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今日オートノミーとはなんであるか? フランコ・ベラルディ(ビフォ) 櫻田和也 訳

主体ではなく主体形成を

  アウトノミア(オートノミー)*1運動の歴史的復元をしようというのではなく、その特異性を理解するために「労働の拒否」や「階級組成*2」といったコンセプトをふりかえってみたい。ジャーナリストはよく、60年代のイタリアにあらわれたこの政治的・哲学的運動を「労働者主義 operaismo 」という言葉で説明するが、わたしはこの用語がきらいだ。というのも、この言葉は社会的現実の複雑性を後期近代の社会的ダイナミクスでの産業労働者の中心性だけに還元してしまうからだ。労働者階級の中心性というのは20世紀の偉大な政治的神話だったが、わたしたちの取り組むべき問題は資本主義支配からの社会的空間のオートノミーであって、社会的労働のもたらした多様な文化的・政治的・想像的な組成の方なのだから。
 この哲学的・政治的運動の起源はマリオ・トロンティ、ロマノ・アルクァティ、ラニエロ・パンツィエリ、トニ・ネグリらの仕事にさかのぼることができる。そして、その焦点は主体というヘーゲル的概念からの解放にあったということができるだろう。
 ヘーゲル的伝統から受け継がれた歴史的主体ではなく、主体化/形成のプロセスを語るべきなのだ。主体形成の過程が主体なるものの概念的位置をうばうのである。この概念的移行はフランスのポスト構造主義により推進された現代における哲学的風景の変容にとても近しい。それが意味するのは自己同一性 identity ではなく、なにものかになる becoming プロセスに焦点化すべきだということだ。これはまた、社会階級なる概念を存在論的に把握するのではなく、ベクトル的概念としてとらえることをも意味している。
 このアウトノミア的な思考枠組みでは、社会階級という概念が(文化へ、セクシュアリティへ、労働の拒否へといった)欲望の社会的投資*3として再定義される。『労働者階級』Classe Operaiaや『労働者権力』 Potere Operaio などの雑誌で書いた60年代70年代の思想家たちは欲望の社会的投資を語らず、もっとずっとレーニン主義的な言葉遣いをしていた。しかしかれらの哲学的ふるまいは、労働者アイデンティティの中心性から脱中心的な主体形成のプロセスへと、哲学の風景に重要な変化をもたらしていたのだ。
 フェリックス・ガタリは77年のあと労働者主義と出会い、またアウトノミアの思想家たちも77年のあとになってガタリと出会ったのだが、かれがいつも強調していたのは、わたしたちは主体を語るべきではなく「主体形成のプロセス」を語るべきだという考えだった。この見地から「労働の拒否」という表現がいったいなにを意味するのかを理解することができるだろう。
 労働の拒否とは、単に労働者は搾取されたくないという自明の理をいうのではなく、もっと大きなことを意味しているのだ。それは、資本主義の再編成、技術的な変化、社会的諸制度の全面的転換といったことが、剰余価値を生産して資本の価値を増殖し、生活の価値を下げるような束縛を拒否する、搾取から引きこもる日常的な行為によってうみだされているということを意味しているのである。労働者主義 operaismo という言葉を好きになれないのは、それが暗黙のうちに狭小な社会用語(労働者、イタリア語 operai )に還元してしまうからであり、自分としては組成主義 compositionism という言葉が好きなのだ。社会的組成というコンセプトあるいは「階級組成」(労働者主義の思想家たちもひろく用いていた)という言葉の方が、社会の歴史ではなく化学 chemistry に取り組むという感じがずっとする。
 この考えの好きなところは、社会的現象のおこる場所が、ヘーゲル系譜の固体的でゴツゴツした歴史的領土ではなく、文化やセクシュアリティ、病気や欲望が、闘い、出会い、混じり合い連続的にその風景を変化させていくような化学的環境ととらえるところだ。組成という概念をつかうことで、70年代イタリアで起こったことだけでなく、そもそもオートノミーとはなんであるかについても、もっとよく理解することができるだろう。それはつまり、主体の確立ではなく、社会的宿命に人類の存在を強く同一化することでもなくて、社会的諸関係の連続的な変化のことであり、セクシュアル・アイデンティティの同一化/非−同一化のことであり、そして労働の拒否のことだ。労働の拒否とは実のところ、欲望の社会的投資の複雑なあり方によって生成される。
 この見方では、オートノミーがどういうことかは社会的生活が単に経済力により強制される規範的規律だけによって決まるのではなく、また内的な転位、移行、和解、解体といった生活社会の自己組成プロセスにもよるということだ。闘争、引きこもり、疎外、サボタージュ、資本主義の支配システムからの逃走線である。オートノミーとは、社会的時間の、資本主義の時間性からの独立性のことだ。
 ここに労働の拒否という表現の意味がある。労働の拒否とは、簡単にいえば「寝てたいから働きに行きたくない」ということなのだ。そしてこの怠ける(楽をしたい)ということが、知性の、技術の、前進の源である。オートノミーとは、規律的規範からの独立性と相互作用とのなかで、社会的身体を自主管理することだ。


オートノミーと規制緩和

 オートノミーには、これまでほとんど認識されてこなかったもうひとつの側面がある。労働者自身の規律的役割からの自律化 autonomisation は、社会的な地殻変動を誘発して、資本主義による規制緩和を招くきっかけになったのである。サッチャーレーガン時代に世界的趨勢となった規制緩和は、労働者の労働の規律的秩序からの自律化に対する資本主義からの反応とみることができる。労働者は資本主義の規律からの自由を求め、そして資本は同じことを、しかし反対向きにやったのである。国家の規律からの自由は、やがて社会全体をおおう経済的独裁制になり果てた。労働者は工場労働という終身刑からの自由を求めたのであるが、規制緩和は、労働をフレックス化しフラクタル化することによって応えた。70年代のアウトノミア運動は危険なプロセスの引き金を引いたのだった。それは資本主義的な規律支配に対する社会的拒否にはじまり資本主義による復讐へと進化するプロセスであって、規制緩和という形をとり、企業の国家からの自由、社会保障の破壊、生産のダウンサイズと外部化、社会的支出の削減、課税の引下げ、そして終にフレックス化へと至ったのである。
 アウトノミア運動は、たしかに、組合と国家の規律両面からの圧力によって過去1世紀維持されてきた社会的な枠組みを不安定化させる引き金を引いた。それは、わたしたちのひどい過ちだったのだろうか? わたしたちはサボタージュや反体制、オートノミー、労働の拒否といった行動を、資本主義的な規制緩和を招いた元凶として悔い改めるべきなのだろうか?
 絶対にそんなことはない。
 アウトノミア運動は事実、資本主義の動きを先取りしていた。しかし規制緩和のプロセスは来るべき資本主義のポスト産業的発展に予め刻み込まれていたものであり、技術的再編成と生産のグローバル化の必然であった。
 労働の拒否と、工場の情報化、ダウンサイズ、仕事のアウトソース、労働のフレックス化のあいだには見逃せない関係がある。しかしこの関係は因果関係のつながりではなく、もっと複雑なものだ。規制緩和のプロセスは、資本主義企業体がグローバル化の爆発的展開を可能にした新技術開発のうちに織り込まれていたのである。
 似たようなことは、同時期にメディアの領域でも起こった。70年代の自由ラジオのことを考えよう。イタリアでは当時国家所有の独占体制 monopoly で、自由な放送は禁じられていたのだが、75〜76年にメディア活動家のグループがボローニャの「ラディオ・アリーチェ」のような小さな自由ラジオ局をつくりはじめた。伝統的左翼(イタリア共産党など)はこうしたメディア活動家を告発して、それが公共メディア・システムを弱体化させ私有(民間)メディアの扉を開くものとして危険性を警告した。今日、わたしたちは伝統的国家主義左翼の連中が正しかったというべきだろうか? わたしはそうは思わない。むしろかれらは当時から間違っていたと思う。というのも、国家所有の独占体制が終わることは不可避のことで、表現の自由の方が中央集権メディアよりましなのはたしかだったのだから。伝統的国家主義左翼は、ポスト産業への移行期における新しい技術と文化的情況のなかで先のない旧体制を必死で守ろうとする、敗北の宿命づけられた保守勢力だったのだ。  同じことはまたソビエト帝国といわゆる「現存社会主義 real socialism 」の終焉についてもいえるだろう。誰もが知っているように、ロシアの人々の生活は現在よりも20年前の方がよかったにちがいない。ロシア社会の偽りの民主化とは、いまのところほとんど社会保障の破壊でしかなく、苛烈な競争と暴力と経済腐敗という社会的悪夢の跋扈する情況である。しかし、社会主義体制の解体は不可避のことだったのだ。その秩序は欲望の社会的投資を阻害し、全体主義体制は文化的革新を妨害していたのだから。共産主義体制の解体は、集合的知性の社会的組成に、新たなグローバル・メディアによってつくられた想像力に、そして欲望の集合的投資のうちに予め埋め込まれていたのだった。だからこそ民主派のインテリや反体制の文化的勢力は、資本主義がパラダイスではないことを知りながらも社会主義体制との闘争に与したのである。いまや規制緩和は旧ソビエト社会を荒れまわしており、人々は搾取と窮乏と屈辱を、かつてないレベルで体験している。それでも、この移行は不可避だったのであり、一面においてはたしかに進歩的な変化だったといわなければならない。
 規制緩和とは、国家の規制からの市営企業の解放と公共支出や社会保障の削減といったことだけではなく、また労働のフレックス化をもたらすものでもある。労働のフレキシビリティの実態は、資本主義支配からの解放のまた別な側面である。労働の拒否と、それに引き続いたフレックス化のあいだの関係を過小評価してはならない。
 70年代のアウトノミア・プロレタリア運動の強力なアイデアのひとつに「不安定なのは良いことだ」というのがあった。労働の不安定性とは、生涯続く正規労働からのオートノミーの一形態である。70年代には多くの人々が、数ヶ月間働き、しばらく旅に出て、またしばらく仕事に戻るということをしたものだった。こういったことはほぼ完全雇用が達成されていた時代だから、また非-競争主義的で非-消費主義的な、平等主義的な文化のひろまっていた時代だから可能なことだった。この情況では、人々は資本のためにではなく自分自身のために働くことができたのだが、それが長くは続かないであろうこともまた明らかだった。そして80年代のネオリベ攻勢が、この力の均衡をひっくりかえそうというものだったのである。
 規制緩和と労働のフレックス化は、労働者のオートノミーの結果であり、そしてその転倒でもあったのだ。このことをよくわきまえておく必要がある。それは歴史的な理由のためだけではなく、労働が完全にフレキシブル化された今日わたしたちが何を為すべきかを理解するためには、いかにして資本主義が社会的欲望を横取りするのかを理解せねばならないのだ。


組換え資本*4と認知労働*5の同盟関係、その盛衰

 ここ数十年のあいだ、生産サイクルにおける主要部門の知性化と非物質化とともに、機械の情報化が労働のフレックス化にとって大きな役割を果した。新たな電子的諸技術と生産回路の情報化が導入されたことで、情報−生産の、脱領域的で脱地域的で脱個人的なグローバル・ネットワークをつくる道が開かれた。労働主体は、ますます情報-生産のグローバル・ネットワークに同一化されるようになってきたのである。
 産業労働者は工場における役割を拒否して資本主義支配からの自由を獲得してきた。しかしながら、この情況は、資本家を、労働集約性を低下させる技術への投資と、労働過程の技術的組成を変えることへと駆り立てたのである。組織化された産業労働者を排除して、もっともっとフレックスな労働の新体制をつくるために。
 労働の知性化と非物質化は、生産形態の社会的変化の一側面であって、惑星規模のグローバル化がその裏の顔である。非物質化とグローバル化は相互に補完的な両面なのだ。もちろんグローバル化には重い物質性もある、というのも工場労働自体は脱産業化の時代においても消えるわけではないのだから。だがそれは、労働力が買いたたけて、色々な規制のうるさくない、環境や社会的負荷を犠牲にしてくれるような地理的ゾーンへと移動するのだ。『労働者階級』誌の最終号(1967年)において、マリオ・トロンティは次のように指摘していた、「20世紀末まで残りの数十年間に最も重要な現象はグローバルな惑星的規模での労働者の組織化になるであろう」と。この洞察は生産の資本過程の分析に基づいたものではなく、労働の社会的組成変化の理解に基づいていた。グローバル化と情報化は西欧資本主義諸国における労働の拒否の結果として想定されていた事態だということができる。
 20世紀最後の四半世紀において目の当たりにしたことは、組換え資本と認知労働のある種の同盟関係だった。わたしが組換え recombinant と呼ぶのは、特定の産業分野との密接な結合をもたない資本が、ある所から別の場所へ、ある産業分野から他の分野へ、または経済的活動のある部門が他の部門へ…、といったように容易に転移するようなあり方のことだ。90年代の政治・文化において中心的な役割を果たした金融資本の動きは、まさに組換え recombinant だった。認知労働と金融資本の同盟関係は重要な文化的影響をもたらしたのである。それはいわば、労働と企業のイデオロギー的同一化ともいうべきものだ。労働者は自分自身を自己-起業家とみなすように仕向けられたのだが、それはドットコム時代には、まったくのウソというわけでもなかった。その時期には、認知労働者は知的な力(アイデアやプロジェクトやソリューションなど)を金融用語にいう資産 asset として投資するだけで、自分自身の企業をつくることができたのである。
  これ は ヘアート・ロフィンク*6が、その注目すべき著書『 Dark Fiber 』でドットコムマニアと呼んだ時期のことだった。ドットコムマニアとはなんだったのか? 90年代の金融投資サイクルにおける大衆的参加によって、認知生産者の自己組織化が端緒についたのである。認知労働者は自らの経験を、技能を、知識を、創造性を投資することによって、株式市場でビジネスを起こす資力を引き出すことができたのだ。数年間にわたって、起業家的形態は金融資本と高度な生産力を有する認知労働の出会う接点になっていた。
 リバタリアン的ないしリベラルなイデオロギーが90年代の(主にアメリカの)サイバー文化を支配し、市場を純粋な環境であるかのように理想化した。この環境では、適者生存のための闘争によって進化するという自然界よろしく、労働も必要な資力を見つけて自己価値化し企業になるというわけだ。ひとたびそのダイナミズムにのってしまえば、このネットワーク状の経済システムは、全員の利益を増やすよう最適化される。バーチャルな生産サイクルに入ってしまえば所有者と労働者のあいだの区別はほとんどなくなる。ケビン・ケリー*7のような作家によって理論化されたこのモデルは『ワイアード』誌上においてデジタル・リベラルな横柄で勝ち誇ったような世界観に転化したあげく、新世紀はじめの数年間で「ニューエコノミー」とドットコム世界の住人だった認知起業家の大部分といっしょに、文字どおり破産したのだった。そもそも完全な自由市場モデルなどは、理論的にも実践的にもまっかなウソだったからだ。そしてネオリベがずっと力を入れてきたのは、自由市場ではなく、実は独占体制 monopoly だったのだ。
 90年代の後半、ハイテク生産回路の内部において本当の階級闘争があったということがいえる。web*8になる、というのがこの闘争によって特徴付けられていたことだ。この闘争の結果は、いまのところはっきりとしないものだが、自由で自然な市場などというイデオロギーが失敗に終わったのはたしかだ。また市場というものが、アイデアやプロジェクトや生産性やサービス効用などが対等にぶつかりあう純粋環境として機能するといった観念も、ちょっと哀れなマイクロ株主の大群や自営の認知労働者に対して独占体がしかけた戦争の辛い現実によって崩壊した。
 生存闘争においても、最適の成功者が勝つわけではなく、銃を抜いたものが勝った──法的かつ倫理的な規範をまるっきり犯して暴力や略奪、計画的窃盗といった銃を引き抜いたものが。ブッシュ−ゲイツ同盟が市場の液状化を是認したが、この時点において、バーチャル階級の内部闘争の局面は終結したのだった。バーチャル階級の一部はテクノ軍産複合体の一員となり、その他大部分の大衆はこの大事業から追放され、あからさまなプロレタリア化の周縁に押しやられたのである。文化的次元においては、コグニタリアート*9 cognitariat の社会的意識を形成するための諸条件があらわれてきた。これこそが、この大惨事を解決するただ1つのカギであり、今後おそらく最も重要な現象となるであろう。
 ドットコムとは、生産的モデルと市場のためのトレーニング実験室だったのだが、最終的には市場は企業体に征服され窒息死させられ、自営起業家とベンチャーのマイクロ資本家たちの軍勢は略奪され解体させられた。こうして新局面を迎えたのである。ネット経済サイクルの新支配層は旧経済の支配層(ブッシュ一味や石油・軍需産業の代表たち)との同盟関係を結成しているが、この局面は、グローバル化のプロジェクトを阻止する予兆を示している。ネオリベはそれ自身の否定態を生み出したのだ。そしてもっとも熱心だったその支持者たちが、取り残された犠牲者となった。
 ドットコム崩壊に伴って、認知労働は自分自身を資本から引き離した。デジタル職人たちは、90年代には自ら自分自身を雇用する起業家であるかのようにみなしていたのだが、欺かれ、かすめ取られてきたという事実にゆっくりとだが気づきつつある。このことによって、認知労働者の新しい意識のための条件が生起するだろう。かれら自身が生産力をまるごと有しているのにもかかわらず、生産過程のなかで、ただ法律や財政を扱うのがうまいだけの少数の無知な投機家によりその成果をかすめ取られてきたことに気づくだろう。バーチャル階級の非生産的部門である法律家や会計士たちが、物理学者やエンジニア、化学者、文筆家やメディア技師たちによる認知剰余価値を横取りしているのだ。しかしかれらは、記号資本主義 semiocapitalism の法務・財務城塞から身を引き離して、社会やユーザーとの直接の関係を取り結ぶことができる。そしてこれが、認知労働者自身のオートノミーな自己組織化過程になるかもしれない。このプロセスは、メディア活動家の実践や移民労働連帯ネットワークの生成が示してきたように、既に進行中なのである。
 あらわれている問題を適切な用語で理解するためには、ドットコムの地獄から、労働と資本主義企業の融合などという幻想から、そして不景気と終わりなき戦争から抜け出さなければならない。一方では、資本蓄積や公共知性の私物化といった役立たずで強迫症的なシステム、旧産業経済の遺物があり、他方では、ますます社会の認知機能のなかに生産労働が埋め込まれるようになってきている。認知労働者は自らをコグニタリアートとみなしはじめ、知識や創造やケアや発明や教育のためのオートノミーな諸機関を、資本から独立に、形成しはじめているのだ。


フラクタル化、絶望そして自殺

 ネット経済において、フレックス化は労働のフラクタル化に進化した。フラクタル化とは、時間と活動の断片化を意味する。労働者とはもはや1人の人間としては存在しないのである。かれはただ、ネットワークの連続的な流れのなかにとけ込む記号組換え過程のミクロな断片の、相互に置換可能な生産単位でしかない。資本はもはや、長期間にわたって労働者の力能を搾取するために支払ったりはせず、労働者1人ひとりの経済的必要の全範囲をカバーする分の給与を支払いもしない。労働者は、ただ断片的な時間毎に頭脳処理できるという機械としかみなされず、時間性能比に対して支払われるだけである。労働時間はフラクタル化され、細胞 cell 化されている。時間細胞はネット上で売られており、会社は必要な数だけそれを買うことができる。
 携帯電話 cell phone は、フラクタル労働者と組換え資本の関係を規定するのに最適の道具だ。認知労働は時間の微視的断片の海であり、細胞化とは単一の半製品を構成するために断片的時間を再結合できるようにする技術である。携帯電話は、認知労働の組立てラインとみなすことができる。
 これが労働のフレックス化とフラクタル化の帰結だ。それはかつてオートノミーであり労働力の政治的権力だったのだが、いまや認知労働の方がグローバル・ネットワークの資本主義組織に全面的に依存するようになったわけだ。これが記号資本主義生成の中枢をなしている。かつて労働の拒否だったものは、全面的な感情への依存に、情報フローの思想になっている。そしてこうした事態の結果が、グローバル精神を直撃する一種の神経衰弱なのであり、これがいわゆるドットコム崩壊を誘発する。
 ドットコム崩壊と金融大衆資本主義の危機は、社会的欲望の経済的投資の虚脱 collapse の結果だったとみなすこともできる。虚脱という言葉を使うのは比喩ではなくて、西洋精神において進行中のことを臨床的に説明するためだ。心理−社会有機体の、現実の病理学的崩壊のことをいい表すために使うのである。経済的崩壊のはじめの兆候のあとに続いた時期、新世紀のはじめの数ヶ月にみられたのは、精神病理学的な現象であって、グローバル精神の虚脱症状だった。わたしは、現在の経済不況 depression は心理的抑鬱の副作用だとみている。長期間にわたる強烈な欲望の投資と労働における精神的かつ本能的なエネルギーの投資が、虚脱へと至る心理的環境をつくり、それはいまや経済的不況と軍事的攻撃性そして自殺傾向のうちに明白にあらわれているのである。
アテンション・エコノミー」が新世紀はじめの数年間に重要な話題になった。バーチャル労働者には、注意を払う attention ための時間の余裕がますます少なくなっている。どんどん増える知的作業に取り組むため、自分自身の生活に愛や優しさ好意などを注ぐ時間がないほどなのだ。かれらがバイアグラを手に取るのは性的準備のための時間がないからだ。細胞化は生活の占有のような情況をもたらした。その結果は社会関係の精神病理化である。その症候はかなり歴然としている。たとえば毎月何百万箱ものプロザックが売れていたり、若者のあいだで注意欠陥障害が多発していたり、学校の子どもたちにリタリンのような薬が流行していたり、パニックの多発が広がっていたりするのだから。
 新世紀はじめ数年間のシナリオは、まさしく精神病的行動の波に支配されているようだった。自殺現象も、イスラム狂信主義の殉死どころではなく拡散している。WTC/911以来、自殺はグローバルな政治情勢において決定的に政治的な行為となったのである。攻撃的自殺(自爆)を絶望と攻撃性の現象とだけみていてはいけない。それは終末の宣告とも理解されなければならないのだ。自殺の波は人類の時間が尽きたことを示唆するかのようだ。そして絶望することが、未来についてのごくふつうの考え方になった。
 だったらどうする?わたしも答えをもちあわせていない。 わたしたちにできることはみんな実 のところ既にやりはじめている。認知労働の自己組織化だけが、精神病的現在を超え行くただ1つの道だ。世界が理性によって統治されうるなどということをわたしは信じない。啓蒙のユートピアは失敗に終わったのだ。しかし、自己組織化した知識を下から流通させることによって、自律的かつ自立的な諸世界を無限に包含するような社会的枠組みを生成することができるのではないかと考えている。
 ネットワークを生成する過程はおそろしく複雑なもので、人間の理性にとって舵取り govern できるようなことではない。グローバル精神もまた複雑すぎて、下位セグメントのローカル精神にとって把握することは不可能だ。わたしたちは知ることができない、支配することもできない、グローバル精神の全力能を制御することもできないのだ。しかし、特定の社会的世界をつくる特定の singular プロセスをマスターすることなら、できるかも知れない。それが今日のオートノミーだ。(Multitudes WEB の英訳を定本とし、適宜 republicart.net のイタリア語原文(2003年 9月)を参照した。以下、注はすべて訳者による。)

*1:カタカナ表記は固有名詞を除いて基本的に英語読みとした。 autonomy という言葉についても、70年代のアウトノミア運動のことを指している場合にのみ固有名詞と判断し、一般的な意味の場合には単にオートノミーないし自律と訳した。

*2:あとに化学とのアナロジーがあるため composition を組成と訳した。この言葉には作曲という意味もあり、編成とも訳される arrangement が編曲という意味も持つことに留意されたい。

*3:精神分析用語にいう「備給」 investment 。頻出する金融用語と区別せず投資と訳した。

*4:recombinant を、遺伝子組換えのイメージを喚起するように訳した。

*5:cognitive を認知と訳したのも、認知科学 cognitive science の訳語にならった。認識 recognition という用語よりも前 - 意識的な生理的レベルの知能を意味する言葉である。

*6:Network Cultures 研究所所長、アムステルダム大学助教授。元非合法知識振興協会 ADILKNO メンバー。

*7:ロングナウ財団役員、元『ホールアース』『ワイアード』誌編集者。邦訳書に『「複雑系」を超えて』(アスキー

*8:原義はクモの巣。網状のネットワーク(インターネットそのもののアナロジー)。

*9:認知労働者階級、イタリア語読みコニタリアート。その階級的未来の展望については World-Information.Org によるインタビューも参照。