測定とミクロの権力 放射能汚染問題をめぐって 小倉利丸

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1はじめに

 チェルノブイリ原発の大惨事以降、新たな反原発運動が高まりをみせているが、なかでも、以前から消費者運動や共同購入運動に関わっていた都市の ”消費者層” へとりわけ「子供をもつ母親たち」が、食品の放射能汚染間題を中心に反原発の「ニューウェーブ」の中核となりつつある。また、原発の事故、放射能もれを行政の監視にまかせるのではなく、市民・住民自身の手でチェックしようという動きが、R−DAN運動などによって具体化している。
 こうした運動は、反原発運動に新たな人々を招き寄せたが、他方で、運動が多様になり、拡がった分だけ、運動のあり方についても様々な考え方が示され、運動の方向性に賛否様々な見解が示きれている。放射能汚染の測定問題はひとつの具体例である。この測定問題には、反原発運動か原則的に踏まえておかねばならない多くの基本的で重要な問題か含まれている。以下にみるように既にこの問題については論争の積み重ねがみられ、しかも、議論そのものが、”生産的” に展開しているという点で、見逃がせないものとなっている。そこで、現時点での論争の整理、問題点の整理を行い、今後の議論のためのタタキ台としたい。
 なおここで扱うのは以下の諸論文である。
[1]湯浅欽史「巨大技術・事故・測定行為」『クリティーク』NO.4 1986年7月
[2]家坂哲男「『共学舎』と自主管理労組と物理学者──放射能災害警報ネットワーク:R−DAN」『科学・社会・人間』NO.20 1987年4月
[3]荻野晃也「R−DANを孝える──運動としての放射能測定を有効にするために」『科学・社会・大関』NO.21 1987年
[4]藤田祐幸「R−DAN運動はとこに向かおうとしているか──荻野氏の批判に答える」『科学・社会・人間』NO.22 1987年10月
[5]湯浅武史「測定〔目的・対象・方法〕が表現する思想―――R−DANへの荻野さんの提起をうけて」『科学・社会・人間』NO.22 1987年10月
[6]吉村功「R−DANをめぐるやりとりを読んで」『科学・社会・人間』NO.23 1988年1月
[7]大橋晴夫「空気のなくなる日」『科学・社会・人間』NO.23 1988年1月
[8]中南元「R−DAN・論争を読んで―――保身と差別をどう考えるか」『科学・社会・人間』NO.24 1988年4月
[9]森住明弘「住民運動と科学・技術者」『科学・社会・人間』NO.24 1988年4月
[10]小出裕章「放射能汚染の現実を超えて」『技術と人間』1987年10月
[11]小出裕章「放射能汚染の中での反原発」『技術と人間』1988年3月
以下、論文からの引用に際しては、湯浅[1]のように略記する。


 2 R−DANをめぐる論争

 家坂[2]を発端としで、『科学・社会・人間』誌で、R−DANの是非をめぐって論争が現在まで統いている。

①家坂[2]の要旨
 R−DANとは放射能災害警報ネット( Radiation Disoster Alert Networking )の略である。「横浜緑区で有機農法にいそしむ学生たちが、1986年4月26日のチェルノブイリ事故直後(5月連休)に日本に降った放射能に憤激したことがきっかけで、学校協同組合『共学舎』が動き、物理学者と技術者を結んで、安くて(8万円)軽くて小さくて簡単な検知器をつくり、昨年〔1989年〕8月6日広島デーに旗揚げした。」(9ページ)検知器を製作したのは、自主管理労組・東芝アンペックス労組である。家坂はR−DAN運動の意義を次の様に述べている。

「生活に密着し、誰でもがやってみることのでき核放射能への対応ができないものか? R−DAN運動は、そこがポイントで、放射線を眼でみて感じることが先決である。γ 線の通過を赤い点滅コロンで実感し、1年毎にその回数をデジタル数字で表示……できる検知器を普及することが何といっても大切である。」(9ページ)


 そして、R−DANの検知器ネットワークを濃くしてゆくことによって、全国、全世界を比較し、情報交換を密にすることによって「この市民の側の自己情報で、うんと金をかけた計測常設機関に、情報公開を迫る」(9ページ)ことや「万一の事故の場合、退避する方向も示唆することか市民の手で可能である。」(11ページ)。
 家坂は、既に各地で利用きれているR−DANについて実例を挙げて紹介しているが、後の論争との関わりで、次の2つの箇所だけ引用しておく。

「……R−DAN検知器は……いのちと暮しを守り平和をつくるめに不可欠な手段となった。/生鮮・加工食品の放射能汚染量の正確な全含量は測定できないにしても、異常度が高ければ、平均カウントを超えて表示されるから、これを高度な装置によって測定すれば結果はえられる。」(10ページ)


 食品汚染については、輸入ローレルの供給中止をした生活クラブの例が示されている。この供給中止にR−DAN検知器がどのように関わったかは明らかではないが、荻野[3]は、R−DANによるローレルの測定で異常度が高かった→高度な装置をもつ都市アイソトーブ総合研究所に検査依頼→供給中止という経緯ではないかと推測している。もうひとつの引用箇所は以下の通り。

「DNAを侵す人為的突然変異の要因が、農薬、添加物、合成洗剤の域をこえ、ますます人工放射能による比重が高まり、消費財の共同購入による汚染の比重が高まり、消費財の共同購入を軸とする生活共同組合を脅かし始めた。/利潤を追う一般企業の食品が野放しであることは、人びとにとって、とくに妊婦や乳飲児を抱える女性にとって全く危険といわざるをえない時代となぅた。」(10ページ)


 この箇所は直接荻野らの批判の対象とはなっていないが、中南[8]が、放射能障害と差別に関して別の見解を示しているので、ここに引用しておく。

②荻野の批判
 荻野[3]の批判は、R−DANの測定器の構造に関する工学的な構造に関して立ち入った疑問を提示している。その具体的な内容については、R−DANの構造も荻野の専門的な提起についても私には正確に理解しうる材料も知識もないので、ここでは省略する。ただし、工学技術的な問題提起のなかで、私達も考慮すべき点が1点ある。それは、「R−DAN器で異常か検出されなくても危険な場合があることはよくよく心にとめておかなければならない。そうでないとR−DAN器は〈安心〉器になってしまう」(24ページ)という点である。荻野がこう述べるのには理由がある。それは、家坂が広島と横浜の自然放射能をR−DAN器で測定したら、「ほぼ同程度であった」(家坂[1]11ページ)と指摘していたのに対して、荻野は「広島が原爆の影響で 137Cs が多く、全体に放射能レベルか高いことに胸を痛めてきた」(24ページ)ということがあるからだ。
 荻野の疑問は、実ははもっと根源的なものを含んでいる。彼は、次の様にR−DAN器などの「サーベイメータ」を、ムラサキツユクサと比較して疑問を提起する。

「巨大技術のシンボルである原発に対抗して、同じ技術の仲間であるサーベイメータにたよるという考え方に、私は何となく釈然としない。そこがムラサキツユクサとの違いでもある。我々が放射能を検出しようとしても大変なのに、ムラサキツユクサはキチッと突然変異を示してくれるのではないか。ムラサキツユクサよずっと感度の悪い検知器で調べようとするのはなぜなのだろうか。水俣の〈毒水論〉と〈ppm論争〉のことも考えてしまう。」(22ページ)


 荻野の議論を私なりに展開してみるとこうなる。R−DAN器の運動が捉えている原発反対の根拠は、放射能の危険性という部分にとどまっており、原発を含め、また原発を生み出した根源にある現代社会の生み出した巨大技術それ自体に対しては批判を留保しているのではないか、―――これが家坂への、R−DAN運動への疑問である。もしこの疑問が正当なものであるならば、(藤田[4]にみる様にこの疑問は全面的には妥当とはいえない)R−DAN器運動は、原発/それ以外の技術というような技術の区分線を引くのに対して、荻野は、原発を含む巨大技術一般/ムラサキツユクサという技術の区分線を引く。この差は技術論において、また文明論においても根源的である。私は原則的には、荻野の批判は正当だと思うが、しかし、原則を直ちに運動の基本に据えることはできない。原則へ至るステップをどのように運動化・理論化してゆくかということである。例えば、原発には反対だが、自動車、ファクシミリ、電話、マスメディアに依存した運動や生活であることをどう問題にするか、ということである。ある種の自給的農耕共同体へ向かうというのはひとつの選択であるが、それは全ての人々がそうであるべき唯一絶対の道ではない。”全ての人々” を間題にせざるをえない以上、”全ての人々” を巻き込んでいるこの巨大な文明社会をトータルにひっくり返すことをも考えねばならない、と思う。技術、人間間係、政治的権力、経済的権力、社会観、自然観をどうひっくり返せるか、これか問題なのだ。―――とはいえ、抽象的な結論ばかりあせっても余り実りはないので、もう少し荻野の議論に即して問題点をみておこう。
 もうひとつの荻野の批判は、R−DANの運動論に関わるものといえる。第一に、R−DAN器導入に先立って政府・自治体の警報体制を整備させるような運動がなされたのかどうか、また信用できない体制や科学者しかいないとして、信頼できるものを作り出そうとしてきたかを問う。この問いは、私には荻野の次の疑問とワンセットになっているように思う。

「〈原発災害は必ずくる〉〈その為に、自分達の独自のネットワークを〉と考えるのであれば、そこに限定して、具体的なこまかいことまで考えた体制を作らねばならないだろう。それにまた、(〈自分達のことは自分達で守ろう〉)という考えの延長上に核シェルターが出て来ては困る。」(25ページ)


 R−DAN運動が限定されたネットワークによって展開されるにとどまるとすれぱ、それは、このネットワークに参加する人々のみの安全(?)を確保するものになる可能性かある。「核シェルター」と言われるゆえんである。社会の全ての構成員が平等に、放射能汚染の警報にアクセスできるためには、現実的には行政的な力をかりねばならない。荻野は、そうした努力が果してなされているのか、と問うているように私には読める。勿論R−DAN運動の推進者の人たちもこうしたことは百も承知の上で、なおかつ行政に対応を要求する方法をとらなかっなのだと思う。しかし、それは、方法の順序の問題であって、究極的には社会の構成員が平等に安全と危険を分担せねばなるまい―――企業や政府の社会的責任をふまえても ”原子力” に関してはそうせざるをえない ”性質” をもってしまう―――。もし、現にある政府や行政が、こうした問題に関して信頼に足るものでないとすれば、それを変える努力が必要である。どうしてもここで私たちは、―――多分に消耗な―――政治の世界に関わらざるをえなくなる。しかし、実は「核シェルター」問題はこれにとどまらない。特定個人、特定集団の核シェルター化―――他者の排除―――が回避されたとしても、日本全国が核シェルター化されただけではやはり問題を国境の外に排除したにすぎない。”核” の問題が世界的、地球的規模の問題である以上、その解決も地球的にならざるをえない。核シェルター的発想をまぬかれることは決して容易ではないのである。この点に関しては後にも言及することになろう。

③藤田の反批判
 藤田[4]は、まず反原発運動を3つの局面に分類して、R−DAN運動を反原発運動のなかに位置づけようとしている。これは、自分の関わっている運動を唯一絶対化しないためにも必要な手続だ。藤田のいう3つの局面というのは次のようだ。
《l》原発を止める運動
《2》原発の事故に対処する運動。これには事故の察知と、汚染・身を守るということの2つの問題か含まれる。R−DANは前者に、藤田の行っている「放射能汚染食品測定室」運動は後者に関わるという。
《3》原発のない社会をどのように目指すかという運動。ここには産直、共同購入、有機農業運動などが含まれるという。
 言うまでもなく、上記は、3つの局面でありて、全く相互にバラバラなわけではない。
「R−DAN運動より先に器械ができてしまった」(32ページ)というように、R−DAN器を手にした人々は、「食品をこれに載せてみたり、核燃料輸送トラックを追ってみたりし始めた」が、やがてこの試行錯誤から「検知器の意味を知りたがり、私に様々な質問を浴びせるようになった」。だが「幸いにしてというべきか、私は放射線計測についてはまるっきり素人であった」(32ページ下線は引用者)。
 この「幸いにして』に、藤田の科学者と市民運動の関係についての具体的な認識が凝縮されている。つまり、従来の両者の関係は、教える者と教えられる者、指導する者と指導される者という関係になりがちであったことに対する藤田の反省がある。「運動に関わる科学者も先生として登場し、無知なる住民に自分の知識を教えたがるという傾向が強い」し、それが昂じて、住民たちは知識漬けとなり、「無知であることを恥じる住民たちは、結局自らの問題を再び専門家に任せてしまうという経過をたどる。」―――藤田はこうした経過をたどる運動をいくつも見てきたという。R−DANの運動論はこうした問題を強く意識して組み立てられたという。それが、専門家主導でなく「理論を学ぶことなく実感として分かる」ことから徐々に理論を学ぶという方法論となった。
 私はこの方法論が確かに専門家の独善を排除する優れた、地についたものだと思う反面、”専門家の支配” という問題の根源はもっと別のところにあるようにも思う。
 専門家が専門家たるゆえんは、知識の独占にある。知識の解放(開放)は専門性を解体させてゆく。従来の運動が常に ”先生” 主導であり続けたのは、”先生” がきちんと知識の解(開)放という役割を担っていないからだと思う。市民の実感や試行錯誤に委ねるのもひとつの方法だが、逆に最も効率的( !? )に短期間に知識を共有してしまって,その後に。”先生” も含めて更に試行錯誤する方法もある。払は後者の方がずっと運動にとって効果的だし無駄も浪費も少ないと思う気持ちを否定できない。しかし、多くの運動がこうしたプラグマチックな即成栽培風の方法をとることはマレである。理由が、藤田のいうような方法を自覚した上で、選択しないと意志決定がなされているのであるなら問題はないが、現実はそうではないのではないか、と思う。それは大層しんどいことだからだ。学校の勉強は嫌いだけれど、運動の研究会も馬耳東風、広瀬隆はオモシロイから読んでも『原子力白書』は読まない……ということで果して敵に勝てるか? 自分が変わるか? とも思う。勿論こうした ”しんどさ” が生み出される原因には、学校的な教授法をそのまま運動の学習場面に持ち込む。”先生” の姿勢があることは言うまでもない。私はあえて言うが、専門家が指導者、支配者とならないために、市民の試行錯誤や実感に委ねるのは、下手すれば単なる ”楽なやり方” に堕する危険があることを指摘しておきたい。こうした方法は見かけはいくらでも埋由のつく。”自由” な方法であるが、結局はアレやコレやをやったあげくに、かんじんのところで専門家先生のお出ましという関係は変えられない。それを変えるには、自らの『知識」を小出しにするのではなく、まとめて全てを効率的に運動に関わる全ての人々に伝える方法をあみ出す以外にない。全てはこの ”方法” に関わると思う。住民たちが知識漬けになり、身動きできないという藤田の指摘は、確かにそうであることの現実は理解できるにしても、そうなってしまうのは知識を解(開)放する方法が、学校教育の方法から抜けられないからであって、知識そのものにその原因があるのではない。
 こうしたことをくどくど書くのは、理論嫌いの実感への全幅の信頼という傾向が市民運動や住民運動にみられることへの、私なりの危惧かあるからだ。経験科学としての自然科学の果す役割が大きくなったことと、「硬直したマルクス主義」の理論の不毛がこうした結果を生んだのかもしれないが、ここで全てを言い尽せないので、一言だけ言っておくと、実感も現にある社会が生み出したものに他ならず、原発を生み出した社会と切り離されてあるのではない以上、実感への過剰な信頼はどこかでブレーキがかけられる必要がある、ということである。自分の運動や自分の実感を冷静に客観化する余裕が是非必要だ。と同時に、実感は共感も呼ぶかわりに共感をよばないときには感情的なスレ違いや冷たい関係しか生まないかもしれないということだ。実感を伝えるコトバは難しい。だからこそ、理論の果す役割は大きいと思う。実感のレベルでの対話が結果的に感情的な対立に終る場合があったとして、それか理論的な対話として成り立てば、別の結果になる可能性もある。勿論、ここでの。”理論” の内実が大問題であり、唯一絶対の。”真理” として,”理論” が崇められてしまうと、逆に,”理論” は実感以上に危険な ”権力” になる。
 さて、政府や自治体が信用できるかどうかという問題だが、当然藤田は信用できないという立場をとる。「チェルノブイリ事故で我々が学んだのは、国家による情報の管理と統制ではなかったのか」「モニタリングポストかあるのだから事故を隠しおおせるわけもないだろうという声もあるが、たまたま誰かがその異常に気忖いて、行動を開始しないかぎり、やはり通常時の千倍とか一万倍といったレベルに達するまで、事故か起ったことは公表されないだと考えるのが自然ではあるまいか」(33ページ)。この藤田の基本的な政府・行政不信があって、住民自身の手による検知器の全国ネットワークの必要性が訴えられることになる。出来る限り濃密なネットを形成し、異常検知の信頼性を高め、このデータをもとに「中央官庁や報道機関に対して事実の調査と情報の公表を迫り、大規模な避難行動の開始を要請する」(34ページ)。こうしたシナリオを藤田は考えている。これは確かにありうることだが、ここでのネックはやはり、住民の情報を中央官庁が受け入れるかどうかにある。避難行動を必要とするチェルノプイリ級の事故のみを想定するのであれば別だか、異常事態の数値がもっと微妙な場合、「客観的なデータ」だけで中央官庁は動くだろうか。安全性の基準設定認識のズレが問題になるだろう。伊方の出力調整実験反対署名が百万集まっても実験は中止されず、水俣をはじめとする公害病患者の認定をめぐってもデータの力は限られている。行政や政治的な権力は、合理的科学的な判断で動かされるわけではないことを肝に銘じた上で、なおかつデータを積み重ね、説得する努力をしてゆかねぱならない。そうした方法が通用しないならどうするか、政府が、電力会社があくまで非合理的な態度を貫くとき、住民は住民なりの政治的な判断と決断をせねばなるまい。
 藤田は論文の最後で食品汚染問題に触れている。これは湯浅[1]、小出[10][11]の議論とも絡み、R−DAN論争とともに重要である。藤田は、食品汚染については、測定器が高価なことでもあり、行政に測定器設置の運動を進める必要があることを認めた上で、行政のデータ隠し、ごまかしに対処するために市民自身でも測定器を確保すべきだという。「『放射能汚染食品測定室・準備委員会』を設置し、住民運動団体や個人からのカンパで Nal シンチレーション・カウンターを購入し、とりあえず原子力資料情報室内に設置し、依頼に応じて測定する態勢を整えつつある。(略)この試みか成功すれば、どの程度の予算と、どの程度のノウハウかあれば測定可能であるかを、住民が知ることができる。そして、その程度のものならばやれそうだ、という消費者団体などが現れることを期待している。」(35ページ)
 藤田は、食品汚染の測定問題についてはこれ以上のことは語っていない。
 藤田は決してR−DAN運動にせよ食品汚染の測定問題にせよ、何ひとつ問題がないなどとは考えていない。むしろ「外側からは、なんと稚拙な運動であることか、と呆れ顔で批判するのであろうが、内情は苦悩に満ちている。苦悩を表現することすらできていない状況がある」と述べている、この「苦悩」に関わることだろうが、例えばR−DAN器を持ぅている人だけが逃げれぱよいということにならないとすれば、どうすればよいのか、避難の組織の方法、といった点についで「だれも直面したことのない大問題に喘いでいる」(35ページ)という。この「大問題」へのひとつの回答がR−DAN運動など測定の運動であるか、それが唯一の答えでないことが、「苦悩」につながっているのかもししれない。「苦悩を表現することすらできない状況」かあるとしても、やはりそれを表現しないことには問題も解決してゆかない。問題か全ての人々に関わるのであればあるほど、問題解決も運動を越えて議論される必要がある。

④湯浅の「測定」への疑問
 湯浅は、チェルノブイリ事故直後のインタヴューのなかで、氏自身が関わっている牛乳ブラントの放射能汚染問題に直面しつつ、次の様に語っていた。

 「私は四年余り ”小さな牛乳屋” にたずさわってきました。飲みたい人たちが会員制で手作りのプラント設置して保健所の許可をとり、6頭規模の、農家の原乳を殺菌しビン詰めして配達する『日量100リットル』の乳処理業です。雨水のヨウ素が千葉で1万ピコキュリーをこえ、会員からの問い合わせがあったところ、2度ほど牛乳の放射能を測ろうかという話がありました。」


 結局、この測定を断る。その理由を彼は次の様に語る。

「パイプラインの体験〔湯浅は三里塚空港のパイプライン設置問題に関わってきた〕から、「ともかくデータをとる」「事実を知ることは善」という思考は支配する側の論理であり、支配される側に敵対することを痛惑させられてきたからです(詳しくは拙著『自分史のなかの反技術』第3章)。ロングライフミルク反対運動を逆手にとって、事故以前の製造品ですからLLミルクは安全ですという宣伝を流しているのに対抗して、バス牛乳も安全ですと言い返すために測るのか。青草をやっていればおそらく高い値が出るはずでそうなら、しばらくLLミルクを飲もうとでも言うのだろうか。あるいは、青草の給餌を見合わせたり、その間の牧草を廃棄する気なのか……といった実践上の決断なしに測ることほありえません。測定行為は、反原発の意志から生じるだけでなく、現状肯定生き残り〈シェルター開発・購入〉の発想からも出てきますし、したがって、その両方の傾向を強めることになるでしょう。(湯浅[1]98−99ページ)


 ここには2つの論点がある。ひとつには、「事実」とは何かについての問題である。科学方法論や認識論の長い論争のなかで、唯一の ”真理” としての「事実」などありえないのではないか、観察者の価値観や信念など、合理的な説明を越えたところで「事実」なるものがくみたてられていくのではないか、といったことか繰り返し議論されてきた。湯浅は、こうした視角からこの問題に触れている訳ではないが、根源的には「事実」についての哲学論議を避けられないだろう。
 もうひとつは、測定という行為を他の一連の諸運動や問題意識から切り離すべきではない、という問題提起である。このことは、藤田の場合も同じだが、どのような脈絡のなかで測定を泣置づけるかについては大きなへだたりがあるように見える。藤田が市民主導の監視ネットワークの形成を優先させるのに対して、汚染きれた食べ物の「処理」をどうするのかについての意志決定問題を優先的な解決課題と考えるのが湯浅である。私も、湯浅のいう問題提起への一定程度の解決ないし方針の策定ぬきに測定を先行させることには疑問がある。この点で考え方の上では湯浅に近いが、しかし、湯浅の提起には実践的な見通しが含まれていない分、行動を促す説得力に欠ける。湯浅の問題提起は了解できたとして、では何をなすべきか……。
 湯浅[5]ではもっと立入って測定問題についての根本問題を提起している。そこで湯浅は3点の問題点とひとつの補足(これについてはここではふれない)を述べている。

 〈第1点目〉彼は次のように言う。

「まず第1に、測定一般・データー般への不信を私は出発点にしていることである。(中略)ある事実を知ることによってある行為をなし、それによって次の事実が知れるという連鎖(入間活動の経路 path )は、十全な条件が与えられれば、複数の経路が同一の世界を構成するといえるが、実はそうはならないのだ。」(38ページ)


 一般的な常識によれば、科学的測定は誰がやっても──手続きミスがなければ──同一の結果が得られるハズである、従ってこの測定値に基づく事実の積み重ねは、同じ「世界」を描くはずであると考えられる。湯浅は、反原発運動じたいが──体制側の科学者などとともに──持つこうした科学観に異論を唱えいるのだ。
それは、彼の次の言葉を読むとき、私たちが繰り返し経験していることと大いに関わる問題であることに気づがされる。

水俣病裁判の長い歴史や伊方原発裁判などで、”良心的” 科学者が式や数値で体制のゴマカシを暴き、〈真埋は1つ〉という風潮が運動のなかにも根強くある。事実これまでの住民運動からすれば、国や企業の科学データには必ずといってよいほど誤りやインチキが含まれているのだか、かといって、インチキさえなければ住民の主張が認められる構造にはなっていない。どうも問題の核心は、御用学者の能力や良心にあるのではなく、科学手法や専門性の本質にあるのではないかと考えている。」(36ページ)

「一言でいえば、測った数値それ自体に誤りがないとしても、何をどのように測るかは立場・思想で全く異なること、ある測定(計算と置き換えでもよい)は1つの立場の主張であること、そしてその結果はその思想を広め強固にしていくこと、である。」(37ページ)


 事実を細部に至るまで積み重ね、一分のスキもないように論理を組み立ててもなおかつその事実の結果を[真実」として、体制側が受け容れない限り、それは「真実」としては公認されない。公害裁判ばかりでなく、冤罪を含むほとんど全ての ”裁判” は、この「真実」についての権力による認定を制度化したものである。言い換えれば、「真実」とか「真理」というお墨み付きを与えることのできるものが権力なのだ(これは、ミシェル・フーコーの受け売り)。前述した様に、究極的には、この真理認定の力を私たち自身がもつことなくしては、私たちは自ら組みたてた論理とその帰結を「真実」として正当化することができない。「真実」や「真理」、あるいは「事実認定」の問題というのは、必ずどこかで権力の陰をひきずらざるをえず、権力問題、従って政治の問題と交差せざるをえない。つまり、「真実」「事実」の問題──ここでは、測定の問題──は、科学の問題であると同時に権力/政治の問題である以外にないのである。最終的には、この「真理」を生み出す権力に対して、あるいは権力の不合理な決定に対して、私たちがどれほど民衆のレベルに即した不合理な力を発揮しうるかが問われる段階を迎えざるをえない。

 〈第2点目〉次の湯浅による論点は、「測り方」の問題である。この問題は、測定問題についての重要な論点だが、少々議論がこみ入っている。ここで湯浅は、「測定行為は〔目的・対象・方法〕が一体となっている」(38ページ)ことを強調する。それはもっと具体的にいえば──例えば牛乳の放射能汚染を測定するというばあい、その測定値があるレベル(このレベルの決定じたいがまた問題になるが)を越えた場合にどのような対応をとるのか、LLミルクを飲むのか、子供には飲ませないようにするのか、原乳をソ連大使館前へぶちまけるのか、等々の対応について具体的な判断なしには、測ることはありえないという。「1つの思想を背景として〔目的・対象・方法〕か選ばれ、何が選ばれたかは1つの思想(世界観)を表現している」(38ページ)という・荻野の議論にある大気の放射能汚染のぱあいであれば、

A、核戦争シェルター用 ⇔ 空気の電離度測定型
B、原発事故モニター用 ⇔ GM管型(R−DAN)
C、原発常時モニター ⇔ シンチレーション型(自治体等のモニタリングボスト)

というように明確な、目的と技術の対応かある(湯浅[5]38ページ参照)。R−DANは、「定量」測定をねらったもの、つまり「放射能に対処する行為を選択する」ための装置である、というのが湯浅の判断である。この行為選択に関わる間題か第3の論点になる。

 〈第3点目〉「ある量をある方法で測った結果は、測った人の意識・関心や行為を逆規定する」(40ページ)という間題。湯浅は、自分の飲む牛乳が高い汚染値を示しながら、その牛乳を飲み、なおかつ「すべての原発の廃絶に向けて次の行為を設定する」などというのは薄気味悪い話であって、「私なら飲まないで他の食品も測ってみたくなるだろう」(40ページ)という。そして更には彼は次のように述べる。

「そういったことの行先は、測定結果が今の状況のなかで核シェルターの装備へと向かわせる仕組みを強めていくことになる。しかも、そもそもR−DAN器購入の動機の一部にあった〈受動的なサーバイバル〉の顕在化と云えないこともない。そのことはあながち非難されるべきことではなく、おそらくすべての市民運動の健康な出発点でもあり、問われているのは運動の展開され方や内部矛盾に自覚的であるかどうかなのだろう。」(40ページ)


 この湯浅の提起は、もっと具体的に彼の指摘する例に即して言えば、”測定すること” が結果的に、高い汚染値を示した産直野菜の購入停止や、チェルノブイリ以前の無農薬茶を求めるという対応に結びついていくことへの批判である。これは、自分が(自分の属するグループが、でも同じこと)食べさえしなければ、その食べ物がどう処理きれようとさし当りは関知しない、という立場に立つことへの批判である。自分たちは食べないという選択かできる。その選択を可能にしているのは、測定の装置をもち、測定結果の情報をもち、代替品を入手しうる手段をもつ、という位置にいるからである。
 ──この ”位置” は全ての人々に開かれているのか? 情報はグループの壁を越えて自由に利用可能になっているのか? 汚染食品が第三世界や低所得層に押しつけられてはいないだろうか? こうした諸々の問題をふまえることなくして測定が先行すれば必ずシェルター的な発想へ陥る(後にみるように小出[10][11]も同様の疑問を提示している)。
 実はこの核シェルター指向は.運動論、人と人とのつながりの問題とも関わる重要な論点、運動する主体の思想(作風というべきか)に関わる。R−DAN運動を例にとれば、これは、測定器をもつグループがネットワークを形成し、情報を密にすること、そして全ての人たちかこの情報を共有できるメデイアをつくることが意識的に目指されない限り、核シェルター指向に陥る。行政や電力会社を除けば、放射能汚染についての情報をもっているのはR−DAN運動の人びとだということの重大さが果してどれほど自覚化されているだろうか。仲間はずれが許されないのがこの運動である。だからこそ、情報を解(開)放するメディアの追求が何より求められなければならない。例えば日刊紙に毎日測定値を公表するといったことが必要なのである。と同時に、情報が開かれれば開かれるほど、いざ異常値が出た場合の対応も大変なものになる。それをどのように解決していくかを、各地域ごとに試行錯誤する覚悟が必要なのではないか。測って、データをネットワーケだけに流せばいいという性質の問題ではない、ということである。

⑤R−DANをめぐる2つの異論
 吉村[6]、大橋[7]は、R−DANや測定運動についての端的な異論を提起している。吉村は、彼の関わりのある反原発運動がR−DANに対して高い関心を示さない理由として、「結果が自分らで使えそうもないこと」という点を挙げている、つまり、事故をいち早く知ったとして、だからどうできるのか、というところで立ちどまらざるをえないということである。(立ちどまらないとすれば、私が前述したような情報の解(開)放と緊急時対応の組織化をする以外にない──軍隊や警察の力をかりずに、自警団的な発想も排して──)また、吉村は、R−DANのデータによって行政のデータのごまかしを衝くのであるならば、「測定器の精度、確度に対して厳しくなければならない」(17ページ)という。確かにその通りである。行政側のごまかしを明らかにするための必要条件として、最良なのは、行政と同一の測定器を持ち、行政も納得する専門スタッフが測定するということだろう。勿論それですら行政は自らの否を認めるかどうかわからない。繰り返すが、「真実」や「事実」の決定権、認定権は残念ながら私たちにではなく、彼らにあるのだ。だからこそ彼らは行政権力の担い手たりえているのだ。
 しかし、行政と同様の測定器とスタッフを持つという方向は、当然、運動論の原則、研究者と一般市民の分業の廃棄への逆行ということを覚悟せねばなるまい。原則をすててまでこうした方向を採る価値があるかは、慎重に考えるべきものである。吉村はこの点について、端的に次の様にいう。

「運動における分業の止揚は、追求すべき課題であるが、測定器による測定というのは、そういう課題にそぐわない。だから ”イラストはあいつを中心に” 、”測定は彼を中心に” 、そして ”デモはみんなで手を組んで” という形になるのはやむをえないことだと思う。」(17ページ)


 大橋[7]は短いエッセーだが、重要な論点に触れている。コメントはいらないと思う。引用だけしておく。

「ひまがあり、金かあり、知識のあるひとびとによってなされる運動では、〈汚れている・食べるしかない〉という運動は無理であったということである。このことについては湯浅欽史氏が本『サーキュラー』22号 40ページに書いている。個人的レベルで行うべきことと社会的レベルで行うべきことをとりちかえた運動は、自転車のチューブを買おう、核シェルターを作ろう、という運勣になってしまう危険があるようだ。」(21−2ページ)


⑥ひとつの総括的地点、中南[8]について。
 中南の議論は、今までに紹介してきた論争を整理しつつ、新しい視点をも取り入れている。中南は、「自分の食べ物の測定は必ず保身に向うか?」「障害者差別にいかに対処するか」「科学者と市民運動」の3つの論点を提示している。
 〈自分の食べ物の測定は必ず保身に向うか?〉荻野や湯浅の測定──核シェルターヘの危倶に対して中南は「あまりにも一面的な見方であると思う」(18ページ)と批判している。中南は除草剤CNPによる水汚染測定に関わってきた経験をふまえて、次の様に述べている。

「CNPに限らず残留農薬の危険性を強調する時、無農薬栽培の産物を血眼になってあさる人達を作り出したに違いない。それらの人達の中には、自分の子供の結婚の相手も無農薬の産物で育てられた人でなけれぱならないなどという、度し難い人達もいると聞く。/だがそれだけであろうか?〈状況を固定して身を守る〉ことにしか関心のないこのような傾向が強まる一方で、状況そのものを変えようとする動きも強まる。」(18ページ)


 後者の様な状況を変える動きとして関西におけるMO(CNPを含む市販製剤)の防除暦からの削除、秋田県大潟村でのCNPの使用中止などを挙げている。特に後者に関しては、村民の飲料水からは全くCNPは検出されなかったがハ郎潟の魚からCNPの高汚染が見つかり、「ひとに迷惑をかけてはいけないという思い」(19ページ)からのものであり、その代償は同村産タマネギの暴落という大変なものであった。
 こうして中南は、現実の事態は好ましい反応と好ましくない反応が「ぶつかり合いきしみ合う中でしか、事態は発展しない」(19ページ)と指摘する。中南の議論はCNPに関しては無理のない結論であるし、地域の住民の自立した判断や決定によって直ちに実効のある行動をとることのできる問題である。しかし、原発など巨大技術による地域開発は、関わりあう人々の数が多い分、利害の調整は難しい。MOを使わない、使わせないという運動と原発を建てない、稼動させない、といった運動を比較することはできないのではないだろうか。原発を止めさせるためには、百万人の署名を集めても不可能なほどの大きな ”力” を必要とする。1人の人間に出来ることり微力さ、無力さと、電力資本や国家の余りの巨大な力の間で、”自分1人だけでも” という発想へと流れていくことは、反MOなどとは比べものにならない位大きいのではないだろうか。
 こう言ったからといって、中南と湯浅に一致点がない訳ではない。先の湯浅論文の紹介の際に引用しなかったところでもあるので、両者から引用しておく。まず湯浅論文から。

「帝国主義本国の市民が立つ物質基盤は核戦略・エネルギー浪費・工業的効率・第三世界の収奪をセットとして成り立っている。それへの自覚に至らない反原発のスローガンはどうしても『状況固定』の保身へと向うことになる。」(40ページ)


 中南はこれに答えて次の様に言う。

「自覚のない運動が保身に堕するというのは、それはそうだと思う。だが反原発を徹底して闘う限り、エネルギー消費、核戦略、工業的効率等々の自己のよって立つ基盤を、見つめ直さずにはおれないはずである……もっとも、貧乏人は輸入食糧を食え、私らは国内の有機農業の産物を食べる、という立場があることはある。だが全ての運動がそうだとは思えないし、思いたくもない。少しでも自覚のある人達が、保身に堕することなく、また負けたくもなけれぼ、自分の与えられた生活を問い直す以外に道はない。」(19ページ)


 中南論文中の傍点は私が付したものだ。闘いは、必ず「徹底した闘い」へと向かうとは限らず、「自分の生活を問い直す」ことが「自分の生活だけを問い直す]ことへと向う可能性も否定できない。資本主義が、公私の2つの領域を生み出し、”生活” を私的な領域へと囲い込んだこと──勿論これは、そうした ”外観” を生み出してきたということであって、”生活” が資本主義という大きなシステムにしっかり組み込まれ、またこの大きなシステムもこの私的領域で生み出される〈労働力〉なしには機能しえないのだが──、このことの認識なしに生活の問い直しは、核シエルター指向をまねきかねない。私は決して悲観論者ではないが、「徹底して闘う」とはどういうことか? また果してそれは大衆運動としてどれほどまで成り立たせられるだろうか? という点で、悲観的にならざるをえない。

 〈障盲者差別にいかに対処するか〉
 これは、中南によって、この論争ではじめて本格的に問われた論点である、ある物質が先天異常を起こすと警告することが障害者差別につながりかねないという問題をどう考えるか、という重大な問題である。中南は、「自分では有害物質のはんらんに対する警告のつもりであるが、先天異常に対する恐怖心をつのらせ差別を助長するという好ましくない一面を持っていることも否定できない。もっと意地の悪い見方をするならば、私達の運動は恐怖心によりかかった運動だと言えないこともない。」(20ページ)
 恐怖心は、それを引き起す対象を排除したいという欲求や、それから逃がれたいという欲求を生み出す。だから、恐怖心の対象が障害の発生に向けられるとき、容易に障害者への差別を生み出す。ではどうすべきか。中南は、こうした警告をやめれば問題の解決になるとは考えない。むしろ「催奇形性物質や変異原物質か野放しになる一方、恐怖心と差別は、つのらされないか温存される」(20ページ)と考える。中南は、写真を用いて先天異常を説明するといった方法をとらないなどの具体策を示しつつも、「先天異常への警告が恐怖心を強めるのを完全に避けるのは難しい」(20ページ)ことも認める。
 障害者差別の問題は、農藁、食品添加物に関しても言えるという意味で、「消費者」運動についてまわる根本問題である。今、ここで全てを論ずる余裕はないが、「なぜ恐怖なのか?」をつきつめてゆくことのなかに解決の糸口があるように思う。それはつきつめれば、障害者を差別する社会、あるいは障害者というカテゴリーを生み出すことを強いる社会の問題にぶつかるはずである。
 障害者差別との関わりで、もう1点つけ加えておきたい。去る5月5日、富山でR−DANや放射能による食品汚染をめぐって、ささやかな討論会を開催した際に、参加した障害者の人たちから事故に際しての緊急避難にしても、”安全な食べ物” の選択についても、いずれにせよ、”安全なもの(場所)を選択できる” という大前提にたった運動でしかないのではないか、そうした運動には選択できない者の立場が果してどれほど考慮されているのか、という疑問が出された。事故があっでも「健常者」の様に非難できず、介護なしには食事ができないとすれば食べ物を選択することもできない、こうした彼らの問いに直ちに応えられないにしても、運動はこうした問題を無視すべきでない。

〈科学者と市民運動〉
 中南は、科学者が指導したがったり、知らない側を操作する関係を批判した藤田、湯浅に対して、「もっともなこと」としなから「何かしっくりしない」とも言う。中南は、科学・技術が企業と行政に独占されている状況を変えるためには「市民の科学技術面でのレベルアップはどうしても必要」であり「この点で科学者は市民のお手伝いをすることができるし、しなければならない」(21ページ)という。このお手伝いのなかで、専門家と市民との落差を縮めるのか、温存するのか、が本質的に問われるべきことだと彼は言う。私もこの点全く同感である。藤田や湯浅の科学者批判の方法が、具体的に、専門家と非専門家のカキネを取り払うことになるかどうか、私には疑問だ、ということを既に述べているので、ここではこの点を繰り返さない。
 この他、中南は専門家の固定観念を市民がつきくずしてゆくこともありうるなどの経験を述べながら、科学者が一方で専門領域で発揮すべき能力への自負を持つべきであると同時にそれが自信過剰に陥るべきでないことをも強調する。
 さて、ここで、少し脇道にそれるが、私にとって重要な論点を述べておく。その手掛かりに、中南の次の文章をまず引いておきたい。「データにもとづいて何をどのように主張するかは科学の領域の外の問題であり、価値観の領域の問題になる。この面では市民が主役にならなければならない。」(21ページ)
 運動のなかでも、専門家は専門家、科学者は科学者なのか、それとも非専門家とともに「市民」として平等に価値判断に加わるべきなのか? というのがここでの第1の問題。第2の問題は、社会科学の場合には、価値観抜きに ”科学者” を演じられないという問題である。

 第1の問題は大変難しい。各々の運動体がどのような問題を抱え、どのように解決しているかといった経験の交流のなかで、最良の道を見い出きればなるまい。運動の意志決定から専門家を──専門家であるが故に──排除するのは、当該者が運動のメンバーであるとすれば民主的でない。しかし、その専門家も建前としては ”一市民” であっても、データの生産者として、彼の発言は他のメンバー以上に重視されてしまうだろう。とすれば実質的な専門家による ”操作” がなされないとも限らない。

 第2の問題は、社会科学者や哲学者、文学者といった──好きな 表現ではないが──「知識人」は価値観に対して重要な役割を果す、ということだ。「帝国主義本国の市民が立つ物質的基盤」とはどのようなものなのか、なぜ巨大技術や原発が開発されたのか、なぜそうした不合理が正当化されるのか、といった問いに答えるための素材を社会科学者は提供しなければならない。しかし、現実には「マルクス主義者」の状態をみればわかるように、こうした問いに正面から応える分析はマルクス主義によってはなされていない。むしろブルジョア科学として批判されてきた近代経済学者が優れた仕事をしてきた。このことの問題を私は、自分自身の問題としても、またマルクス主義者やマルクス経済学者に問いたいと思うが、しかし逆に、社会科学者が市民の価値観の一切を操作することになるものとすればそれも絶対に反対である。だが更にまた、既述のように市民の生活実感を素朴に信ずることの危険性も社会科学の専門家としては大いに主張しておきたい。この「サーキュラー」で展開されたような論争はこの点で、実は社会科学者にも切実に求められているのだ。

⑦森住のコメントについて。
 森住[9]は、研究者の関わり方の問題点を、簡潔に提起しているが、なかでも社会科学者の関わりについて論じている点は注目すべきところだ。公害問題がモノの安全に関わる技術論争に集約され、「社会科学的分野に属する制度・経済面の分析がおろそかにな」ったとして、ゴミ問題を例として次のように述べている。

「ゴミ問題で言えば、排煙の拡散の問題は十分論じられましたが、家庭ゴミと事業系ゴミの処理責任のあり方や、市職員による直営収集と業者による収集のかかえる問題などにはメスが入れられませんでした。そのためゴミの問題は環境問題に関心を持つ人には拡がりましたが、例えば解放運動にかかわっている人との接点は不十分です。ゴミ収集・処理の作業はこれらの人の重要ななりわいなのです。又、ゴミ収集も民間委託が強化されつつありますが、これに反対する自治労国労と同じような論点を多く抱え、(略)労働運動を専門にする社会科学者等との接点もできていません。」 (23〜24ページ)


 これはひとえに社会科学者の側の責任であり、問題意識の欠如に関わる。全く同様のことは原発問題にもいえる。次に、この点をふくめ、結論的な議論をしておきたい。


3 放射能による食品汚染とその規制問題

 チェルノブイリ原発事故以降の新しい反原発運動が、原発立地の地元住民による立地点での運動から更に都市部の市民による運動へとその担い手の幅を拡げたことは繰り返し指摘されてきたところである。特に、この新たな反原発運動の担い手の中心として、従来から有機無農薬野菜の共同購入や食品添加物問題など食べ物の安全性に大きな関心を寄せて個人生活のレベルで新たな暮らし方を模索してきた市民層の存在を指摘することができる。チェルノブイリの事故によって、広島の原爆の800発から1200発にも相当するセシウム137が一挙に放出され、その放射能による食品汚染が深刻な事態を招いていることに対して、いち早く敏感に対応したのがこうした都市部のひとびとであった。放射能汚染は地球上全体に広がっていったから日本も例外なく汚染されたが、特に、ヨーロッパやソ連からの輸入食糧の汚染度が高いことが知られていたから、輸入食品に対する監視や規制が共同購入運動のなかで不可欠の課題となるようになった。
 小出[10][11]は、食品の放射能汚染が発癌率を高めるなど重大な問題であることを踏まえつつも、往々にして汚染食品に対する警告と批判が、運動としては、国にたいして既存の輸入規制値37Oベクレルよりも厳しいものを設定させることによって「安全な食べ物」を確保しようというかたちをとることになったり、自分たちだけの安全を守る運動になったりする傾向にたいして、次のような原則的な批判を展開している。

 「私は、もちろん放射能で汚れた食べ物を食べたくない。また、日本の子供たちにも食べさせたくない。日本が輸入食品の規制強化を行なえば、それに応じて私たち日本人の被曝量を下げられる ことも、また間違いない。しかし、日本が輸入拒否して、汚染食糧が日本国内に入ってこないということと、汚染食糧がこの世から無くなるということは、当然のことながら等しくない。日本が拒否した食糧は、他の誰かが食べさせられるだけである。(略)即ち、これまで原子力を利用してこなかった国々、それ故に汚染を検査することすらできない国々、貧しく食糧に事欠いている国々が汚染食糧を負わされるのである。」(小出[10]51ページ)


 小出は、「反原発運動の原則とはいったい何であったのか」と問い、「力の弱いものを踏み台にしてはならないという点こそが、もっとも大切な原則であろうと思うし、自分だけは汚染を拒否するが、あとはそれぞれの国で運動すればよいなどというのでは、今後の反原発運動の展望は決して切り開けない」(同上)と結論する。
 小出は、食品の放射能汚染の測定をすべきでない、と言っているのでは決してない。彼は、汚染測定を直ちに汚染食糧の輸入規制へと結び付ける運動論を批判し、測定に関してはむしろその体制を強化し、情報を完全にオープンにしてゆくことが必要だという。その理由を彼は次のように述べる。

 「国の意図は日本人に、彼らの食卓には放射能汚染食品が上がってこないと錯覚させたいのである。何故なら、もし多くの日本人が放射能汚染を日常的なものと感じ、それが原発事故からもたら されたものであることを知ってしまうなら、現在日本の国が強引に進めている原子力開発そのものが成り立たなくなるからである。大衆の意識からできる限り早く、チェルノブイリ原発事故を忘れさせ、放射能汚染を忘れさせることが、彼らにはどうしても必要なことなのである。」(同上、49ページ)


  小出の原則的な問題提起には、実は、放射能汚染問題に限らず、「安全な食べ物」を志向する運動全体に対する、運動の理念へ向けられた根本的な問題提起が含まれている。日生協型の生協運動に対 して七○年代に出現した共同購入運動は、食品添加物や農薬、化学 肥料に対する安全性への疑問を背景に、より安全な食べ物を求める 運動としての性格を強く打ち出すものといえる。添加物や農薬によ る「発癌性」、「催奇形性」にたいする厳しい批判の目がこの運動の 中で蓄積きれてきた。放射能による食品汚染問題もこの点では、従 来の運動の感覚の延長線上に位置付け得るものである。
 こうした「安全な食べ物」を求める運動は、有機無農薬栽培の生産者の開拓や、独自の製品の開発などによって、市場経済の効率性にとらわれないオルタナティブな回路をつくりだしてきた。しかし、こうした「安全な食べ物」への関心がひろまるにつれて、農産物の「製品差別化」が商品化可能な需要規模を持ちはじめるや、資本による価値増殖領域へと接合されてきた。共同購入運動の中心が中産階級のいわゆる「専業主婦」であらざるをえない(組織論上そうならざるをえない)のにたいして、資本が「自然食品・健康食品」売り込みのターゲットにしたのは、都市の比較的所得の高い階層で「共同」することよりも「個人」として金をだして「安全」が買えればよいとする部分、シングル、共働きの世帯、そして高齢者であったのではないか。共同購入運動がその運動形態からみて浸透しにくい部分のうち、「食べ物」に金を振り向けられる部分が資本のターゲットとなったといってよいだろう。そして、このいずれからも排除されているのが、都市最下層部分と、実は農村地帯なのではないか。私は、資本主義というシステムを所与とするかぎり、運動の量的な拡大が「自然食・健康食品」産業を成り立たせてしまうことは、左翼出版社や左翼政党が経営的に成り立つのと同様に当然の成り行きであり、不可避のことと考えている。こうした市場の成立は、場合によっては買手の個人的解決志向と「核シェルター」的な発想を生みだす土壌となる。つまり、買うか買わないかは自分ひとりの判断であり、差し当たり自分や家族の「健康」「安全」を守ることに自足する水準を越え出ることはない。
 「安全な食べ物」がひとつの商品市場として成立してしまうと、共同購入運動も「安全な食べ物」という自然科学的な使用価値のみによって容易に運動を拡大してゆけるかわりに、運動自体が市場原理に巻き込まれたところでの競争に陥る危険がでてくる。生産者との関係や都市生活を見直すこと、高度な資本主義的な「発達」をささえた労働を問い直すこと、支配的な社会諸システムから自立した組織を形成すること、こうした事柄が脇に追いやられるか建て前に終わって、供給される財の自然科学的・医学的な「安全性」へと全てが切り縮められてゆく。
 実はこのことは、この間の反原発運動でいわれる「いのち」という言葉にも感じる危倶と関わっている。「いのち」が、放射能汚染による「発癌」性や「身体障害」に対抗する概念として持ちだされる時、それは生物学的な身体と言い換え得る内容にしかなっていないような印象を覚えてしまう。だから、意図せざる結果として、優生思想的発想を ”実感” として表出してしまう。言い換えれば「心」や「意識」が被っているある種の「汚染」について私達ははっきりとした運動上の確認を持ち得ていないということである。
 またこの「意識」の問題は、一方で実感への信頼があるとはいえ、逆に実感し得ない人々への説得の言葉をどれほどもちえているかという問題にも関わる。「意識」の問題は自然科学的な立証ができないために問題として提起することの固有の難しきがつきまとう。私達がたとえば電力会社に抗議に行く時、心に鎧をつけたような対応をする社員達の態度や、警備の警察官たちの心の閉ざしようにぶつかることや、街頭でデモ・ビラまきに無関心な人々に出会うといったあたりまえの風景になかに、この問題が表現されている。はたして「真実」なるものを訴えれば彼等の態度は変わるのだろうか。そうした努力を惜しむべきではないが、前述したような真実と権力の親和関係を思い起こす時、私達の言葉は私達が発する限り彼等にとってはア・プリオリに「真実」ではありえないのであって、したがって問題はこの社会の「真実」を生みだす仕組みにかかわるところに、言い換えれば人々の意識に作用する権力やミクロな政治の仕掛けにあるのではないかとおもう。こうした意味での「意識」を変えることは、ミクロな政治運動であるということもできるし、文化の問題であるといってもよい。反原発の運動がなぜなかなか男達に広がらないのか。なぜ原発を設計し開発する技術者や科学者がいるのか。なぜ原発建設に従事する労働者がいるのか。なぜ被曝してまでも炉心で労働することを選ぶ下請け労働者がいるのか。彼等の全てが諸手をあげて原発大賛成であるわけではないであろう。こうした状況は、いわば「意識の搾取」とでもいうべきものであって、これは医学的な「いのち」の問題というよりはむしろ社会学的な「いのち」の問題である。
 小出の議論からずれて、やや結論めいた話にそれてしまったが、最後に小出[11]が論じている点で重要だと思われるところを紹介しておきたい。この論文では以前の論点に加えて、放射能汚染問題は、国境を境界とする内側の「安全」と外側への「危険」の排除という問題だけではなく、同様の構造が国内にも恒常的に成り立っているということを指摘している。すなわち、原発で日常的に被曝を強いられる下請労働者や「金持ちだけが汚染の低いものを買い取ることができ、貧乏人は汚染を承知でもそれを子供達に与えなければならないという事態」である。こうした事態が運動の進展とともに解決されるであろうということにたいして、小出は必ずしも楽観的では ない。それは、日本の反核運動が長いこと「唯一の被爆国」という誤った認識をスローガンとし、強制連行きれた朝鮮人、中国人被曝者の問題を跨外におき、被害者意識に安住した運動という側面から抜けでられていない、という指摘のなかに示されている。
 小出はかれの2つの論文を通じて、実践的な提起としては汚染測定を徹底させ、その情報を正確に全ての人々に伝えることを主張し、汚染食品の規制にたいしてはむしろ消極的である。彼の主張は「測ってなおかつ食べる」ということになるが、この点は測ってしまえば規制を求める方向にゆかざるをえないのではないかという湯浅の主張と対立することになろう。問題は測るということの位置付けであろう。測定が数値として示きれる以上、その数値になんらかの「意味」を読みとろうとするのは自然のなりゆきである。一般に「意味」付与は、分類による自他の区別とカテゴリー化をもたらす から、数値にしてもそれを「意味」あるものとして読もうとするかぎりこのカテゴリー化は避けられないだろう。放射能の値に絶対的な安全の線を引けないとしても、よくみられるように炉心からの距離で安全の目安をつけるように、安全の「程度」を求めて線引きが行われるだろう。逆に、数値にたいしていつきいの意味付与を放棄した場合、国が設定した基準や自然放射能をめぐる電力資本の宣伝が放置されるかぎりで、事態はむしろ現状是認となってしまうのではないか。小出も指摘しているように日生協のような国の安全基準を鵜呑みにしたりすることがまかりとおるだろうという危倶はおさえきれない。数値に対して被害者として向きあうかぎり、こうした罠からのがれられないのではないか。
 はたして、私達はチェルノブイリ被害者か。確かにそうであるが、36基の原発を抱え、南アフリカのアパルトヘイト体制やアメリ力の原住民の被曝という代償によって生産きれたウランに頼り、原発立地の共同体をめちゃくちゃに破壊して成り立っている原発によるエネルギー生産にたいして、なおかつ私達は被害者面をすることはできない。もちろん反原発連動のなかで「こどもの未来のために」という自らの加害者性をふくむ表現がみられる。しかし、この表現が母親(まれには父親)が自分の子供に対して思う親の気持ちという水準で語られているのであるとすれば、いずれは親ぱなれする子供に裏切られるか、うっとうしがられるだけである。だが、また、加害者性を倫理的な問い詰めとして設定することにも反対である。
 長々と述べたことは、実践的に役にたたず、むしろ運動に水を差すだけだという批判をうけるかもしれないし、議論のための議論でしかないという批判を受けるかも知れない。自然科学者の議論が、きわめて直接的に実践的な有効性に結びつくことに比べて、社会科学や思想的な論議は必ずしもそうした即効性はない。しかし、私達は世界を漫然と見ているわけではなく、また、何物にも影響されない「裸の私」として世界を理解しているのでもない。マスメディアから井戸端会議、運動の中での議論にいたるまで、世界とのかかわりの中で私達は生きている以上、批判的な社会認識はそれ固有の意義がある。そうした認識は実験によって確認できない以上、実践と論争がそれにとってかわる以外にない。この未整理なエッセイがそのための叩き台になれば差し当たり私の目的は達せられたと思う。
(おぐら・としまる)