体のなかで生成される関係性や対話性の多様性は、固定された主体ぬきの抵抗の基盤となる。
 この独自性は、そもそも条里空間において主体を与えられていないマイノリティのものでもある。そのことをエレーヌ・シクスーやリュス・イリガライによる「女性的エクリチュール écriture féminine」論をとりあげながら明らかにしてみよう。そのことは、ホールやギルロイらが見落としている2つの「アイデンティティの政治」の接合のもうひとつの可能性をも明らかにするだろう。
 女性が女性のために書くという女性的エクリチュールの実践について、シクスーはつぎのように言っている。

 エクリチュールの女性的実践を定義するのは不可能で、この不可能性は維持されるでしょう。なぜならこの実践を理論化し、閉じ込め、コード化することは絶対にできないどしょうから。でもこのことはこの実践が存在しないという意味ではありません。それにしてもこの実践はいつでも、男根中心体制が律している言説を超えるでしょうし、哲学的・理論的支配に従属している諸領域以外のところで行なわれることでしょう。[シクスー 1993: 23]


 シクスーは、言語の男根中心主義的体制の特徴を、男性/女性、大/小、優等/劣等、高/低、能動性/受動性、歴史/自然、変化/停滞といった序列化された二元論的対比によるものとし、「実際、『文化』のあらゆる理論、社会のあらゆる理論、さまざまな象徴体系の全体――つまり、言説や芸術や宗教や家族や言語活動といわれているもの、またそうしたものとして構成されている一切のもの、つまり私たちを捉えるすべてのもの、私たちを作っているすべてのもの――こういったすべてのものは序列化されたさまざまな対比で編成されていて、これらの対比は、男性/女性という対比に結びついています」[シクスー 1993: 55]と述べている。このように把握された言語の男根中心主義的な体制は、サイードのいうオリエンタリズムの言語の体制と同一のものといえよう。そして、女性的エクリチュールは、その過剰性ゆえにそのような支配的言語の体制を転覆するものとされるのである。
 また、イリガライも、男性中心主義的な言説が女性を「欠如」として定義する二元論であり、そのような言説の体系は、女性たちから言葉を奪っているとしながら、つぎのように述べている。

 言い換えれば、賭けられたものは、女性が主体や客体であるような新しい理論を作ることではありません。そうではなく、理論の機械装置そのものを故障させ、あまりにも一義的な真理と意味との生産への理論の自負を中断させることです。それには、女性が知において単に男性と対等になりたいと思わないことが前提となります。女性が、存在―神―論理(存在論的神学)をまだモデルとするような女性的なものの論理を構築することで男性と対抗しようとせずに、むしろこの問題をロゴス体制から切り離そうと試みることが前提となります。したがって、この問題を《女性とはなにか》というかたちでは提出しません。そうではなく、言説内部で、女性的なものが欠如、欠陥として、また、主体の模倣、逆転した複製として規定されるその方法を、女性が反復−解釈することにより、この論理においては撹乱的な過剰が女性的なものの側で可能であると表明することが前提となるのです。[イリガライ 1987:95]

 そして、イリガライは、この撹乱的な過剰が良識をこえるには、女性が「女性的な文体、エクリチュール」をあきらめないことが条件になると言っている。
 ところで、内田樹氏は『女は何を欲望するか?』[内田 2002]のなかで、イリガライの主張には、「イリガライの列挙するような条件を備えた『女性に有性化された言語』と、伝統的な『男性中心主義的言語観』において女性に割り振られてきた制度的な『女性語』と、どう違うのかがよく分からない」[内田 2002:58]という深刻なアポリアがあると述べている。そして、内田氏は、イリガライの『基本的情念』から、

 動くことはわたしの住まいかたなのです。可動性のなかでしか、わたしは休息できません。屋根を押し付けられると、わたしは涸れてしまいます。[イリガライ 1989:27-28]


という一節を引いて、つぎのように述べる。

 ここには「あなた/私」「支配/被支配」「定住/彷徨」「拘束/自由」「運動/停止」……といった一連の二項対立図式が反復されている。/これは言葉の選択が違うだけで、「真理/誤謬」「現前/不在」「自己同一性/差異」という二項対立図式と構造的には同じものである。/さて、「さまざまな二項対立を作り上げ」その一方に価値のあるものを、他方に価値なきものを配することこそが「いわゆるロゴス中心主義と呼ばれる全体主義的原理」である、というのがイリガライの形式主義批判の考え方だったはずである。この考え方に徴した場合、今イリガライが並べ立てた二項対立図式はどう説明されるのだろう。これは「ロゴス中心主義」の「女性バージョン」とは違うのだろうか。[内田 2002:60]


 この内田氏の指摘、すなわち「女性的エクリチュールは、男性中心主義的な体制が伝統的に女性に割り振ってきた女言葉とどこが違うのか」と、「女性的エクリチュールにおける二項対立は、男根ロゴス中心主義における二元論的対比とどこが違うのか、という指摘が興味深いのは、それが、イリガライから「模倣」という戦術をひきついでいるジュディス・バトラーの「撹乱の戦略」に対して出された、異性愛主義の言語を再生産するパフォーマンスの反復・模倣と、それを撹乱する反復・模倣とはどこが違うのかという批判に通じているからである。
 ただし、内田氏のいう「深刻なアポリア」はイリガライにとっては(もちろんバトラーにとっても)すこしも深刻なものではないだろう。というのも、女性的エクリチュールは、バトラーのいう既成のジェンダーの模倣と同じく、「男性中心主義的な体制が伝統的に女性に割り振ってきた女言葉」を模倣したものである以上、それらが似ているのは「深刻なアポリア」ではなく、あたりまえだからである。イリガライは「模倣」を、男性中心主義的な言語や制度を撹乱する「女性的エクリチュール」の実践と見なして、つぎのように言っている。

 最初は、たったひとつの《道》しかないでしょう。歴史的に女性的なものに割り当てられてきた道、つまり模倣です。この役割を故意に引き受けること。それだけですでに、従属を主張へと転ずることになり、それによって、従属の裏をかく取っかかりとなります。従属状況への異議申し立てが、女性的なものにとって、(男性)《主体》として語る権利を要求することになる、つまり性的差異の無視を続ける知的なものとの関係を求めることに、結局は、なってしまうようなこの時にです。[イリガライ 1987:92]

 イリガライにも、「[歴史的に女性的なものに割り当てられた]役割を故意に引き受けること」だけで、「従属を主張へと転ずることになる」と述べているように、いわば客体化するだけで裏をかけるという、バトラーとおなじようなヴォランタリズムがみられる。そして、すでに述べたように、そのような意識化だけでは「従属の裏をかく取っかかり」になるとはいいがたいだろう。しかし、注目すべきは、イリガライがそのような「模倣」の実践を、伝統的なジェンダー二元論では女性に割り振られてきたヒステリーに見いだしていることである。すなわち、「ヒステリーは、黙り、同時に、模倣します。そして、……自分のものではない言語である男性的言語を模倣-再生産しながら、それを戯画化し、歪めるのです」[イリガライ 1987:178]というのである。
 イリガライのいう「模倣-再生産」を、シクスーは「ヴォレvoler」という動詞で表しているようにみえる。シクスーは、「問題になっているのは、男性の道具、男性の概念、男性の場所を、我がものにすることでもなければ、支配者としての彼らの位置に自分を置こうと欲することでもありません。男性と一体化する危険があることを私たち女性が知っているからといって、私たちが屈服することにはなりません。……私たちは内面化したり操作するために奪取するのではなく、一気に横断し、そして《飛び盗む》〔voler〕のです」[シクスー 1993:32-33]と述べている。そして、イリガライがヒステリーにおける模倣を「女性的エクリチュール」の特徴をあらわすものとしているのと同じように、シクスーは「憑依」を、男性中心主義的な言語や制度を撹乱する「女性的エクリチュール」の実践と見なしている。シクスーは、「今日、エクリチュールは女のものである」という。なぜなら、「エクリチュールを実践することは、私が現にあるところの、あるいはそうでないところの、また私が成ることのできない他者が、私の中を通過したり、出入りしたり、留まったりすること」[シクスー 1993:144]であるが、男にとって自己の中に他者を取り入れるということは難しいのに対して、女性は他者の存在を認めているからである。その容認が極端になると《憑依》という女性的な現象が起きる。「憑かれることは、男の想像界にとって望ましいことではありません。彼らは、それを受動性、女性的で危険な態度とみなすからです。ある種の受動性が《女性的なもの》であることは、真実です。……女は、その開放性によって《憑かれ》やすい、つまり自分自身から離脱しやすいのです」[シクスー 1993:145]。
 シクスーやイリガライの「女性的エクリチュール」論は、本質主義だと批判されることがある一方で、本質主義的な語りを男根=ロゴス中心主義に対抗するために戦略的に利用するという「戦略的本質主義」として評価されたり、「プラグマティックな可謬主義〔どんな知も最終的な真理に到達することはないという立場〕的アプローチ」[Fraser and Nicholson 1990:391]の折衷主義として積極的に解釈すべきとされたりすることもある。けれども、イリガライやシクスーらの戦略は、支配的なシステムに包摂されると同時に排除される「女性的なもの」が、その根源的な受動性と撹乱的な横断性によってシステムの裏をかき、それを撹乱することによって自分たちの独自の経験や身体を語る余地を作りだし、しまいにはシステムそのものを変えてしまうということを実践的に語ろうというものであろう。イリガライやシクスーにとって、女性は、男性中心主義的なシステムによって最初から植民地化されている存在だとされているために、そしてまた、精神分析学的な性の差異にこだわるために、歴史的な変化や、階級や人種といった他の差異が忘れられて、女性的なものの非合理的な撹乱性や受動的な流動性があたかも女性の不変の特質であるかのように語ってしまうが、性の差異も、階級や人種といった他の差異と同時に、システムが生活世界を植民地化する過程で創られたものであった。とすればイリガライやシクスーのいう女性的なものはもともと本質などもたない、〈顔〉のある関係性と対話性からなる生活世界の「もののやりかた」の横断性のことであり、本質を規定しようとするシステムの戦略をすり抜けてしまうものなのだ。
 だとすれば、シクスーが、「女は、過剰で、法外で、矛盾に満ちているので、法、《自然》な秩序を破壊し、個別化という厳格な法を破りながら、現在と未来を隔てている仕切り棒を取り除きます。……自分をもうひとりの女あるいは男にしてしまう拡散的で横断的な動きによって、彼女が手を切るのは、説明であり、解釈であり、居場所を突きとめ、それを指定するあらゆる審級なのです」[シクスー 1993:167]と、女の過剰で流動的な「変身」について述べるとき、あるいは、イリガライが、男性中心主義的な言語の裏をかき撹乱するために、女性に歴史的に割り当てられた役割である「模倣」を故意に引き受けると述べるとき、この「変身」や「模倣」は同じくシステムに包摂され排除された周縁的な存在である植民地のネイティヴや民衆による(関係性と対話性にささえられた)横断的な「もののやりかた」として読みかえることができよう。
 内田氏の指摘は、「女性に有性化された言語」といっても、そのようなものがまだ出現していないいま(内田氏はイリガライの書いたものがその実践だととらえているようだが)、自分に押しつけられた「女性語」を語るか、それを拒否して中性であることを装っている「男性語」を語るしかないという二者択一に女性たちが縛られている状況をなぞったものといえよう。その状況とは、どちらにしろ自分のものではない言語である男性的言語を模倣するしかないということを意味する。そして、その状況は、女性たちだけではなく、近代において周縁化された存在である植民地のネイティヴや移民や下層民衆などにもあてはまる。イリガライたちが「女性的エクリチュール」の探究によってめざしたのは、そのような二者択一から抜けだすことである。ヘックマンのことばを借りれば、西欧近代の啓蒙主義的合理性に潜む男根中心的な言語は、女性に対して、女性のように話す、つまり非合理的に話すか、あるいは男性の合理的な領域に入って、女性としてではなく男性として話すかという2つの選択肢しか与えないが、「フランスのフェミニストたちが奮闘していたことは、これらの相互に容認できない選択肢のどちらも避けるということであった」[ヘックマン 1995:83]といえよう。そして、その2つの選択肢の避け方は、新しい第3の選択肢を確立することなどではなかった(内田氏の誤解はそこにあった)。イリガライがいうように、その避け方は、最初は「歴史的に女性的なものに割り当てられてきた道、つまり模倣」という「たったひとつの《道》しかない」のであり、「自分のものではない言語である男性的言語を模倣-再生産しながら、それを戯画化し、歪める」というやりかたしかないというわけである*1
 ようするに、女性的エクリチュールは、男性中心主義的な体制が伝統的に女性に割りふってきた女言葉と同じではないのかという内田氏の批判は、バトラーへの批判と同じく、意味-論理をツリー状の構造からのみとらえて、反復や模倣の創造性ないし創発性を見逃しているために生じたものといえるだろう。
 ここで注意してほしいことは、「歴史的に女性的なものに割り当てられてきた」やりかたである模倣によって模倣=反復されるのは、男性中心的言語のなかの中性化(無徴化)された「男性語」であっても、有徴化された「女性語」であってもかまわないということである。すなわち、それが女性的エクリチュールとなるのは、女性語を模倣しているからではなく、模倣というやりかたをしているからなのだということなのである。このことは、ホールたちの「2つのアイデンティティの政治」の折衷ないし接合にも示唆的であろう。つまり、条里空間において固定されたアイデンティティか、それを拒むような個の浮遊する流動的なアイデンティティかという二者択一に縛られる状況そのものを変容させていくというやりかたを指し示しているという点で示唆的だといえる。つまり、そのやりかたは使い分けではないのはもちろん、もはや2つの選択肢の折衷や接合というよりも、《模倣されるものと模倣するものとのあいだのずれ――つぎの節でみていくミハイル・バフチンのいう「2つの声」――がそのまま保持されるような模倣》というひとつのやりかたなのであって、それによってその二者択一を強いるシステム自体をすり抜けていると言ったほうがよい。
 そのことは、イリガライやシクスーの強調する女性的なもののいわば「留まりながらの移動性」といったものにもみることができるだろう。内田氏が引用していた、「動くことはわたしの住まいかたなのです。可動性のなかでしか、わたしは休息できません。屋根を押し付けられると、わたしは涸れてしまいます」というイリガライの『基本的情念』の一節は、つぎのような一節のあとに置かれていた。

 あなたはわたしを家のなか、家族のなかに、囲いこみます。断固たる、決定的な壁のなかに。あなたが持てなかったものを、そうやって移動させ、追放するのでしょうか? ひとつの身体のしなやかな外皮を。ひとりの生者の皮膚を。あなたが持つことのないものを……。[イリガライ 1989:27]


 「あなた=男」が「わたし=女」を囲いこむ壁は、女を関係性の場の広がりから切り離すと同時に、男の自己同一性を外部から防衛してくれる壁でもある。「あなたはわたしに空間を割り当てます。わたしの空間を、わたしに。けれども、この作業のために、あなたはつねにすでに、わたしの場の広がりから、わたしを引き離してしまっています」[イリガライ 1989:63]。「あなたの外部からあなたを守るこの殻=避難所は、あなたがこの家をどんな材料でつくったのかと、あなたにたずねています」[イリガライ 1989:64]。

 ここには、内田氏が指摘していたように、「支配/被支配」「定住/彷徨」「拘束/自由」「運動/停止」といった二項対立が「あなた=男/わたし=女」という二項対立と結びつけられている。しかし、イリガライが行なっていることは、この二項対立を転倒させることでも)、あるいはその対立関係を解消してしまうことでもない。「動くことはわたしの住まいかた」と言っても、留まるのは「わたし=女」で、彷徨するのは「あなた=男」である。つまり、そこで行なわれていることは、これらの二項対立そのままをひっくり返すのではなくて、「あなた=男」が「わたし=女」に割り当てた空間を隔てる壁を、浸透し流動する生者の皮膚にもどすことなのである。イリガライは、それを「愛撫」として語っている。

 わたしがあなたを愛撫します、あなたがわたしを愛撫します、統一――あなたのも、わたしのも、わたしたちのも――つくりなすことなく。わたしたちを分離し、分断する外皮は、ごく薄いものとなります。堅固な囲いから、流体に変化するのです。とはいっても、なくなってしまうわけではありません。わたしたちが融合してしまうわけではありません。わたしたちを階層秩序的に差異のあるものとしていた、場への関わりが、性格を変えるのです。[イリガライ 1989:83-84]


 このように、二項対立を転倒させるのでも解消して1つにするのでもなく、〈2〉のまま、ただ可動性――身体的な関係性の広がりと揺れ動き――をとりもどすこと、それは、いいかえれば、階層秩序化され固定された二元論を二項対立へともどすことであり*2、ツリー構造をリゾームへと変えることである。
 したがって、イリガライが強調している女性的なものの流動性や移動性は、割り当てられた空間から壁を飛び越えて離れるという、ポストモダニズム的な脱領土化や越境(男に割り当てられた「彷徨」)を意味するわけではない。そうではなく、生活の場に留まりながら、その場で自分たちの関係性の広がりを確保し、その場をその広がりとともに再領土化するための可動性なのである。それが、「動くことはわたしの住まいかたなのです、可動性のなかでしか、わたしは休息できません」ということであり、「わたしといえば、休息のなかで動きつづけています」[イリガライ 1989:77]ということである。その可動性は「形式の枠内にあって硬化しない注意だけが」感じとれるものであり、「たえまのない、しかも理解の範疇とくらべればつかのまの、可動性」[イリガライ 1989:134]だとイリガライはいう。
 それは、「定住/彷徨=女/男」という二項対立の結びつきを転倒も解消もしないけれども、与えられた「定住」という位置を模倣しながら、そのなかに移動性の声を浸透させてしまうことと言ってもいい。次節で紹介するミハイル・バフチンがいうように、他者の声の模倣は、支配的言説の他のひとつひとつのことばをも「二重化」してしまい、1つの意味=方向に固定された二元論を流動的な二項対立へと変容させるのである。そのような日常的実践によるアイデンティティの多重化や異質化は、生活の場から遊離した机上の遊びでもなく、また連帯や関係性を危うくするものでもなく、むしろそれらの関係性を創発的に広げるものである。いいかえれば、その移動性は、与えられたアイデンティティやハビトゥス(ウィリスが述べていた労働者階級文化のような)が生活のために役立つうちは手ばなさないと同時に、それに固執せずにつぎへと移ることができるという可動性なのである。
 このことはまた、ギルロイのいう「約束履行の政治学」を放棄するということではない。また、「変容の政治学」とそれとを両方別々に追求するということでも、あるいは折衷して1つにするということでもない。「約束履行の政治学」と「変容の政治学」とを切断しながら、支配的言語を模倣する「約束履行の政治学」の声に「変容の政治学」の声を響かせて、声を二重化するということなのである。


2.生活の場のブリコラージュ

 フィールドで現地の人びとを支援しようとする場面で、文化人類学者は、しばしば本質主義か構築主義かという二者択一のジレンマに追い込まれる。そのことを、たとえば、現地の人びととともに反開発の立場にたとうとする人類学者を例にみてみよう。
 第三世界の諸国で最も開発の犠牲になっているのは先住民たちだろう。ブラジルのアマゾン流域では、開発を進める国家と開発業者に先住民たちは生活のための土地を奪われているだけではなく殺されるということまで起きている。そこで、国家と開発業者の進めるダム建設などの開発に対して、先住民たちは、「自然環境と共生する先住民文化」とか、「私たちの聖地を破壊するな」といった言説によって対抗するという戦略を採るようになってきている。ここで、人類学者は1つ目のジレンマに陥る。というのも、「自然環境と共生する先住民文化」というスローガンは明らかに本質主義的言説であり、そう主張する先住民たち自身が車に乗っているといった近代的な生活をしていることもすくなくない。また、破壊するなと言われている「聖地」が、もともと聖地とは言いがたいもので「伝統の発明」であることも多い。ただ、この第1のジレンマは、いちおう戦略的本質主義で解決できるかもしれない。しかし、反開発の立場にたつ人類学者のジレンマはそれだけではない。第2に、先住民たちが必ずしも反開発で一枚岩になっているわけではないことがある。ただし、それも先住民の反開発の運動が盛り上がって多数派を占めている場合はそれほど深刻なジレンマにはならないかもしれない(もちろん、それが少数派の抑圧になってしまうこともあるが)。もっとも深刻な、しかもここでの議論にとって興味深いジレンマは、運動をしている先住民たちがしばしば「豹変」することである。反対していた開発計画について部分的に受けいれてしまうこともよくあることだ。そんなとき、反対運動を支援していたNGOや人類学者は「裏切られた」という気分になる。しかし、その環境で生活している人びとは臨機応変に開発を受けいれたり拒否したりする。それについて「金に目がくらんだ」と言うことはできない。それを「裏切られた」と感じるのは、人は、周囲の環境や関係に左右されない、自覚的な首尾一貫したアイデンティティとか「正しさ」の意識をもっている、あるいはもつべきだ、ということを前提としているからにほかならない。いいかえれば、啓蒙主義的な主体となっていることを理想としているからである。
 しかし、現地の人びとは(そして、自分の生活の場では私たちも)、生活の便宜に応じて与えられたツリー状構造に、結果的に横断線ないし斜線を引いてセミ・ラティス構造に変容させているのだが、自然環境の保護といったツリー状構造をもつ「大きな物語」にしたがって「正しさ」を意識しているようなNGOや人類学者には、その人びとの「豹変」を裏切りとしか理解できないというわけである。
 人類学者のそのようなジレンマからぬけだすためには、包摂現地で暮らす人びとが、わたしたちと同様にさまざまな支配的制度に包摂されていながら、包摂されていることを意識しているかどうかにかかわらず、そのただ中においてなんとか自己の〈いま-ここ〉の生活をあるがままに受けいれることのできるものにするために臨機応変に支配的制度を利用したり拒否したりすることを、積極的に評価することが必要となる。つまり、そのような豹変をともなう実践について、全体を俯瞰する超越的視点から支援したり批判したりするのではなく、全体がみえない生活の場からそれを理解することが重要なのである。
 いいかえれば、それは、人びとの日常的実践を、ミシェル・ド・セルトーのいう「戦術」として理解するということであり、そのような「戦術」は、自分たちもまた植民地化された生活世界を生き抜くときに用いているものであるということ、そこからのみ、他者に同一化することなく、それらの「戦術」を「抵抗」としてとらえることができる。「抑圧されている犠牲者」という固定化されたカテゴリーを介した「アイデンティティの政治」の問題点は、抑圧から解放される未来において実現される全体性や、抑圧される以前の過去にあった全体性や、自分たちが獲得している全体性という視点から、〈いま-ここ〉の生活の場を、何か欠けているもの、抑圧された欠如態として否定的にとらえてしまう点にあった。そこには、解放された状態や欠如が再び埋められた状態が全体性として想定されているが、そのような全体化の思考こそ、種的同一性を固定し、生活の場における臨機応変の戦術や自己のしなやかな変容を見えなくしているのである。
 ド・セルトーによる戦略と戦術との区別の利点の1つは、戦術が、すでに近代のシステムに包摂されている者が行なう実践であるということを明確にしている点にある。「システムに包摂された人びと」というなかには、旧植民地のネイティヴたちだけではなく、メトロポリスにすむ消費者も含まれる。それは、階級や人種や性などで固定されたカテゴリーに限定されない。誤解をおそれずにいえば、戦術とは、普通の人びとが生活の場で行なっている「もののやりかた」である。しかも、それは、すべてが多様な個だとする議論にみられるような「異質化の罠」も、また「アイデンティティの政治」となる危険性も免れている。というのも、ある実践が戦略か戦術かは、固定されたポジションに規定されているのではなく、固有の場所を確保して行なっている実践か、自分には疎遠な力によって支配された場所で行なわれる実践かによって区別されるものだからである。
 そして、その区別は、序章でみてきたように、レヴィ=ストロースによる「栽培された思考」としての近代知と「野生の思考」としてのブリコラージュという区別に重なっている。ド・セルトー自身、自分の固有の場所をもたない民衆、すなわちシステムに包摂されている人びと――それは、システムに生活世界が植民地化されている近代社会では「普通の人びと」のことにほかならない――が日常生活のなかで駆使している「戦術」と置き換え可能な語として、レヴィ=ストロースの「ブリコラージュ」という語を使っている。たとえば、スペインの植民地化に服従するばかりか同意さえしたインディオたちが押しつけられた法や表象を流用していったという例を挙げ、現代社会でも、言語の生産者であるエリートが押しつける文化を民衆が使用するとき、「インディオたちのやりかたにならって、使用者たちは、支配的文化のエコノミーのただなかで、そのエコノミーを相手に『ブリコラージュ』をおこない、その法則を、自分たちの利益にかない、自分たちだけの規則にしたがう法則に変えるべく、こまごまとした無数の変化をくわえているのではないか」[ド・セルトー 1987:16]とド・セルトーは述べている。ブリコラージュにおいて使われる材料や道具は、エンジニアの用いる材料や道具とはちがって、設計図にしたがって作られたただひとつの機能をもつものではなく、本来の目的や用途とは無関係に集められたものであるため、ブリコルールは、それらの形や素材などのさまざまなレヴェルでの細かい差異を利用して、本来の用途とは別の用途のために流用することになる。
 つまり、エンジニアが、全体的な計画としての設計図に即して考案された、機能や用途が一義的に決められている「部品」を用いるのに対して、ブリコルールは、もとの計画から引き剥がされて一義的に決められた機能を失い、「まだなにかの役に立つ」という原則によって集められた「断片」を、そのときどきの状況的な目的に応じて用いるというわけである。
 「断片」も「部品」も、全体のなかの部分であることには変わりがない。しかし、そこには、近代の思考(これまでの用語でいえば、ツリー状構造にもとづく思考)における「全体」というものの観念と、野生の思考ないし生活の思考における「全体」との違いが浮き彫りになる。部品は、たまたま全体から離れていても、つねに帰属すべき場所をもち、その本来的な場所に組み込まれると、ジグゾー・ハズルのピースのように、それを囲む境界は消えてほとんど透明になってしまう。それに対して、ブリコラージュに用いられる断片は、特定の機能によって決められる帰属すべき場所(固有の場所)を失っており、明確な一定の用途に限定されることはなく、さまざまな潜在的用途を保持している。そして、それがあらかじめ決められていた本来的な用途とは異なる用途に流用されて、たまたま他の全体に組み込まれても、それを囲む境界線は、モザイクにおける線のように、消えることを拒んでいる。ブリコラージュにおいては、ある材料を特定の用途に使用しても、その独自の感性的性質や来歴を隠さないため、その材料は、全体のなかでちぐはぐな異物として、その特異性や異質性を保持しつづけるのである。
 断片が保持している特異性は、いわば断片の来歴や感性的特質などを示す〈顔〉であり、そのような特異性や異質性を保持していることが、逆にそれらの感性的特質や歴史的特異性をもちいた隣接性や家族的類似性による換喩/隠喩的関係を引き出し、断片どうしの思いも拠らない結びつきを可能にし、さまざまな用途に流用されることを可能にしている。
 エンジニアの思考による部品からなる全体は、あらかじめ決められた計画にしたがった明確に境界づけられた全体であり、その内部の部品もその計画から機能と場所を一義的に決められている。エンジニアは、それらの意味=機能をあらかじめ決めることのできる「固有の場所」に立っている。いいかえれば、それらの部品から身を引き離し、それらの全体をあらかじめ見通すことができる「固有の場所」をもつと想定されている。つまり、レヴィ=ストロースのいうエンジニアは「啓蒙主義的主体」を指しているのである。
 それに対して、ブリコラージュによる断片からなる全体は、あらかじめ明確に境界づけられた全体ではなく、まだ他の断片が付け加わったり、内部の境界を横断する結びつきが生まれたり、他の全体とも重複したりするような未完結の全体である。いいかえれば、それはセミ・ラティス構造をもつ「ちぐはぐな総体」[宮川 1975]となる。ブリコラージュは、自己完結した全体などが見えないところで行なう実践なのである。そして、ブリコラージュが可能になるのは、断片それぞれの来歴や感性的性質を保持した、つまり〈顔〉のある具体的な関係性においてである。エンジニアは、部品を調達するのに設計図を送ることで見ないでおなじモノをいくつでも注文することができる。部品からは特異性も〈顔〉も消されている(ベンヤミンなら「アウラ」がないというところだろう)。それに対して、ブリコルールは限られた持ち合わせのなかから当面の目的のためにあう断片を選ぶのだが、なんとか選び出せるのは、それぞれの断片が一貫していないけれども多面的な潜在的用途を保持しているからであり、1つの断片のさまざまな潜在的用途を見出せるのは、直接的な関係性のなかで多面的な特異性を保持している断片と〈対話〉するからなのである。
 ブリコラージュにおける断片の異物性は、他者との関係の痕跡によっている。その意味で、ブリコラージュによる「ちぐはぐな総体」は、ミハイル・バフチンのいうポリフォニーという概念とも重ね合わせることができるだろう。『ドストエフスキー詩学』のなかで、バフチンは、ドストエフスキーポリフォニー小説の基本的特徴は、「それぞれに独立して互いに融けあうことのない多数の声と意識、そのそれぞれがかけがえのない価値をもつ声による真のポリフォニー」[バフチン 1995:15]にあると述べる。もちろん、モノローグ小説においても、複数の登場人物それぞれの個性や属性や経験が多様性豊かに描かれている。また、トルストイのモノローグ小説では、言語的差異、すなわち様々な言語スタイルや地域的な方言、階級的方言、職業上の隠語などを登場人物が駆使しているが、それに比べると、ドストエフスキーポリフォニー小説には言語的差異がはるかに少なく、登場人物たちはみなおなじ一つの言語を、すなわち作者の言語を話しているかのようにみえると、バフチンは指摘している[バフチン 1995:368]。
 では、ポリフォニー小説の「多声性」とは何を指しているのだろうか。バフチンはつぎのようにいう。

 モノローグ的な構想においては、主人公は閉じられており、……彼の行為も経験も思考も意識も、すべて彼はこれこれの者であるという定義の枠内で、つまり現実の人間として決定された自己イメージの枠内で行なわれるのである。彼は自分自身であることをやめることができない。つまり自分の性格やタイプや気質の境界を逸脱すれば、必ずや彼に関する作者のモノローグ的な構想を破壊してしまうのである。[バフチン 1995:107]


 つまり、バフチンは、社会的ポジションや性格やタイプによって一義的に規定され構成された自己から逸脱すること――自分自身であることをやめること――、これがモノローグ的構想を崩すことだという。そして、重要なことは、その逸脱は人間の存在の「単独性」によるのではなく、社会的な「対話性」によるということである。ポリフォニー小説における「対話性」が、モノローグ小説におけるような作者の特権性の放棄ということともに、文化人類学における実験的民族誌に与えた影響はいまさら言うまでもないだろう。しかし、バフチンのいう「対話性」とは、作品に対話を記述すること、つまりインフォーマントとの対話を民族誌にしてしまうことではなかったし、バフチンのいう作者の特権性の放棄とは、インフォーマントたちと共著・共編の民族誌を刊行することとは無縁のものだった。
 バフチンのいう「対話性」とは、作品全体の対話的構造(非弁証法的な構造)を指すとともに、日常的な現実の人間生活の基本的な対話的交流を指していた。ドストエフスキーは「小説全体を《大きな対話》として構成した」のであり、この対話が「ついには作品の内部深く、小説の1つ1つの言葉に浸透して、それを複声的なものとし、また主人公たちの個々の身振りや表情の物真似1つ1つに浸透して、それを歪んだ狂気じみたものとするのである」[バフチン 1995:83]。
 このような「対話性」は従来の言語学ではとらえられないものである。ポリフォニー小説におけることばは、「対話的交流という条件、すなわち言葉の真正な生活の諸条件のもとで不可避的に生じてしまう、2つの声を持った言葉」[バフチン 1995:373]であるが、言語学は、ことばを単一のモノローグ的文脈の範囲内で取り上げるために、この複声的なことばと単声的なことばとの区別ができないからである。バフチンは、1つのことばに2つの声があるような複声的なことばの例として、文体模写やパロディや「隠された対話」を挙げている。それらはともに、「発話の指示対象へと向かう方向性と、他人の言葉へと向かう方向性」という二つの方向性をもっているという。そして、(他者のことば以外の)対象指示のみへと向かうことば(第1のタイプ)と、直接話法のような他者のことばのみを指示する言葉(第2タイプ)――第1・第2のタイプは単声的なことばである――とは区別された、文体模写やパロディや隠された対話のように、指示対象と他者のことばの両方へ同時に向かう、第3のタイプのことば(複声的なことば)がポリフォニーの核となるというのである。
 バフチンのいう第3のタイプのことばに共通することは、文体模写やパロディに端的にみられるように、他者のことばの「模倣」ないし「反復」である。また、バフチンは、実際の日常生活における対話では、話す者が他者のことばを引き取って反復しながら、そこに新しい評価やアイロニーや自己流のさまざまなアクセントを付け加えて「2つの声をもつ言葉」にしていることが頻繁に起きると指摘している。そこでは、他者のことばとの相互関係はきわめて多種多様な形式をとり、また他者のことばによる歪曲も多種多様であるが、それは差異における他者のことばの「反復」が多種多様なずれを生んでいるからである。ポリフォニー構造では、モノローグ構造とは異なって、自分の声に他者の声が浸透している。ポリフォニー構造においては、他者のことばによる複声性は、明示的に他者のことばを引用・反復している部分にかぎらず、小説全体における1つ1つのことばへと浸透していくとバフチンはいう。そのような他者のことばの反復が生みだす異物性の保持とそれによる差異は、いわばリゾームととなっているのである。つまり、モノローグ的構想がツリー構造をなしているのに対して、ポリフォニーはリゾームとしての関係の過剰性をもっており、その一つ一つの断片への他者のことば――すなわち、他者の使用の痕跡――は、それぞれが特異性を保持しながらつながっている、ブリコラージュによる「ちぐはぐな総体」をなしているといえよう。
 ところで、ここまで述べてきた断片と部品の対比を、レヴィ=ストロースは、「記号」と「概念」の対比として言い表している。レヴィ=ストロースは、ブリコルールがまず行なう仕事は、雑多に集めておいた道具と材料のもちあわせの全体との一種の対話を交わして、感性的なものと理性的なものを切り離さずに、いま与えられている問題に対してこれらの資材が出しうる可能な解答のすべてを並べ出すことだという。そして、そのことを、「彼[ブリコルール]の『宝庫』を構成する雑多なものすべてに尋ねて、それぞれが何の『記号』となりうるかをつかむ」と言っている。この「記号」という語は、「概念」と対比で用いられている。そして、レヴィ=ストロースは、エンジニア(近代知)が用いるのは「概念」であるのに対して、ブリコルール(野生の思考)が用いるものは「記号」だというのである。
 レヴィ=ストロースによれば、記号と概念の違いの一つは、「概念が現実に対して全的に透明であろうとするのに対し、記号の方はこの現実の中に人間性のある厚味をもって入り込んでくることを容認し、さらにはそれを要求することさえあるという所にある」[レヴィ=ストロース 1976:26]。
 エンジニアが用いる概念は、現実に対して透明であり、資材の集合そのものを更新することによって、事前の計画とでき上がりがつねに一致している。それに対して、ブリコラージュでは、「でき上がりはつねに、手段の集合の構造と計画の構造の妥協として成り立つ」ゆえに、「でき上がったとき、計画は当初の意図(もっとも単なるスケッチにすぎないが)とは不可避的にずれるのである。これはシュールレアリストたちがいみじくも『客観的偶然』と名づけた効果である。しかしそれだけではない。……計画をそのまま達成することはけっしてないが、ブリコルールはつねに自分自身のなにがしかを作品の中にのこすのである」[レヴィ=ストロース 1976:27]。
 ブリコラージュによってでき上がった全体は、記号の不透明性や特異性や「ずれ」が不可避的に入り込んだ「ちぐはぐな総体」となるということがポイントであって、雑多なモノを組み合わせて異種混淆的な全体を創りだすだけでは、ブリコラージュであるとはかならずしもいえない(ブリコラージュという語はそのように使われることが多いが)。重要なのは、断片をどのようにつないでどのような全体をつくるのか、ということなのである。
 近代の知もポストモダンの知も、さまざまな出自をもった、いいかえれば脱領土化された断片を用いるという特徴をもっている。とりわけ、ポストモダンの知は、英文学者の富山太佳夫氏の言い回しを借りれば、「方法としての断片」[富山 1995]を用いる。それは、理性や自由といった普遍的価値に基づき、すべてを意味づける「大きな物語(grand r?cit, grand narrative, master narrative)」――たとえば植民地主義オリエンタリズムを正当化していた「文明化」の物語なども「大きな物語」であり、これまで用いてきたことばを使えば、提喩的な想像のスタイルやエンジニアの思考によるツリー状構造をもった物語が「大きな物語」である――への統合という全体化を拒絶し、統合されないそれぞれの断片の間の差異に価値をおき、断片と全体を結びつけるような一切の関係性や共同体を否定する。いわば、脱領土化された「浮遊する断片」をそのまま肯定し(これは、資本主義によるあらゆるモノの商品化=脱領土化の肯定ともなる)、他との共同体的な関係性から切り離された断片のローカルな「小さな物語」群を「大きな物語」に対置する(したがって、それは多文化主義と親和性をもつ)。アイデンティティを脱構築し、脱領土化による異種混淆性を賛美する構築主義的なポストモダン人類学も、このようなポストモダンの知の一形態であった。
 しかし、ポストモダンの知が拒否した「大きな物語」に依拠するモダンの知(近代知)も、脱領土化された断片を用いている。サイードが指摘したように、オリエンタリズムのテクストは先行するテクストから取り出したさまざまな「断片」を組み合わせて創られていたし、ネイションの「伝統」は、近代化の過程でそれまでの慣習や社会的絆が禁止され断片化され脱領土化されたのちに残された「断片」を全体として組み立てることで「発明」されていた。そこで用いられる断片は、それが生きていたローカルな社会的絆から切り離され脱領土化されたものである。そして、「伝統の発明」という矛盾したものの成立の謎として説明したように、押しつけられた「発明された伝統」が受けいれられる条件は、それがローカルな生活の場のモノではないという形で脱領土化されていることだった。
 このように、近代の知は、あらゆるモノを脱領土化して、その脱領土化によってそのモノの来歴などの特異性を消去し、いわば「部品」化した断片を、全体的なプラン(「大きな物語」)にしたがって、国民国家などのツリー状構造をもつ全体へと再領土化して統合し、その全体のなかで固定された同一的な意味(アイデンティティ)を付与するのである。つまり、近代の知の典型であるオリエンタリズムやナショナリズムといった「大きな物語」が受けいれられる条件こそ、ポストモダンの知が称揚する、あらゆるモノの脱領土化なのである。
 それに対して、生活の場の知としてのブリコラージュによる断片のつなぎ方は、ポストモダンの知とも近代の知とも違っている。ブリコルールの知(「生活知」や「実践知」と呼んでもいい)は、ポストモダンの知とおなじように、断片の特異性を消去するようなツリー状構造による全体化に抵抗する。けれども、全体化に抗するには、一切の関係性を拒絶しなくてはならないといったポストモダン的な戦略しかないわけではない。断片が他の断片(他者)との関係をもつことは、ツリー状の全体のなかに同一的な意味を付与されて固定されることとおなじではないからである。ブリコラージュとは、そのような全体なしに断片を断片のままつなぐやりかたを指すことばだった。そして「断片」を「記号」としてつなぐやりかたは、特異性を保持しているゆえに可能となる関係性のあり方を示しているのである。そして、それは、バフチンのいう〈対話性〉やドゥルーズとガタリのいうリゾームと同様に、日常的実践そのものを指している。
 ブリコラージュが行なわれる生活の場は、近代の知と権力のシステムによってすでに「植民地化」されている。いいかえれば、ツリー状構造の全体にすでに包摂されている。全体化を拒否するポストモダン的戦略は、すでに包摂されていることを見ずにコスモポリタンとしてその外部にいるという幻想によっているか、あるいはその内部でおなじくツリー状の構造をもつ「小さな全体」によって大きな全体に対して異議申し立てをするかのどちらかになる。その異議申し立てはおなじツリー構造に基づいているという点で、近代の知によるものであり、近代の知と権力にとっては根本的な脅威にはならない。そこに見られるのは、自らを他者との関係性から自律した個であるという啓蒙主義的主体の幻想であり、その自律性の幻想は、周囲との関係性を切断していくものとして働いている。それに対して、生活の場における自己は、自分を構成しているさまざまな関係性を「ブリコラージュ」して作られているために、ツリー構造をもつ提喩的なアイデンティティ(種的同一性)にはならず、また、固定的ではないからといってポストモダン的な浮遊するアイデンティティにもならずに、非同一的な共同体を作りながら、そのなかで特異性を保持しているのである。
 生活の場の知としてのブリコラージュは、断片の特異性や記号の不透明性を利用して、自己を包摂しているツリー状構造のなかに横断線や斜線を引き、その全体をセミ・ラティス構造へと変容させる戦術であった。それは、近代の知とおなじように(そしてポストモダンの知とはちがって)、脱領土化された断片を「再領土化」するが、近代の知とはちがって、国民国家のような「空虚で均質な空間」に再領土化するのではなく、具体的な関係性からなる生活の場に再領土化する。近代の資本主義システムに包摂された生活の場において、脱領土化された断片を再領土化するとき、それは〈顔〉のあるつながりのなかに再領土化されるために、その断片は再び特異性を取り戻すのである。たとえば、大量に生産された複製が多くある商品でも、生活の場における〈顔〉を保持した関係性のなかで消費されるとき、「あの人の使ったモノ」、「あの人と一緒に楽しんだモノ」という来歴によって、他のおなじモノには替えられない特異性をもつことがある。また、お金で買える商品でも、それをかけがえのない人への贈り物とするとき、それは脱領土化された商品ではなく、顔のあるつながりに再領土化されたアウラのあるモノとなる。このように、ブリコラージュの知のはたらく生活の場では、断片の特異性を失うことなく、しかも一切の関係性を拒否することもなく、他者との連帯や関係性をツリー状の全体なしにつくることができるのである。
 このようにセミ・ラティス構造を生成していくブリコラージュとしてとらえられた生活の場における「もののやりかた」は、提喩的な想像によるツリー状構造にもとづく近代の知や、あらゆる断片を関係性から切り離してしまうポストモダンの知とも異なっている。しかも、それは、ポストモダン的なものと誤解されてきた「変容の政治学」ないし「差異の生きたアイデンティティの政治学」に基盤をあたえるとともに、基本的には支配的言語の「模倣」である「アイデンティティの政治その1」あるいは「約束履行の政治学」を放棄することなしに、そのような自分たちの言語ではない他者の言語に前者の声を響かせて二重化して、それに固執することなしに流用することを可能にするのである。

*1:イリガライは、「模倣」を最初の段階での唯一の戦略と言っており、「女性に有性化された言語」に場所が与えられれば、もはや模倣の戦略も必要なくなるという、未来のユートピアをも描いているようにみえる。そのような読解にしたがえば、イリガライは弁証法的な段階論をとっていることになるが、ユートピアへの志向と模倣としての女性的エクリチュールとを段階の異なるものととらえる必要はないだろう。その2つは並立しながら、模倣=再生産の実践を「変容の実践」としているのである。

*2:二元論と二項対立の区別については、拙著[小田 1989]の第3章を参照されたい。