日常的抵抗論 第1章 異種混淆性とクレオール

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1.境界や起源に先行する異種混淆性

 序章で、近代システムに包摂された生活の場における日常的実践およびそれを支えている「共同体」を探るという本書のねらいのために、近代知と実践知、戦略と戦術(ド・セルトー)、栽培された思考と野生の思考(レヴィ=ストロース)、条里空間と平滑空間(ドゥルーズとガタリ)といった区別が重要となると述べた。その区別によって、まず、植民地で創りだされた文化や脱植民地化が進んだ現在もつづく植民地的状況(これをポストコロニアル状況とよんでいる)における文化を研究する文化人類学やポストコロニアル理論において議論されている文化の異種混淆性(ハイブリディティ)や流動性のとらえかたを明確にすることができる。
 1980年代のポストモダン人類学やポストコロニアル理論には、植民地状況およびポストコロニアル状況における「文化の異種混淆性」を肯定的に評価するという姿勢が顕著にみられる。日本でも90年代にそのような議論がさかんになってきた。日本で最初に明確にそれを打ちだしたのは、おそらく1991年に刊行された今福龍太氏の『クレオール主義』だろう*1。それらの「文化の異種混淆性」への肯定的評価は、それぞれの文化には変わらない核や本質があるという、従来の文化への見方に対する批判という意味があった。実際、従来の人類学者は、他民族の文化を研究するときに、それぞれの民族の文化は他の文化と明確に区別しうる境界をもつ「実体」(客観的な実在物)であって、その民族の変わらぬ「本質 essence」としての文化を実体的に把握することによってその人びとの本当の姿を客観的に知りうるし、表象しうるとするという立場をとり(そのような立場を民族誌的リアリズムとよぶ)、近隣の民族から移入された文化や、植民地化や近代化にともなって入ってきた近代文明や欧米の制度や事物は、研究対象とすべき不変の本質や深層ではなく汚染された表層にすぎないものとして、調査対象から除外する傾向があった。
 ポストモダン人類学やポストコロニアル理論は、そのような従来の文化のとらえかたを「本質主義essentialism」と名づけて批判し、自分たちの立場を反本質主義(あるいは構築主義)とした。文化の異種混淆性への注目とその肯定的評価は、たしかに本質主義に対する有力な批判となった。まず、その正当性と必要性を確認しておこう。
 第1に、あらゆる文化はつねに異種混淆的であり、ある文化の全体像など描けないと主張して、西洋の学者が非西洋の純粋な文化やその本質を客観的に記述しうるという立場を否定することの根底には、人類学が西洋近代の権力の知であったことへの自省があった。すなわち、文化の本質主義批判は、人類学が、他者について、かれらを一望できる高みの位置から、かれらに代わって表象し、かれらに固定的な同一性(アイデンティティ)を与え、西洋/非西洋を「文明/野蛮、自律的/他律的、普遍的価値としての近代/土地に縛られた特殊的価値としての非近代」と分割することによって非西洋の他者を支配してきたことへの自己批判だったのである。それは、つぎの章でふれるように、エドワード・サイードによる西洋のオリエンタリズム批判において出された論点でもあった。
 第2に、植民地で創りだされた異種混淆的な文化――たとえば、カリブ海地域の混成語であるクレオール語や、アフリカでアフリカ人自身が創ったキリスト教の独立教会(ヨーロッパ人によるキリスト教会から独立して創った教会)など――について、理性をもたないネイティヴたちが西洋近代をへたに模倣した「にせものの文化」であるとされたり――クレオール語ならば、できそこないのフランス語や崩れた英語とみなされたり、アフリカの独立教会のキリスト教は土着の異教的な迷信の入り込んだ間違ったキリスト教であるとされた――、あるいはその模倣が西洋による支配に合意している証拠だとされたりしてきたことに対し、異種混淆性の肯定的評価には、それを主体的な「文化の創造」ないしは支配者に対する「抵抗の文化」であると評価することで、従来、無視されてきた植民地のネイティヴの文化創造における主体性を回復するというもくろみがあった。
 第3に、あらゆる文化の異種混淆性を強調することには、民族(ネイション)の文化の純粋性や独自性ということに依拠しているナショナリズムの思考を批判できるという意義があった。つまり、異種混淆的な文化への注目は、ネイションの内部を均質化するとともに外部との差異を強調する文化的ナショナリズムを揺さぶるという効果があったというわけである。
 文化の異種混淆性への注目には、このような意義があったことを忘れるべきではない。けれども、人類学者が実際に「文化の異種混淆性」ということばを使うとき、それをこれまでの本質主義的な「文化」にかわる新しい研究対象として取りあげる延命策でしかないようにもみえる。ここで、反本質主義の議論において「異種混淆性」という語がどのように使われているのか具体例をあげてみよう。取りあげるのは、山下晋司氏が『観光人類学』のなかで、グローバル化による文化の異種混淆化について述べた1節である。

今日、文化はこうした新しい社会経済形態[「後期資本主義」において出現した脱工業化社会、多国籍企業、消費社会、情報化社会などを指す]が帰結するもの――グローバリゼーション、ボーダレス化、異種混淆化、断片化、脱地域化、商品化――と切り離して考えることはできない。……つまりこういうことだ。今日、世界のグローバル化とともに、社会の境界は薄れ、文化は社会の境界を越えて享受されている。今ではアマゾンの奥地でも人びとはTシャツを着て、コカ・コーラを飲み、マドンナを聴いていることだろう。[山下 1996:5]


 ここでは、文化の異種混淆化が、現代の(後期資本主義において出現した脱工業化された高度消費社会・情報社会における)文化のグローバル化、ボーダレス化、断片化、脱地域化[deterritorialization 脱領土化とも訳される]、商品化とおなじプロセスとしてとらえられている。これは、ある意味では、近年のグローバル化にともなって社会の境界を越えていく文化の異種混淆化についての常識的な説明といえるだろう。しかし、常識的な説明にはたいてい問題があるように、この用法にも山下氏にはもうしわけないけれども、問題がある。まず、この説明だと、近年の後期資本主義段階のグローバリゼーションやボーダレス化によって、「アマゾンの奥地でも人びとはTシャツを着て、コカ・コーラを飲み、マドンナを聴いている」という文化の異種混淆化が生じたように読めてしまい、それ以前にはアマゾンの奥地の人びとは異種混淆性のない純粋な文化を維持していたということになる。これは、山下氏がしりぞけたはずの文化の本質主義的な見方にほかならない。
 それと、グローバル化が後期資本主義段階にはじまったというように述べているのにも問題がある。たしかに、国民国家というシステムのゆらぎやグローバルな資本の新たなフレキシビリティを指す政治学・経済学的な用語としてグローバル化をとらえる場合は、後期資本主義段階に焦点をあてることは不当なことではない。しかし、文化のグローバル化を人類学的にとらえる場合、メディアのボーダレス化やマクドナルド化といった後期資本主義段階の文化のグローバリゼーションのみに焦点をあてることはある種の隠蔽に手を貸してしまうことになる。グローバル化とは「世界の一体化」ということであり、それは、ウォーラーステインのいう「近代世界システムの成立」によってはじまっている。つまり、それは16世紀に始まっており、それを端的に示すのが大西洋奴隷貿易である。大西洋奴隷貿易とは、ヨーロッパの製造品(綿製品、真鍮の腕輪などの金属製品、ジンなどの酒類、鉄砲など)を積んだ船がアフリカ西海岸でそれらを奴隷と交換し、奴隷を積んだ船はヨーロッパ諸国の植民地となっていた西インド諸島やアメリカ大陸へわたり、プランテーションで奴隷たちの労働によって生産された砂糖や綿花やタバコ、コーヒーなどを、移送してきた奴隷との交易で手に入れ、それらの商品を積んで、西ヨーロッパの母港にもどるという貿易を指している。この大西洋奴隷貿易は、産業革命以前のヨーロッパが独占できた唯一の世界貿易であった(インド洋貿易はイスラム商人たちににぎられ、東アジア貿易は中国を中心とする交易ネットワークがつくられており、ヨーロッパ諸国の商人たちが入る余地はわずかだった)。奴隷貿易による利益が西ヨーロッパにおける産業革命を用意したともいわれており、反対に、多くの労働力を奪われたアフリカはそれ以降マイナス方向への発展をしいられることになった。つまり、グローバル化を近年の新しい現象とする欧米の言説は、植民地化と同時にはじまっていた西洋を中心とする「世界の一体化」(グローバル化)を隠蔽することになる。それは、植民地にされた非ヨーロッパの「低開発への発展 the development of underdevelopment」を見えないものにしてしまう近代化論の特徴に通じているのである(そのような近代化論に対する批判の代表的なものが、アンドレ・フランクらが提唱した「従属理論」であり、それを継承したウォーラーステインの「世界システム論」である)。
 また、「アマゾンの奥地でも人びとはTシャツを着て、コカ・コーラを飲み、マドンナを聴いている」という現状――これは従来、文化帝国主義による文化の「均質化」と呼ばれていたものだが――を、文化の脱領土化や異種混淆化として肯定し、そこに新しい文化の創造をみいだそうという山下氏の立場は、過去の植民地化や現代の資本主義システムによるグローバル化に対する批判というものを欠いてしまっている。つまり、このような文化の異種混淆性の無批判的な礼賛に対しては、それが、植民地化による土着文化の破壊や、資本主義化にともなう文化の商品化(その土地や文化的文脈から離れて交換されるモノとなるという「脱領土化」と「断片化」が商品というものの特徴である)といった、支配する側による暴力的な「脱領土化」を肯定し、植民地化による資本主義への包摂グローバル化の礼賛につながってしまうという批判がなされなければならないだろう。
 ところで、文化の異種混淆性ということばは、ほかにもいろいろな使われかたをしている。ここでは、古谷嘉章氏が異種混淆性という語のいくつかの用法をあげて説明している文章を引用して、それらの用法をみてみよう。

 「異種混淆性(hybridity)」という概念は、本書における重要な鍵概念である。しかし、この言葉は非常に誤解を招きやすい。それは、この用語が重層的に決定されているからである。第1に、「混血性」という生物学的概念を意味し、「純血性」との対比で、「純血種」が混ざり合った状態を指して使われている。そして、文化に就いて比喩的に使用されるときにも、しばしば生物学的コノテーションがつきまとう。しかし、文化は豹とライオンが混血するようには混血したりはしない。この語が複数の「純血種」のあいだの「雑種」という意味で使い続けられている事実に対しては、充分な注意を払うつもりである。しかし、本書における分析概念としての「異種混淆性」は、そのような「混血種・雑種」という意味ではないことを明確にしておきたい。
 第2に、すべての文化現象は、もともと異種混淆的なのだという用法がある。この用法は、異種混淆性を均質性に対置するもので、異種混淆的な現実に対して抑圧的にはたらく「均質な国民文化」のイデオロギー性を批判する文脈で頻繁に見られる。第3に、特に(ブラジルをはじめとするラテンアメリカの)ナショナリズムの文脈で、異種混淆性という言葉が肯定的に使われる。すべてが融合しているがゆえに差別もないというのが、そこで意図されているイメージである。ここでは、異種混淆性に対置されているのは、純粋性である。第4に、グローバリゼーションの下で世界的規模でのモノ、人、思想などの加速度的で大規模な移動がもたらしている状況を指して、異種混淆という言葉が使われる。本来の場所を離れて場違いな所にあるというイメージであり、それに対置されるのは、諸文化がそれぞれのテリトリーに収納されている安定した状態である。[古谷 2001:13-14]


 ここで、古谷氏があげている第1の用法は、純血種が混血しあうという生物学的コノテーションをもつ用法で、文化に対して用いることには古谷氏がいうように問題がある。第2の用法は、「均質な国民文化」といった言説、すなわち異種混淆的な現実に対して抑圧的にはたらく文化の均質性の言説に対置される用法で、すべての文化はもともと異種混淆的だとする言説である。この用法における異種混淆性への注目は、すでに述べたように、「均質な国民文化」といった近代的思考やナショナリズムに対するアンチテーゼとしての意味をもつようにみえる。けれども、古谷氏のあげる第3の用法にみられるように、異種混淆性は、逆にナショナリズムによって「均質な国民文化」を本質化するためにも用いられる。そこでは、異種混淆性は、国民のあいだの差異や亀裂を消して国民の一体化を実現させるための「異なるものの融合」という意味で用いられている。それは、古谷氏がいうように、典型的にはジャマイカやキューバやブラジルのナショナリストたちが、歴史的に創られたクレオール性を歴史的コンテクストから切り離して本質化して、異種混淆性をナショナルな領土へ「再領土化(reterritorialization)」する際の言説にみられるが、このような用法は何も国民文化の均質性をクレオール文化に求めざるをえないラテンアメリカ諸国だけではなく、さまざまな外来文化を吸収して自分のものとしている異種混淆的な日本文化を礼賛する日本のナショナリズムによっても用いられているように、単一文化を唱えている国民国家においてもみられる用法である。これは、たんなる異種混淆性やクレオール性の礼賛が、ナショナリズムに対するアンチテーゼになるとは限らないということを示しているといえよう。
 第4の用法は、先にあげた山下氏の文章のように、グローバル化による商品の流通(モノだけでなく人も思想も商品化されて流通する)が生みだす異種混淆性で、「脱領土化」を強調する異種混淆性の典型である。
 そして、古谷氏自身は、メキシコの文化人類学者ネストール・ガルシア=カンクリーニの『異種混淆の文化』[García Canclini 1995]での用法を踏襲すると述べて、それを、「『近代/伝統』、また『高尚な文化/大衆文化/民衆文化』といった、相互に排他的で対立し序列化された近代的な分類が捕捉できないがゆえに否認してきた現実を指す」ものであり、「いいかえれば、近代の言説が前提とするさまざまな恣意的な区分を問題含みとするような境界横断的な現象を指して『異種混淆性』の語を用いる」と説明している。つまり、「脱領土化」による異種混淆性という観点を近代的思考としての本質主義批判に用いるというわけである。それに対置されるのは、「異種混淆的な現実に対して抑圧的にはたらく『均質な国民文化』」というナショナリズムの言説であり、「諸文化がそれぞれのテリトリーに収納されている安定した状態にある」という言説であると古谷氏は述べている。
 しかし、資本主義による「脱領土化」は、モノ・人・情報の「商品化」のことにほかならず、近代を構成するもうひとつの軸である。その脱領土化への注目は、はたして「近代の言説が前提とするさまざまな恣意的な区分を問題含みとするような」異種混淆性への注目となるのだろうか。もっとも古谷氏も、「近年インディオが展開してきた抵抗の実践が…一方ではある種のポストモダニズムの視点から『本質主義』として葬り去られ、他方で、『異種混淆性の無批判的賛美』に回収されてしまう危険に直面している」[古谷 2001:19]と述べて、たんに異種混淆性や脱領土化を肯定的に評価するだけではすまないことを示唆している。そこから出される問いは、人と人との関係性を切断し断片化していく植民地化や資本主義化やグローバル化などの「脱領土化」に抵抗し馴化することが、民族やエスニシティといったカテゴリーの本質化や同質化(これには「他者の排除」がともなう)につながらないような道は可能か、という問いであろう。
 また、文化のグローバル化や脱領土化や断片化は、現在、世界各地でナショナル・アイデンティティの危機や不安を生じさせ、ナショナリズムや民族文化の復興運動や反グローバリゼーションの運動をうながしている。それらは、グローバル化による国民国家の揺らぎに対する反動のようにとらえられてもいるが、それだけでは反グローバリゼーションの運動が多くの人びとの不安にささえられていることを説明できない。問題は、資本主義的なグローバル化における「脱領土化」に反対する運動がナショナリズムに回収されているということにある。したがって、先の問いはつぎのように言いかえられる。すなわち、文化の異種混淆性を評価するときに、植民地化やグローバル化における「脱領土化」による異種混淆性の無批判的な賛美にならず、また、そのような「脱領土化」への正当な抵抗がナショナルな思考やエスニックなものの本質化に回収されることにもならずに、しかも抵抗や文化創造の場となる人と人との社会的な結びつきを否定してしまうこともない、異種混淆性の評価のしかたはどのようなものなのか、という問いである。
 この問いへの答えは、本書の全体で探っていくことになるが、すこし議論を先取りしていえば、ポイントは、文化の異種混淆性についての従来の説明が見落としていることにかかわっている。まず、本書のねらいにそくしていえば、山下氏の説明(古谷氏のいう第4の用法)の最も大きな問題点は、「カテゴリーの境界や起源に先行する異種混淆性」ということを考慮していないことにある。この「境界や起源に先行する異種混淆性」という表現は、矛盾したものに聞こえるだろうけれども、そのような流動的な差異の連続体こそ、ドゥルーズとガタリのいう微細な差異による多様体に対応する「平滑空間」における異種混淆性を意味している。重要なことは、そのような異種混淆性や雑種性ということを、「条里空間」における文化の境界や純粋な起源を参照せずにとらえることである。というのも、周縁化された人びとが「生き抜く」ためのさまざまな手を打つうえでの条件となる、共同体的な人と人との絆(連帯)と文化の多元性や多様性とをともに否定することなく、しかも民族といったカテゴリーの本質化や同質化につながらないような共同体のありかたを考えるためには、生活の場の「境界や起源に先行する異種混淆性」を考慮する必要があるからである。
 そして、古谷氏の説明に欠けているものは、「脱領土化」された文化をいかに(あるいはどのような場に)「再領土化」するかという問題である。先に述べた文化人類学やポストコロニアル理論やカルチュラル・スタディーズが現在直面しているジレンマを解消するには、人と人との顔の見える関係やそれにもとづく共同性を断ち切っていくような脱領土化による異種混淆性――すなわち、商品化のように、境界や起源を前提とした異種混淆性*2――と、そのような共同性を生み出す錯綜した関係の多元性による異種混淆性――境界や起源に先行する異種混淆性――との区別が重要となる。そして、その区別は、いいかえれば、共同体というものを異質な他者や異種混淆性の排除によってなりたつものとみる見方とは別の見方、あるいは他者や異質性を排除してなりたつ共同体(ネイションやエスニシティがその典型である)とは別の共同体のありかたを見つけることにもなる。そして、境界や起源を前提とした文化の商品化――それはたしかに世界中を覆い尽くしている――をそのような別の共同体へと「再領土化」していく日常的実践こそ、ローカルな生活世界に注目する文化人類学の対象となるものである。

 そのような2つのタイプの「異種混淆性」の区別とはどのようなものなのかについてイメージしてもらうために、古谷氏が従っていると述べていたガルシア=カンクリーニによる、メキシコの国境の町ティファナに見られる文化の異種混淆性についての説明を簡単に紹介しておこう。ティファナの町には、火山、サボテン、アステカ風図像、ロバをペイントしたシマウマなど、メキシコ的なもの、エキゾチックなものを表すキッチュな(まがい物的な)模像が並んでいるという。これは町のディズニーランド化ともいえるかもしれない。地理学者のエドワード・レルフは、『場所の現象学』[レルフ 1999]のなかで、現代において「場所」を直接に経験できなくなったということを「没場所性」とよび、その典型として風景の「ディズニー化」を挙げている。レルフによれば、「ディズニー化」とは、その場所、その土地と無関係な「模像」の組合せからなる都市の景観を指している。つまり、風景の「脱領土化」である。風景のディズニー化の特徴は、ディズニーランドにあるエキゾチックな異文化――カリブの海賊やジャングルや野獣など――が風景のなかの安全な作り物であり、見物客との危険な接触が排除されているように、飼いならすことのできない異質性や他者性を排除している点にあるといえよう。
 このディズニー化は、シヴェルブシュがいっていた「風景のパノラマ化」ともいいかえられよう。パノラマとは、18世紀のイギリスで生まれ、19世紀に流行した見世物で、円形ホールの建物内部の壁面に、たとえば〈ワーテルローの戦い〉といった戦争画などを写実的に描いたキャンパスを並べたものである。見物客は建物のなかを外界との位置関係がわからなくなるほど薄暗い廊下や階段を歩かされたあと、観覧台に上る。観覧台には手すりが設けられて画面に近づけないようになっていて、観覧台からは、上端と下端が隠された360度の絵が展望でき、奥行きを強調した絵は現実と区別がつかないような感覚を与えたという。そして、パノラマ的にものを見る目は、多くの人たちが指摘しているように、交通機関の車窓からの風景を見る目だけでなく、都市におけるデパートの商品の群れや、往来する人びとを見る目にもなっている。そして、「知覚される対象ともはや同一空間に属していない」という特徴をもつ「パノラマ的なまなざし」は、オリエンタリズム植民地主義のまなざしと同質のものである。エドワード・W・サイードが『オリエンタリズム』[サイード 1993]において批判した近代西洋の他者表象としてのオリエンタリズムは、身体的相互関係から身を引き離して全体的な眺望を可能にする超越的な立場を「見る人」に与えることでなりたっていた。つまり、オリエンタリズムとは、自分が対象である他者(東洋人)とともにそこに含まれていた「前景」を消去して、オリエントをパノラマ的に見ることなのだ。それは、「見る人」であるオリエンタリストがその周囲の人と人とのつながりから身を引き離し、それら周囲に左右されない自律した主体であることを意味する。そして、この「周囲の環境から身を引き離して自立することで、その環境を操作できる主体となる」というフィクションこそ、近代における啓蒙主義的主体を創りだすものなのである。
 ティファナの町の「模像」も、たしかに土地とは関係ないキッチュな模像の組合せからなっているという点では、レルフのいうディズニー化の定義に当てはまるようにみえる(ロバをペイントしてシマウマにすることをディズニーランドとおなじといえばディズニーランドが怒るだろうが)。けれども、ガルシア=カンクリーニは、実は、このまがいものの模像が並ぶティファナの風景を、たんなる脱領土化によるものとは呼んではおらず、脱領土化と再領土化というひとつのプロセスが創りだしたものとしてあげているのである。ガルシア=カンクリーニによれば、これらの模像を、ティファナの住民たちは、自分たちのアイデンティティや観光客とのコミュニケーションの資源にしているという。つまり、ティファナの住民たちは、それらの模像の並ぶ風景を、「前景を消去した風景」として――すなわち、脱領土化した文化として眺めているのではもちろんなく、自分たちの生活の場であると同時に、他者である観光客とともにあって相互交流する空間(すなわち「前景」)としているのである。それは、異質性や他者性や歴史的固有性を消し去ることで、風景を自分たちの生活の外にあるものとする「ディズニー化」、すなわち前景を消去した商品化による異種混淆性とは違っている。ティファナという国境の街における「異種混淆の文化」の創造には、文化の「脱領土化」だけではなく、自分たちの生活の場への「再領土化」がともなっているのである。
 重要なのは、その「再領土化」をどのようなレベルで行なっているのか、ということなのである。つまり、再領土化といっても、大きな物語によって均質空間として想像された「ネイション」へと再領土化する場合と、人と人との直接的な関係性――隣接性による関係――を延長するようなかたちで想像されたローカルな「生活の場」において再領土化する場合とでは、大きな違いがある(この「想像のスタイル」の違いは、ベネディクト・アンダーソンが「想像の共同体」を分けるときに用いた区別であるが、それついては、次章で説明しよう)。脱領土化されたものの「生活の場」への再領土化は、ティファナの住民たちがそうであったように、他者である観光客との〈顔〉のみえる関係性をつくるためにそれらを用いることを意味しているのに対して、そのような関係性から切り離された「空虚な均質空間」への再領土化は、その関係性における特異性を否定してしまい、〈顔〉をみえないようにしてしまうものなのである。


2.クレオールと共同体

 この章の最後に、文化の異種混淆性や脱領土化の典型例として言及されることの多いクレオール文化を例にして、その文化の創造を、抑圧され周縁化されている人びとが〈いま-ここ〉の生活の場において行なっている、「生き抜く」――これは抑圧された状況のなかでも「楽しみ」の場をつくりだすという意味で「息抜く」ということでもある――ための実践としてとらえることが重要であること、そして、その創造を脱領土化された事物や文化を、生活の場における〈顔〉のある関係性とその延長による共同体のなかで再領土化していく実践としてみることが大事だということを、脱領土化という側面のみを評価している言説を批判することで、強調しておこうと思う。
 クレオールという語はフランス語だが、もともとはスペイン語ないしポルトガル語のクリオーリョから来ている言葉で、語根は「育てる」とか「誕生する」ということを意味するラテン語の creare から派生して、もともと、古い外来のものがある土地に土着して新しく生まれたものを意味していたようだ。けれども、クレオールという語は多義的な意味をもっている。まず、クレオールという単語は、アメリカにおける「植民地生まれの白人」という意味で用いられ、ヨーロッパからの植民者(移民)の子孫である白人を、ヨーロッパの本国にいる白人たちと区別するための言葉として使われたのであり、差別的に使われた言葉だった。それら植民地生まれのヨーロッパ系移民の子孫たちは、ヨーロッパにいる人びとからはまっとうな白人でないもの、「白いニグロ」として軽蔑されていた。また、植民地のプランテーションで生まれたアフリカ系奴隷もクレオールとよばれた。そして、それが、カリブ海地域の植民地のプランテーション(フランスの植民地ではアビタシオン)で白人植民者の言語(英語やフランス語)をもとにして創られ、黒人奴隷の子孫の間で母語となった混成言語(クレオール語)を指す術語として使われるようになる。つまり、最初は、白人であっても白人でない者、フランス語や英語をもとにしているが崩れた「出来損ない」のフランス語や英語という否定的な意味をもっていた語だった。
 その後、1989年に刊行された、カリブ海地域のフランス植民地であったマルチニック(現在は海外県)出身の文学者パトリック・シャモワゾーやラファエル・コンフィアンらによる『クレオール性礼讚』[ベルナベ/シャモワゾー/コンフィアン 1997]によって、クレオールという語が否定的ではなく、肯定的な意味で使われるようになる。つまり、カリブ海地域の黒人や混血の人びとの複数的なアイデンティティを表す語となり、さらには他の植民地やアジアにも見られる混成文化(文化の異種混淆性)一般を指す肯定的な言葉として使われるようになってきたのである。つまり、ここにきてクレオール性は、文化の異種混淆性や脱領土化のありかたとして賛美されるようになったのである。
 土屋恵一郎氏は『正義論/自由論』[土屋 1996]のなかで、クレオール性を、単一の共同体に縛られたアイデンティティから解放するものとして賛美している。土屋氏は、ジョン・ロールズのいう「無知のヴェール」――公共空間において議論するときに、自分が「何者か」というアイデンティティやポジションについて無知の状態で参加することが公正さの普遍性を保証するという、リベラリズムを正当化するための虚構――を、文化的アイデンティティを暴力的に奪われたクレオールという歴史的現実に結びつけている。土屋氏は、今福龍太氏の『クレオール主義』[今福 1994]の議論を引きながら、「無知のヴェール」によって「自分のアイデンティティに判断停止をかけることで、平等な自由への権利を創出」するようなリベラリズムが、「どこにも所属することなく、境界線に立った者の政治哲学」としてのクレオール主義と共通すると述べているのである。
 ここで前提とされているのは、やはり共同体の内部の人びとか単一のアイデンティティに縛られており、慣習の虜となっているという、サイードがいう意味でのオリエンタリスト的な見方である。そのような「共同体」の見方は、近代の市民社会と対比された伝統的な共同体として「発明」されたものにほかならない。もちろん、土屋氏が擁護しようとしているリベラリズムと対立する「共同体主義」がよっているのもそのような発明=捏造された共同体のイメージであるから、共同体主義への批判だけで終わるならば、まだ問題はすくなかったかもしれないが、混合し混血することを賛美するために、そのように捏造された「共同体」の外にでて自由になるためにクレオール主義を評価することに含まれている、歴史的現実としてのクレオール性を生み出した雑種的な共同体を不当に忘却させることになるという問題点は見過ごすことはできない。つまり、土屋氏の議論は、クレオール性を生み出したカリブのアビタシオン(プランテーション)のなかの〈顔〉のある関係性の連鎖からなる共同体を不当にも無視することになるのである。
 クレオール性とは、人びとが「脱領土化」された自由な空間で、そこではじめて可能になった異種混淆を行なって生みだしたのではなく、文化的根源を奪われた人びとが、「生き抜く=息抜く」という目的のために、アビタシオンという生活の場において雑種的な共同体を再構築しながら、アフリカの母語や文化と、白人支配者のヨーロッパの言語や文化、そして、かすかにことばだけを残して絶滅したカリブの原住民の言語や文化など、その場で手に入るものをなんとかつなぎ合わせて生みだしたものなのである。

 クレオール語を例にして説明してみよう。社会言語学でいうクレオール語とはピジン語が母語となったものを指す。ピジンとは、田中克彦氏の『クレオール語と日本語』での言い方を借りれば、「たがいに相手のことばをまったく知らない――いいかえれば体系的に外国語を学んだことのない――話し手が、何とかその場をやりくりしているうちに出てくるやりくりことば」[田中 1999:21]である。たいていのピジン語は、たとえば日本で、第二次大戦後のアメリカ占領期に基地のまわりで占領軍人を相手に売春をしていた女性たちのあいだで話されていた、「ミーは、ウォント・マニーよ」といったことばのように、クレオール語にはならない。アフリカからカリブやアメリカ大陸に連れてこられた黒人奴隷は、おなじプランテーションに異なる地域出身の奴隷たちと一緒にされることが多かったため、母語をコミュニケーションの手段として使えない状況におかれた。まず、白人の所有者と奴隷の間に仕事の指示や命令やそれに対する返事や報告を伝達するために、白人所有者のことばを元にしたピジン語が生まれる。それは、仕事に関することだけが伝わればよい単純化された言語だが、異なる母語をもつ奴隷たちのあいだでのコミュニケーションための共通語にもなっていく。けれども、この段階では、奴隷たちにとってもそれは母語ではない。
 しかし、奴隷たちが家庭をもち子どもたちが生まれると、そこに一種の「奇蹟」ともいうべきピジンからクレオールへの飛躍がおこる。その家庭での使用言語はやはりピジンであるが、そこで生まれた子どもたちにとってそれは母語となるのである。そして、母語となると、その言語はたんなる仕事上の伝達手段にとどまらず、家族や仲間の共同体のあいだで豊かな感情や複雑な思考を表現するものへと変容していく。重要なことは、クレオール語の生成が、人と人とのあいだの身体的な相互性のある関係性のなかで、まさにそのような関係性において生ずる自分の感情を表すものとして創りだされるということなのである。いいかえれば、クレオール性やクレオール文化の中心ともいうべきクレオール語の生成という奇蹟は、「脱領土化」された抽象的で空虚な空間において起きたのではなく、家族や仲間たちとの間の〈顔〉のあるつながりをつむぎ出す日常的な生活のなかで、すなわち人びとの「共同体」のなかに「再領土化」されることではじめて起こったものなのである。それを、「混合せよ、混血せよ」というメッセージをもつ脱共同体論や、リベラリズムと親和的な脱領土化された自由な空間における異種混淆性として評価することは、クレオール性を、西欧の普遍的価値を豊かにするアクセサリーとして横領することでしかないだろう。

 ポストモダニズムによる「脱領土化」や「異種混淆性」の称揚の基盤には、土地に縛られた閉鎖的な「共同体」という抑圧的なイメージへの嫌悪があるように思われる。そして、そのイメージの対極にあるのが、開かれた「社会(society)」としての市民社会や公共圏だろう。けれども、そのような共同体のイメージは、19世紀の社会学がオリエンタリズムにおける視線と同質の視線を、「失われたもの」としての村落共同体や民衆の共同体へとノスタルジックに投げかけて、創りあげたものである。19世紀から20世紀前半までは、その共同体/社会の二元論は人びとの社会的絆を切断していく資本主義的な市民社会への批判として用いられていたが、現在では「国民共同体」のように、個の多様性を抑圧するような閉じたものとしてマイナスのイメージで語られるようになってきた。
 けれども、共同体の解体を自由への進展だとする場合でも、あるいは共同体を復興すべきだとする場合でも、「共同体」というものが、自分たちのいる市民社会や都市から切り離され「他者化」されていることに変わりがない。そして、それは、すべてを断片化し平準化し商品化していくグローバリゼーションに抵抗するための唯一の基盤として言及される場合でもおなじである。ネオ・ナショナリズムが復興しようとしている「国民共同体」であろうと、多文化主義的な共同体主義が保守しようとしているより小さな共同体であろうと、ネイションのような「均質で閉じた空間」としてイメージされているのである。
 つまり、ポストモダニズムもリベラリズム共同体主義も、共同体に関して、「失われたもの」として創られたイメージにもとづいて議論している。それらの議論がおちいっているアポリアを避けるためにも、共同体のイメージを規定している近代の共同体/市民社会の二元論から離れて、人びとが実際に生活の場でつくりあげている、隣接性による社会的絆や共同体を見ていく必要があるだろう。そのことは、文化人類学のメリットとは、それら社会科学での議論が軽視してきた〈いま-ここ〉の関係の直接性を起点としている学問だということにあるというアピールにもつながっている。
 そして、それは、本書で扱うことになる本質主義/反本質主義/反・反本質主義の対立にも関連している。つまり、本書で明らかにしたいことのひとつは、文化人類学やポストコロニアル理論だけでなく、カルチュラル・スタディーズやフェミニズムやゲイ/レズビアン・スタディーズなど、周縁的ないし従属的な位置におかれている人びとの「抵抗の文化」を研究している学問分野における議論を規定してきた反本質主義(構築主義)と反・反本質主義(戦略的本質主義)の対立の図式から離れる必要があるということである。そこから離れることが必要であるというのは、その図式に縛られてきた議論が、従属的な位置におかれている人びとの、〈いま-ここ〉の生活のなかで自己をとりまく関係性を肯定しながら「生き抜く」ための――その意味でラディカルな――変革の実践を否認してしまっていると考えるからである。

 文化の本質主義とは、従来の文化や民族的アイデンティティ(日本人とかアイヌ人といったアイデンティティ)のとらえ方を批判しようとした人びとが、その批判すべき対象である「従来の文化のとらえ方」を名づけるために創った用語だった。では、その乗り越えられるべきとされた文化の本質主義とはどのようなものかというと、「黒人」や「日本人」「アイヌ人」や「下層階級」といった人種や民族や階級などのカテゴリーと、その人びとのもつ文化とが自然な結びつきをもっていて、それは容易に変化しがたい本質をなしており、そこに帰属する人々の行動や思考がその文化によって一様に規定されているととらえる見方を指している。たとえば、日本人という民族はその固有の「日本文化」というものをもっており、それゆえに日本人はおなじような行動様式を共有していて、それは他の民族がもっている文化や行動様式とは異なっているととらえるものである。いいかえれば、「日本人」や「日本文化」というカテゴリーがその外部――たとえば中国人やフランス人というカテゴリー――と重複もあいまいさもない明確な境界で区切られていて、そのカテゴリーの内部は同質であるととらえることを意味している。たしかに、このような文化的本質主義は、ある民族の文化の本質を把握することによってその人々の本当の姿を客観的に知りうるし、表象しうるとするという、近代の人類学の民族誌的リアリズムを支えるものでもあった。
 いっぽう、そのような文化のとらえかたを批判する反本質主義(anti-essentialism)ないし構築主義(constructionism)は、アフリカ系アメリカ人や日本人やアイヌ人などの、人種や民族による人間集団のカテゴリーやアイデンティティは、歴史的・社会的に構築されたもので、変更可能なものであり、外部との明確な境界もなく、内部で共有されている本質などもないという立場をとる。このような反本質主義としての構築主義には、被抑圧者に押しつけられた周縁化されたカテゴリーを創られた虚構であるとし、その抑圧的な枠組みを解体しようという意図があったといえよう。
 ところが、そのような周縁化されたカテゴリーを押しつけられた「黒人」や「同性愛者」や「女性」が自分たちを解放する運動において、同性愛者や黒人や女性というアイデンティティは自然で本来的なアイデンティティであり、それは変えることのできない「本質」であると主張するということがしばしばみられる。つまり、それらの解放運動は、「黒人である」とか「同性愛者である」とか「女性である」ということを、白人や男性や異性愛者から何かをマイナスした「欠如態」ととらえるのではなく、生来的で正常なアイデンティティであると主張し、それを肯定的なものに転換することによって、欠如態という否定的な表象を押しつけられる差別からの解放を意図している。そして、そのようなアイデンティティの本来性の主張は、そのカテゴリーに属する人びとのあいだに「仲間」としての連帯感を創りだすためにも必要とされる。しかし、そのような主張は、否定的なアイデンティティを肯定的なものに転換していても、それらのカテゴリーやアイデンティティを明確な境界や変わらぬ本質をもつものとする点で、本質主義的な言説である。したがって、黒人や同性愛者や女性というカテゴリーそのものが歴史的・社会的に構築されたものと主張する構築主義は、それらの運動が拠ってたつ肯定的なアイデンティティの基盤を解体してしまうものであり、それらの運動を阻害するものになってしまうわけである。
 文化人類学でも、反本質主義(構築主義)が植民地主義や外部からの変化に対するネイティヴの抵抗の根拠となってきた「固有文化の保持・復権」という観念を否定してしまうという批判がでてきている。たとえば、アイヌ人などの先住民の住む地域での国家の推し進める開発プロジェクトに対して、先住民を「自然と調和して生きる伝統をもつ人びと」であり、そこの森は「先祖代々の聖地」だと主張しながら反対運動をする先住民やNGOに対して、そのような伝統が創られたものであることを指摘する人類学者の反本質主義(構築主義)的な言説は、反対運動の根拠を奪ってしまうことにもなる。
 また、在日コリアンが現にコリアンであるという理由で差別されている状況にあって、コリアンであること、その民族文化や民族性に誇りをもちながら日本社会における差別に対抗していこうとしているとき、差別されていない側にいるマジョリティの日本人が、「差別には反対するが、それはおなじ人間が差別されているからであって、民族文化や民族アイデンティティという創られた虚構にこだわるべきではない」とか「僕は日本人とかコリアンとか問題にしていない、個人として扱う」などということは(これはリベラリズムの立場といえるが)、マイノリティの対抗運動を否定してしまうだけではなく、たとえばコリアンか日本人かということを現実に問われているのはつねにマイノリティの側であって、普遍的価値を僭称しているマジョリティの側は(ヨーロッパにでも行って自分がマイノリティの側に立たされることがないかぎり)民族性について審問されることがないという、権力的な非対称性を隠蔽してしまっている。
 そこで、反本質主義が抵抗や連帯のためのアイデンティティをも否定してしまうことや、どのような政治的ポジションにいる人びとのアイデンティティなのかを考慮しないでアイデンティティの解体(脱構築)を主張することを批判し、マイノリティへの差別に反対するなどの限定された特定の政治的目的のために本質主義的立場をとるという戦略的本質主義(strategic essentialism)や反・反本質主義(anti-anti- essentialism)が登場してくる。しかし、部分的に限定されたものであっても、カテゴリーの本質化は、その内部に含まれる異種混淆的なものや境界的なものの排除や抑圧につながる危険はもちろん残っている。
 また、戦略的本質主義には、たとえば、非西洋におけるアイデンティティの確立のための土着主義的な民族主義の1つでもある近代日本の帝国主義的侵略や大東亜共栄圏の構想を批判できなくなるという難点がある[cf.ミヨシ 1996: 68-9]。つまり、日本によるアジア侵略を白人の支配からおなじアジア人を救うためだったとする大東亜戦争肯定論は、自分たちが白人に比べて被抑圧者の立場にあったということを正当化の根拠にあげているために、戦略的本質主義は、このような非西洋の政治的指導者やエリートのナショナリストの言説をも容認しなければならなくなってしまう。それを避けるには、被抑圧者や非白人というカテゴリーを階級やエスニシティやジェンダーの境界線にそってもっと細分化していく必要があるが、その細分化はほとんどかぎりなく続いてしまい、そうなれば、幅広い「連帯」や抵抗運動の政治的な効果のために本質主義的カテゴリーを用いることを否定しないという、戦略的本質主義の目的そのものがあやうくなるというジレンマが生じてこよう。
 反本質主義(構築主義)と反・反本質主義(戦略的本質主義)の対立は、アイデンティティの政治(同一性の政治学、アイデンティティ・ポリティクス)の評価についての対立といいかえることもできる。「アイデンティティの政治」とは、周縁化されてきたマイノリティが、普遍的な市民や国民を僭称するマジョリティに同化するのではなく、否定的に表象されてきた自分たちの差異性やアイデンティティを肯定的なものと自覚しながら、おなじアイデンティティを共有する人びとを政治的に動員して(いいかえれば同質的なカテゴリーに基づいて連帯を作りだして)、現実社会で発言権を高めていこうとする運動を指している。構築主義(反本質主義)とは、アイデンティティの政治において用いられるようなアイデンティティを構築された虚構であると批判するのに対して、戦略的本質主義は、マイノリティ(被支配者・弱者)がそのようなアイデンティティにもとづいて運動をするアイデンティティの政治を認めようというものといえる。
 このマイノリティによるアイデンティティの政治には、支配的なマジョリティの側による否定的アイデンティティの押しつけが先にある、ということを忘れないことが重要である。アイデンティティの政治はその両方のプロセスからなっている。本質主義批判は、たんなる異文化の記述方法や認識の問題として提起されたのではなかった。それは、他者を否定的なアイデンティティと結びついた固定された均質的なカテゴリーに押しこめることが、植民地主義を典型とする他者の支配のテクノロジーであることへの批判であった。いいかえれば、学問の政治性ないし知の政治性を問題としていたのである。

 そのことを明確に指摘したのが、エドワード・サイードの『オリエンタリズム』であった。サイードは、ミシェル・フーコーによる知と権力の結合についての議論を引きながら、近代ヨーロッパのオリエンタリズム(東洋研究、東洋趣味)が、「オリエントを支配し再構成し威圧するための西洋の様式」[サイード 1993: 上21]であったと述べている。サイードのオリエンタリズム批判については、第4章でより詳しく取りあげるが、ここでは、西洋が普遍的で客観的な知や真理や価値をもつ主体であり、東洋は因習や専制に縛られて普遍的な知=真理に到達できないゆえに、西洋によって保護・訓育・規律化されなければならないという形の非対称的な支配関係をつくりだすものがオリエンタリズムであり、そのような形の支配としての植民地主義を正当化するものであったという指摘が重要であったことを確認しておこう。
 すなわち、サイードにとって、近代ヨーロッパのオリエンタリズムにおける西洋/東洋という区分は、「西洋=能動的・自律的・理性的・自制的」/「東洋=受動的・依存的・非理性的・官能的」といった二元論によって、東洋に対して、西洋近代の啓蒙主義における自己の理想的イメージとは正反対の像である、因習や専制に縛られて周囲の環境や関係に深く依存している存在という他者像を投影すると同時に、西洋に対しては、周囲の環境や関係性から身を引き離しているゆえに特殊な文化や周りのしがらみに縛られない普遍的で客観的な知を得ることができる能動的な主体という自己像(このような周囲の関係性から自立している近代西洋の白人ブルジョワ男性の理想像を「啓蒙主義的主体」とよぶことにしよう)を与えるものであった。そのような啓蒙主義的主体は、周囲の環境や関係に左右されない超越的な固有の視点を確保し、周りの環境や他者の全体をその超越的視点から客観的に把握するがゆえに、その他者を支配できるとされる。
 このように、サイードのオリエンタリズム批判においては、本質主義は、西欧近代の白人ブルジョワ男性が自らを普遍的な知と価値をもつ能動的・理性的・自律的な主体として構築するために、被支配者としての他者を他者化する(サイードは「オリエントのオリエント化」とよんでいる)ための支配のテクノロジーであるゆえに批判されているのである。支配のテクノロジーの解明とそれについての批判が、本質主義批判という名前のもとに一般論的な表象ないし認識の問題とされ、その批判がマイノリティや弱者による語りにも適用されたために、反本質主義への批判が起こったわけである。他方、それを批判し、弱者によるアイデンティティの政治は肯定的に評価すべきだと主張する戦略的本質主義にも、弱者によるアイデンティティの政治が強者による支配のテクノロジーと同型である以上、その内部で同様の支配-被支配関係をつくりだしてしまうという批判にうまく答えることができないという難点があった。

 構築主義による本質主義批判にはじまったポストコロニアル理論や現代人類学の議論は、このようにいくつかのジレンマを抱えてしまっている。それらのジレンマの要因は、より一般的にいえば、支配のテクノロジーと結びついている「本質化され固定された均質的なカテゴリー」によらない連帯や集合的アイデンティティの形成がはたして可能なのか、可能だとしたらそのような連帯はどのようなものなのかという問題に答えがみいだせないことにあるといえよう。
 そのジレンマをやりすごすには、本質主義と反本質主義と反・反本質主義の対立というできあがった図式による当の問題から離れる必要がある。つまり、その図式の枠内で新しい連帯の形成のやりかたを探るのではなく、つねに/すでにある関係性のありかた、すなわち仲間であることや共同性ということが排他的に閉じることなく、状況に応じて広がっていくことを可能にする関係性のありかた(これを序章では「社交性」とよんでいた)に気づく必要があるだろう。そして、反本質主義(構築主義)や反・反本質主義(戦略的本質主義)が提起した問題を無視することなく、それをふまえながら、それらの対立の図式から離れるには、その図式が出来上がる前の、そしてできあがった図式からは本質主義批判の先駆とされながら、本質主義のしっぽをひきずっているとも批判されている、サイードの『オリエンタリズム』や、エリック・ホブズボウムらの『伝統の発明』(『創られた伝統』)や、ベネディクト・アンダーソンの『想像された共同体』といった議論を再考することが大事になる。それらの議論は、本質主義/反本質主義という図式ができてしまうと、本質主義か反本質主義かという単純な二者択一に当てはめられてしまったのだが、そこにはそのような図式ではとらえることのできない問題提起が含まれていた。それを検討していくことによって、本質主義/反本質主義という図式がどこでアポリアに陥るはめになったのかを明らかにし、それを避けるためにも「共同体」というもの、および集合的アイデンティティというものを、人間の社交性という観点から再考できるだろう。そして、それは、近代の啓蒙主義的主体、およびその主体化のための「他者の他者化」を批判することにつながっている。

*1:この章のあとの部分で異種混淆性の無批判的礼賛を「クレオール主義」として批判しているが、念のためにつけくわえておけば、今福龍太氏の『クレオール主義』という本自体は、そのような異種混淆性の礼賛にとどまらない、優れたものである。個人的好みからいえば、今福氏のその前の著書である『荒野のロマネスク』[今福 2001]のほうがずっと好きであるが。

*2:この「境界や起源を前提とした異種混淆性」は、「条里空間」での計量可能な異種混淆性に相当する。資本主義における商品化とは、そのような計量可能な差異化によっているのである。