「抵抗」して生き残れ 渋谷望

 授業でレベッカ・ソルニットの『災害ユートピア』(亜紀書房)を読んでいる。今回の震災を受け、急きょこのテキストを決めた。大災害のとき人々はパニックに陥るとされているが、事実は違う。多くの人々はむしろ冷静であり、互いに助け合い、災害を生き延びてきた──サンフランシスコ地震(1906年)のスープキッチン、メキシコシティの大地震(1985年)の縫製労働者たちの連帯、ハリケーン・カトリーナに襲われたニューオーリンズ(2005年)の相互扶助組織……。彼女はアナキスト的想像力によって、災害時に立ち上がるこの相互扶助の空間を、「一時的自律ゾーン(TAZ)」、「予示的政治 politic of prefiguration 」(「具体的目標数値の政治」 は誤訳)、「ザパティスタ解放軍」の実践が同質であることを示唆する。と同時に、これを破壊す る支配者の側の力(サンフランシスコ地震の「ファンストン准将の世界観」)とのせめぎ合いを記述する。
 今回の震災の被災地に行った大学院生によれば、自動販売機を壊して飲み物を取り出し、避難所で配った若者がいたという。真偽のほどはわからないが、仮にこういうことがあったとすれば、許されるかどうか、ソルニットになり代わって学生に議論をふっかけた。ソルニットは、生きるか死ぬかの非常時には、人々は私有財産は無視してでも、生きるための必要物資を調達するものだという。支配者と富裕層はこれを恐れ、これを「略奪」とか「パニック」と呼び、軍隊や自警団によって取り締まろうとする。


:生きるか死ぬかのせっぱつまった非常時には略奪は許されると思う。

:じゃあ暴力は? たとえば人を傷つけるとか。

:人を傷つけるのはよくない。必要なものを調達するのはいい。仕事がなくなり、生きるか死ぬかの野宿者になったときも非常時。空家に住むなど、私有財産の侵害は許されるのでは。


:日本は自殺者が毎年3万人以上。今回の震災の死者の数を上回る。これを合わせるとある意味で、超大災害だ。リストラされて食えなくなったときに、自殺するのは本末転倒。略奪したり、空家占拠をすればいい。

:それはわがままでは。

:(ヨーロッパのスクウォティング運動とその背景を説明ながら)許容される違法行為は、関与する者たち、住民、世論、裁判、陪審員、などの合意に基盤を置く。正しいとみんなが思う違法行為は、むしろ褒められる。ただし説得が大事だ。

:そんなことをしたら、ホッブズの「万人に対する戦争」みたいになってしまうのでは。

:むしろ無用な戦いを回避するのでは。世論や住民の支持を当てにするので。

:線引きが難しいのでは。

:すべてはケース・バイ・ケース。

:逮捕されるのでは。

:連絡してくれれば裁判費用はカンパする。


 この教員の意見が冗談なのか本気なのかいぶかしがりながらも、共感する学生が多かったのは意外だった。この本は直接行動のためのすぐれたテキストだということをあらためて実感した。直接行動は相互扶助──愛とか友情とか類的存在と呼んでもいいが──によって正当化される。真の相互扶助は直接行動なくしては成立しえない。

 今回の震災が多くの人々に国家と資本主義システムを当てにできないこと、直接行動と相互扶助なくしては生き延びることが難しいと直観させたのだと思う。1980年、E・P・トムスン(トンプソン)は、グリーナム・コモン米軍基地に核を搭載したNATO巡航ミサイルが160機配備されることが決定されたとき、「抵抗して生き残れ protest and survive 」と題するパンフレットを書き、その後のヨーロッパ核廃絶運動(END)に影響を与えた。
 ここでトムスンが批判して いるのは「民間防衛」という発想である。イギリス政府は「防衛して生き残れ」という核シェルターの「日曜大工」のパンフを配布し、「限定」──とされる──核戦争に備えるよう人々にうながしたのである。このパンフは「自宅に地下壕を掘って、古ドアから板切れで小部屋を作り、回りを砂袋や本や重い家具で固めてもぐり込み、14日分の食料と水、携帯ラジオと携帯便所、それに必ず缶切りを持って」退避することを推奨する。しかし、その後の放射性物質は? 食料は? そもそも「限定」核戦争というものはありえない。それは必ず全面化する。政府は国民の半分近くを失うだろうし、政府もそれを織り込み済みのはずだ。トムスンは唯一の現実的な民間防衛は「抗議」であるという。破局の前に抗議すること。「もし生き残ろうとするなら、我々は抗議しなければならない」( 「抗議して生き残れ」 E・P・トンプソン、D・スミス編『世界の反核理論』勁草書房、1983年)
 これは今の日本の状況にも当てはまる。政府は住民の内部被曝が懸念される汚染地域に範囲をきわめて限定し避難勧告を出し、学校生活などでの子供の被曝基準値も緩和した。食物の検査にも及び腰である。事実上「民間防衛」を推奨しているということだ。子どもたちの避難や疎開も、安全な水や食料の確保、つまり生き残るためにすべきことは自己責任でやれ、と。
 だが当時のイギリスの状況との違いはある。すでに大惨事が起き、現在も放射性物質がばらまかれている日本では、もはや国の統治を当てにすることは難しい。政府は統治不能に陥っている。したがって政府への「抗議」だけでなく、私たちが生き延びるためにいっそう多くの「直接行動」が必要である──子供たちの避難キャンプ、放射線の自主計測、デモや集会や勉強会、情報やノウハウの共有。避難者によるスクウォティング運動も必要かもしれない。また子供に安全な水や食事を 与えるためには親たちには1日のうちの相当の時間が必要である。これを確保するためには、共働きの親の場合、長時間労働を拒否することも必要だろう。
 「直接行動」は「生き残り」にいっそう近づく。おそらくこれを「下からの生政治」と呼ぶこともできよう。生と政治を不可分なものとして構想すること。アナキストたちは これを「予示的政治」、「アフィニティ・グループ」として実践してきた。彼らは単に受動的な「生き延び」を拒否し、協働的・相互扶助的で、自律的な生を生きることが可能であると考え、実行してきた。目下の大災害を「よく」生きるために必要なのはこうした実践知ではないか。
 ひるがえって考えれば、わたしたちの資本主義的な〈生〉は、シェルターへの避難と何ら変わらない、たんなる「生き延び」ではなかったか。孤立して競争し、疲れはて、その代償として「豊か」にみえる消費生活を送る。偽の人生。1960年代、シチュアショニストたちは、たんなる「生き延び= 余りの生( survie)」として、核シェルターを批判した。だが彼らが批判していたのは「民間防衛」だけではない。彼らは「豊かな」消費生活もただの「余りの生」にすぎないとして非難した。彼らは団地と核シェル ターは似ていると指摘する。
 原発事故はこの「豊かな」生活のなれの果てである。資本主義自体が「大災害」であることを隠し、消費社会のスペクタクル──ミドルクラス社会──を演出するためには、電力の過剰消費が可能でなければならない。原発はそのために必要だった。そして気がつけば日本の海岸線は原発に囲まれていた。そして壊れた。わたしたちの「オール電化住宅」は放射性物質が降りそそぐなか、いつのまにか核シェルターになってしまったのだ。いまミドルクラス社会の夢と悪夢がこうして同居 している。(社会学)