ポスト総中流社会におけるナショナリズムのゆくえ 渋谷 望

1──何が回帰しているのか:格差、階級、マルチチュード

 日本を「格差社会」とみなす言説は多く見られるようになりましたが、ここではそのなかでほとんど問われない「私たち」「普通の人たち」を問題にしたいと思います──この「私たち」に自分が入るのかどうかの判断はお任せします。
 たしかにこの10年、社会の何かが大きく、つまり「質」的に変化しており、それはしばしば「総中流社会」から「格差社会」への変化であるといわれています。しかし「格差」の有無がその「質」であるということは難しい。たとえば、かつての総中流社会にも「格差」はあったと言われるとその通りというしかない。通常、格差は緩やかな上下のグレードとして表象され、どんな社会でもどんな側面に関しても見出すことができるからです。ならば現代──90年代以降の日本社会、としておく──の「格差社会」の特徴とは、「格差」ではなく「階級」が回帰してきたことにあるということのほうが適切かもしれません。そのインパクトとは、総中流社会──英語では「中流」とはミドルクラス、つまり1つの階級のことですが──という無階級社会のなかに、階級的他者が回帰してきたということである、と。
 しかし、 「階級」と一口で言ってもどのような階級でしょうか。日本より一足先に新自由主義的脱産業化の洗礼を受けたアメリカでも、この変化は「アンダークラス」の回帰として語られています。つまり、ブルーカラー労働者の雇用は縮小し(海外に移転し)、ITなどの新たな勤め口は当然彼らには無関係。恒常的失業状態に生きる都市の若者を「アンダークラス」と呼ぶことがあります。
 しかし、この規定もネガティヴな反射的規定といえます。たとえばロビン・ケリーは、白人ミドルクラスの社会科学者や人類学者たちがゲットーの神話というレンズを通じて構築してきたものであり、住民たちの創造性や多様性を過小評価し、怠惰な住民が住まうゲットーとしていわば「捏造」していると批判しています。日本ではたとえば三浦展の『下流社会』における「下流」概念がこの意味での「アンダークラス」の用法に似ています。そこでは「下流」の人々の「生態」が、 「上流」との対比のうちに面白おかしく描かれ、私たちはそれを「安全な」見世物として消費しています。
 ところでいま「安全」と言いましたが、この「安全な見世物」を欲する心理は、じつはある種の〈不安〉を隠蔽しているように思えます。現在の社会の「質」的変化とは、この〈不安〉の回帰ということではないでしょうか。自分たちは「下流」ではないと自己規定することによって自己のアイデンティティを保っているのであれば、流通している「下流」像は私たちのアイデンティティを保つために作られた構築物である可能性があります。そうなると「下流」を捏造することで自分たちのアイデンティティを納得している「上流」や「ミドルクラス」こそが問われなくてはならない。
 結論を先取りして報告の方向性を示してしまえばこうなります。
 回帰してきたのは何か。これまでの社会のあり方(言説の編成)を壊乱し、統治者や彼らにアイデンティファイするマジョリティを不安にするような何かである。それは安定した秩序を構成する言説編成にとって過剰であると同時に過少であるような何か。さしあたりこれを「マルチチュードの回帰」と名指してみたいと思います。


2──統治者の不安の諸相

 すでに何度も確認されているように、80年代の「総中流社会」から、90年代後半以降の「格差社会」への変化という言説があります。そしてこうした言説のなかでは、ワーキング・プアなどの貧困問題や格差の内実が論及され、話題になっていると思います。
 たしかにこれらの議論の重要性は疑いえないのですが、多くのマジョリティにとって、貧困問題や社会排除の問題はまだまだ他人事であり、自分がこのような境遇に陥るということは想像しがたいように思えます。とすれば、むしろ一方で社会的排除が進行しつつあるなかで、自己の生活は相対的に安泰であるようなマジョリティ──中流──の存在様態を問う視点が必要ではないでしょうか。つまり「ポスト総中流社会」というコンテクストにおける中流意識というものを問うということが。とくにここで検討してみたいのは、この新しいコンテクストにおいて中流(以上)の階級意識を揺るがす漠然とした──つまり、いまだ階級的な無意識の域を出ない──不安感です。
 ではこのようなマジョリティ(中流)に不安があるとすればどこに注目すればいいでしょうか。示唆したように、それは生活面での不安というよりむしろ存在論的不安、つまり、自己の正当性や首尾一貫性の危機に起因する道徳的不安です──この言葉は反精神医学のレインのものですが、後にギデンズのキーワードの1つにもなっています。したがって、ここでは実態としてではなく社会を正当化する言説としての「総中流社会」に、そして90年代以降に関して言えば、実態としての「格差社会」ではなく、格差を正当化する言説としての「新自由主義」に焦点を当てて考えてみたいと思います。

2-1. 統治者の変節
 ところでここでは「マジョリティ」、「ミドルクラス」、「統治者」、ということばをかなり曖昧に使っています。これらは重なる部分を持つものの、社会全体のあり方の自己正当化に関して「統治者」、また階級の正当化に関しては「ミドルクラス」という視点から考えます。「ミドルクラス」と「マジョリティ」が重なるのは必然的なものではなく、「総中流」のリアリティという条件ではじめて重なるものだといえます。
 さてこの間、統治者は国政のレベルでは、「聖域なき構造改革」(平岩レポート(1993))、経営のレベルでは日経連の「新時代の日本的経営」(1995)において、新自由主義的政策を本格化し、雇用の流動化を進め、正社員層の割合を縮減し、「自己責任」や「自立」を強調し、成果主義の採用を促してきました。
 しかしより長期的な(といっても10年かそこら、つまり人の一生という点から見ればかなり短い)タイムスパンで見ると、統治者を首尾一貫した存在としてみることは困難です。というのは、同じ経営者がほんの十数年前に「日本的経営(年功賃金、終身雇用、企業別組合)」の優秀さを説き、また統治者は、社会レベルでも日本社会は日本的経営によって「総中流社会(=無階級社会)」が支えられていることを誇っていたからです(たとえば、村上泰亮『新中間大衆の時代』──彼は中曽根ブレーンの1人でもあった──、さらにヴォーゲルの "Japan As No.1" の受容)。これらの近過去の言説は、日本人全体の集団志向(経営家族主義)や勤勉を誇り、企業が労働者を長期にわたってOJTで育てることによる「知的熟練」形成を日本的経営の強みとみなしていました。
 とすれば、統治者はこの新しい哲学を主張すればするほど自己否定をせざるをえないという困難にぶつかります。それにもかかわらず、過去を真っ向から否定する新自由主義的言説を簡単に──つまり、本質的な部分で自分の過去を批判し、責任をとろうとせずに──主張することは、かつての自分たちの主張を覆すことになり、ジレンマ、ダブルバインド状況に陥ることになるはずです。通常、これらの政策の変容は、外的な国際状況の変化への対応、つまり時代の変化として処理されていますが、時代の変化に左右される哲学や理念というものは哲学や理念として内実がないことも事実であり、そのことに誰しも気づかざるをえません。
 さらに、くるくる変わる「思想」の変節は、「思想」が内実を持たない方便にすぎないことを暴露するだけではなく、その「思想」によって現存の社会を正当化する統治者の変わり身の早さ(変節ぶり)と、そこに由来する「頼りなさ」、「軽さ」を印象づけます。
 ここから総じて統治者たちの統治者としての無能性、統治能力のなさが露呈するのではないでしょうか。彼らが統治者として振舞うことができたのは、たまたま外的状況のおかげでうまくいっていたにすぎません。さらに安倍政権の崩壊を目撃してしまった私たちは、統治能力がないにもかかわらず能力のあるフリをすることの痛々しささえ印象づけられます。彼らは自己の統治能力の欠如を自覚しそれを何とか自己に対して隠そうとしているのではないでしょうか。存在論的不安とはこうした自己の統一性、自己への自信に対する疑念のことであり、それは精神的な病の兆候ですらあります。

2-2. 新中間大衆のその後
 この自己に対する存在論的不安は、統治者に自己をアイデンティファイしている限り、「新中間大衆」たちの自己意識に関しても言えると思います。
 示唆したように、村上に典型的なこの説は、無党派層の増大という現象を新中間大衆の増大と解釈します。ブルーカラーは一方で日本的経営の柱の1つである、「企業別労働組合」を通じて企業の従業員としての意識をもち、生活保守主義的な性質をもつようになっていく。他方で消費社会の進展とともに、ライフスタイルにおいてホワイトカラーとブルーカラーの区別はなくなっていく。彼は70年代後半にこうした社会の見取り図を描きました。
 実際、80年代からバブルにいたるまでこのようなプロセスが進行するように見えたと思います。しかし、その後バブル崩壊とともに「新中間大衆」の分解が始まったわけで、だとすれば、現在「新中間大衆」の自己意識はもろくも崩れ、再構築(リストラクチャリング)を余儀なくされつつあるといえるでしょう。
 とすれば、かろうじて「中流(以上)」として生き残った者の自己意識はどうなったのでしょうか。とくに、「新時代の日本的経営」によって絞り込まれた正社員層。 「排除」を生き残った者は結果的に非正規雇用層を排除する側となるわけですから、いままでとは違うリアリティを生きざるをえません。とすれば彼らはどのように自己を正当化し、排除を正当化するのでしょうか。
 ここでもやはり「成果主義」、「実力主義」といった新自由主義の語彙が動員されます。つまり、自分たちが「勝ち組」なのは「実力」のおかげとして納得しようとしているのではないでしょうか。
 しかし、実際彼らがどこまで自分の「実力」や「成果」を自信をもって主張することができるかは非常に不確かです。たとえば正社員の絞り込みとしてのリストラは、多くの場合、総人件費を抑えるためになされます。個人(や個々の企業)の「実力」を細かく査定しているのではなく──それが可能として──、いわば「どんぶり勘定」です。不良債権処理の際、中小企業は「バルク・セール」と呼ばれる「どんぶり」で売りに出されました。企業としては人件費がカットされればそれが「経営努力」としてマーケットで評価されるので、排除される者はじつは誰でもいいのです。この理不尽な選別のプロセスは経済的合理性に従っているというより、仁義なき「内戦」と呼ぶにふさわしいイス取りゲームです。「実力」や「成果(主義)」はアリバイにすぎません。また、最近流行の「人間力」とか「社会人基礎力」と同じでしょう。とすれば、彼らが「中流」としての自己を正当化する根拠はきわめて薄いといわざるをえません。仁義なき内戦は生き残った者にトラウマを与えます。同様に、絞り込まれた「中流」も生き残ってしまったことに対する後悔や存在論的不安を抱えざるをえないのではないでしょうか。
 卑近な例で申し訳ありませんが、たとえば僕は大学の常勤の教員ですが、同じ年代の優秀な研究者がいまだ非常勤の教員に甘んじているのをみると、やはり自分に対して「ヤバイ」 、という危機感をもってしまいます。「やましさ」と言ってもいいかもしれません。この危機感が〈存在論的不安〉ということばで言いたかったことです。もちろん、 「ヤバイ、ヤバイ」と思って、負けないように勉強するわけですが、問題はそうして培われた「能力」や「実力」や「知識」があったとしても、それは後からアリバイ的に作られたものであるということは免れることができない点です。つまり、初期設定の「格差」を事後的に正当化するようなアリバイです。もちろん、そうした「能力」はウソではない──と思いたい──のです。自分の地位を正当化するために一生懸命勉強したら、最初は「ウソ」でも後から「本当」になるのですから。問題はそれを倫理的、道徳的に正当化できるかどうかが怪しいということです。
 以上が今日の僕が問いかけたかったことです。皆さんはこのような〈不安〉をもったりすることはないでしょうか。

3──第三世界としての日本の露呈

 ところでこうした〈不安〉と政治の関係、とくにナショナリズムとの関係を考えるための補助線として、以下では日本の統治者の事実上の統治不能というこの窮状を(あえて)ポストコロニアル国家の窮状、「第三世界」の窮状とパラレルなものとして提示してみたいと思います。そうすることにより、より一般的な、あるいはグローバルな現象として理解することができると思います。
 「独立」後に悪化した旧植民地の政治状況をここではポストコロニアル状況としておきます。植民地闘争の不徹底によるその負の遺産としての軍事傀儡政権は、しばしば自分たちの統治の正統性をナショナリズムから引き出そうとします。しかし、冷戦構造の下で、裏ではちゃっかりと帝国主義と手を結び、地政学的な陣営に参加し、共産化やイスラム化への「防波堤」となり、石油やダイヤモンド
などの資源を外国資本に安く売る、こうしたことに対する見返り──軍事支援と融資、そして不正蓄財の個人的チャンス──を受けつづけてきました。その代償が累積債務の民衆への理不尽なしわ寄せと、民主主義の抑圧でした。
 トニ・モリスン──黒人女性初のノーベル文学賞受賞作家──は小説『パラダイス』でこうした統治者たちの政治的無意識を鋭く可視化しています。物語は1970年代、戦後に黒人が作った小さな町ルービィの住人と、その近隣にある「修道院」と呼ばれるアジール(避難所)で生活する女性たちによって構成されます。
 ルービィの町の「建設」は、おそらく第三世界における植民地の「独立」とパラレルと考えることができます。その住人たちは町の団結のために「ブラックネス(黒人らしさ) 」を掲げます。ただし優生学的、つまり本質主義的にです。これは第三世界の新興国の「ナショナリズム」と同じく両義的な役割を果たしています。それは一方で支配からの解放のポテンシャルとなるが、他方で内部の「他者」に対する抑圧となる、という意味で。彼らは祖先を誇りとし、祖先の冒険や苦労を語り継ぐ。しかし自分自身については何も語らない。というより、語れないといったほうが正確です。モリスンは外からこの町に来た第三者的人物にこう語らせています。 「だが、どうして自身を語る物語がないのだろう。彼らは自分たち自身については口を閉ざした。言うべきこと、語り継ぐべきことをもたなかった。あたかも過去の英雄的行為が、未来を生きるには十分であるかのように」 。彼らは空っぽであり、自分自身を語ることができない。そのため先祖の偉業を語っているにすぎないということです。
 他方「修道院」の女たちは、ある者は家を追われ、ある者は自分から家を飛び出し、アメリカ各地からこの「修道院」に流れ着いた人びとです。そこには黒人ばかりではなく白人もいます。「修道院」はこのような雑多な移民や難民──つまりマルチチュード(〈一者〉に還元されない存在様態ないし生き方を「マルチチュード」と呼んでおきます)──のコミュニティとなっていったのです。彼女たちは自由を、つまり自身の〈生〉を生きているようにみえます。またそれゆえ「まじめな」ルービィの住人たちとって、この過剰な自由が子ども達に感染し、彼らを誘惑し、町にトラブルをもちこむように見えたのです。彼女らの存在そのものが、結果として町の指導者を批判することになったともいえます。それに業を煮やした町の指導者たちは「修道院」を襲撃し、女たちの処刑を企てます。
 自己の統治能力の失効とマルチチュードへの不安やフォビア(恐怖)がこの物語の核にあると思います。統治者は自分たちの町の内部で生起するトラブルをパラノイア的に外部(「修道院」)に投影し、自己の統治能力の欠如、自信のなさを自己に対して隠蔽しようとするわけです。
 この存在論的不安は、ナショナリズムを掲げる独立後のポストコロニアル国家が主権(統治能力)を維持するフリをするときに出会う困難と同じ質をもっています。統治者たちは主権が空っぽであるにもかかわらず──大国の傀儡であるにもかかわらず──、主権を有しているフリをする。力がないにもかかわらず、自分(たち)を騙し、力をもっているフリをする。町は本当は一握りのリーダーに支配されているのに、すばらしいコミュニティ──「パラダイス」──であるフリをする。こうした「フリ」の維持は病的ですらあります。しかし現在の日本において、統治者が統治能力に関する自信を失い、希望がないにもかかわらず希望があるフリをし、その場しのぎで悪──「抵抗勢力」、「外国人犯罪」、「ニート」──を次々に構築するポピュリスト的なナショナリズムの手法をとらざるをえないのと同じ困難ではないでしょうか。


4──感染する自由と統治の臨界:マルチチュード

 マルチチュードとは、〈一者〉に還元されず、多様性や混交性を引き受ける存在様態ないし生き方であるととりあえず定義します(ヴィルノ 2004、ハート+ネグリ 2005)。ヴィルノは、それは人民=主権に抗う政治形態でもあり、「共有の問題を引き受ける際に、いかなる〈一者〉にも収斂することのない」存在様態だと言っています。さらに〈人民〉(あるいは国民)vs〈マルチチュード〉という政治形態、存在様態の抗争は17世紀のホッブススピノザの対立にも遡ることができるとも言っています(ヴィルノ 2004) 。したがって、マルチチュードは必ずしも量的な「多さ」を意味しません。しかし、たとえマルチチュードがマイノリティであっても、多様性、混交性というこの存在様態はそれ自体、ナショナリズムによって自己の統治の正当性を確保しようとする統治者に不安を呼び起こします。それが存在様態(生き方)であるということから、それは個人の属性(性別のような)ですらなく、どんな人間も多かれ少なかれ持つような欲望であるともいえます。
 私たちは国家が指定する生き方を拒否する存在様態を長らく忘れていますが、それは日本の歴史にも、たとえば〈民衆〉という形象で何度も回帰しています──日本語の語感においてそれは〈人民〉とは区別されるべきだと思います。たとえば、1920年代の大正デモクラシーの底流にあった、米騒動、全国水平社、そして何よりもアナキストたち、これらが渾然一体となった自由な空間の創出がそれであり、また、68年の叛乱はその現代版であったといえるかもしれません。どちらの叛乱もそのつど統治者の「譲歩」によって封じ込められました。前者は協調主義的な社会政策と対外膨張政策によって、後者は新保守主義による日本的経営の温情主義と、新自由主義による「自由」や「自立」の簒奪によって。しかし、指摘したように、後者の温情主義から新自由主義への無節操な変化は、内的な一貫性がありません。彼らの首尾一貫性の欠如や自信喪失は露呈されざるをえず、彼らはこの不安を何らかのかたちで隠蔽しようと努力してきたのではなかったのでしょうか。
 すでに見たように、このような統治者の譲歩と首尾一貫性のなさは、じつは統治者の無能力を露呈させるものです。ガッサン・ハージによる統治者による、多文化主義的多様性という「寛容」の分析はこの点で興味深いと思います。
 「寛容」を説く統治者は一見、自分の主体的意思で「寛容」になった気でいます。つまり彼はその気にさえなれば「不寛容」になれるという選択肢があり、この選択肢を自らの倫理的意思で拒絶しているように見えます。しかし実際「寛容」が主張される場合、何らかの外的、内的状況──例えば労働力不足や、移民してきた人々が抵抗と闘争によって権力を獲得してきたという現実状況──が「不寛容」の選択を許さない場合がほとんどです。「寛容」を説く統治者には「寛容」になるこ
としか実際の選択の道がないのです。だから社会が寛容になるとは、統治者や人々の心が優しくなるということではなく、マテリアルな条件の変容への単なる適応にすぎないのです。しかし同時に「寛容」言説は、このマテリアルな現実の必然性を隠蔽し、自己の倫理的イニシアチヴを前面に出すことができます。こうして自分たちのうちに「不寛容になれる権力」を捏造することができ、統治者/管理者としての自己イメージを持つことができるのです。実際は自分は統治していないのに統治していると思いたい。そうした統治者に対して、統治していると思わせる方法のような解決策が多文化主義的寛容なのです。

「さあ、どっちを選ぼうかな? 同化かな、多文化主義かな?」などと吟味してはいなかったのだ。…多様性の承認によって、多様性が発生したのではない。そうではなくて、多様性が既に社会的現実の一部として定着して、同化を強制するどんな企てもこの事実を変えることができないというまさにその理由ゆえに、政府はこの多様性を統治するために、それを承認することを可能にする政策を必要としたのである。 (ハージ2003)


 彼の議論で興味深いのは、偏狭なナショナリストやレイシストとは通常区別された、リベラルとか進歩的とみなされる白人の統治者が、じつは統治の主体、管理の主体としての自己像を幻想のうちに抱き続けているという点で偏狭なナショナリストと地続きであるという点です。結果的にリベラルなナショナリストも偏狭なナショナリストも、非白人の移民やアボリジニといった他者がたんなる管理の客体ではなく、自分たちに圧力をかけたりイニシアチヴをとるような能動的な存在であるという現実を、そして自分たちには選択の余地がないのだという現実を否認するという点で共謀しているのです。この現実は幻想を揺るがし、存在論的不安を呼び起こすからです。
 彼の分析は統治者の非一貫性の「一貫性」とでもいうべきものを明るみに出しているように思えます。ナショナリスティックな「同化政策」からリベラルな「多文化主義」への政策の変化は、どちらも統治者、管理者としての白人を前提とし、他のエスニシティ、あるいはマルチチュードを被統治者の位置に封じ込める試みであるという点で、じつは「一貫」しているのですから。そしてこの「一貫性」は、新保守的な日本的経営と新自由主義の「一貫性」、「連続性」についてもいえないでしょうか。


《文献》

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付記:本報告は、渋谷 2005a( 「ファンクの地政学」 )および渋谷 2005b( 「統治しているのは誰か?」 )と一部重複している。