都市空間に介入する文化のアクティビスト パブリック・アートの政治性 小倉利丸

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 フォーマリズムの批判からアクティビズムの形成へ

 アートの政治性を論ずるということに関して、もはや何の規制も偏見もあり得ないというのは、批評家の世界のことであって、実際にそれが作品として提示されるということになると、まだ大きな制約を背負わされているというのが、実情だろう。
 アートが政治や社会とは切断された純粋な美的な表象として理解されるべきであるという観念は、決して古いものではない。むしろそれは、フォーマリズムの主張の中で確立してきた考え方であり、よく知られているように、とりわけクレメンテ・グリンバーグによる主張が大きな影響力をもった。彼は、宗教芸術であれ、娯楽のための芸術であれ、宗教や娯楽といった他の価値に依存してしかその存在価値を主張できないようなアートのあり方を批判して、アートに対してそれ本来の「独自のまた削減し得ないようなもの」「それ自身に固有のものである諸々の営為」〔グリンバーグー:47〕といった条件を要求した。その結果、「視覚芸術は視覚的経験において与えられるものだけにもっぱら自己を限定すべきであり、その他の経験の部類において与えられるいかなるものとも関係を持つべきでない」〔グリンバーグ:49〕といった考え方が打ち出された。
 グリンバーグのフォーマリズムは、視覚的な諸要素こそがアートの価値のすべてであり、その内容や意味をその価値評価から排除したものとして、一般には理解されてきた。今、その解釈が正しいかどうか、ということは問わないでおこう。むしろ、こうした解釈のもとに正当性を与えられたフォーマリズムがアートの世界で支配的な位置を占め続けた戦後のある時期が現に存在したという事実を確認しておくことが重要なのである。
 こうしたフォーマリズムが支配的な様式として合衆国を中心に大きな影響力をもった背景は、マッカーシズムや冷戦による左翼やマルクス主義に対する厳しい排斥に対するアーティスト側の自主検閲という、それこそアートの自立性とは正反対のアートを取り巻く社会的政治的な環境抜きには理解できない。エイドリアン・パイパーが後に、「モダニズムの論理」というエッセイのなかで指摘したように、「グリンバーグのフォルマリズムのイデオロギーは、社会変化の強力な道具としてのビジュアルな文化を政治的社会的に無能なものにすることで、マッカーシズムの脅威を緩和した」〔Piper 1996: 213〕のだ。パイパーは、フォーマリズムは、「文化の持つ社会変化の役割を去勢しながらもその無能さを、カストラート〔主に17、18世紀のイタリアで変声期前の高音を保つために去勢された男性歌手〕だと言い張って合理化した」〔Piper 1996: 213〕と辛辣に批判した。
 フォーマリズムに代表されるアートの自立性は、60年代末に解体を迎える。いわゆるアクティビストによるアート、アーティストによるアクティビズムが重要な流れを形成し始める。当時の公民権運動、べトナム反戦運動、学生運動などとマクルーハンによるメディア論などを背景に、「アクティビストのアートは、美学的、社会政治的、テクノロジー的な刺激の合流」〔Felishin: 10〕をみせはじめた。また、これは、政治的なアクティビズムと60年代から70年代にかけたコンセプチュアル・アートに起源を持つフォーマリズム的美学への批判的諸傾向との統合だともいえる。ゲリラシアターやアビー.ホフマンが「ストリート」として概念化したような、文化的な経験をプライベートな領域へ囲い込もうとする中産階級の態度を拒絶するアプローチなどに体現されていたように、これらの動きは、都市の空間に対する非常にアグレシブな権利要求と結び付いていた。アーティストによる作品制作は、アーティスト個人の作業を超えて、複数の人々──それはまたオーディエンスやアーティスト以外の人々を含むこともあった──との共同作業、マスメディアに対抗するメディア操作の手法の採用、あるいは匿名の集団としてアーティストの固有名による特権性への挑戦といった様々な挑戦が試みられた。


 パブリックアートの射程

 多分、現在の文化的なアクティビズムの直接のルーツを探るとすればこの60年代末の時代にいきつくのだろうが、文化的アクティビズムが概念として自覚的に提起されるようになるのはかなり最近のことではないかと思われる。私の知る限りで、もっとも早くこの言葉を自覚酌に明確な定義を示して用いたは、ブライアン・ウォリスだった。レーガン=ブッシュによる80年代の反動期に、エイズ、中央アメリカの内戦、中絶、環境といった問題で、大衆的な運動は、保守派と広い意味での左翼との間で、様々に対立してきたが、ウォリスは、これら左右双方の運動に共通する特徴を、「印象的なビジュアルな表現を提示することによって、政治状況への介入を試みること」〔Wallis: 7〕、つまりメディアの利用であり、シンボリックな抗議行動にあると指摘した。こうした新しい運動のスタイルをウォリスは「カルチュラル・アクティビズム」と呼び、「社会変化をもたらすことを試みるための文化的な手段の使用」〔Wallis: 8〕と定義したのだ。
 この文化的アクティビズムは80年代の合衆国では、保守派が積極的に活用した。ロック音楽、MTV、映画、ポルノからいわゆる「高級芸術」の分野まで、さまざまな文化領域で、伝統的なWASPの文化への批判や冒漬とみなされる作品を槍玉に挙げた。アメリカ家族連盟による草の根の運動とワイルドモン、ヘルムズといった国会議員による活動まで、かなり幅ひろい保守派の文化的アクティビズムがみられた。スコセッシ監督の映画『最後の誘惑』、セラーノの作品『ピス・クライスト』、メイプルソープの主として同性愛をモチーフとした作品への攻撃はなかでも有名なものだ。また、この過程で、セラーノやメイプルソープの作品や展示に関わって全米芸術基金(NEA)が支出した補助金に対しても批判が出されるなど、非常に深刻な状況が続いた。
 これにたいしてウォリスは、保守派や右翼に対抗するカルチュラル・アクティビズムの流れもまた形成され始めたことを強調した。たとえば、ボーダー・アーツ・ワークショップ、アクト・アップ、PAD/D、アーティスト・コール、グラン・フュリー、グループ.マテリアルといった名前がここで挙げられている。これらに加えて、バーバラ・クルーガー、ジェニー・フォルツァー、ゲリラ・ガールズといったビルボードや電光掲示板、ポスターなどを用いたフェミニストのアクティビスト、あるいはクルイショフ・ウォディチェコ、デニス・アダムスといった都市空間や都市の再開発に対して批判的な介入を試みるアーティストたちを加えることもできるし、先に紹介したエイドリアン・パイパーやサンディエゴを中心として活動しているデヴィッド・アヴァロスやルイス・ホックのように、エスニシティの問題に関心を寄せるアーティストも含めることができよう。
 フォーマリズムが、作品の社会的な意味を無視して、その形式に純化したことと対照的に、作品のもつ社会的な意味への注目は、同時に作品が提示される場所を、作品の成立にとって無視し得ないものにした。これは、アーティストがその作品が提示される場所に関わることをも意味するものといえた。
 こうして「ストリート」からコミュニティヘ、アーティストたちの空間への関与はますます都市そのものの環境への介入としての意味あいを深めることになった。伝統的なパブリックアートの多くが単に、スタジオで制作される作品をスケールアップしただけのものであるのにたいして、その作品が、その場所においてどのような「意味」を持つのか、その周囲の環境や、その空間を利用する人々にとってどのような「意味」を持つものなのか、といった社会的な意味、あるいはコミュニティにとっての意味を問うあらたなパブリックアートが登場するようになる。フェルシンはこれを「ニュー・パブリック・アート」と呼び、スザンヌ・レーシーは「ニュー・ジャンル・パブリック・アート」と呼んだ。
 パブリック・アートが現在到達した地点、そしてもはやそこから引き返すことができない了解の地点というのは、この都市空間における「意味」そのものをフォーマリズムのように二の次にするということではなく、場所の特性を考慮することによって、この作品に接する人やこの作品が置かれる場所との間に現実的な「意味」のある関係を構築するものでなければならないという点だろう。しかし、実は、ここから先がパブリック・アートに関してある種の論争の課題となるところなのである。フェルシンは、ニュー・パブリック・アートを左翼やマイノリティグループによる批判的なスタンスに立つものとして概念化しているが、実はニュー・パブリック・アートという概念自体は必ずしもこのような意味だけで用いられているわけではない。例えば、ダグラス・マギルは、1986年のエッセイで、ニュー・パブリック・アートとは、人によって様々な定義はあり得るが結局の所「芸術プラス機能である」とまとめた。これは、極端な単純化であるというよりも、当のアーティスト自身の問題意識としても、その程度のものだったということなのだ。ロザリン・ドイッチェは、80年代のニューヨークにおける都市再開発とパプリック・アートの関わりを、とりわけホームレスの問題に引きつけて論じた論文の中でこのエピソードを紹介しながら、アートにおける有用性とか社会的な意味の復権といった抽象的な宣言は都市の支配的な権力を支えてしまう極めて反動的な立場にしかなりえないと厳しく批判した〔Deutsche: 114〜115〕。
 伝統的な野外彫刻や芸術作品に対して、「ニュー・パブリック・アート」と呼ばれる新たなカテゴリーの提起について、ドイッチェは、それが単に都市空間の意味のある活用とか、その利用者がそこで語らい、食事をする場所として使用するうえで有効に機能するように設計されたインテリアの類といった理解だけでは不十分だと批判した。現実の都市が抱えている社会的政治的な構造、人口における階級的な問題や経済的な搾取といった深刻な解決すべき主題を、この抽象的な「有用性」の概念はただ隠蔽するだけであると厳しく批判したのである。
 問題は、作品が発注される社会的、政治的なコンテクストにある。つまり、都市再開発やコミュニティの再開発が、都市を企業活動の拠点──要するに資本の価値増殖のためのインフラ整備として再構築する目的で企画立案され、この全体のプロジェクトのなかにパブリック・アートが組み込まれているとすれば、本質的に批判的な何かがそこから生み出されると期待することはでないからだ。政府が支出するパブリック・アートをジョン・ベアズレーは「コミュニティ主導型」と呼んだが、これは皮肉なことに、むしろコミュニティの再開発によって、マイノリティや労働者階級のコミュニティを解体し、彼らを排除するものでもあった。
 都市のジェントリフィケーションとか再開発といったプロジェクトとは対極的なところで、対抗的なパブリック・アートを試みることとは一体どういうことなのか。ドイッチェは、そのひとつの例として、日本でもよく知られているヴォディチェコによる「ホームレス・ヴィークル」のプロジェクトをとり上げている。これは、ホームレスのための路上シェルターである。たいていの場合、ホームレスの救済政策は、住宅や避難所の提供なのだが、このホームレス・ヴィークルというプロジェクトは、路上での生活を前提とした居住装置であるという点で、住宅政策やシェルター政策として展開されてきたホームレス政策への批判をも意図したものだ。いいかえれば、ホームレスをシェルターや私的な居住空間へと囲い込むのではなく、逆にホームレスが事実上獲得した路上での生活の権利をそのまま拡張することを、このプロジェクトはしめしたといっていいだろう。


 カテゴリーとしてのアートの有効性はあるのか

 ヴォディチェコの作品が示唆していることでもあるが、ニュー・パブリック・アートは別の観点からも、ある種の批判にさらされた。パブリック・アートが、その作品の意味性をその作品が置かれる空間との関わりで維持しようとするとすれば、それはすでに大きな限界を抱え込むことにもなるというのだ。たとえば、コーア・ブロックは、場所に依存するアートに対して幾つかの興味深い疑問を提起している。
 モダニズム以降の都市空間は、ある種のノマド的な性格を強く持つのであって、そこに居住する人々にとって、多くの場合都市は、文字どおりの定住の地としての意味をもつとはいえない。同様に、モダンアートもまた、作品が場所を離れて、流通、移動することを前提として制作される。とすれば、場所にルーツをもつということにどのような意味があり得るのだろうかとブロックは問う。この問いは、フォーマリズムがもつ脱ルーツ化されたアートに対して、ルーツを追求する方向でこれを克服し、意味の回復を図ろうとする方法を採らないということを意味している。それはなぜか。
 建築も含めて、「意味のある装飾」は、都市空間における権力の正当性を視覚的な表象において補完する手段となりうるものであり、パブリック・アートが権力の生産に動員されるという危険性を避けることは困難かもしれないからなのだ。では、こうした都市の権力への動員を退けて、確立された規範に対する不同意を表現することが、公共的な空間においてはたして可能なのか、とブロックは問いかける。とりわけ、政府などから委託された作品の場合、クライアントの財政的な支援を受けながらクライアントを批判する作品がいかにして可能なのかと。そして、かれは次のように述べている。「批判的であることに失敗するということは、アーティストを単をるパブリックなエンターテインメントに陥れることになる。これは、市民として、またその社会生活において共同責任をもつアーティストが、自分にとっては決して同意できないような理由で生ずるさまざまな出来事にあふれた都市環境に、お墨付きを与えてしまうという罠にはまる危険性を持っている」〔Block: 108〕。
 コンテンポラリーなアートのもつノマド的な性格とパブリックな空間との間のある種のジレンマにブロックは気がついている。そして更に彼は、次のように疑問を一歩先へ進める。もし、アートが公共的な空間において、何等「意味」ある存在となりえないのであれば、結局アートは、ごく限られた閉鎖的なサークル、つまり「ミュージアム」と呼ばれる空間のなかでしか生きられないのか。言い換えれば、この少数のアートに理解あるサークルを超えてアートとして存在することにどのような意味があるというのか。ブロックは、公共的な空間の中で権力に組み込まれない意味性を獲得できないのであれば、せいぜいミュージアムのなかで余命を保てばよいではないか、といいたいのではない。ミュージアム自体も公共空間のある種の変種として、権力のポリティクスの場を構成することから逃がれることはできないからだ。むしろそれならば、滅びるという道もあるのではないかとブロックは言いたいのだ。「なぜアートが恐竜のように絶滅することにたいして不安を感じるのか。過去からの切断に不安を感じるが故に、アートと呼ばれるものにしがみついているのではないか」〔Block: 108 〕というブロックの問いかけは、アートの社会的機能の真理の一面をうまく言い当てている。   
 多分、このブロックの批判は、アクティビストとしてのアーティストの生き方や作品の提示の仕方の中にその答えの一端を見出せるだろう。つまり、文化的なアクティビストたちの行為(パフォーマンス)は、もはやパフォーマンスとはいえないかもしれないし、この作品は現実の都市空間のなかで日常生活や政治的社会的な主張として具体的な機能を果たしているものであって、それをあえてアートというカテゴリーに括ることには意味がないという場合もあるからだ。いやむしろ、政治的な主張や現実に解決しなければならない問題に対する意思表示も、それが「パフォーマンス」という範疇に組み込まれた瞬間から、それはあらゆるリアリティを剥奪されて、解決の必要のないアーティスティックな表象へと回収されてしまうかもしれないのだ。
 ニューヨークのセント・ジョーンズ教会の前をデモするホームレスの1人が「これはパフォーマンスではない」と書いたプラカードを掲げていたことにエイドリアン・パイパーが大きな衝撃を覚えたのは、まさに文化的なアクティビズムの限界をこの1枚のプラカードが示していたからにほかならない〔Piper 1992: 48〕。パフォーマンスによって、文化的な表現を押しだそうとするのがアクティビストとしてのアーティストであるとすれば、逆にパフォーマンスであることを拒否するのがホームレスなのだ。ここには、アーティストであることと生活者であることとの間に解決されねばならない切断が示されている。これは、決して1つの例外ではない。問題は、アートや文化的な表象を成り立たせるために引かれたカテゴリーの線分を新たに引き直すこと、あるいは大胆にそうしたカテゴリーを拒絶する方法を編み出すことにあるということなのである。しかし、真の問題は、このように問題を語ることではなく、実践することにあるということもまた明らかである以上、言葉の終わるところからしか新たな出発もない。
 アートは世界をさまざまに表現してきた。しかし、問題は世界を表現することではなく、それを変えることにある。19世紀に形而上学者に対して発せられた警句をこのように改訂して掲げたとしても、決して的外れではない。文化のアクティビズムとはまさにこうした課題を担うことなのである。


 引用・参照文献

Block, Cor, "Decoration After The Loss of Decency, "in Ine Gevers ed., PLACE, POSITION, PRESENTATION, PUBLIC, Jan van Eyck Akademie,

Deutsche, Rosalyn, "Uneven Development: Public Art in New York City, "in Russell Fergason, Martha Gever, Trinh T.Minh-ha, and Cornel Westeds., OUT THERE, Marginalization and Contemporary Culture, New Museum of Contemporary Art,1990

Felshin,Nina, "Introduction," in But Is It Art?, ed., by Nina Felshin, Bay Press, 1995

Greenberg,Clement, "Modernist Painting," in THECOLLECTED ESSAYS AND CRITICISM, Volume4, Chicago Univrsity Press, 1993 (邦訳、川田都樹子、藤枝晃雄訳、『モダニズムのハード・コア』、『批評空間』臨時増刊、1995年、太田出版所収)。

McGill, Douglas C., "Sculpture Goes Public," New York Times Magazine, Apri1 27,1986 Piper, Adrian, "The Logic of Modemism," in OUT OF ORDER, OUT OF SIGHT, MIT Press, 1996

Piper,Adrian, "The Logic of Modemism," in OUT OF ORDER, OUT OF SIGHT, MIT Press, 1996 "Xenophobia And The Indexical Present, "in Ine Gevers od., PLACE, POSITHON, PRESENTATION, PUBLIC, 1992.

Wallis,Brian, "Democracy and Cultural Activism," in DEMOCRACY, A Project by Group Material, ed. By Brian Wallis, BayPress, 1990

(おぐらとしまる・現代資本主義論)