1968年と抽象的労働の危機 ジョン・ホロウェイ(1968 and the Crisis of Abstract Labour John Holloway)  渋谷 望 訳

 1968年。なぜ私は1968年について語ろうとしているのか? 現在さまざまな緊急事態が起きていることはうたがいようがない。たとえばメキシコではアオハカとチアパスで内戦の危機がある。イラク戦争についても、あるいは人間存在の自然の条件(環境)の急速な破壊についても話さなければなるまい。老人がくつろぎながら追憶にふけっている場合だろうか。

 1968年について語る必要があるだろう。なぜならいま現実に起こっているあらゆる緊急事態に直面して、私たちは路頭にさまよっているからであり、それゆえ何らかの方向感覚を必要としているからである。だがすでに存在している道を見つけるためではない(なぜなら道は存在しないのだから)。この方向感覚が多くの新しい路 paths を切り開くことにつながるのである。

 1968年は世界を変える扉を開いた。それは反資本主義闘争のルールを変え、反資本主義革命の意味を変え、それゆえ希望の意味を変えた、そのような変化であった。これこそ私たちが今もって理解を試みようとしていることなのだ。1968年は私たちをさまよわせると同時に、何らかの方向性を見つける鍵だといえるのだ。

 1968年は1つの爆発であった。この爆発音はいまだこだましている。たしかに1968年の爆発と、このときの諸テーマを採り上げたその後に続く爆発の音と区別するのは難しい(なかでも最も重要なものは1994年のサパティスタの運動である)。したがって私が1968年というとき、歴史的に厳密なわけではない。私にとって興味があるのは、その爆発であり、その爆発の余波のなかでいかに私たちが、資本主義がそうあるところの破滅を克服する仕方を考えつくことができるかということである。

 1968年は爆発であった。それはある社会的諸力の布置 constellation を吹き飛ばす爆発であり、あるパターンの社会闘争を木っ端微塵にする爆発であった。この権力布置はフォーディズムと呼ばれている。フォーディズムというこの言葉には、私たちの日々の活動がどのように組織されているかという重要な問いに注意を向けさせる利点がある。この言葉はまた、工場における大量生産が、相対的高賃金と(いわゆる)福祉国家の結合を通じて大量消費の促進に統合される、そのような世界を説明する。このプロセスの中心的アクターの1つは労働組合であり、組合が定期的に賃金交渉のシステムに参加することはその駆動力である。もう1つは国家である。国家は経済を規制し、社会福祉の基礎水準を確保する力を持つようにみえた。そのような社会において、社会変化への期待は、国家に、そして国家権力を掌握するという目標に集中するのは驚くべきことではない。この階級関係のパターンをフォーディズムと呼ぶよりも、「フォーディズムケインズ主義−レーニン主義」と呼ぶほうがより適切であろう。

 だが私は、もっと根深い何かが問題になっているのだということを示唆したい。フォーディズム(実際はフォーディズムケインズ主義−レーニン主義)の危機という概念に限定する危険は、この言葉がこれを別の統制様式(ポストフォーディズムや帝国)によって乗り越えられる、一連の統制様式の1つと見るように仕向けられるからである。そのとき資本主義は、一連の再編成、統合原理、閉域の1つとみなされてしまう。だが私たちの問題は資本主義の歴史を書くことではなく、むしろこの破滅からの出口を見つけることである。したがってフォーディズムという概念を乗り越える必要があるのだ。フォーディズムは疎外され抽象化された労働の究極的に発展した形態であり、このとき以来、抽象化した労働(まさに資本主義の中心)に対して闘いの火ぶたが切って落とされたのである。

 抽象的労働(私はマルクスが『資本論』で使ったこの言葉を使うが、それはこの言葉は豊かな概念だからだ)は、価値と剰余価値を産み出す労働であり、それゆえ資本を産み出す。マルクスはこれを有用労働あるいは具体的労働( useful or concrete labour )と対比させている。後者の労働は、どんな社会の再生産にとっても必要な労働である。抽象的労働は、労働の特殊具体的な性格を抽象することによって見出される労働である。それは他のどんな労働とも等価であるような労働であり、この等価性は交換を通じて確立する。抽象化はたんなる精神的な抽象化ではない。それは現実的な抽象化であり、生産物が交換のために生産されるというまさにその事実が、生産プロセスにもう1度跳ね返り、生産プロセスを変質させ、社会的に必要な労働の遂行と売れる商品の効率的生産こそが最重要とみなされるような生産プロセスへと変化させる。抽象的労働は固有性を欠いた労働、意味を欠いた労働である。抽象的労働は資本の社会、つまり唯一の意味が抽象的労働の蓄積であり、利益の恒常的追求であるような社会を産み出す。

 抽象化された労働はわれわれが生きる社会を編成する根本原理となっている。反復される交換のプロセスを通じて、さまざまな人間活動を束ね編成する。このプロセスはこう言うだろ──「君たちがどれほどそれを楽しんだり、愛したり、気にかけたりしてもそんなことは重要ではない。重要なのはそれが売れるかどうか、それによって君たちがお金をどれだけ得ることができるかである」。これが私たちのさまざまな活動が束ねられ編成される仕方であり、資本主義社会が構築される仕方なのである。

 だが抽象化された労働による社会の編成はさらに進んでいく。私たちの互いの関係構築がモノの交換を通じてなされるとき、社会関係はモノ化、物象化、物神化されていく。私たちの作り出すものが私たちから離れていき、私たちに反してかってにふるまい、作り手というその起源を否定するのと同じような仕方で、他者との関係のあらゆる側面はモノの性格を帯びる。お金は作り手と作り手との関係であることをやめ、モノとなる。国家はたんにわれわれの共通の物事を組織する方法ではなくなり、モノになる。性は人々が身体的に接触し関係する多様なさまざまな仕方ではなくなり、たんなるモノになる。自然はこの地球を共有するさまざまな生の形式の複雑な相互関係ではなくなり、私たちの利益のために使用されるモノになる。時間はたんに私たちの生活のリズム、私たちの為すこと doing の緩急ではなくなり、明日は今日と同じであることを告げる時間、私たちの外部にある時間、時計の時間、つまりモノになるのである。

 抽象的労働を遂行することによって、私たちは自分を破壊するこの世界をせっせと作り続けることになる。しかもこの世界を織りなすそれぞれの部分は互いに規定しあい、強さと堅固さをいっそう増すことになる。この中心に抽象的労働としての私たちの活動があるのだ。さらに私たちの労働の空虚で無意味な抽象は、私たちがつくりだした抽象ないし疎外の全構造によって強固に保持されるのである。すなわち国家や、男女を対とみなすセクシュアリティの観念と実践や、自然のモノ化(=客体化)や、時計時間と化した生活時間、空間を境界によって囲まれた空間とみなす考え、などである。抽象的無意味さのこれらすべての側面は、私たちの日々の活動によって作りだされ、そして今度は逆に日々の活動を強化するのである。1968年に吹き飛ばされたのは、この絡み合った編成なのである。

 ではどうやってそれはなされたのか? この爆発の背後にはどんな力があったのだろうか? それは労働者階級ではない(少なくとも伝統的な意味においての)。たしかに、とくフランスでは工場労働者は重要な役割を演じた。しかし彼らは1968年の中心的役割を演じたわけではない。またそれは特定の集団の力によって理解することもできない。爆発したのはむしろ社会関係そのものであり、抽象的労働の関係である。爆発の背後にある力は、何らかの集団として理解されるべきではなく、抽象的労働の裏側 underside 、抽象的労働の条件なのであり、それは抽象的労働が内包していると同時に内包しておらず、抽象的労働が抑圧すると同時に、抑圧しないような何かなのである。爆発したのはこれである。

 抽象的労働の裏側とは何か? ここに語彙の問題がある。それは偶発的な問題ではない。というのは抑圧されているものは、不可視になり、声を欠き、名前をもたなくなる傾向があるからである。1844年の『経哲草稿』でマルクスは、反疎外を「自覚的な生の活動」として、そして『資本論』では抽象的労働と「有用労働ないし具体的労働」とのあいだの対比として言及した。この用語は十分満足いくものというわけではない。その理由の1つは、労働と他の形態の活動との間の区分はすべての社会にとって共通ではないからである。それゆえ私は抽象労働の裏側を、〈為すことの力〉 doing と呼ぶことにする。反疎外ではなく〈為すことの力〉。なぜなら問題となっているのは何よりも、人間活動全般が組織される仕方だからである。

 資本主義は抽象的労働に基礎を置いている。しかしそこにはつねに裏側、すなわち全体的に抽象的労働に従属しているようにみえる(だがじっさいは従属してはおらず、またすることもできない)活動の別の側面がある。抽象的労働は資本をつくり、資本主義的支配を織りなし固める活動であるが、つねに別の側面をもつ。つまり、その個別性 particularity を維持し(また維持しようとする)〈為すことの力〉であり、それはある種の意味を獲得し、ある種の自己決定を推し進める。マルクスは『資本論』の始めの文章で抽象的労働と有用労働の関係を、政治経済(そしてそれゆえ資本主義)の理解のためのかなめだと指摘している。この文章はマルクス主義の伝統のなかでは無視されているのだが。

 有用労働(〈為すことの力〉)は、抽象労働の形式で存在しているが、形式と内容の関係は、たんに内容として中にあることとして理解することはできない。この関係は、あるもの〈のなかに−だがそれに抗して−そしてそれを越えて〉存在するといった関係である。すなわち〈為すことの力〉は、抽象労働のなかにありながら、抽象労働に抗して、抽象労働を越えて存在する。これは日常経験の問題である。というのも私たちはみな、好ましく必要と考える方向に行動するやり方を見つけようとしているからである。抽象労働の内部においてさえ、私たちは全面的に金銭の支配に服さない方法を見つけようとする。大学教授として私たちは資本の下僕を生産すること以上の何かをしようとしている。組み立てラインの労働者として私たちはちょっとでも自由な時間があれば想像上のギターの弦を指ではじく。看護師とてして私たちは金銭のインセンティヴを越えて患者を助けようとする。学生として私たちは金銭によって決定されない生活を夢みる。私たちの〈為すことの力〉と、資本が課す抽象化(ないし疎外)とのあいだには敵対的な関係がある。その敵対関係は従属的というだけでなく、従属への抵抗、反乱、そして従属を越え出ようとする関係なのである。

 このことはつねに今現在ここにある。しかしそれが爆発したのは1968年である。ファシズムと戦争の経験に飼いならされていない世代がこのとき立ち上がり、こう言ったのだ。「もうたくさんだ。私たちは自分たちの生をお金の支配にささげないし、日々の生活を抽象労働にささげない。そのかわりに私たちは他の何かをしたいのだ」。資本に対する反抗は、それがつねにそうであるもの、そうであらねばならないものとして明確に自己提示する。すなわち労働への反抗として。私たちが階級闘争を、資本 vs. 労働として考えることができないのは明らかである。というのは、労働は資本と同じ側にいるからであり、労働は資本を産み出しているからである。闘争は労働対資本の闘争ではなく、〈為すことの力〉(=生きること)労働 vs.(=資本)という闘いである。これこそ1968年に諸々の大学、諸々の工場、諸々の街路で表明されたことである。これこそ利潤率を維持しフォーディズムを維持させるのに可能な搾取率を資本がさらに増加させることを不可能にしたのである。

 フォーディズムに表現されている労働の極端な抽象化に基づいた闘争の布置 constellation を吹き飛ばしたのは、〈為すこと〉の力 force of doing 、すなわち「もうたくさんだ。私たちはそのように生きることはしない。私たちは別の生き方をする」と言うその力である。それは、抽象的労働のあらゆる側面に反対する反乱である。すなわちたんなる労働の疎外という側面だけでなく、性、自然、時間、空間の物神化、そしてまた、その物神化の一部である、国家を志向する組織形態のことである。そこには自由 release や解放 emancipation がある。以前には不可能だった物事を考えたり実行に移したりすることが可能になったのである。爆発の力、闘争の力は、労働というカテゴリーを引き裂いて開き(そのカテゴリーはマルクスによって開かれたが、マルクス主義の伝統によって事実上閉じられてしまった)、そしてそれとともに他の思考のカテゴリーを開いたのである。

 この爆発は私たちを新しい世界に投げ込む。新たな戦場に、闘争の新たな布置によって特徴づけられるきわめて開かれた戦場に。これは決定的なことである。もし私たちが、新たな支配様式(〈帝国〉やポストフォーディズムなどの)という考えに飛びつくのであれば、私たちが開き続けようと闘っている次元を閉ざしてしまうことになるだろう。言い換えるなら、いわゆる新たな支配パラダイムを分析することによって、そのパラダイムに強固さを、しかも私たちが望まない強固さを、逆に与えてしまうのである。あの爆発以前に存在していた相対的に一貫した抽象的労働による編成はすでに引き裂かれている。その編成を再び修復し、新しいパターンを確立することは、資本を助けることになってしまう。反資本主義運動はこれとは反対方向に動く。反資本主義運動はこの亀裂 crack をできるかぎり大きく切り裂くのである。

 旧い布置は、労働組合、コーポラティズム(協調主義)、党、福祉国家などによって意味されていたあらゆることともに、労働と資本の敵対性に基づいていた。もし新たな布置の中心には〈為すことの力〉と労働との敵対性があると理解すべきであるなら、このことが意味するのは、反資本主義の意味、革命の意味を根源的に再考することである。抽象的労働に結びついて確立していたあらゆる実践や考え方は問題含みのものとなる。労働、セクシュアリティ、自然、時間、空間などのすべては闘争の戦場となるだろう。

 新たな布置(より正確には、1968年にその姿をかいま見せ、いまも生まれようと闘っている、そのような布置)は、抽象的労働 vs. 〈為すことの力〉という布置である。それが意味するのは、この新たな布置は根本的にネガティヴなものだということである。〈為すことの力〉は、抽象労働のなかに、そしてそれに抗して存在する。〈為すことの力〉が抽象的労働を突破し、それを越えてもなお存在するかぎり(たとえば協同組合として、社会センター*1として、善き統治評議会 Junta de Buen Gobierno *2として)、それはつねに危機にあり、つねに抽象的労働とのその敵対によって形づくられ、それゆえその敵対に脅かされる。私たちがいったんそれをポジティヴなものとして実体化し、それを自律的な空間や、1国で実現しうる社会主義、1つの社会センターで実現しうる社会主義とみなしたり、あるいはそれを資本に対抗することのない協同組合とみなしてしまうと、それは瞬く間にその反対物に変わってしまう。資本に対する闘争はすばやく動き、不安定である。それらの闘争はいまにも消えそうな存在であり、制度という実体の見地から判断することはできない。

 それゆえ労働に抗する〈為すことの力〉の諸運動は反アイデンティティ主義的 anti-identitarian である。それはアイデンティティに対する非アイデンティティ non-identity の運動である。これは実践的理由から重要である。というのは資本の再編は、この新しい闘争を、アイデンティティどうしの闘争として抱き込もうとするからである。女性の闘争、黒人闘争、先住民の闘争は、それらがその個々のアイデンティティのなかに包摂されてしまう場合、抽象労働のシステムの再生産には何の問題も引き起こさない。反対に、抽象的労働を再強化する試みは、おそらくこれらのアイデンティティをアイデンティティとしてもう1度シャッフルしなおすことに、そして闘争の焦点を、限定的でアイデンティティ主義的な闘争に再び集中させることに依拠している。サパティスタの運動は、それが先住民の権利の闘争にとどまっているかぎりは資本主義に対する挑戦になりえない。それらの闘争が資本主義に対する脅威となるのは、闘争がアイデンティティからあふれ出すとき、サパティスタが「われわれは先住民であるが、それ以上である」と主張するとき、彼らが自分たちは世界を新たなものにするために、尊厳の相互承認に基づく世界をつくるために闘うと主張するときである。〈為すことの力〉の闘争は、アイデンティティという物神化されたカテゴリーからあふれ出ようとする闘争である。私たちは女性の権利というよりは、人々を2つの性に分割すること(そしてその分割に基づくセクシュアリティの生殖への還元)が克服されるような世界の実現ために闘うのである。また私たちは自然保護のためというよりも、さまざまな生の形式(あり方)の関係を再考するために闘うのであり、移民の権利のためにというよりも国境の廃絶のために闘うのである。



 これらすべての変容において時間は決定的である。同質的時間は旧い布置、抽象的労働という旧い布置のおそらく最も重要な接着剤であろう。そしてそれは右翼によってと同様、左翼によっても疑問の余地のないものとして受け入れられている。この観点からすれば、革命は(たとえそれが想像されえたとしても)未来においてのみ起こりうるのである。そのようなことはもはやありえない。それまで分離不可能とみなされていた2語の対──「未来の革命」──は、いまや全くのナンセンスとみなされている。未来の革命にはあまりにも遅すぎるのだ。とくにかく、私たちは未来の革命のために計画を練っているその毎日の営みのなかで、自分たちが憎悪する資本主義を作り直し続けているのである。その結果、未来の革命という概念そのものによって革命は自滅してしまう。革命は今ここにあるか、さもなくば、まったくないかである。このことは、1968年の運動が、党がいまこそ正しい時であると判断するまで待ち続けることを拒否したことにも暗示されていた。そしてこのことは1994年1月のサパティスタの蜂起「もうたくさんだ !Ya basta!」においてはっきりとした。もうたくさんだ。いまこの場で。「私たちは次回のコンドラチェフの循環の波がやってくるまでもう待たない」。そして「私たちは党が国家権力を奪取するまで待たない」。そうではなく、今。革命は今ここにある。

 このことは何を意味するだろうか? それが意味するのはただ、固有なもの the particular から始まる闘争が複数であるということである。そして私たちが作りたいと欲する社会のなかでいますぐにでも生きたいと思う、そのような場 spaces 、そのような瞬間 moments の創出である。このことが意味するのは、資本主義的なコマンドのシステムのなかの亀裂の創出であり、「もうたくさん。私たちは資本が求めることをもうしない。私たちは自分たちが必要で望ましいと考えることをする」と言えるような、そのような瞬間、そのような場の創出である。

 必然的にこのことはきわめて多様な闘争として反資本主義闘争を理解するということを意味する。これはアイデンティティの多様性ではない。そうではなく、交差し分岐し、影響しあいながら反発する、そのような反アイデンティティ主義的闘争のすばやい運動である。またそれは亀裂の創造的カオス、つまり複数化し展開し、塞がれることもあるが、また出現し展開する、そのような亀裂の創造的カオスなのである。これは〈為すことの力〉が抽象的労働に対してなされる多声的な反乱である。それは必然的に多声的なのである。その多声性を否定することは、それを新たな抽象化に従属させることになるだろう。私たちが創造しようとしている世界、有用な useful 〈為すことの力〉の世界、「自覚的な生の活動」の世界は、必然的にたくさんの世界によってつくられる世界なのである。そしてもちろんこのことは、この多声性を表現しそれに敬意を払おうとする、そうした組織形態を意味する。つまりそれは反国家的な組織形態である。

 外側から、そしてしばしば内側からも、この多声性は、方向性や統一性を欠き、メタ物語を欠いた、たんにカオティックで不協和的なノイズとみなされることがある。だがそれは間違いである。1968年と同じものではないが、たしかにメタ物語は存在する。それは2つの側面をもつ。メタ物語の1つの側面は、単純な「NO」であり、「もうたくさんだ」である。そしてもう1つの側面は〈尊厳〉である。私たちはいま、自分たちで創りだしたい世界に、言い換えれば「私たちが為す」ところの世界に生きている。

 1968年は散文としての労働者階級が危機に陥り、詩としての労働者階級が生まれたときであったといえないだろうか。それは抽象的労働としての労働者階級の危機であり、有用で創造的な〈為すことの力〉としての労働者階級の誕生であった。私たちはその後の経験から詩を書くのがいかに困難であるかを、だが同時にそれがいかに必要であるかを教えられたのだ。


予示的政治のために──解説にかえて 渋谷 望

 ジョン・ホロウェイ John Holloway は著作、Change the World Without Taking Power: The Meaning of Revolution Today (Pluto, 2002)──直訳すれば「権力を奪取せずに世界を変えよ──今日における革命の意味」──で、グローバル・ジャスティス・ムーヴメントの精神を表現し、大きな反響を呼び起こした。同書は世界10カ国で訳されているという。彼は2008年6月に東京で開催される対抗G8国際フォーラムにもゲストとして参加する予定である。ここに訳出した文章( “ 1968 and the Crisis of Abstract Labour ”)は本人から送られた、リスボンでなされたスピーチの原稿であり、この本の内容のエッセンスとでもいうべきものである。

 よく知られるように、オルタ・グローバリゼーション/グローバル・ジャスティス・ムーヴメントと呼ばれる運動のスローガンは「もう1つの世界は可能だ」である。だが「もう1つ」とはいかなる意味で「もう1つ」なのか? 

 それがスーパーの陳列棚に提供される選択肢の1つのような、できあいの「世界」(の青写真)ではないことはたしかである。それは設計つくされた「代案」ではない。たとえば二大政党制はこのような代案どうし競り合いを可能にするとされているが、このような代案主義によって要求される代案とは、陳列棚の商品と同じように「安全性」──消費者にとってというより資本にとっての──が確認済みのものにすぎない。

 この問いはむしろパラレル・ワールドもののSF的な想像力を必要とするように思える。そこでの根源的な問いかけはこうである。「もう1つの世界」で生きる「私」と、「この世界」で生きる私は、同じ「私」なのか? アルチュセール的な構造的因果律を念頭に置けば、「私(たち)」のあり方と社会編成のあり方は重層的に絡み合っている。私の考え方、行動、趣味、生活様式、パートナーや友人との関係、職場関係…、つまり私そのものは、特定の世界のあり方──特定の世界の地平──によって制約されている。とすれば別の「もう1つの世界」の絡み合いのなかで生きているかもしれないパラレル・ワールドの「私」は、「この世界」で生きている私とは全く異なっているはずである。「もう1つの世界」が可能であるという主張がラディカルであるとすれば、それが「もう1つの私」が可能だという主張だからに他ならない。

 おそらくそうであるがゆえに、この主張は恐れられ否定されるのだろう。たとえ「この世界」が苦痛や不正に満ちあふれているとしても、私が得体の知れない「私」に乗っ取られてしまうのは不安だ。そんなことになるくらいならスーパーで買える「代案」で十分だと考えるのも当然である。

 しかし「もう1つの世界」の「もう1つの私」は不定形でありながら、つねにすでに「この世界」、「この私」のなかに存在し、「この世界」、「この私」に対抗し、それを越え出ようと闘っているのではないだろうか。私たちは誰でも「別な世界」を作りたい、そして「別な生きかた」をしたい、そう欲しているのではないか。

 そうであるなら、別様の生への欲望を肯定することのできる空間、場、契機を取り戻すことができるかどうかが闘争の賭け金となる。別様であることの可能性を予示的にでもかいま見ることができれば、社会変革への潜勢力は解放されるだろう。ホロウェイの主張はこうである。そして彼はこの潜勢力を「為すことの力」──英語ではシンプルにdoing──と呼ぶのである。私たちが資本の世界に対して、そして資本の世界をせっせと作り続ける「この私」に対して、「もうたくさんだ」と否定を突きつけるとき、この潜勢力は解き放たれ爆発する。

 グローバル・ジャスティス・ムーヴメントはしばしば予示的政治 pre-figurative politics と呼ばれている。それはこうした運動は、運動が権力奪取という目的のための手段であることを否定するからである。このとき運動は階層的な権力関係をもつ国家の似姿であることをやめ、水平構造や全員の平等な参加が強調される。運動それ自体が、別様な生きかた、別様の社会関係を内に含み、別様な生きかたや別様な社会関係を予示するのである。ホロウェイの議論はデヴィッド・グレーバーとともに予示的政治の源泉の1つとみなされている(高祖岩三郎『ニューヨーク烈伝 ──闘う世界民衆の都市空間』青土社、2006年、参照)。そしてもちろんそれは、デ・アンジェリスの「運動から社会へ」(『VOL-zine』1号)の呼びかけにも通じている。

 ホロウェイはダブリン生まれ。エジンバラ大学で政治学を教えていたが、93年にメキシコに渡り、ブエブラ自治大学で教鞭をとる。彼はメキシコでサパティスタ運動に出会い、そこから多くのインスピレーションをえている。「権力奪取を目指さない」こと、「尊厳( dignity )」の概念、あるいは「たくさんの世界からなる世界」のという考え方、「もうたくさんだ( !Ya Basta!)」の叫び。これら先住民運動に由来するが、同時に普遍性をもつ。たしかにサパティスタは先住民の権利や文化を擁護しようとしている。しかしそれはアイデンティティ・ポリティクスを目指すのではない。ホロウェイによれば、「あなたは先住民だから」、「あなたは女だから」というように、アイデンティティはむしろ〈為すことの力〉を分断し封じ込めてしまう。そうではなく、サパティスタ運動の可能性の条件はメキシコ社会を民主化するための条件であり、すべての人々が尊厳ある生を生きることが可能な世界をつくるための条件でもある。またそれと全く同じように、人間の尊厳を「いま・ここで」実現しているさまざまな運動は、「もう1つの世界」の条件なのである。

〈為すことの力〉は本来的に社会的なフローであり、それは思いもよらぬ経路で出会い、増幅し、感染し、広がっていく。サパティスタがどのように生まれたかに関して、すばらしい逸話がある。彼らが蜂起するずっと以前の話である。80年代当初、チアパスの山に入ったばかりの「サパティスタ」は今あるサパティスタではなく、現在は副司令官となっている「マルコス」も今あるマルコスではなかった。彼らはいわば都市出身のインテリ・ゲリラであり、マルクス主義的な世界観によって先住民の目を開かせようとしていたのだ。だが先住民との出会いは、サパティスタの最初にして最大の「敗北」であったという。「EZLN[サパティスタ民族解放軍]は新しいものと対峙し、その問題に対応できないこと、待ち、学ばなければならないことを認め、先生であることをやめた」(マルコス+ル・ボ『サパティスタの夢』佐々木真訳、現代企画室、2005年)。このとき彼ら自身「もう1つの私」に転生していたのである。

 予示的政治のプロセスはこのようにして「下から」感染する。サパティスタの蜂起はメキシコに力強い市民社会が誕生する契機となった(たとえばEZLNの呼びかけに応じて非武装市民組織、サパティスタ民族解放戦線(FZLN)が生まれている)。おそらくこの誕生もサパティスタが生まれたのと同じプロセスではないだろうか。1994年に彼らにはじめて「出会った」多くの人々は「敗北」し、「もう1つの私(たち)」へと生成した、そう考えることができないだろうか。それはまたここ日本でも同じである。現在進行中の反G8闘争のなかに私たちは別様な生の可能性をすでにかいま見ているのではないだろうか。

*1:おそらくイタリアの社会センターを指していると思われる。社会センターとは、使われていない倉庫や工場などをスクウォットし自律的な生活を試みる空間であり、現在 100以上のセンターあるといわれている。そこではカフェ、書店、クラブ、映画を共同で運営されるともに、街頭デモなどの直接行動の基地となっている。ジェノバでの反 G8行動の「白いつなぎ」部隊が有名。

*2:2003年に発足したサパティスタの自主的な統治機構。 1996年サン・アンドレスで、サパティスタと政府は先住民の権利と文化についての合意文書に署名をした(サン・アンドレス合意)。この合意が政府によって反故にされているとして、サパティスタは 2001年から、自分たちの領土で合意内容を自分たちの手で履行していこうとしている。「善き統治評議会」はこれをきっかけに誕生した(廣瀬純『闘争の最小回路』人文書院、 2006年、参照)。