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「世界は売り物ではない!」 フランス農民総連合の文化闘争 コリン・コバヤシ


「いくつかの決定的なことが、われわれの歴史を今しがた変えたばかりだ。農民たちは、決してヴェルサイユ正規軍兵士*1のようにはなるまい。彼らは社会を変えようとしている者たちに反対するようなことは決してしないだろう」。
                    

ベルナール・ランベール*2


1973年8月25−26日、ラルザック


 1998年1月8日、ピレネー山脈に近い町ネラックにある多国籍アグリ企業ノヴァルティスの穀類倉庫にあった遺伝子転換トウモロコシが、3人の農民総連合(コンフェデラシオン・ペイザンヌ)の組合活動家の手によって、焼却された。彼らは、ルネ・リーゼル、フランシス・ルー、ジョゼ・ボヴェの3人だった。
 翌年、1999年8月12日、中央山塊地方の真中、ミヨー市で建設中のマグドナルドが、午前11時に解体された。その前で集会したラルザック高地の羊飼いの農民だちとミヨー市の住民たち合計約300人によってである。扉や障壁が取り壊され、屋根には、ペンキで「マグドは出ていけ! ロックフォールを守ろう!」と書かれた。しかし、こう書くと、あたかも過激派のデモ隊が来て「破壊行為」を働いたように聞こえるが、実はまったくそうではない。地方の農民の祭りの様な気分の中で、家族ぐるみで行われた抗議集会の一環として、執り行われたのである。
 この事件が大きな波紋を呼ぶようになるのは、夏休みが過ぎ、新年度が始まる9月になって、マスコミが、事件の直後に逮捕されたジョゼ・ボヴェを含む5人の農民と組合理事長の逮捕に抗議する連日の現地の農民・市民によるデモを報道するようになってからである。
 こうして、フランスでは昨年夏以来続いてきた農民・市民の幅広い運動が、新しいタイプの抵抗運動として、にわかに脚光を浴び始めている。というのも、政治レベルでの行政・政治改革ではない、民衆レベルのところから大きな圧力がやって来て、政治が変わらざるを得ないところに追い詰められてしまったからだ。
 日本では農業がほとんど崩壊に近いところまで来ている今日、フランスのこうした農民の運動が実際にどこまで、実践的、思想的参照項となりえるのかはさだかではない。しかし、人間のもっとも基本的な生活のの基盤である食の問題を支えている農業が、文化的問題として再浮上しているところに、今日の惑星規模の文明的問題を如実に物語っているといえる。基本的には非暴力・直接行動で、極めて象徴的なアクションを展開するフランスでのこうした市民レベルの抵抗の在り方は、世界的に進行しているグローバリゼーションヘの大きな杭になりえることを示唆してはいないだろうか。


悪食への象徴的闘い:ミョー市「マグド」の解体

 1996年以来、米国が、成長を促進するために使っている作られたホルモン入りの牛肉の輸入を欧州に強要していることに対し、ヨーロッパ連合(EU)が拒否してきた。ことの起こりは、それにたいし、国際貿易機関(WTO)がヨーロッパを罰しても譲らないEUに、米国が制裁のために、フランスを含む欧州の輸入食品に100パーセント課税したことから始まる。これに憤慨したフランスの農民達が抗議行動をとり始めたのだ。ヨーロッパは予防原則を貫き、それが米国との貿易摩擦を生んだ。人工的に作られたホルモンに発癌性があることはすでに知られていて、現在では世界の大半の地域で禁止されている。にもかかわらず、アメリカ産の牛肉の一部にホルモンが含まれていることが欧州連合の専門家による検査で発見され、欧州が拒否権を発動したから、事態は深刻化した。
 ロックフォールは、山芋の乳で作られたフランスの伝統的で代表的ベフルーチーズの1つで、ラルザック地方が生産地である。その名が示す通り、岩(ロック)の狭間の洞窟にチーズを寝かし、谷底から吹き上げてくる冷たい風が適度に青カビの発生を促し、その菌が強い(フォール)、独特の昧を付けることで、有名なチーズである。このチーズはラルザック地方の「特産品」としての原産地名認証(AOC)を受けている。
 ロックフォールにたいするアメリカの100パーセントの課税は、30ドル/キロのチーズが60ドル/キロになるということであり、これは売るなということに等しい。毎年440トンのチーズを輸出しているこの地方の山羊乳の生産者は、これが売れないと、1500万フランの損害を彼ることになる。農水省へも陳情を行なったが、何も出来ないという。EUは力がなかった。こうした事態を重視した農民総連合は、「米国のロックフォールヘの制裁に反対!」と書いた10万枚のビラを、この地方の各家に配り、住民に状況を説明した。そして、事態を逆転するための戦術を練り始めていた。彼らは非暴力的な方法だが、象徴的に強いアクションを目指していた。標的はファストフードの王様「マグドナルド」である。農水省への陳情の際の記者会見でも、公然と「この膠着状態が続くなら、われわれはマグドを標的にせざるを得ない」と事前警告を発している。そして、内務省諜報局にたいしても、彼らは、建設中のマグドナルドの店舗の一部を取り外す作業(それは決して破壊行為ではない!)をするつもりだと事前に連絡している。それにたいして、諜報局は「マグドナルドの店長に、看板を用意させて、それを壊させたらどうかと、進言してもいい」とまで提案しているのである。
 当日、子供連れで集まった農民、市民たちは、マブドナルドの建設中の内部を取り外し始めた。子供たちは内部に入れるのを面白がり、作業を見守っていた。ドア、窓、電気のスイッチ、障壁、屋根のトタンなど分解できるものを手当りしだいに解体した。彼らは取り外した部品を2台のトラクターに積んで、県庁まで押しかけた。道中、道端の住民たちは拍手喝采を送った。解体された部品は県庁前に積み上げられた。晴天の中、賑やかな話声と爆笑、シュプレヒコールと歌、愉快な雰囲気に包まれた農民祭のような集会は、ミヨー市のレストランのテラスで終焉した。奇妙なことに、解体作業が行われた現場では、事態を察知していた警察は、警官隊をださずに、10数人のの私服警官を現場に送り、しきりにデモの様子を写真に収めていたのである。夏のヴァカンスの最中、ましてやひどく交通不便な中央山塊地方に全国紙の特派員がいるわけがない。こうして、全国に流れたニュースは、ほとんどニュースにさえならなかったが、他の地方新聞は、AFPが流した「略奪」という言葉を、現場で確認することもなく垂れ流すことになった。これはほとんどデマといっていい事柄だが、フランスのメディアでも、このようなことがまかり通るほど、ジャーナリズムのモラルは衰弱している。
 その後、農民総連合の活動組合員は徹底的にマークされて、選別的に逮捕された。そのなかには解体作業に参加しなかったグランド・コース農業連盟理事長までいた。偽の証言者は裁判所にこなかった。しかし、あたかも極端な過激派が登場したように、留置された警察で機動隊に守られながら尋問が行われた。だが、その警察署や裁判所の周辺には、抗議デモする人陰さえなかった。このような状況を見ると、警察や行政の「1に鎮圧、2に鎮圧、とにかく鎮圧」という弾圧思想が日常化しているのが理解できる。
 事件のディテールを辿っていくと、事態の進展の唐突さが明らかになる。しかし、このような突飛な逮捕により、手錠のかけられた両腕を高々とあげたジョゼ・ボヴェの初公判のときの写真があらゆるプレスに掲載されたことで、この事件は逆に世界的な世論の支援という反響を得ていくことになった。事実、ジョゼ・ボヴェの釈放を求める支援が、保守派の大物や、アメリカの農業組合からさえもあり、ATTA*3や「多国間貿易協定」に反対する協会などがネットワークを通して、すぐ支援委員会を結成し、保釈金は全国、否、世界から瞬く間に集まった。彼は「組合の自由を金で買うことはできない」と、最初、その保釈金を拒否した。最終的に釈放されたジョゼ・ボヴェは英雄のように迎えられた。プレスは、スペクタクル社会の常として、ジョゼ・ボヴェ個人をまたたくまにスターに仕立てたが、それは良くあるメディアの分断工作ともいえる。彼の裏には、30年の農民運動の歴史があり、それは農民総連合やそれ以前からの多くの仲間が存在し、組合活動としての集団的運動が背景になければ、このような闘いはあり得ないにもかかわらず、彼個人と組織を区別しようとするのである。
 しかし、彼らの怒りのもとは何なのだろう。例えば、市場にいって、ホルモン漬けの牛肉、汚染飼料で育成された動物肉、添加物だらけの加工食品、農薬汚染の野菜、遺伝子組み替え食品などが氾濫しているのをみて、消費者は何を選択していいのか分からなくなる。それほど、今日の食品には安心感が持てない。欧州では狂牛病問題や汚染された豚が大きなトラウマを残し、ホルモン漬けにされた子牛、リステリア菌の混入したチーズ(フランス、スイスで多くの死者をだした)、発癌性の添加物入り食品など、食品危機が後を立たない。おまけに近年の遺伝子組み替え農作物である。だから、彼らはそのような事態を総称して「悪食」(マルブーフ)と名付けた。そして悪食を作らない農業をめざすために、あらゆる場で多様な闘いを組織しているのである。


 映画祭でのデモ

 アメリカ映画を多く招待した昨年のドーヴィル映画祭で、ホルモン漬け牛肉を押しつける米国に対抗するため、この問題をアピールしに、農業総連合がデモしたのは、むろん策略があってのことだ。アメリカ映画はファストフードやコカ・コーラとカップルであり、「ディズニーランド」とともに大衆文化としてのアメリカを代表すうシンボルだからこそ、映画祭ヘデモをかけたのである。文化の画一化は、食生活と密接に結びつけられているのだ。
 彼らは、ミヨー市のマグドナルドにたいして行ったアクションとほぼ平行して、ドーヴィル市の映画祭会場に近いところに、350人程の農民が、羊、豚、牛、鶏などの家畜を持ち込み、小さな農園スタンドを3つ作って、地域農業の大切さを訴えたのである。地方料理、美味しいワイン、バーベキューなどを観にくる人々にふるまって。これは功を奏して、市長以下、行政担当者、映画祭の会長たちからも熱い支援が寄せられた。
 映画と農業の出会い。ミスマッチとも言えるこの出会いは、映画人に農業の意味を再認識させた。その後、映画制作者たちはグループでラルザックを訪れ、今日のグローバリゼーションについて、意見を交換しあった。ダニエル・メルメは自分の担当するテレビ番組「そこに、もし私かいたら」にすぐ取り入れて、ラルザック公民館からテレビ中継放送を行った。映画人の文化擁護の姿勢と彼ら農民の姿勢とは、ほぼ一致していた。


 グローバリゼーションに抗して

 この2つの事件は、今日の世界化の流れの中で起こっている重要な出来事を象徴している。前者は、遺伝子組み換え種子に対する抵抗のシンボリックな闘いとしてのノンであり、後者はグローバリゼーションがもたらしているアメリカの経済制覇に対するノンと、文化の画一化に反対するシンボリックなノン、これら3つのノンであった。前者が今日のバイオテクノロジーの暴走を食い止めるための「予防原則」を根拠としたものであり、この事件をきっかけに、米国の代表的なアグリ企業モンサント社は、フランスでの遺伝子組み替え農作物の販売は諦めたのである。後者2つは言うまでもなく、ガットの後を引き継いだ世界貿易機関が目指している新たなミレニアムのラウンドに抵抗してゆくものである。そして前者も後者も分かちがたく結びついている。なぜなら、この新ラウンドのなかでは、あらゆるものが商品化され、商品登録される。人間の生命に影響を及ぼす科学技術も特許つきの知的商品として取引され、身体さえも商品売買の対象になりつつある。
 遺伝子組み替え技術が、生態系に決定的な悪影響を与えかねない重大な問題を含んでいることは今や疑問の余地がない。とりわけ、組み替えが行われたトウモロコシや大豆が植えられたとき、その周囲の生態系に大きな影響をもたらすことが観測されている。またそれらを食べ続けたとき、自然に人間が有していた自己治癒能力や抗体などに与える影響が非常に懸念されている。
 こうした科学技術や公害の問題について、ラディカルに闘っている活動家の中には、「公害百科出版社」を組織する活動家たちのように、アンテルナショナル・シチュアショニストの運動の流れを汲む人も少なくない。彼らは農民総連合と一緒に、遺伝子組み替え農作に物の種子輸入反対に当初から反対してきたのである。
 モンサントやノヴァルティスはこう主張する。「農業の遺伝子操作は、害虫に強い農作物を作ることによって、数百万の人々を飢餓から核う方法だ」と。しかし、遺伝子組み替え植物はテルミネーター技術によって種子を残すことができないように遺伝子操作されており、育てたものから種をもらい、その種をまた植えて新しい収穫を得るという従来の農耕循環ができなくなる。つまり、毎シーズンごとに新しい種子を買わなければならない仕組みにされているのだ。それは、本来、農民が持っているはずの農耕権を奪うことを意味する。農業の遺伝子操作、生態系、生命維持、経済性という4つの側面に否定的な要因があることをぬぐい去ることができないのである。だからこそ、「予防原則」が唯一の盾となる。それゆえ、シアトルの後、モントリオールで、今年1月に130ヶ国の間で調印された議定書には、遺伝子組み替え農植物への「予防原則」が明記された。
 グローバリゼーションという名の統合化は、一国の自給自足、地域経済、地域農業を許さない。徹底した弱肉強食の経済原理を基盤に、どのような分野の物事でもたちまち商品としての価値づけがされる。しかし、こうした過程はすべて華麗なイメージ・スペクタクルとして表現されるから、一見スマートな変化として感受されてしまうのである。その上、あらゆるものを画一化の方向へ牽引し、食生活が今日ではその画一化の典型的な凡例となりつつある。その象徴が「マグドナルド」なのだ。食品の規格化、味の画一化を通じて、様々な文化支配が始まっている。
 例えば、ここ数年、ハロウィーン祭は、11月の伝統的なカトリックの祝祭「万聖節」にとってかわるかのように、アメリカからフランスに導入された。米国製清涼飲料水、食品、衣服がハロウィーン祭とセットにされて売られている。こうした広告戦略は、旧来の「商魂逞しい」やり方を通かに凌駕して、まるでフランスの伝統行事であるかのようなスペクタクル性を見事に付与する。この現象は、従来の宗教行事を圧倒し、経済の支配が文化を従属させている好例である。大衆は、その祭りの起源も意味も問うことなく、こどもに売られているステレオタイプな仮装をさせ、町を練り歩きながら、ハンバーガーを食べる。そこに経済とサブ・カルチャーの著しく隠微な共犯性が成立する。文化支配が食を通じて生まれるのだ。


 シアトルWTO閣僚会議

 世界貿易機関(WTO)の運営が民主主義的な監察をまぬがれてしまうという危機意識を持った農民総連合は、シアトルでのWTO総会へむけて、市民によるWTOの監視を呼び掛け、WTOに対して以下の5項目を要求した。
──水、健康、教育、文化、視聴覚、コミュニケーション事業、交通、住居、エネルギーなどの公共事業の概念を尊重すること、
──エコロジー、公共保健、食料に関しては、予防原則を計画的に遵守すること、
──社会的、経済的、エコロジー的ダンピングすべてを拒否すること、
──住民のすべての食料的尊厳のもとである、食料を供給する農民の農業的実践を保護すること、
──生きているもの、すなわち植物、動物、微生物、ゲノムの特許の禁止、また遺伝子組み替え植物の生産と配給を禁止すること、(その禁止は農民に種子の交換、再生産を可能にするからである)
 昨年11月のシアトルのWTO閣僚会議に向けては、ホンデュラスに本部を置く国際農民運動ヴィア・カンペシナ*4を媒介に国際的な動員をかけた。そして、ジョゼ・ボヴエも農民総連合のスポークスマンであるフランソワ・デュフールもシアトルヘ飛び、アメリカの農業者と一緒に、「フランケンシュタイン・フード(遺伝子組み替え食品)をやめろ!」と叫んだのである。連日のデモによって、戒厳令が出る程の事態のもとで、交渉が破綻したことは、周知の通りである。
 これらの要求は、WTOが押し進めている貿易の自由化が、決して基本的人権生存権を脅かすものであってはならないということであり、この意志は自由主義のフリートレードとつねに格闘してゆかざるを得ない。この問題の本質を語るには、1945年にIMF・世界銀行が発足したブレトンウッズ体制から、48年のガット発足、ウルグアイ・ラウンド、マラケシュ協定を経て、WTOに受け継がれ、一時は成立が心配され、最終的には放棄された多国間投資協定MAIまでの経緯の総括が必要だが、本稿はそれが目的でないから、他の機会に譲りたい。しかし、資本主義がOECDなどの国際機関によって、自由貿易の強度がその都度増幅されていき、売買される範疇が、今日では、身体まで含めるあらゆるものが商品化されるに至っているという現実については、強調してもし過ぎることはないだろう。


 農民総連合の闘い

 農民総連合がジョゼ・ボヴェやフランソワ・デュフールらの提唱で、創立されたのは1987年のことに過ぎない。最も大きな農業組合の連合FNSEA*5ヘゲモニーと、農民の統一という神話に反対し、意義申し立ての精神から出発しか新しい組合で、彼らの闘いは、69年の欧州委員会が提案していた生産拡大型の農業政策へ反旗をひるがえしたことからはじまり、30余年以上の農民の継続的な抵抗の闘いがあった。この闘いを担ってきた農民が、従来の生産主義を断ち切ることができずにいる大手農業組合連合FNSEAを飛び出して、新たに創設したのが農民総連合である。73年夏のラルザックの軍事基地拡張反対の連帯闘争では、全国から農民や市民が集まって、現地の農民と連帯した。ラルザックの闘いは、パリの68年「5月革命」の場所を変えた闘いでもあった。牛や羊を連れてのパリまでの徒歩全国行進をやり抜き、エッフェル塔の下に家畜を放して露営し、政府に決定を変更させた経緯は、農民闘争の歴史的な勝利として受け継がれている。それ以来、ラルザックの運動は農民運動の1つの拠点として存続している。ここには成田闘争の農民たちがやってきて、現地の農民と交流をしたことがある。彼らは相互に、現代農業の根本的なあり方について意見交換をしあった。
 ジョゼ・ボヴェはここで、山羊の乳の生産をしている農民のひとりである。社会に貢献するがあくまでも地域農民のための農業をめざして、組合運動を闘ってきた。彼にとって、農民総連合の精神は、前世紀のジュラ地方の最初のインターナショナル連盟や、1936年のスペインのアナーキストの労働運動CNTが範である。73年夏の大会への参集を呼びかけたベルナール・ランベールは、農民/労働者という新たな概念のもとに、都市労働者との連帯を求めた。その背景には、むろん68年「5月革命」の精神が継承されている。ノルザックの運動の特徴は農業の視点と、非暴力主義の立場にたちながらグローバルな問題を思考するという点だろう。それ以来、今日まで、第三世界や旧植民地への眼差しを欠かすことはなかった。ヌーヴェル・カレドニアの独立派に象徴的な農地を与え、交流を定期的にするというような旧植民地への連帯行動は、こうした観点なくしては実現できなかった。
 30年におよぶ歳月の間、農業における生産至上主義の弊害や、有機農業の重要性、文化との必然的な結びつきも彼らは実感してきたのである。そうした意味で、彼らはいつでも立ち上がる準備ができていたのである。
 また、その間、ブルターニュ西部での農地の買収反対、クレイ・マルヴィルのスーパーフェニツクス高速増殖炉建設計画、プロゴフ原発建設計画など一連の原発計画に対する反対闘争との連帯、そしぐ80年代は、生産至上主義の否定と、農民農業の表明、90年代は、社会の要請に答える農民のための新しい農業政策を打ち出す闘いがあり、それらは、ほとんど文化全般に関わった闘いとなった。彼らの闘いは、もはや農業だけに閉塞する運動ではあり得なくなった。ジョゼ・ボヴェグリーンピースの船にのって、フランスの核実験再開反対にもいっている! ホルモン漬け牛肉や、遺伝子組み替え農作物などに抵抗するには、アグリビジネスは巨大すぎる。彼らは様々なロビーを駆使して、政治や金融に圧力をかけてくる。農民の小集団だけでは太刀打ちできないのを知っている。そのため、彼らは「農民・エコロジスト・消費者・科学者同盟」を1992年に結成して、より幅広い連帯と行動できる社会層を結び付ける必要があった。彼らは既成の労働組合とだけではなく、あらゆる市民団体、環境保護団体、研究者グループなどとも連帯行動を広げつつある。


 画一化と多様性、持続可能な発展

 文化の画一化か進行するなかで、地域農業の農民たちが、文化そしてその他すべての社会的要因と分かちがたく結びついているのを、誰よりも早く察知したとしても不思議ではない。彼らこそ、文化の多様性の基盤を作っている地方の特産品を生産する主体であり、産物や産物の生産過程の固有性こそが彼らの誇りであり、存在理由であるからだ。文化画一化の波は彼らにとって現実的な脅威である。このような認識は、地域性が生き生さしている第三世界ではより一層顕著に見られる。
 画一化か進行すると、地域の特異性がより意識されるようになるのも、また事実だ。マグドナルドが増えると、エスニック科埋か流行るというように。しかし、その反作用は受動的である。またエスニック料理そのものさえ、画一化されてきている。そして、多様化の波より、やはり画一化の波のほうが圧倒的に強い。
 人類の文明の当初から存在した農の営みの原点に戻って考えてみること、そしてその持続可能な発展の仕方を思考・実践することが重要な課題だろう。するとそこに、文化の源流があるのが感知されるはずである。自らが蒔いた作物が実り、種子をつけ、多くの種子によって、生産を自然に拡大し、多様な耕作が可能になるという生態系の本来の循環を遵守していくことが、農業の持続可能な発展を可能にするのだ。それを、種子作りは特定の企業に任せ、米づくりは東アジアに任せればいい、というような自律性のない農業のあり方を肯定する限り、自滅へと向かって自らを痩せ細めるだけである。


 「世界は売り物ではない!」=ジョゼ・ボヴェ、フランソワ・デュフールの対談集『LE MONDEN'EST PAS UNE MARCHANDISE, Des Paysans la malbouffe』, Editions LA DECOUVERTE, 2000年刊のタイトルから。

 因に農業総連合にはウェブサイトとメールからアクセスできる。
E-mail: confpays@globenet.org

(コリン コバヤシ・「ふくすうの文化」/社会・芸術批判/美術家)

*1:1871年のパリ・コミューンの反乱を鎮圧するためにティエールに率いられたヴェルサイユ正規軍。

*2:Bernard LAMBERT: 68年5月の精神をもって、フランス西部の農業従事者組合連合FRSEAOを指導した代表的な組合リーダー。その後、1981年にCNSTP( confédération nationale des syndicats de travailleurs-paysans )を設立。ジョゼ・ボヴェ、フランソワ・デュフールなど農民総連合の新世代のリーダーたちに多大な影響を与えた。84年に急逝。

*3:ATTAC Association pour une Taxation des Transactions financiéres pour I'aide aux citoyens : ル・モンド・ディプロマティックの提唱によって、1998年6月に設立された。名称のごとく「金融投機に課税の適応を求める市民の協会」で、ジェームス・トビンによって提唱された課税制度を適応して、現在、起こり得る金融投機の暴走を防ぐためにトビン税を設置することを要求しながら、未曾有の経済、文化の世界的不均等を是正しようとする目的で作られた。http://www.attac.org. E‐mail : attac@attac.org

*4:VIA CAMPESINA:「農民の道」の意。4大陸37力国から69団体が集まる国際的農業運動。

*5:La Fédération nationale des syndicats d'exploitants agricoles:  1946年に結成、農業では一番大きい農業組合の連合。ヴィシー政権の農業協同組合の解体後に設立された。初期、唯一の農業組合として、政府、農業銀行クレディ・アグリコルと結んで、独占的な権力を把捉してきたが、生産拡大主義の政策を支持、推進してきた保守色の強い組織。1998年パリ支部の組合の呼び掛けで、組合員が環境省に押し掛け、ドミニック・ヴォアネ環境相の大臣室を破壊する事件が起きた。