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生活の場としてのストリートのために -流動性と恒常性の対立を超えて その2  小田亮

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5 流動性と恒常性の戦場

 市場経済と共同体の対立は,流動性と恒常性の対立に重なり合う。樫村愛子は,『ネオリベラリズムの精神分析』という本(樫村 2007)の「はじめに」で,つぎのように述べている。

社会の流動化が進むことで,社会の「恒常性」が奪われ,長期的展望が成り立たないこと ──。これが現在の私たちに突きつけられている問題であり,本書のテーマである。そして,流動化に対する不安から反動的な政治制度に回帰したり,個人と社会の変化の自由を否定したりする,今日の復古的な社会的「気分」を批判すること──。すなわち,社会の解体と流動化を進める「再帰化(自分自身を意識的に対象化し,メタレベルから反省的視点に立って自己を再構築していくこと。自律性をもって新しさを自ら生み出していくこと)」をあくまで肯定し,「恒常性」と「再帰性」という衝突する問題を両立させること──。これも本書のテーマである(樫村2007: 13–14)。


 樫村は,ネオリベラリズムに含まれる反動的で排他的なナショナリズムや孤立化した家族への回帰を「貧しい恒常性=原理主義」と呼び,それを批判ないしは阻止するために,近代の「再帰化」の流動化を進める力を肯定すると同時に,いっぽうで流動化の弊害たるプレカリテ(不安定化)や「貧しい再帰性=マクドナルド化」に抗するために「恒常性」を維持することを提案しているようにみえる。
 この戦略のうち,前者の,社会の流動化や解体させていく資本主義の力を肯定することで,その反動として形成された閉鎖的な共同体を解体していくという戦略は新しいものではない。そもそもマルクスの戦略もそうだったといえよう。そして,このような戦略は現在でも唱えられている。その代表的なものが,アントニオ・ネグリマイケル・ハートの『〈帝国〉』(ネグリ/ハート2003)におけるマルチチュードの戦略だろう*1グローバル化によって急速になった流動性を搾取する〈帝国〉に対抗するには,その流動性を利用するしかないというのがその戦略であり,その対抗的な流動性の担い手がマルチチュードというわけである。
 けれども,流動化の力を反動(「貧しい恒常性」)に対抗するために用いると同時に,不安定性をもちらす流動性(「貧しい再帰性」)が破壊しようとしている恒常性を守るという両面の戦略は,他にはあまり見られず,樫村の独自性といえるだろう。たしかに,ネオリベラリズムないしは新資本主義によるプレカリテや流動性によって,個人の交換不可能性や単独性(固有性・唯一性)という感覚が衰退しているという認識は広く共有 されており,それらがナショナリズムや「家族の復権」やセラピー文化やカルト文化に人々が魅かれていく理由だという認識も共有されている。しかし,この「貧しい再帰性=流動性」が破壊しようとする恒常性を守ると同時に,再帰性を排除するような「貧しい恒常性(原理主義)」も退けるという戦略が有効であるためには,「貧しい再帰性(流動性)」とそうではない「再帰性=流動性」との区別,および「貧しい恒常性」とそう ではない「恒常性」の区別がつかなくてはならない。しかし,それらの区別について,樫村はほとんど何も述べていない。
 貧しい恒常性とそうではない恒常性の区別をどのようにするのかといった問題以外にも,再帰性ないしそれによる流動性を反動(「貧しい恒常性」)に対抗するために用いるという戦略に対しては疑問がある。まず,このようなポストモダニズム由来の戦略が,はたしてネオリベラリズム時代において有効だろうか,という疑問である。というのも,樫村が紹介しているフランスの社会学者のボルタンスキとシアペロ(Boltanski and Chiapello 2005)も述べているように,ネオリベラリズムは,「1968 年 5 月」の運動,すなわちポストモダン思想を体制化したものであり,ポストモダン思想では「解放」のスローガンであった流動性や自己決定やフレキシビリティや越境や脱アイデンティティという言葉が,ネオリベラリズム時代には,「労働形態や雇用のフレキシビリティ」に典型的に見られるように,支配的イデオロギーが人びとに押し付けている言葉になってお り,それによるプレカリテこそが「貧しい恒常性」としての反動を生み出しているからである。流動性やフレキシビリティや再帰性は,いまや支配の道具として組み入れられたもの,あるいはせいぜいネオリベラリズム時代の「液状化した社会」(バウマン2001)への適応にすぎず,理論的にそれを肯定するのはネオリベラリズムの思想に従属することにしかならないだろう。
 樫村にすれば,そのような流動性は「貧しい再帰性」あるいは「貧しい流動性」ということになるのだろうが,何が貧しくて何が貧しくないのかということがはっきりしていない以上,再帰性や流動性が「貧しく」なってプレカリテを生み,その不安が「貧しい恒常性」を誘発し,その「貧しい恒常性」を批判するために再帰性や流動性が必要とされるという循環を断ち切る有効な手立てはないように思われる。つまり,恒常性と再帰性(流動性)を両立させることという戦略は,まさに「貧しい流動性」と「貧しい恒常性」の両立であるネオリベラリズムに先取りされているのであり,そのような循環的──ベイトソンのいう「分裂生成的連鎖」としての──両立では,それに対する対抗な措置にはなりえない。
 また,樫村は,貧しい恒常性を「原理主義」と言い換えているが,樫村が問題にしているようなネオ・コンサーヴァティズムとしての原理主義も,あるいはイスラーム主義のような「原理主義」も,生活の場における恒常性から切り離されたものであり,それが依拠する伝統は,慣習や習俗とは異なった「創られた伝統」であり,次節の議論を先取りすれば,真正な社会から切り離されて非真正な社会で再構成されたものである。つまり,それは近代の再帰性が生み出したものなのであり,それを克服するために再帰性をもちだしても,やはり効果はない。
 とはいっても,樫村が具体的な手立てをまったく示していないというわけではない。どうやらそれは,「文化」の豊かさの回復にあるということらしい。樫村は,貧しい再帰性によって破壊されている「個々人の固有性(スティグレールのいう個性化)や複雑性,それに伴う人々の行為の自由や創造性や豊かさ,それを保証する人々の想像性とそのベースとなる人々の信頼」を確保していくことが「文化」なのだという(樫村 2007:298)。そして,貧しい再帰性が破壊しようとしている恒常性を守り,再帰性を排除するような貧しい恒常性(原理主義)を退けることは,「普段の管理と瞬時に成り立つコミュニケーションによって動かされている人々に,現在の貧しいコミュニケーションとは異なる創造への回路を開き,管理を逃れるために非=コミュニケーションの空洞や断絶器を作ることである」(樫村2007: 298)と述べる。そして,「現在の貧しいコミュニケーションとは異なる創造への回路」,すなわち,不透明性をもって異質な他者と自己とが媒介される場を用意するのが「文化」だとして,そのような場ないしは空間の創造の具体的な方策として,民族や階級の異なる人々を混合させて,都市を多様性や異質な他者との出会いの空間とするという方法を挙げている。ちょうど,ストリートを出会いの場だと主張する,ルフェーブルの「街路賛成派」のようだ。けれども,ルフェーブルの「街路反対派」がいうように,そのような「多様性」や「異質性」は,商品の多様性と同じであり,役割分化やアイデンティティやカテゴリーの違いによる多様性,比較可能で交換可能な多様性にすぎないだろう。
 樫村は,「スティグレールのいうように,他者の多様性を受容することは,人のかけがえのない存在や経験の単独性を受容することと通底している」(樫村2007: 311)と書いているが,都市を多様性や民族や階級などの異なる異質な他者との出会いの空間とするということと,スティグレールのいう「かけがえのない存在」や「単独性」を受容することとは無関係だろう。スティグレールのいう「個性化」には,単独性やかけがえの なさ,すなわち代替不可能性が含まれているが(スティグレール2006),それは日本語の「個性」とは違って,比較可能な属性や能力やアイデンティティとは無関係になりたつ唯一無二性を意味している。つまり,都市を比較可能な差異による多様性の場とすることと,人のかけがえのない存在や経験の単独性を受容する場とすることとは別のことなのである。
 したがって,重要なことは,貧しい恒常性を退けるために再帰性や流動性を利用し,代替可能で比較可能な差異にすぎない多様性を導入するという戦略にこだわることではなく,流動性のなかで個々人の代替不可能な固有性(単独性・唯一無二性)という感覚をいかに保持するかということだろう。その感覚をもつことができれば,排他的ナショナリズムや「閉鎖的な家族への回帰」といった「貧しい恒常性」に魅かれることもなく,したがってそれ自身「貧しく」なりがちな流動性や再帰性を利用して「貧しい恒常性」を破壊するという必要もなくなるからである。
 そして,自分というものが代替不可能で比較不可能な単独性=唯一無二性をもつとい──これが恒常性の基盤となる―を保持することは,人のかけがえのない存在う感覚や経験の単独性を受容するという感覚―これが他者性を受容して「わたしという場の広がり」を取り戻すことの基盤となる──ことと切り離すことはできない。というのも,この両方の「単独性」の感覚,代替不可能な固有性の感覚は,持続的でローカルな〈顔〉のある関係性においてしか生まれないものであり,いいかえれば,関係の過剰性や複数性のある,持続的な生活の場の共有においてこそ生まれるものだからである*2


6 真正性の水準とリゾーム的共同体

 前節で述べた,「単独性」の感覚を育む,持続的でローカルな生活の場での〈顔〉のある関係性は,レヴィ=ストロース(1972)のいう「真正性の水準」にある関係性といいかえることができる。レヴィ=ストロースは,『構造人類学』に収められた論文「社会科学における人類学の位置,および人類学の教育が提起する諸問題」(初出は 1954 年)のなかで,将来おそらく人類学から社会科学へのもっとも重要な貢献は,彼が「真正さの水準」と呼んでいる社会の 2 つの様相の区別,すなわち,人びととの生きた直接的な接触による小規模な「真正な社会(ほんものの社会)」の様式と,より近代になって出現した,印刷物や放送メディアによる大規模な,「非真正な社会(まがいものの社会)」の様式との根本的な区別にあると判断されるだろうという。近代社会においては,人間関係は,かなりの部分,書かれた資料やメディアを通しての間接的な再構成にもとづいていると,レヴィ=ストロースは指摘している。そして,そこでの過去とのつながりは,もはや語り部や古老などの人びととの生きた直接的な接触を意味する口頭伝承によるのではなく,図書館につまった本や新聞などのマスメディアや行政機構によって媒介されているが,これらの媒介は,途方もなく私たちの接触を拡大しているが,同時に,私たちの接触=コミュニケーションに非真正な性格を付与しているという。
 レヴィ=ストロースは,この 2 つの社会の様相の区別は,文字やメディアの発明による巨大な革命を否定的に捉えるためではなく,間接的なコミュニケーション(本・写真・新聞・放送)に起因している自律性の喪失を認識するための区別であり,3 万人の間は,500 人の人間と同じやり方では 1 つの社会を構成できないということを指摘するためだという。つまり,「まがいものの」社会の存在様式と「真正な」社会の存在様 式とを区別するといっても,前者のみが虚構で,後者は実体だといっているのではなく,前者を否定するためでもない。レヴィ=ストロースが区別をしているのは,「国民」などのように,間接的コミュニケーションによって結ばれている大規模な共同体の非真正性と,個別の顔のみえる直接的で固有の関係の延長上にある小規模なローカル諸社会の真正さとのあいだである。いいかえれば,真正性の水準によって区別されているのは,「法」や「貨幣」や「メディア」に媒介された,透明性のある,合理的かつ間接的なコミュケーションと,身体的な相互性を含む〈顔〉のみえる関係,すなわち具体的な人と人の〈あいだ〉における非合理性・過剰性を含んでいる不透明なコミュニケーションとの違いなのである。
 この違いが,樫村のいっていた 「貧しいコミュニケーション」と「豊かなコミュニケーション」の区別に相当することを考えれば,「貧しい恒常性」と「(豊かな)恒常性」との区別は,社会の非真正な水準と真正な水準の区別として捉えられることになる。つまり,ほんものの(真正な)恒常性とまがいものの(非真正な)恒常性の区別がそれによって可能となり,まがいものの恒常性を退けるために,「貧しい流動性」に陥りがちで,ネオリベラリズムや新資本主義の支配の道具として組み込まれてしまっている「再帰性」──樫村は,これを「自分自身を意識的に対象化し,メタレベルから反省的視点に立って自己を再構築していくこと」,「自律性をもって新しさを自ら生み出していくこと」と説明していた──の保持をことさら主張しなくても,「貧しい恒常性」を退けることができよう。
 ここでも注意すべきは,この区別の重要性を主張するとはいっても,非真正な社会の水準における「まがいもののコミュニケーション」や「まがいものの恒常性」を虚構であり否定できたり無くしたりできると主張しているわけではないということである。そうではなくて,現に存在し,まさに私たちの生活の場を取り囲んで支配している非真正な社会のただなかで,人のかけがえのない存在や経験の単独性を受容できる場としての「真正な社会」 ──それを「生活の場」と呼んできたのだが──の重要性を主張しているのである。
 また,そのような真正性の水準にある生活の場―私たちがドゥルーズの用語をつかって「平滑空間」と呼んでいた空間──においては,流動性と恒常性の対立がそもそも無効となる。いいかえれば,流動性と恒常性とが対立するのは,条里空間においてである。そのことは,平滑空間に対応する関係性を示すリゾーム(根茎)という比喩を取り上げると理解しやすい。ツリー(樹木)やルート(根)が中心からしか伸びず,その中心からの距離(比較可能な距離)は序列をなしている。それに対して,リゾーム(根茎)にはそのような中心もなく,線形の比較可能性もない。ドゥルーズとガタリは,リゾームの特徴をつぎのように説明している。

 樹木やその根とは違って,リゾームは任意の一点を他の任意の一点に連結する。そして,その特徴の一つ一つは必ずしも同じ性質をもつ特徴にかかわるのではなく,それぞれが実に異なった記号の体制を,さらには非・記号の状態さえ起動させる。リゾームは〈一〉にも〈多〉にも還元されない。それは一が二になったものではなく,一が直接三,四,五,等々になったものでもない。〈一〉から派生する〈多〉ではなく,〈一〉が付け加わる〈多〉(n プラス 1)でもない。それは統一性〔ユニテ=単位〕からなっているのではなく,さまざまな次元から,あるいはむしろ変動する方向からなっている(ドゥルーズ/ガタリ1994: 34)。


 ポストモダン思想のなかでリゾームは,その流動性・流体性・脱領土化が強調されすぎていたが,もちろん,根茎は流体ではないし脱領土的な移動もしないし一時的なものでもない。そこには境界(節合面)もあり,持続する固有性もある。けれども同時に,その境界は壁ではなく可動性があり,浸透する皮膚のような節合面となっており,また,どこで切断されても個体性を維持している。そして,ちょうど女性的なものが「留まりながらの可動性」にあるとイリガライが述べていたように*3,リゾームの特徴も,「留まりながらの可動性」にある。根茎は根づいて留まっているように見えながら,留まることを知らない。そこでは,恒常性と流動性とは対立するものとしてではなく,絡み合いながらいっしょになっているのである。そして,「女性的エクリチュール」が,「定住=女/彷徨=男」という二項対立を転倒させるのでも放棄するのでもなく,ただ部分的に無効にする(「関節を外す」といってもいい)ように,リゾームは,恒常性と流動性の対立を無効にしているのである。


7 ストリートにおける〈顔〉と匿名性

 真正性の水準の区別は,ストリートの特徴のひとつとされる「匿名性」にも適用できるだろう。都市の匿名性ということはよく言われるけれども,それがいったいどういうことを指しているのかはあまり考えられてこなかったように思う。ここでは,都市における匿名性,ストリートにおける匿名性について,真正性の水準における匿名性と非真正性における匿名性とを区別する必要性を明らかにしたい。
 まず,都市の匿名性というときによく持ち出される,見る/見られるという関係の現代的特徴という話から始めよう。シヴェルブシュは,『鉄道旅行の歴史』において,鉄道をはじめとする近代の交通機関は車窓の外の世界をパノラマ化したとし,車窓のパノラマ化した風景の特徴は,「前景」の消失にあると,つぎのように述べている。

産業革命前の時代の知覚にあった奥行は,速度によって近くにある対象が飛び去ってしまうことで,鉄道では全く文字どおり失われる。これは,産業革命前の旅の本質的な体験を構成していたあの前景の終焉を意味する。この前景越しに,昔の旅人は通り過ぎてゆく風景と関係を保っていた。彼らは,自分がこの前景の一部であることを自覚していたし,この意識が彼らを風景と結びつけていたし,その風景が遥か彼方まで広がっていようとも,彼らの意識は風景の中に彼らを編みこんでいたのである。──[それに対して]鉄道の速度は,以前は旅人がその一部であった空間から,旅人を分かつのである。旅人が抜けてしまった空間は,旅人の目にはタブローになる。──パノラマ的にものを見る目は,知覚される対象ともはや同一空間に属していない(シヴェルブシュ1982: 80)。

 パノラマ的にものを見る目には前景が存在しないということは,自分を含む前景における顔のみえる他者との相互交流や身体接触──それには軋轢=コンフリクトや危険やそこまでいかなくても異和性が含まれている―がなくなっているということである。そこでは,見る主体と見られる対象とが隔離されている。そして,重要なことは,この見る主体と見られる対象のあいだの交通・接触の遮断が,近代社会において「見る」ということの特徴となっていることである。そこでは,見るという行為は,《間身体的》 な接触を排して条里空間を生産する行為となっている*4
 鷲田清一は,「都市のテクスチュア」というエッセイ(鷲田2002)のなかで,まず,渡辺裕が『聴衆の誕生』(渡辺2004)によって明らかにしたような,18 世紀までクラシックの音楽会は聴衆たちが演奏者に声をかけたりおしゃべりをしたり酒をのんだりカードゲームをしたりといった社交の場だったのが,演奏する者と聴く者とが隔てられ,見る者,聞く者同士の交流も遮断されていったという例を挙げて,近代においてさまざまなところで,対象とのへだたりの設置(見るものと見られるもの,主体と客体の空間的分離)と,他者とのへだたりの設置(主体と他の主体との交通関係の遮断)ということが起こったという。そして,そのプロセスは,すでに見てきたオスマンのパリ改造計画と同様の,見ることによる管理(つまり監視)と結びついており,それはフーコーの分析したパノプティコンによる管理と同じだとし,現代の都市がパノプティックな都市となっていると述べている(鷲田2002: 175–176)。
 このプロセスは,近代における条里空間の生産のプロセスであり,見る主体と見られる対象とのへだたりの設置や他者とのへだたりの設置は,シヴェルブシュが「前景」の終焉と呼んだことと並行している。鉄道旅行では,列車のコンパートメントで同室になった「見る主体」どうしは接触可能であったが,それも見知らぬ者どうしがコミュニケーションしないですむために列車のなかの読書という行為が発明されることによって 遮断されていく。そして,20 世紀後半にまずアメリカ合衆国の都市郊外で発達した自動車での出勤・移動では,隣近所の人たちと自動車に乗ったままの挨拶が,隣人との身体的接触なしのコミュニケーションとして,つまり煩わしくないやり方として歓迎されていった。そのような主体間の接触の遮断はさらに,家族の中にも個室化という形で浸透していったといえる。そこでは何よりも主体間の「間身体的な」交通・接触が空間的な分離・分割という形で禁止され,その上で接触のない安全で煩わしさのないコミュニケーションがなされている。それによって,わたしたちは他人に見られているということ意識なしに他人を覗き見することにまったく抵抗を覚えなくなっている。
 鷲田は,パノプティック都市の管理のモデルが,そのまま性的欲望のシーンにも適用できることを示した例として,前田愛が路上でもらった性風俗の「覗き部屋」のチラシに「逆パノプティコン」を読み取った例を挙げている。つまり,覗き部屋は,モデルを見る客は個室に入り,見ている自分を見られることなく裸になったモデルの女性を見ることができる。モデルはどの個室のどの客に見られているかは分からないまま,客たちの視線に晒されているというように,パノプティコンの看守と囚人を入れ替えた構造をしていて,見ることなく見られるだけの者と,見られることなく見るだけの者とに分割する構造はそのままだというわけである。
 この覗き部屋の構造は,非真正性の水準における都市の匿名性を端的に表しているのではないか。つまり,覗き部屋の客は都市における匿名的な存在の象徴になっていよう。その匿名性は,他の主体との空間的分割による交通=接触の遮断によって成立している。そして,そこで匿われているものは,顔であり名前であり,大学教員であるとか子どもの学校のPTA 役員であるとかといった社会的役割の束であり,家族構成はしかじかであり,どこに住んでいるなどという,もろもろの個人情報である。それは,覗き部屋の個室の壁によって守られなければならない。そして,それとは反対にパノプティックな監獄では匿名性もプライヴァシーもないと私たちは思っているが,実際には現代社会では,私たちの個人情報もパノプティックな監獄と同様に,姿の見えない管理者に筒抜けになっている。そこでは,囚人どうしが個室によって分割されていることで互いに匿名的になっているだけにすぎないのである。そのような匿名性とプライヴァシーの理念は,他者との接触や交通関係が遮断されて孤立している状態を作り出す。
 この「逆パノプティコン」は,「シノプティコン」といいかえられる。18世紀後半に考案されたパノプティコンは,規律化された従順な身体を作るための「監視」であり,少数の者が自分たちの姿を見せずに多数の者を監視するシステムだった。それに対して,ドゥルーズが「管理社会」と呼ぶ現代社会の「監視」は,逆に多数の者が少数の者を監視するシノプティコンになっているのである。それは,いうなれば,多数の囚人が互いに監視しあいながら,囚人どうしはプライヴァシーの壁を保とうとしているような「監視」のあり方になっている。そこでは,人はもはや規律の内面化のために監禁されることはない。囚人が自分のプライヴァシー保護とセキュリティのために自らを壁の中に監禁し,望ましくない他者との接触を排除するために,多数による少数の監視をし,アーキテクチャによる管理に身をゆだねるのである。
 ドゥルーズは,「追伸 ──管理社会について」(ドゥルーズ2007a)という文章のなかで,「規律社会」は 18 世紀に始まり 19 世紀を経て 20 世紀初頭で頂点に達したが,それはいまや「管理社会」へと移行したという。ドゥルーズによれば「規律社会は大々的に監禁の環境を組織する」。家族,つぎに学校,その次が兵舎であり,工場,ときには病院や監獄へと,個人は閉じられた環境から別の閉じられた環境へと移行を繰り返す。これらの監禁の環境,閉じられた環境を次々に移行していきながら,人々が監視のまなざしを内面化することによって従順な身体となり,自主的・主体的に従属していく。それが「規律社会」である。けれども,それは第二次世界大戦後に崩壊の時代を迎え,私たちはいま,監獄,病院,工場,学校,家族など,あらゆる監禁が危機に瀕しており,管理社会が規律社会にとってかわろうとしているとドゥルーズはいう。たとえば,監禁の環境そのものともいえる病院の改革では,部門の細分化とともに,開放病棟(デイケア)や在宅看護などが実現されて,あたかも監禁からの解放や新しい自由がもたらされたようにみえたが,結局は,それらの改革は,監禁の体制より冷酷な管理のメカニズムに関与してしまったことを忘れてはならないとドゥルーズは言っている。そして,「管理社会」では,閉じられた監禁環境はもはや必要とされなくなり,規律社会では分割不可能だった個人は分割によってその性質を変化させる「分割可能なもの」となり,群れとしての人間もサンプルデータか,あるいはマーケットかデータバンクになってしまうという(ドゥルーズ2007a: 356–358)。そこでは,じつは覗き部屋の壁に守られているプライヴァシーなど意味を持たない。覗き部屋の匿名性やプライヴァシーは,たんに他者との《間身体的》な交通を遮断するためだけのものとなっている。
けれども,鷲田は,それとは違うストリートにおける匿名性も指摘している。鷲田は,かつては都市のなかに,公的なものと私的なものとが入れ子構造になっている,公私の別のあいまいな空間が,街の装置としていたるところに見いだされたといい,そういった空間を〈あわい〉と呼んでいる。

 〈あわい〉の感覚とは,個人の身体がその外壁をほどかれ,他者の身体といきいきと接触し,まじわっているという感覚である。あるいは同じく空間に複数の身体が内属していることの経験と言ってもいいかもしれない。たとえば,ざわざわした盛り場では,ある場の感覚がそこにいるひとたちによって分かちもたれている。阪神・淡路の大震災はそういう空間を,とても広大なスケールで浮かび上がらせた。あの地表の揺れの感覚によってである。あるいは,都市の公園においても,たとえば桜の季節になると,お花見というかたちで,そういう公共空間に突然私的なものをまじえた路地のような感覚世界が開かれる。……あるいは海を越えて,パリのポンピドゥー・センターの前にあるあの大広場も,まるでセンター内でのきわめて個人的な鑑賞経験とコントラストを描くように,ひとびとが共有する匿名のイヴェント空間を創出する装置となっている。ひとびとが,身体感覚を交換しながらともに愉しむ大道芸などのイヴェントを引き込む,そういう集客力のある空間になっているのだ。それらは,だれともなくなんとなくざわついている「界隈」であり,ひとが私的な存在としてでもなく公的な存在としてでもなく,あいまいな(ときにいかがわしい)存在としていられる場所なのである(鷲田2002: 202)。

 この《間身体的》な〈あわい〉が,ドゥルーズとガタリのいう平滑空間であり,シヴェルブシュが「前景」と呼んだものとつながっていることは理解しやすい。そして,そこでの匿名性はプライヴァシーを守るための匿名性,他者との交通を遮断するだけの覗き部屋の匿名性とは異なっている。鷲田は,つぎのように続けている。

 ひとはここで,じぶんをほどく。観念やイメージでがんじがらめになったじぶんの存在をほどくのだ。先の河内厚郎氏は,出張で数日間地方都市に出かけたあと,帰阪すると,どんなに遅くてもまず新地やミナミの盛り場にくりだすという。そして,未知の空間のなかでそこにしみ入るように入っていけなかった身体(宙づりになった身体),あるいは異邦からのゲストとしてつねに他人の視線を感じていたじぶんの身体(見られるオブジェと化した身体)を,そのひとが匿名になれる空間に解き放つのだという。それはわたしたちがパノプティックな都市と名づけた,あの窃視症的な空間のアンチテーゼともいうべき空間であり,ここでひとは森林浴ならぬ〈人間浴〉にひたるというのである。それは,メルロ=ポンティという現象学者の魅力的な概念を借りていうと,各人の身体がそれの器官にすぎないような《間身体的》(intercorporel)な場としてある(鷲田2002: 203)。

ここで注目したいのは,「じぶんを解き放つことのできる,匿名になれる空間」としての〈あわい〉の空間が,パノプティックな都市*5 の窃視症的な空間のアンチテーゼになっているとされていることである。私たちは,「じぶんを解き放つことのできる,匿名になれる空間」というと,顔見知りの関係のしがらみから解放される空間を思いがちである。しかし,《間身体的》な場としての〈あわい〉の空間において「じぶんを解き放つこと」とは,その場に自分の〈顔〉や身体を差し出すことにほかならない。それは,単一のアイデンティティや社会的役割の束や個人情報──覗き部屋の匿名性によって守られるプライヴァシー ──に還元された「じぶん」を,〈顔〉のある関係の過剰性へと
「解き放つ」ことなのである。鷲田は,《間身体的》な場としての 〈あわい〉の感覚を,「個人の身体がその外壁をほどかれ,他者の身体といきいきと接触し,まじわっているという感覚」といっていたが,イリガライ風にいえば,そこには見る/見られるという関係に設置されたへだたりがなくなり,見る/見られるという行為が「愛撫」となるのだといってもいい*6
この《間身体的》な場は,見る主体と見られる対象とのあいだ,見る主体どうしのあいだの身体的な接触を,空間を分割することで遮断することによって生産された視覚的な条里空間を,触覚的な空間である平滑空間へと変容させた空間であるという点で,関根のいうインドの大通りの歩道とつながっている。そして,《間身体的》な接触を遮断しない空間での匿名性は,〈顔〉のある関係性の複雑性や過剰性を取り戻すものであり,それが真正性の水準にある匿名性の特徴だといえよう *7


8 おわりに―しがらみと反復

ここまで,ストリートを生活の場として取り戻す実践,すなわち条里空間として計画されたストリートを平滑化して自分の生活の場とする実践は,複数的で過剰な関係性の形式,すなわち明確な境界線で区切られることなく根茎のように延びていく,リゾーム的な関係を取り戻すことなのだということを述べてきた。つまり,その「もののやりかた」は,代替不可能な固有性をもつ〈顔〉のみえる関係とその複数性・過剰性を利用したものであり,リゾーム的な共同体にささえられているのである。
ここでリゾーム的共同体と呼んでいる共同体は,何か共通の属性や同一性によって作られているのではなく,一定の期間一緒にいるという隣接性によってつくられるものを指している。そこでは,〈顔〉のある関係のもつさまざまに異なる様相 この様相は役割関係や主体のポジションには還元されない──が交叉しあってつくられ保持されている錯綜体としての関係性が,重ね合わされたり,さまざまな方向に延ばされたり縮められたりしているため,ツリー構造のような明確な境界や全体―部分の包摂関係をもたない。いいかえれば,リゾーム的共同体は,ツリー状構造をモデルとする思考(線形的思考)や「戦略的モデル」によってはとらえることのできない共同体なのである。
この共同体は,19 世紀の社会学的想像力が発明した「失われた共同体」でも,あるいはいまだ実現していない「来るべき共同体」でもなく,人類史をみれば,それが生活の場ではふつうの共同体であった。けれども,そのようなリゾーム的共同体を作っている,役割関係以上の過剰性をもつ持続する関係性は,現代社会では「しがらみ」として忌避されているものにほかならない。その理由のひとつは,共同体というものがツリー状構造をモデルとする線形的思考や「戦略的モデル」によって想像されているからだろう。
そして,もうひとつの理由は,「再帰化」によるものである。再帰化は,自分自身を意識的に対象化してメタレベルの視点に立つために,周囲の他者との関係から自己を切り離して,自己決定できる自律的な個人として再構築していき,つねに自己を新しく変えていくことを意味していた*8。 それは,セルトーのいう「戦略的モデル」によっているのだが,創造性や自由をそのような自律的な主体においてのみ得られるものと解しているかぎり,自己がメタレベルの視点に立つことを阻害する関係は,それこそ自己の創造性の発揮や新しい発展(自己実現)を邪魔するしがらみとしてしか感じないだろう。
けれども,その「新しさ」は,同一平面上の比較可能な差異,いいかえれば一般性における特殊性(個性)でしかないだろう。そして,しがらみを逃れるために,そのような比較可能な差異を選択し自己決定して作り上げられる空間やコミュニティのひとつひとつは,けっきょくは同質的・均質的なものになるだろう。それに対して,「じぶんを解き放つ」ための複数性や過剰性における置き換えや交換が不可能な差異は,そのような特殊性などないようにみえる日常的な「反復」 ──つまり,私たちがしがらみとしてしか感じないもの──においてしか生じない。
ドゥルーズは,『差異と反復』(ドゥルーズ2007b)の冒頭で,つぎのように述べていた。

 一般性は,どの項も他の項と交換可能であり,他の項に置換しうるという視点を表現している。もろもろの個別的なものの交換ないし置換が,一般性に対応するわたしたちの行動の定義である。これとは逆に,わたしたちには,反復は代理されない〔かけがえのない〕ものに対してのみ必然的で根拠のある行動になるということがよくわかる。行動としての,かつ視点としての反復は,交換不可能な,置換不可能な単独性*9に関わる。反映,反響,分身,魂は,類似ないし等価の領域には属していない。そして一卵性双生児といえども,互いに置換されえないように,自分の魂を交換しあうことはできないのである。交換が一般性の指標だとすれば,盗みと贈与が反復の指標である。したがって,反復と一般性のあいだには,経済的な差異があることになる(ドゥルーズ2007b: 26–27)。

このドゥルーズの議論は,生活の場におけるルーティンの反復やしがらみや持続性のもつ創造性という文脈で読み直すことができるし,そのように読まれるべきだろう。
人類学は,これまで真正な社会での人びとの日常的な営みについて調査し考察してきた蓄積がある。そこには,人びとが選択したわけではない場所や共同体の中で,それらの非選択的なしがらみを(それを放棄して選択的なものに変えるのではなく),そのままでいかに可動的で創造的なものにするかという,伝統的でローカルなさまざまな仕掛けが見られた。けれども,これまでの人類学的研究では,そのような視点から考察されることはあまりなかった*10。「ストリートの人類学」における生活の場としてのストリートの研究は,真正性の水準の区別をふまえながら,そのような伝統的でローカルなリゾーム的共同体の人類学的研究と切り離されたものとしてではなく,生活の場として連続したものとして考察していく必要があるだろう。


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*1:ネグリとハートは,1960 年代以降の批判的思考の多くが,「闘争のローカル化」を政治的足場にしながら,民族的・地域的なアイデンティティに基づく「場所に根ざした」抵抗を再構築しようとしてきたと指摘しながら,つぎのように言っている。「……いまや[ローカルなものに固執する]その立場は間違ったものであり,有害なものでもあると主張したい。その立場が間違ったものであるのは,何よりもまず,問題の提起の仕方がまずいからだ。問題を特徴づけるさいに,グローバルなものとローカルなものという誤った二項対立にもとづく問題設定が,多くの場合なされている。その問題設定では,グローバルなものは均質化や差異のないアイデンティティをもたらすが,それに対してローカルなものは異質性や差異を保持している,と想定されている。……こうした観点は,諸々の社会的関係と社会的アイデンティティを固定化しロマン主義化する,一種の原理主義へと退行してしまいがちだ。それよりもむしろ問題として取り上げる必要があるのは,まさにローカル性の生産,すなわち,ローカルなものとして理解される諸々の差異とアイデンティティを創出し,再創出している社会的諸機械なのである。……そこで,グローバルなものとローカルなもののあいだの区別を明示するのにより適した枠組みは,さまざまな流れと障壁が織りなす多様なネットワークを参照することである。そうしたネットワークのなかでは,ローカルな契機ないし視座が再領土化を推進する障壁や境界に優先権を授ける一方で,グローバルな契機が脱領土化を推進する流れの可動性に特権を授けるのだ。いずれにしても,資本と〈帝国〉のグローバルな流れの外部に存在し,また,そのような流れから保護されているようなローカルなアイデンティティを(再)確立することができると主張するのは,間違った振舞いなのだ。おまけに,グローバリゼーションへの抵抗とローカル性の防衛というこの左翼的戦略は,有害なものでもある。なぜなら,多くの場合,ローカルなアイデンティティとして立ち現われるものは,自律的なものでも自己決定的なものでもなく,じっさいには資本義的な〈帝国〉機械の発展を助長し,支援するものであるからだ。資本主義的な〈帝国〉機械が作動させるグローバル化や脱領土化は,じつのところ,ローカル化や再領土化に対立するものではなく,むしろ差異化と同一化からなる可動的かつ変調的な回路を働かせるものなのだ。ローカルな抵抗というのは敵を誤認し,それによって敵を隠蔽してしまうのである。私たちは諸々の関係性のグローバル化そのものに反対するつもりは毛頭ない―じっさい,先にも述べたように,左翼によるインターナショナリズムの最強の諸力こそが,効果的にこのプロセスを導いたのだ。むしろ敵として指示されるべきものは,私たちが〈帝国〉と呼ぶ,グローバルな諸関係からなる特定の体制にほかならない(ネグリ/ハート2003: 67–69)。」 ここで述べられていることは,樫村の言い方を借りれば,国民的(民族的)・地域的なアイデンティティにもとづく抵抗は,「貧しい恒常性=原理主義」へと退行しがちであるということと,その「貧しい恒常性」は,「貧しい再帰性=〈帝国〉」と共犯関係にあるということだ。しかし,述べられていないのは,グローバル化による脱領土化や流動性もまた「貧しい再帰性」に陥りがちであり,脱領土化や流動性が支配的な〈帝国〉(貧しい再帰性と貧しい恒常性の結合)と共犯関係にあるということなのだ。

*2:個々人の代替不可能性と関係の過剰性の結びつきについては,拙稿(小田 2007b)を参照さ れたい。また,ここでの議論は,野村雅一(2007)が,テオドル・ベクターの『築地』での「場所は,流動的なプロセスの真っ只中に,空間的(そして社会的)固定性という知覚を作り出すのである」(ベスター2007: 58)という言葉を引きながら,ストリートの「場所性」(「場所の固有性」)について述べていることへの応答でもある。

*3:イリガライは,女性的なものが留まりながら移動することを,「動くことはわたしの住まいかたなのです。可動性のなかでしか,わたしは休息できません」(イリガライ1989: 27)と述べている。

*4:自分だけが周囲から身を切り離した超越的な固定点にたつとされている点で,この見る主体は,サイードのいう,「オリエントを高みから概観し,自分の眼前にひろがるパノラマ──文化,宗教,歴史,社会の全貌を掌握しようとする」(サイード1993: 92)オリエンタリストと同じ位置にいる。

*5:上で見てきたように,現代都市はパノプティックな都市というより,正確にはシノプティックな都市となっている。

*6:あるいは,「愛撫」というところを「陶酔」といいかえてもいいかもしれない。近森高明(2007)は,W. ベンヤミンがパリの街路に見いだした「遊歩者」について,それを「観察者」として捉えるならば,そこには超然とした主体,古典的な近代的主観=主体(つまり,ここでの言い方でいいかえれば,見る対象や周囲の環境から身を切り離した「見る主体」)を体現したものとなるが,ベンヤミンの「遊歩者」のもうひとつの側面である「陶酔者としての遊歩者」に注目すると,そこには,「周囲に批判的な距離をとるどころか,自他の境界が弛緩した状態にあって,主観=主体としての機能を喪失してしまっている」(近森2007: 23)遊歩者が現れるという。ベンヤミンのいう「陶酔」が,レヴィ=ストロースのいう「ブリコラージュ」やイリガライのいう「模倣」や「愛撫」,あるいは「憑依」や「生成変化」といったことばと隣接したものであることを考えると,それは,《間身体的》な場である真正性の水に位置するものというのも,あながち強引ではないだろう。

*7:ところで,東浩紀大澤真幸との対談(東・大澤2003)のなかで,ストリートでの匿名性へとつながる個の交換可能性・偶然性について,つぎのように言っている。「人間には重要なことが 2 つあって,まずひとつは,所与の条件──僕が男性で日本人で 1971 年に生まれて……といった条件──を引き受けるということです。ラカン風に言えば主体の刻印をもらうということですね。しかしもうひとつ大事なこととして,その条件を人と取り替えることができると思う必要がある。その交換可能性が働かないと,社会の前提となる共感が生じない。所与の条件を引き受けたうえで,僕が彼であったかもしれない,私は彼女であったかもしれないという想像力を働かせるということです。……今までの哲学は,この交換可能性や偶然性を比較的軽視してきたのではないかと思うんです。少なくとも,出発点は,私が私であること,アイデンティティを確立するこ とにあって,そのあとで差異の戯れがあるという順序で考えられてきたと思います。しかし僕はむしろ偶然性のほうを基礎におきたいんですね。……それを何ステップか進めると,匿名性の議論に行きつく。群衆に包まれて町中を歩いているとき,自分が右に曲がろうが左に曲がろうが誰にも分からない。誰にも見られていないし,群衆のなかの一人でしかない。このような匿名的存在になれたときこそ,人は,アイデンティティから解き放たれ,交換可能性をもっとも強く意識するのではないか(東・大澤 2003: 63–64)。」匿名性に支えられた交換可能性がないと他者との共感や連帯ができないというこの議論は,論理的にはロールズの「無知のヴェール」の議論とほとんど同型といっていいが,この交換可能性を支える匿名性は,ここで議論している,「つねに他人の視線を感じていたじぶんの身体を,そのひとが匿名になれる空間に解き放つ」というときの匿名性と似ているけれども,やはりどこか違っている。東の議論では非真正な社会における匿名性と真正な社会における匿名性の区別がなされていないため(むしろ前者の匿名性をモデルにして偶然性を基礎とした匿名性を論じようとしているようにみえる),そのストリートの匿名性と交換可能性は,個の代替不可能性(属性や役割や個人情報の束としての「所与の条件」とは無関係にある唯一性)にもとづくものではなく,根源的な偶然性にたどりつくことができない。根源的な偶然性は,男性で日本人で大学教員で……といったもともと比較可能な属性や役割の束やもろもろの個人情報の交換可能性と関連しているのではなく,個の代替不可能性や唯一性(単独性)と直接に結びつくものだからである。

*8:「再帰性」(自分自身を参照すること)自体は,近代に限らず,どこでも人間の実践にともなものである。ただ,近代における「再帰化」は,周囲の環境や関係から切り離されてシステム化されているという点で,それ以前の再帰性とは異なっている。

*9:翻訳本では「特異性」と訳されているが,他と比較して「特異」ということではないから,「単独性」と訳したほうがいいだろう。

*10:まだ不十分ながら,そのような視点からの「災因論」や「憑依」について考察した試みとしては,拙稿(小田2003; 2007c)がある。