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コンスタントのニューバビロンと1960年代の建築界との相互関係 南後由和

【1. 背景と目的】

 シチュアシオニスト・インターナショナル(以下、SI)とは1957年から1972年にかけてヨーロッパ諸国を舞台に活動し、「芸術」と「政治」の統一的実践を目指した領域横断的な前衛グループである。ダダイズムシュルレアリスムの批判的継承のうえに成り立っている。日本でもギー・ドゥボールの『スペクタクルの社会』など社会学、消費社会論の分野では比較的認知されている。しかしながら、建築史において彼らの活動の音義を明確に位置づけた研究は数少ない*1
 一方、1990年代以降、欧米、とりわけ英語圏では都市論、建築史の分野でSI回顧が大別して2つの観点から進んでいる。1つは情報技術の観点から、ニューバビロンとユビキタス建築、ヴァーチャル・アーキテクチャー-やWWWとのアナロジーを論じようとする潮流である。もう1つはイアン・ボーデンやジョナサン・ヒルといった論者に代表されるような、都市や建築物の使用の多様性に着目する潮流である。
 本稿ではSIの中でも建築の分野を先導したコンスタント・ニューヴェンホイスのプロジェクト「二ュ−バビロン」(1956−72年)の位置づけを1960年代の建築界の動向と比較しながら明確にすることを目的とする。


【2. ニューバビロンの基本的性格】

 ニューバビロンの思想的背景にはギー・ドゥボ一ルの批判的社会理論の他にも、ヨハン・ホイジンガの『ホモ・ルーデンス』やアンリ・ルフェーヴルの『日常生活批判』、『都市への権利』などがある。そこにはノマディズム、遊戯的生活、迷宮の創出という3つの原理を読み取ることができる。
 ニューバビロンは黄色地帯、赤色地帯、東洋地帯といった各セクターの建築模型や描写、クロッキーや水彩、油絵などから構成されている。地表から浮かび上がった幾層もの基準面にはチタンが、舗装や仕切り壁及び内壁の表面にはナイロンが用いられ、移動、交換、解体可能な柔軟性を備えた軽量建築か提案された。構造を支える内部配置の可動性 が環境の永続的な創造や再創造にとって不可欠な条件とした。ニューバビロンにおける経験は建築物の形態によって規定されるとするのではなく、住民による空間の創造、そこで生じる出来事によって形作られるものとした。


【3. 1960年代の建築界との相互関係】

【3-1. アルド・ヴァン・アイク】
 コンスタントに建築ブロパーの人びととの交流の機会を提供したのはアルド・ヴァン・アイクであ、た。CIAMのオランダ支部として活動していたDe8の会合への参加を通じてヘーリット・リートフェルトらからも建築的な論議を吸収していった。

【3-2. アリソン&ピーター・スミッソン】
 ニュ一バビロンの制作に影響を与えたコンセプトの1つにスミッソン夫妻による「ゴールデン・レーン計画」(1952年)がある。この設計案では3層ごとの空中街路を備えた高層アパートが提案された。すべての棟を街路で連続させることで、コミュニティ形成のための独特の性格をもった社会空間が生まれることが望まれていた。スミッソン夫妻は住居の概念を街路、地区、都市へと段階的に拡張させていく論理のもとに、住居という基本単位を保持しつつも、クラスター都市という形態を提示することで勤労、居住のための建物形式や人ロの配分を調整した。
 一方でニューバビロンには固定された住居の単位や概念は蒸発している。そこに想定されている住民は、固定化や永遠性を拒否するノマドであり、「漂流」や「心理地理学」といった方法論と連動した自発的かつ能動的な住民である。ニューバビロンでは機能を特定かつ限定された施設の概念は解体されている,それは遍在する居住空間の破片となって拡敗しており、その破片を住民であるニューバビロニアンはブリコラージュしていくのである。コンスタントはスミッソン夫妻やヴァン・アイクの「子供の家」(1958−60年)に代表されるようなチームXのプランが、人と建物、都市との関係性=出来事のパターンを固定化した形態に置き換えることに懐疑的であった。チームXのプランが都市の部分を構成する要素に内的自律性を認めつつも、全体的秩序や調和を手放さなかったのに対して、ニュ一バビロンの形態は常に変容しつづける。ミクロスケールでは迷宮のドローイングが描かれ、マクロスケールではほぼすべてのニューバビロンの模型を写した写真(コンスタントの息子である Victer が撮影したものが多い)がフレームアウトしていることからもわかるように、それは象徴的な全体性をもたない遊動空間なのである。「状況の構築」による一時的かつエフェメラルな空間の産出は、全体的な体系性を希求することなく移ろいゆく時間の中で変容し続ける都市あるいは形象化不可能な都市のあり様を示している。
 ニューバピロンは空間の不確定性の中を漂うものであり、住民の予見できない欲望に対して常に開かれているように意図されている。それは絶えずニューバビロニアン自身によって創造されるプロセスなのである。ニューバビロンには不定形性、不確定性、過渡的性格、全体像の否定といった要素を確認することができよう。

【3-3. ヨナ・フリードマン
 同じくチームXの一員であったヨナ・フリードマンは1957年にGEAM(動く建築研究会)を結成し、最新の架構技術を駆使した「空中都市」を提案していた。彼の誘いを受けて、コンスタントはGEAMのメンバーになった。この時期、コンスタントはバックミンスター・フラーのジオデシックドームやコンランド・ワックスマンのジョイント論などにも触れている。
 ニュ一バビロンとフリードマンの空中都市には構造上の類似点が多くある。なるほど、階の積層、歩車分離の実現、都市の形態を決定づける高速道路という巨大建造物の取り扱いなど、技術的対処の仕方において、ニューバビロンもチームXの精神を踏襲していることがわかる。そこには60年代の都市の社会的背景としで都市部の人口増加、労働と余暇の分離、自動車交通が抱える問題などがあったことがわかる,また住民が自在にカスタマイズできる集住体やそれに付随する技術を提供する視点はコンスタントの二ューバビロンにもフリードマンの空中都市にも共通している。双方ともに住民の振る舞いが可能な限り自由であるための最小限の条件を与えるような、アダプタブルかつフレキシブルな構造が意図されている。
 しかしながらフリードマンの空中都市では、住居の部材やユニットの組合せの選択や交換は許されていても、住民による住まい方の逸脱や転居は歓迎されていない。空中都市での使用の多様性とは工業化された住宅の部材の種類の数に限定されたものでしかない、実際ニューバビロンと違い、フリードマンのドローイングでは空中都市がいかに使われているかは描かれておらず、鳥瞰的な全体像のみを示したものか多い。空中都市において建築家は都市の骨格を形づくり、システムをコントロールする主体なのであり、空中都市の形態がもつ美観や統一性は損なってはならないものであった。それに対して、ニューバビロンは徹底して社会空間の新しい使用を喚起するための構想であった。ニューバビロンを考察する際には、メガストラクチャーや空中街路といった構造上の特異性ではなく、むしろ人間に応答可能な建築、空間使用の多様性を内包した建築の存立様態に注目しなければならない。

【3-4. アーキグラム
 アーキグラムは1963年にロンドンのICAで行なわれたコンスタントの講義に出席している。アーキグラムは彼の講義録を読み、コンスタントを機関誌『アーキグラム』第5号 特集メトロポリスの出版に誘ったという*2
 コンスタントとアーキグラムはともに人間と建築の応答関係に関心を示していた。コンスタントはノバ一ト・ウィナーか1948年に提唱したサイバネティクス論に触発されていた*3。さらには電子工学も二ューバビロンの遊戯的使用にとって重要であると考えていた。サイバネティック建築の先駆者ともいわれるアーキグラムは情報のフィードバックによる環境変化の制御を探究していた。メンバーの1人であるマイケル・ウェブは「クッシクル」(1966−67年、住環境をまるごと持ち歩くことを可能にする道具)や「スータルーン」(1968年、衣服にも住宅にもなる最小限住宅)を通じて人間と装置の間のインタフェースの処理に着目していた。
 しかし、両者のサイバネティクスヘの関心が向かう矛先はけっして同じものではなかった。たとえばコンスタントの「ロッテルダム実験スタジオのための計画」(1966年)は音によって聴覚を、臭いによって嗅覚を、廊下や湾曲した壁面との接触によって触覚を刺激する部屋は、人間の知覚的広がりを喚起する,それは視覚に優越性を与え、その他の身体的経験を抑圧する傾向にあるモダニズム建築への批判ともなり得ていた。コンスタントは人間の行動を技術的に統合していくことを目指していたのではなくて、むしろズレを生成する身ぶりに着目していたのであった,ニューバビロンは事後的な空間使用の多様性を喚起させるブロジェクトであると同時に既存の都市計画への批判として存立するアンビルト建築であった。それは使用者の論理としてあるがゆえに、安易に現代の建築家が設計のリソ一スとして参照、解釈することはできないものである。

*1:先行研究として、三浦丈典、2001、「シチュアシオニストの活動とその意義」、日本建築学会学術講演梗概集(関東)2001年9月、pp. 647-648 を参照。

*2:Sadler, Simon, 1998, ,The Situationist City, The MIT Press, P.133.

*3:Wigley, Mark, 1998, Constant's New Babylon──The Hyper Architecture of Desire, 010 Publishers, p.63 と Sadler Simon, 1998, op,cit., pp 148-149 を参照。